ついに会合へ赴く日がやって来た。

「ふゆは、おいで」
しずれが腰に腕を回してエスコートしてくれて、私はたゆらちゃんを抱っこしながら、緊張しつつその時を待っていれば。

「全く、惚気まくって大丈夫ですか?大蜘蛛の威厳はどこに行ったんですか」
「ほっとけ朽葉」
朽葉さんの言葉にしずれが悪態をつき、ホウセンカお姐さんとその旦那さまがクスリと微笑む。

そしてしずれが何もない空間に手をかざせば、その先に異空間が開く。

「これが隠れ帯よ」
ホウセンカお姐さんが教えてくれる。

「隠れ帯は異空間で、遠方への行き来でも、ここを通れば遥かに近道ができる」
「そうよ。私たちも普段はもっと南に住んでいるのだけど隠れ帯を通れば一瞬よ。だから会合会場に行く時も、ここを通ればすぐに行けるのよ」

そんな便利な異空間があったなんて。
そして隠れ帯びの中には、無数に道がある。

「これは普段蜘蛛たちが通れる隠し通路だ」

「隠し通路」

「うむ、そうだな。主にコガネグモ系の蜘蛛たちが管理をしている。キイナ姐さんや……俺もだ。そしてこの隠れ帯は蜘蛛以外は入れない」

「じゃぁ……私は?」

「俺の花嫁だから、入れる。ホウセンカ姉さんの旦那も、ホウセンカ姉さんの伴侶だから入れる。伴侶になり、蜘蛛側に来れば入れるようになる。何か危ない目にあったら、この隠れ帯に入るといい。中は蜘蛛でなければ道が分からないが」
確かに……一応道順を示す札は立っているのだが、『あっち』とか『こっち』しか書いてないのでこれで判別するのは不可能だ。

「あの札はインテリアとして立てているものだから道順を整理するには不便だ。いや、全く役に立たない」
そう言ってしずれがくすくすと苦笑する。

「でもいろいろな蜘蛛妖怪たちが通っているから」
私たちが会合に向かう道の間にも、周りには蜘蛛妖怪たちが行き来している。しずれにエスコートされる私を見ると、みな一様に手を振ってくれる。ぺこりと軽く礼をすれば、みな微笑まし気に微笑んでくれる。

「迷った時は、蜘蛛たちを頼ればいい。俺の花嫁だと告げればみな悪くはしない。迷子になっても俺の元まで導いてくれるだろう」

「でも、どうやって入るの?」

「入りたいと願えばいい。一度入ってふゆはを知った以上、ふゆはなら入れてくれるはずだ。まるで意思を持ったかのように、な」
意思を持つ異空間。本当に不思議な場所である。

「うん、分かった」
「あぁ」
そうて道を進んで行けば……。

「ついたか」
会合の場所へと到着したようた。

「さぁ、行きましょう!会合の会場へ!」
ホウセンカお姐さんが示した先には、森があった。

「あの、ここから?」
「そうそう、驚くわよ」
ホウセンカお姐さんに続いては入れば、会合の場所へと続く門を越える。何にもないように思えるが、ここには門がある。こちらはその門が分かる妖怪用の門。その伴侶も伴侶の妖怪と共にならここを通れるようだ。

「人間は専用の招待状を持っていれば、人間向けの門から入れてもらえるようになっている。専用の門を作っているのは、妖怪が実際に存在するということを知らない一般の人間が紛れ込んでは困るからの処置なんだ」
そして門を越えればそこには、大きな和風の屋敷があり、門番は鬼が務めていた。

「大蜘蛛の長殿、そしてその従者、ジョロウグモ殿。ようこそ会合へ。それらは伴侶か」
門番の鬼が告げる。

「いかにも」
しずれが告げれば、門番の鬼たちが頭を下げる。

「どうぞお入りください」

「あぁ、ご苦労」
しかし門を越えて会場に入ったところで、遠くで何か悲鳴が聴こえたような気がした。

「おい、ホウセンカ姐さん」
しずれがこそっとホウセンカお姐さんに問えば、

「あら、どうしたのかしら?きっとねばねば糸に絡められたのね。大丈夫。3分したら解けるから」
にっこりと笑うホウセンカお姐さんだった

会合の会場に入れば、そこは人間と人外が入り混じる魔境である。

その中には普通の人間に混じりキツネ耳しっぽを生やした妖狐や、山伏の格好をした天狗、角を生やした鬼など異形の特徴をあらわにした者たちがいる。あれらは高位の妖怪だ。
そして一瞬、天狗がこちらをジッと見ていた気がするが、その視界をすぐにしずれの身体が塞ぐ。

何だか嫌な視線だったから、助かった。

「賑やかだろう?」
「は、はい!」
その様子をまじまじと眺める。
給仕を務めている中程度の妖怪。
その他会場をちょこちょこと走り回る小妖怪。
妖怪に混ざって参加する人間など。

「だがあまり物珍し気に見ないように。魅入られては困る」

「魅入、られる?」

「そうねぇ。私に目を奪われている男みたいに、ね?」
んふっとセクシーポーズをキメるダイナマイトカップのホウセンカお姐さん。

「まぁ、人間の男だけじゃなく、高位妖怪までちらちらと見ているしな。人間とは言え伴侶がいるし、ジョロウグモ自体女王と呼ばれる大妖怪だ。手を出す輩は、ほとんどいないが……」

「あの、お久しぶりです。しずれさま。ホウセンカお姐さま」
その時、声を掛けてきた女性がいた。

「あぁ、お久しぶりです。ちょうど探しに行こうとしていたんです。桜菜さん」
肩よりも少し長い黒髪に、黒い瞳を持つ和装の女性は少し驚いた表情をしつつも、ふんわりと微笑んだ。

「ふゆは、紹介する。鬼の長の花嫁の、桜菜さんだ。桜菜さん、俺の花嫁のふゆはです」
しずれが私を紹介すれば、桜菜さんがよろしくと手を差し出す。

「よ、よろしくお願いします!」
緊張しつつも桜菜さんと握手を交わす。

「かわいらしい花嫁さんを迎えたのね」

「えぇ、お陰さまで。よければふゆはと話し相手になってくれませんか」

「まぁ!喜んで!あなたも人間から妖怪側にきたのでしょう?困っていることがあったら、何でも相談してね!」
そう桜菜さんが告げれば、私は緊張しつつも頷いた。

「そう言えば、長は?桜菜さんと意地でも一緒にいたがりそうなのにな」
「しずれさまが人間の花嫁を迎えたと聞いて、私が会いに行きたいとお願いしたの。漆はその間面倒な挨拶をこなしてくるって」
あぁ、そう言うこと。
因みに漆とは長の名前だ。

「なら、俺もそうしよう」

「それじゃ、ふゆはちゃんは任せて」
「私もいるしねぇ、大丈夫よ」
桜菜さんに続いて、ホウセンカお姐さんも頷く。護衛にたゆらちゃんもるもの。

「では、行ってくる」

「い、行ってらっしゃい」
手を振れば、しずれが手を振り返して微笑んでくれた。