ここはライザーン中央スタジアム。スタジアムの客席は、お客で埋め尽くされている。

 我らがゼント・ラージェントとその宿敵、セバスチャンの決勝戦は、あと20分後と迫ってきていた。ゼントとミランダたちは控え室で、戦術の確認をしている。

 一方その頃、ローフェン、ゲルドンはスタジアムの選手関係用応接室──つまり関係者用個室で、アシュリーを見守っていた。ゼボールは部屋の外で、廊下を見張っている。
 アシュリーたちは決勝戦が始まるまで、この部屋で待機する予定だ。

「おいゲルドン、何で、てめぇがアシュリーの護衛(ごえい)なんだよ」

 ローフェンはズイとゲルドンに突っかかった。

「ゼントやエルサ、ミランダさんが認めても、俺は認めねーぞ! さっきは『力を合わせよう』なんて言ったけど、本当は納得(なっとく)いってねーんだよ!」
「興奮すんじゃねえ」

 ゲルドンは真顔だ。しかしローフェンは舌打ちした。

「ああ? 反則野郎! ゼントと闘った時、肘サポーターに鉄を仕込んでいたの、忘れてねーぞ、この(にせ)勇者野郎よぉ」
「確かに……俺は反則野郎さ。その時はな」

 ゲルドンは言った。

「だが、俺は深く反省した。今は俺は、アシュリーの護衛(ごえい)を任されている。ケンカなんかしている場合じゃない」
「信用できねーんだよ、この野郎」

 ローフェンはゲルドンの胸ぐらをつかんだ。

「どうせお前が、セバスチャンに依頼されたスパイなんじゃねーのか? ああ?」
「違う! セバスチャンと俺は、もう関係がない」
「ちょっと! やめて、二人とも!」

 ソファに座っていた、アシュリーが声を上げた。

「なんでかわかんないけど~……。なんで私が狙われているんですか?」

 アシュリーはソファに座って、スナック菓子をポリポリ食べ続けている。

 エルサの娘、アシュリーはセバスチャンやアレキダロスたちに、身柄(みがら)を狙われている──。アシュリーには、サーガ族の血が多く流れており、セバスチャンたちはアシュリーの血液を欲しがっている──。

 ゼントやミランダたちは、そう考えているのだ。

「ゲルドンさーん」

 ソファに座ったアシュリーは言った。

「ジュースちょうだい」
「おう、どうぞ!」
 
 ゲルドンはすでに買ってきておいた、ライザーン名物アプルバナネジュースを、サッとアシュリーの机の前に置いた。ストロー付きだ。

「あんた……大勇者のくせに用意がいいな……」

 ローフェンは再び舌打ちした。

 セバスチャンたちの手下か誰かが、アシュリーを誘拐(ゆうかい)するかもしれない──。王立警察に頼んでも、セバスチャンの権力に負け、相手にしてくれなかったのだ。自分たちで、アシュリーを守るしかない。

 アシュリーは言った。

「もう選手入場の5分前です。試合開始の15分前くらい? そろそろ私たちも会場に行きましょう」
「うーん、そうだな。そろそろ行くか」

 ローフェンがうなずいた──その時!

 ガスウッ、ゲシッ!

「ぐわっ!」

 外で、ものすごい打撃音がした。そしてゼボールのうめき声が聞こえた。

 バキイッ

 そして、扉の方で何かが壊れる音がした。

 ゲルドンとローフェンは顔を見合わせた。──まさか!

 ギイッ

 扉が開く音が──した!

「こんなところにいたんですか、アシュリーさん。いや~探しましたよ!」

 入ってきたのは、白仮面の大魔導士──アレキダロス! そしてさっき会った、黒スーツの赤鬼!

「ちなみに、ゼボール君は失神していますよ~。赤鬼がぶんなぐったので」

 アレキダロスは甲高い声で言った。
 やはり──来たか! ローフェンたちは身構えた。

「キャアア!」

 アシュリーは、ローフェンの後ろに隠れる。

 赤鬼は、なぜか医療(いりょう)用マスクをしている。

 ローフェンはギョッとした。赤鬼の手には、ドアノブが握られている。ち、力でドアノブを引きちぎったというのか? 赤鬼はすぐに、ドアノブを放り捨てた。

 ──赤鬼は身構えた! やる気だ!

「うおおおーっ!」

 ローフェンが、赤鬼に向かって襲い掛かった。すると赤鬼は、意外な行動に出た。素早くスーツのポケットから、空き缶──? いや、缶スプレーを取り出したのだ。

 シューッ

 ローフェンの顔に、噴射(ふんしゃ)した。

「あ、うう……」
 
 ローフェンは、がくりと膝を床についてしまった。

「か、体が(しび)れ……」

 ローフェンがうめく。赤鬼はジロリとアシュリーをにらみつける。

「アシュリー、あんたに用がある」
「てめええーっ! アシュリーに近寄るんじゃねええええっ!」

 ガシイイイッ

 ゲルドンは素早く横から、赤鬼を殴りつけた。

 しかし赤鬼は、ゲルドンのパンチを、片手で受け止めていた。赤鬼は、手に持ったスプレー缶を、すでに床に落としている。

 今度は赤鬼の右アッパー!

 ガスウッ

「グウウッ」

 ゲルドンはまともにアゴに喰らった!

「ゲルドンさん! 頑張って!」

 アシュリーが部屋の隅で声を上げる!

 ゲルドンはアッパーを耐える。アシュリーを……守らなければ! 絶対に!

 ブンッ

 今度はゲルドンの左ボディーブロー!

「ゲフ!」

 赤鬼は目を丸くした。完全に腹に受けてしまった。しかし、赤鬼は目を血走らせながら耐える。

 ──今度は赤鬼の前蹴り! 素早い!

 サッ

 ゲルドンはそれを()け、赤鬼の胸ぐらをつかんだ。

 そしてゲルドンの、上から振り下ろすような、超接近型のパンチ!

 シュッ

 赤鬼は首を傾けて、それを間一髪で()ける!

 すると赤鬼は、ゲルドンの手首──いや、服の袖を(つか)んだ!

 投げっ……!

 ヤバい──! ゲルドンは直感した。

(「袖釣込(そでつりこ)み腰」か!)

 長袖の私服を着たままの闘いだから、可能な投げだ! 赤鬼はゲルドンの袖を掴みながら、ゲルドンを背負おうとした。

 しかしゲルドンは投げられる途中で、振りほどき──。

 赤鬼を一回持ち上げ、そのまま床に背中から落とした! これは「後ろ腰」という投げ技だ。

「ぐっ! くそ! まさか、う、『後ろ腰』とは……」

 背中を痛めた赤鬼だったが、器用に前転し、すぐにフラフラと立ち上がる!

 ゲルドンは素早く、赤鬼に近づいた。──ここだ!
 
 ガスウッ

「う、ご」

 強力な右フックを、赤鬼のアゴめがけて振り切った!

 あ、当たった……! 赤鬼は吹っ飛んでいた。ガタガタガターン! 勢いで、机やソファも吹っ飛ぶ!

「まったく、バタバタとうるさいですねぇ」

 白仮面の大魔導士、アレキダロスは不満を言った。相変わらず、大人とも子どもともつかない、甲高い声だ。魔法で変声(へんせい)してあるらしい。

「前から思ってたけど……アレキダロス……お前、誰なんだよ」

 ゲルドンは、アレキダロスをにらみつけながら言った。アレキダロスは、「さあ?」と言って白仮面のズレを直している。

「ぶっとばして、仮面をはいでやる!」

 ゲルドンは握りこぶしを固めて、アレキダロスに向かっていった。

 シューッ

「ゲルドンさん!」

 アシュリーが叫ぶ。

 アレキダロスも手にスプレーを隠し持っていた。ゲルドンはまともにその噴射(ふんしゃ)を浴び、膝をついてしまった。
 
「ポイズンタイガーの牙の毒素、ブラッディーホエールの内臓、シビレバナの花びらなどを三週間煮て作り上げた、特製の(しび)れ薬です。残念ながら、毒性はありませんが、一本でドラゴンを1日、(しび)れさせます。後で睡眠薬も注入してあげましょう」
「この野郎……アシュリーに手を出すな……」

 ゲルドンは床に()いつくばりながら言ったが、アレキダロスは仮面の奥で笑った。

「このスプレーも万能じゃありません。1本750万ルピーもするんですよ。それにね、医療(いりょう)用マスクをしていないと、私たちも(しび)れてしまうんです。私も仮面の下にマスクをつけています。さて、アシュリー、お次は君です」

 アシュリーは一歩後退する。アレキダロスはクスクス笑っている。

「てめえ……幼なじみの娘に手ぇ出したら……ただじゃすまさねえぞ……!」

 ゲルドンは、起き上がろうとしながら声を上げた。しかし、まったく体に力が入らない。

「というわけで、アシュリーさん、一緒に来てもらいましょう。おい、いつまで寝てるんだ」

 アレキダロスは赤鬼を足で踏んで起こした。赤鬼はあわてて起き上がる。

「ローフェン、ゼボール、ゲルドンの三人を、別の部屋に運び込んでおきなさい。彼らに睡眠薬の注入も忘れるな」

 アレキダロスはアシュリーを見た。

「い、いや……。やめて」
「いや~、申し訳ない。しばらく(しび)れててください」

 アレキダロスはスプレーをアシュリーに向けた。