ゼント・ラージェントが大勇者ゲルドンの屋敷に行った次の日──。
ここは「ミランダ武闘家養成所ライザーン本部」の社長室。
応接室のソファに座ったミランダ社長の机の上には、山のような札束が積まれている。
1億……いや、10億……、50億……? いやいや、もっとだ。
ミランダの前のソファには、白い仮面を顔につけた大魔導士、アレキダロスが座っていた。その隣には、黒服の赤鬼族の巨漢が腕組みしてふんぞり返っている。
白仮面の大魔導士アレキダロス──セバスチャンの助言者だ。ちなみに、セバスチャンは、18日後、ゼント・ラージェントと決勝戦で闘うことになる。
「なんなんですか、これは?」
ミランダはキッ、とアレキダロスをにらみつけた。
「100億ルピーです。お受け取りください」
アレキダロスは、白い仮面の下で笑って言った。不思議な声だ。大人とも子どもともつかない甲高い声だ。──「変声魔法」だ──とミランダは直感した。
アレキダロスは言った。
「あなた方、グランバーン王国の武闘家は全員、セバスチャン率いる、我が『G&Sトライアード』所属武闘家にならなくてはいけない。セバスチャン本人から、すでに聞いているはずですよ」
「バカ言わないで!」
バーン!
ミランダは机を叩いた。赤鬼がピクリと動こうとしたが、アレキダロスが手で留める。
「セバスチャンは、その世迷いごとを、まだ実行しようとしているの? 自分の『武闘家連盟会長』の権限を利用して!」
「ミランダ先生よぉ」
アレキダロスの左に座っていた赤鬼が、口を開いた。
着ている黒スーツがはちきれんばかりの、太い腕、脚の筋肉だ。体格は、身長190センチ、体重は90キロ以上はあるだろう。どうやらアレキダロスのボディーガードのようだ。
「死にたくねえなら、さっさと、この金を受け取って、セバスチャン先生の支配下に入りな」
「誰に向かって口を利いてるのっ!」
「元国民的ヒロイン、ミランダ先生にだよ。ああ、センセイ?」
ボキリ
赤鬼が拳を鳴らし始めた。
「やめろ」
アレキダロスは赤鬼に言い、ミランダを見つめた。
「では、もう100億上乗せしましょう。合計200億。セバスチャン先生の願い──武闘家統一の願いを叶えませんか。グランバーン王国の武闘家は、セバスチャンの支配下になるのです」
「断る!」
ミランダはそう声を上げた。アレキダロスは仮面の奥で、また笑っている。
「すでにほとんどの武闘家養成所は、我々『G&Sトライアード』の支配下に入っております」
「そんなバカな!」
「証拠をお見せしましょう」
アレキダロスは、持って来た契約書の写しを、20枚以上、机に並べてみせた。
「山鬼族蛇の穴」「グロモリー武闘家養成所」「ホビット族武闘家養成所」「バスダルダン闘技研究所」「ザンブ拳闘士育成会」……。
ギリッ……
ミランダは歯噛みした。
全部、有名な武闘家養成所じゃないの……。
どうなってるのよ、彼らは武闘家のプライドはないの? こんなヤツらに、金の力で乗っ取られてしまうというの?
「ご存知の通り、グランバーン王国全体は不況なのですよ」
白仮面の大魔導士アレキダロスは、愉快そうに言った。
「武闘家養成所も、なかなか存続できない時代に入っています。人々の戦争の不安もあります。人々は、強力な剣や斧、頑丈な鎧や盾などを買いに行きます。習うのも、昔のように武闘家養成所ではなく、剣術や槍術訓練所です。──なぜか?」
「……武器なら、魔物を手っ取り早く殺傷できる」
「ご名答です。人々は素手で闘う技術を教える、武闘家養成所には行きません。こんな時代だから我々、武闘家関係者は、一致団結しなければならないのです」
ミランダは「くっ」と息をついた。
魔物との大戦争が始まるらしい──。そんな噂が民衆の間に広がっているのだ。
しかし、世間を不安に陥れる陰謀論者が、そんな噂を流しているという話もある。
「50の武闘家養成所が、100億を我々から受け取り、我々の支配下に入ると契約しました。あとはこの老舗の武闘家養成所である、この『ミランダ武闘家養成所』だけ」
「うるさい! 帰りなさい!」
「フッフッフ……」
ギシリ
赤鬼がゆっくりと、ソファから立ち上がった。
「女だからって容赦しねえぜええ! があああっ!」
赤鬼は、丸太棒のような足で、100億ルピーが乗った机を踏みつけようとした。
しかし! ミランダは素早くその机の上に飛び乗ると──。
ドガアアッ
素早い上段横蹴りを、赤鬼のアゴに叩きつけていた。
「がはっ!」
赤鬼はソファの上に崩れ落ちる。完全にアゴに決まった。
赤鬼は、目を丸くして、ミランダを見上げた。ソファから立ち上がれない。ミランダの上段横蹴りは、赤鬼のアゴの急所に完全に決まっていた。
しかし、大魔導士アレキダロスは笑っていた。机の上の100億の札束の山は、砂のように消え去った。……なるほど、魔法による模造品だったのか。
ミランダは叫んだ。
「私の所属の選手、ゼント・ラージェントは、トーナメント決勝戦でセバスチャンを叩きのめすわ!」
「ほほう?」
「それならば、このバカバカしい、あなたたちの武闘家界乗っ取り計画は、白紙になるでしょうね!」
しかし、アレキダロスは首を横に振った。
「バカな。今、セバスチャンは、グランバーン最高の武闘家と評されつつあるのですよ。ゼント? そんな元引きこもりの男に負けるわけがない」
「私の予想では、その元引きこもりの男が、グランバーン最高の武闘家に勝つわ」
ミランダは声を上げた。
「ゼントは真の困難から立ち上がってきた! 彼こそ本物の『武闘王』よ!」
「『武闘王』ですって? あの伝説の? ハハハ。見た目も貧弱、まぐれで勝ち上がってきたようなあのゼント・ラージェントが、『武闘王』? 冗談もほどほどに。──決勝戦までに、我々の支配下に入る用意をしておいてください。まあ、今日は帰りましょう」
アレキダロスは立ち上がった。ソファに倒れ込んでいた赤鬼も、あわてて立ち上がった。
「一つ言っておきますとね」
アレキダロスは社長室の扉に向かう途中、言った。
「セバスチャンと我々は、どんな手段を使ってでも勝ちにいきます。たとえば私たちは、あなたたちの大切な人に何をするか分かりません。──お気をつけくださいね──」
「あ、あなた、何を言っているの?」
ミランダは驚いて言ったが、アレキダロスと赤鬼は部屋を出ていってしまった後だった。
ここは「ミランダ武闘家養成所ライザーン本部」の社長室。
応接室のソファに座ったミランダ社長の机の上には、山のような札束が積まれている。
1億……いや、10億……、50億……? いやいや、もっとだ。
ミランダの前のソファには、白い仮面を顔につけた大魔導士、アレキダロスが座っていた。その隣には、黒服の赤鬼族の巨漢が腕組みしてふんぞり返っている。
白仮面の大魔導士アレキダロス──セバスチャンの助言者だ。ちなみに、セバスチャンは、18日後、ゼント・ラージェントと決勝戦で闘うことになる。
「なんなんですか、これは?」
ミランダはキッ、とアレキダロスをにらみつけた。
「100億ルピーです。お受け取りください」
アレキダロスは、白い仮面の下で笑って言った。不思議な声だ。大人とも子どもともつかない甲高い声だ。──「変声魔法」だ──とミランダは直感した。
アレキダロスは言った。
「あなた方、グランバーン王国の武闘家は全員、セバスチャン率いる、我が『G&Sトライアード』所属武闘家にならなくてはいけない。セバスチャン本人から、すでに聞いているはずですよ」
「バカ言わないで!」
バーン!
ミランダは机を叩いた。赤鬼がピクリと動こうとしたが、アレキダロスが手で留める。
「セバスチャンは、その世迷いごとを、まだ実行しようとしているの? 自分の『武闘家連盟会長』の権限を利用して!」
「ミランダ先生よぉ」
アレキダロスの左に座っていた赤鬼が、口を開いた。
着ている黒スーツがはちきれんばかりの、太い腕、脚の筋肉だ。体格は、身長190センチ、体重は90キロ以上はあるだろう。どうやらアレキダロスのボディーガードのようだ。
「死にたくねえなら、さっさと、この金を受け取って、セバスチャン先生の支配下に入りな」
「誰に向かって口を利いてるのっ!」
「元国民的ヒロイン、ミランダ先生にだよ。ああ、センセイ?」
ボキリ
赤鬼が拳を鳴らし始めた。
「やめろ」
アレキダロスは赤鬼に言い、ミランダを見つめた。
「では、もう100億上乗せしましょう。合計200億。セバスチャン先生の願い──武闘家統一の願いを叶えませんか。グランバーン王国の武闘家は、セバスチャンの支配下になるのです」
「断る!」
ミランダはそう声を上げた。アレキダロスは仮面の奥で、また笑っている。
「すでにほとんどの武闘家養成所は、我々『G&Sトライアード』の支配下に入っております」
「そんなバカな!」
「証拠をお見せしましょう」
アレキダロスは、持って来た契約書の写しを、20枚以上、机に並べてみせた。
「山鬼族蛇の穴」「グロモリー武闘家養成所」「ホビット族武闘家養成所」「バスダルダン闘技研究所」「ザンブ拳闘士育成会」……。
ギリッ……
ミランダは歯噛みした。
全部、有名な武闘家養成所じゃないの……。
どうなってるのよ、彼らは武闘家のプライドはないの? こんなヤツらに、金の力で乗っ取られてしまうというの?
「ご存知の通り、グランバーン王国全体は不況なのですよ」
白仮面の大魔導士アレキダロスは、愉快そうに言った。
「武闘家養成所も、なかなか存続できない時代に入っています。人々の戦争の不安もあります。人々は、強力な剣や斧、頑丈な鎧や盾などを買いに行きます。習うのも、昔のように武闘家養成所ではなく、剣術や槍術訓練所です。──なぜか?」
「……武器なら、魔物を手っ取り早く殺傷できる」
「ご名答です。人々は素手で闘う技術を教える、武闘家養成所には行きません。こんな時代だから我々、武闘家関係者は、一致団結しなければならないのです」
ミランダは「くっ」と息をついた。
魔物との大戦争が始まるらしい──。そんな噂が民衆の間に広がっているのだ。
しかし、世間を不安に陥れる陰謀論者が、そんな噂を流しているという話もある。
「50の武闘家養成所が、100億を我々から受け取り、我々の支配下に入ると契約しました。あとはこの老舗の武闘家養成所である、この『ミランダ武闘家養成所』だけ」
「うるさい! 帰りなさい!」
「フッフッフ……」
ギシリ
赤鬼がゆっくりと、ソファから立ち上がった。
「女だからって容赦しねえぜええ! があああっ!」
赤鬼は、丸太棒のような足で、100億ルピーが乗った机を踏みつけようとした。
しかし! ミランダは素早くその机の上に飛び乗ると──。
ドガアアッ
素早い上段横蹴りを、赤鬼のアゴに叩きつけていた。
「がはっ!」
赤鬼はソファの上に崩れ落ちる。完全にアゴに決まった。
赤鬼は、目を丸くして、ミランダを見上げた。ソファから立ち上がれない。ミランダの上段横蹴りは、赤鬼のアゴの急所に完全に決まっていた。
しかし、大魔導士アレキダロスは笑っていた。机の上の100億の札束の山は、砂のように消え去った。……なるほど、魔法による模造品だったのか。
ミランダは叫んだ。
「私の所属の選手、ゼント・ラージェントは、トーナメント決勝戦でセバスチャンを叩きのめすわ!」
「ほほう?」
「それならば、このバカバカしい、あなたたちの武闘家界乗っ取り計画は、白紙になるでしょうね!」
しかし、アレキダロスは首を横に振った。
「バカな。今、セバスチャンは、グランバーン最高の武闘家と評されつつあるのですよ。ゼント? そんな元引きこもりの男に負けるわけがない」
「私の予想では、その元引きこもりの男が、グランバーン最高の武闘家に勝つわ」
ミランダは声を上げた。
「ゼントは真の困難から立ち上がってきた! 彼こそ本物の『武闘王』よ!」
「『武闘王』ですって? あの伝説の? ハハハ。見た目も貧弱、まぐれで勝ち上がってきたようなあのゼント・ラージェントが、『武闘王』? 冗談もほどほどに。──決勝戦までに、我々の支配下に入る用意をしておいてください。まあ、今日は帰りましょう」
アレキダロスは立ち上がった。ソファに倒れ込んでいた赤鬼も、あわてて立ち上がった。
「一つ言っておきますとね」
アレキダロスは社長室の扉に向かう途中、言った。
「セバスチャンと我々は、どんな手段を使ってでも勝ちにいきます。たとえば私たちは、あなたたちの大切な人に何をするか分かりません。──お気をつけくださいね──」
「あ、あなた、何を言っているの?」
ミランダは驚いて言ったが、アレキダロスと赤鬼は部屋を出ていってしまった後だった。