サユリとセバスチャンの試合があった、次の日の午後──。

「どういうことだああっ! ゼントオオオッ!」

 あ、あぶないっ!

 俺に向かって、ローフェンの足蹴りが飛んできた。

 俺はそれを()ける。しかし、ローフェンの追撃(ついげき)()まない。

 ローフェンの後ろ回し蹴り! 俺はそれを見切って、かわす。

「落ち着け!」

 俺は叫んだ。

 ここはライザーン中央にある、グランバーン白魔法大学病院の芝生広場──。
 俺たちは、ローフェンの見舞いにきた。ローフェンは外に出られるくらい元気だった。

 しかし……。

「あ、あいたたた~!」

 ローフェンは蹴りを放った後、あばらを抑えて、転げ回った。ローフェンの服の下のアバラ部分には、包帯が何重(なんじゅう)にも巻かれてあるはずだ。

「アホだ……。まだ治りかけだろうが」

 俺は腕組みをして、芝生広場で転げ回っているローフェンを見た。
 
 エルサとアシュリーも、俺の後ろであきれてローフェンを見ている。

「どうしてサユリが、故郷に帰っちゃうんだよおおおお!」

 ローフェンは泣きわめく。

「サユリはセバスチャンに負けたでしょ。武闘家(ぶとうか)として、自分を見つめ直したいんだって」

 エルサはローフェンをなだめるように言った。
 どうやら、ローフェンはサユリのことが好きだったらしい。
 向こうは全然、ローフェンのことを何とも思ってない……と思うが。かわいそうだけど。

 セバスチャンとの闘いで、骨を骨折したサユリは、ローフェンと同じく、ここ白魔法病院に入院した。
 退院後は、祖父母のいるサンラインという街に住むそうだ。

 さて、ローフェンの叫びは止まらない。

「ちっくしょおお~! サユリ~!」
「ローフェンさん!」

 芝生広場に駆けこんできたのは、ローフェンの担当の女性看護師さんだ。看護師さんは鬼の形相だ。

「あなたは入院患者なんですよ。外で格闘技のマネごとをするとは何事ですか!」
「だって、看護師さ~ん……」

 ローフェンはグスグス泣いている。ダメだこりゃ……。

 ん? 誰かの視線を感じる。
 病院の門の方で、人影が動いたような……? 何だ?

 ◇ ◇ ◇

 ローフェンの見舞いの帰り──。
 アシュリーとエルサの買い物に付き合わされた。

「ゼント、これ持って! お菓子の詰め合わせ。ルーゼリック村の皆にお土産!」

 エルサは楽しそうに、店で娘と一緒にお菓子を買い込んでいる。

 俺は当然、荷物持ち。エルサは杖をついているが、もうそんなのいらないんじゃないか、というくらい元気だ。

 俺とエルサは、アシュリーを挟んで、ライザーン地区の静かな道を歩いた。

 ふと、アシュリーは言った。

「ゼントさん、あのう……」

 アシュリーは顔が真っ赤だ。俺は驚いて聞いた。

「ど、どうしたんだ?」
「えーっと……ママと私と、一緒に暮らしませんか」
「はああああああ?」

 声を上げたのはエルサだ。おい、道端(みちばた)ででかい声を出すなよ。俺もびっくりしたけど。

「ななななな何を言ってるの、この子は! ゼントと一緒に暮らすなんて、それが一体、どういうことか──」
「ゼントさんが、私のパパみたいになるってこと!」

 アシュリーはうれしそうに笑って言った。

 パ、パパ……? 何? あ、そうか。俺は36歳だから、別に娘を持っても良い年齢か……。

 でも俺……フェリシアって彼女はいたけど、結局、手すら握れなかったし、女性経験は絶無(ぜつむ)と言って良い。

「クスッ、アシュリーったら何を言うかと思ったらさあ、ゼントがパパだって~」

 エルサは楽しそうに言った。

「似合わなーい!」
「わ、悪かったな」

 俺は苦笑いするしかなかった。

 ◇ ◇ ◇

 俺たち三人は、アモル川という川に来た。

 都会のライザーン地区では、最も大きな川だ。川魚が結構釣れるらしい。

 俺とエルサは、川の前のベンチに座った。アシュリーは、川辺で舟を見ている。
 川の周囲には、俺たち以外、誰もいない。

「私さ……ぽっかり15年くらい……人生に大きな穴が空いてるんだよね。車椅子に乗る前は、寝たきりだったから」

 エルサが言った。……俺だってそうだ。

「俺なんて20年引きこもってたんだから、20年空いてるよ。それで36歳になっちまってんだから」
「やり直して……良いんだよね」

 エルサは……泣いている。
 エルサ──エルフ族はいつまでも若い。
 でも、もちろん寿命はある。エルフ族だって、人生の時間は限られている。

 俺は言った。

「大変な人生になっちゃったけど、大丈夫だ……と思う。もしかしたら、俺にとって、20年の大穴は穴じゃなくて……大事な時間だったんじゃないか」
「そっか……。私も大丈夫なような気がしてきた。ゼントと一緒なら」

 エルサはポツリと言った。

 その時、川魚がぽしゃん、とはねた。アシュリーは歓声を上げた。

 ◇ ◇ ◇

 アシュリーとエルサは、これからライザーン地区でスイーツを食べるそうだ。

 俺はミランダさんと、ゼボール戦について研究する予定。

 ゼボールは、1回戦はシードで無し。2回戦は開始30秒でKO勝ち。

 ただ、ミランダさんによれば、2回戦はゼボールの相手の動きが、あきらかにおかしかったらしい。

 アシュリーとエルサは行ってしまったし、俺も帰るか。

「そのまま帰れると思うか?」

 俺の後ろの方で、男──少年の声がした。

 俺がベンチから立ち上がり、後ろを振り返ると、木陰から男があらわれた。16歳くらいの少年?

「あっ……お前!」

 その少年は何と、大勇者ゲルドンの息子、不良少年のゼボールだった。

 俺の準決勝の相手だ。

「な、何か用か?」
 
 俺が言うと、ゼボールは俺をにらみつけて言った。

「今日は、お前を監視してたんだよ。病院にもいただろ、お前ら」

 周囲にはいつの間にか、10人もの不良たちが集まっていた。

 そうか、さっき病院の門で影が見えたが、こいつらだったのか。

「てめー、ゼント……。どんな卑怯(ひきょう)なことしやがって強くなったんだ? ああ? マール村で見たクソ弱いお前はどこいったんだ? 今から確かめてやるよ。ケンカでな」
「ケ、ケンカだって? おい、お前との準決勝はどうなるんだ。バカ言ってんじゃ……」

 闘うしかない……!

 俺は直感的にそう思った。