グランバーン王国の中央都市ライザーンには、3つの王立スタジアムの他に、もう1つ、巨大な建造物(けんぞうぶつ)があった。それは奇妙なドーム状の建物だ。

 その建造物(けんぞうぶつ)こそが、ゲルドンの秘書、セバスチャンの経営する「G&Sトライアード」本社であった。
 グランバーン王国に150支部ある、世界最大の武闘家(ぶとうか)養成所である。

 ──朝、「G&Sトライアード」本社、1階ロビーでは……。

「おいおいおい~! セバスチャン!」

 大勇者ゲルドンが、横にしたビール(だる)のごとく、転がるようにビル内に飛び込んできた。

「どうなってんだあ!」

 ゲルドンは南の島セパヤのバカンスから、帰ってきたところだった。
 セバスチャンに向かって、泣きついた。

「ゼントがお前の弟子、シュライナーに勝ってしまったぞ!」

 セバスチャンの弟子、シュライナーは負けたのだ。
 あの、ゼント・ラージェントによって──。

「おっしゃる通りです。シュライナーは敗北いたしました」

 セバスチャンが冷静に言うと、ゲルドンは、「ぬおお~!」と声を上げた。よほどショックだったのだろう。

「おい、何かの間違いだろうが! 準決勝で、ゼントの野郎が、息子のゼボールと闘うことになってしまった。くそ、何が起こったんだ、あの野郎に! タコ、コラ! タコ!」

 ゴスッ ゴスッ ゴスッ

 ゲルドンは大理石の壁を、靴裏で3回蹴っ飛ばした。

「あ、ありえないと思うが、準決勝でゼントの野郎が、息子のゼボールに勝ったとしよう。息子の……ゼボールの今後の人生に影響が出てしまうぞ!」
「それは仕方ない。とにかく、息子さんとゼントの勝負を見守るしかないでしょうね」
「ゼ、ゼントは、八百長に応じねぇかな?」
「ゼボール様は、ゼントに(から)んで(なぐ)ったと聞いています。ゼントは八百長に応じないでしょう」
「おいおいおいおい~。それはヤバいじゃねーかよ」

 ガスッ

 ゲルドンは、自分がタコのような真っ赤な顔で、ロビーの高級机を蹴り飛ばした。

「ゲルドン杯格闘トーナメントは、息子を優勝させるための大会なんだぞ! おい、セバスチャン、息子がゼントに勝つ方法を考えてくれ。ゼントが強いなんて信じられん。──お、アイリーンちゃんが待ってる時間だ。また来る」

 大勇者ゲルドンはさっさと、「G&Sトライアード」本社を出ていってしまった。アイリーンとはゲルドンの最近の愛人だ。

「クズが……息子を甘やかしすぎだ」

 セバスチャンは、大勇者ゲルドンの後ろ姿を見ながらつぶやいた。

「金のためとはいえ、いい加減、あのクズ野郎に付き従うのはあきてきたな。しかし、私の目的を達成させるには、ゲルドンの名声がまだ必要だ……」
「セバスチャン様」

 すると、セバスチャンの背後の空間から、突如(とつじょ)、灰色のローブを羽織った奇妙な人物が、ニュッと現れた。白い仮面をかぶっている。
 この人物の名はアレキダロス。大魔導士だ。
 この大魔導士は、魔法を使い──空間移動をしてきたのだ。

 実業家としてのセバスチャンの助言者(アドバイザー)である。

「そろそろ地下トレーニング施設の方に向かわれませんと。たくさんの若者が待っております」

 仮面の大魔導士アレキダロスは、大人とも子どもともつかない不思議な、甲高い声をしていた。
変声魔法(へんせいまほう)」で、声を変えてあるのだ。

「うむ」

 セバスチャンはうなずいた。

 ──セバスチャンとアレキダロスは地下への階段に向かった。
 そこには……!

 ◇ ◇ ◇

 セバスチャンとアレキダロスが地下に行くと、そこには大きな地下空間があった。たくさんの若者がいる。人数は五百人くらいか。
 
 バシイッ
 ドガッ

 皆、格闘技のトレーニングをしている。すさまじい熱気だ。
 彼らこそ、セバスチャンが育てている若き武闘家(ぶとうか)たちだ。
 このトレーニング施設が、「G&Sトライアード」の中心である。

「聞け!」

 セバスチャンは若者たちに向かって、声を上げた。

「みなしごのお前たちを救い、ここまで育てたのは、誰だ?」
「セバスチャン様です!」

 若者たちはトレーニングをやめ、直立不動でセバスチャンを見て叫んだ。
 どうやらこの若者たちはみなしご──。全員、両親がいないらしい。
「G&Sトライアード」の中でも、特に選ばれた若い武闘家(ぶとうか)たちである。
 セバスチャンは再び叫ぶ。

「みなしごだった、お前たちの本当の故郷は、どこだ?」
「理想郷『ジパンダル』です!」
「そうだ、その通り!」

 セバスチャンは満足そうにうなずいたが、すぐにジロリと横の武闘(ぶとう)リングを見た。

 二人の男子の武闘家(ぶとうか)が、練習試合(スパーリング)を行っている。赤い武闘着(ぶとうぎ)の男子が、青い武闘着(ぶとうぎ)の男子を、ちょうど(なぐ)り倒した。
 赤い武闘着(ぶとうぎ)の男子はランテス・ジョー。青い武闘着(ぶとうぎ)の男子は、エルソン・マックス。
 どちらも16歳で、将来有望のセバスチャンの弟子だ。

「大丈夫か、エルソン」

 赤い武闘着(ぶとうぎ)のランテスが、青い武闘着(ぶとうぎ)のエルソンを助け起こそうとした。

 するとセバスチャンは、すぐにリング内に入り──。

 バシン!

 セバスチャンは、いきなりランテスを平手で叩いた。

 バシン!

 もう一発だ。

「なぜ、叩きのめさないのだ!」

 セバスチャンはランテスをにらみつけた。

「はっ、エ、エルソンは、僕の友人でありますので……」

 バキッ

 セバスチャンはまたランテスを殴りつけた。今度は拳だ。

「叩きのめせ! 友人などお前たちには必要ない。ここは弱肉強食の世界だ。失神するまで殴りつけろ、いいな!」
「そ、それは……」
「何か、文句があるのか?」
「い、いえ! 僕が甘かったです! 次は叩きのめします!」
「よかろう」

 セバスチャンは、「立てい!」とエルソンを叩き起こすと、彼にも平手打ちを一発くらわせた。

 その光景を、一人の少女が、じっと見ていた。
 セバスチャンの最も期待する女子武闘家(ぶとうか)、サユリだ。
 サユリは一人で型のトレーニングを続けながら、セバスチャンを観察していた。

「セバスチャン様」

 アレキダロスはセバスチャンに小声で声をかけた。

「熱くなりすぎです」
「うむ……しかし、育成が遅れている。このままでは『世界支配計画』が、3年も遅れてしまうぞ」
「あまり厳しくしすぎると、『洗脳(せんのう)』が解けてしまいます。慎重になさいませんと……」
「む……そうだったな」

 セバスチャンがため息をついた時、アレキダロスは言った。

「ところで、グランバーン城から、あなた様に通達がきております。『ぜひ来城するように』と」
「何!」

 セバスチャンの顔色がにわかによくなった。

「何と! まさか、グランバーン王に謁見(えっけん)できるのか!」

 資金とグランバーン王の信頼を得るチャンスかもしれん……。「世界支配計画」……私の野望に近づくチャンスだ。
 セバスチャンはこう考え、ニヤリと笑った。
 すると、仮面の大魔導士アレキダロスは言いにくそうに言った。

「いえ、あなたを城に呼んだのは、国王直属親衛隊長(しんえいたいちょう)のラーバンス様です」
(うっ……何だと?)

 セバスチャンは眉をひそめた。セバスチャンにとって、ラーバンスという男は最も苦手な人物だった。

「父上か……」

 一方、サユリはトレーニングを続けながらも、セバスチャンとアレキダロスを見ていた。

 その表情は悩んでいるようだった。