今日のゲルドン杯格闘トーナメント第1回戦は、すべて終了した。

 その頃、主催者(しゅさいしゃ)の大勇者ゲルドンは、グランバーン王国の南にある南の島、セパヤにいた。
 その海辺のビーチで、バカンスを楽しんでいたところだ。
 赤ん坊を産む予定の妻を、家に置いて……。

「何だと!」

 ゲルドンは海辺のビーチで怒鳴った。
 魔導通信機(まどうつうしんき)で、セバスチャンと話している。魔導通信機(まどつうしんき)とは、魔法の力で通信ができる魔道具だ。

「ク、クオリファが負けただとおおっ? 俺の一番弟子だぞ!」

 バシイッ

 ゲルドンは左手に持ったフライドチキンを、地面に叩きつけた。
 ゲルドンのパーティーメンバーであり、一番弟子であるクオリファは負けたのだ。あの──ゼント・ラージェントによって!

『本当です、ゲルドン様。ゼント・ラージェントに敗北いたしました』

 セバスチャンの声が、魔導通信機(まどうつうしんき)のスピーカーから聞こえる。

「おい、何かの間違いだろう」
「ニュース記事でお確かめください」

 ゲルドンは舌打ちし、魔導通信機(まどうつうしんき)で、ニュース記事を確かめた。確かに──クオリファはゼントに負けている!

「おいおいおいおいおい~! マジか! なんでゼントの野郎なんかに!」

 バキイッ

 ゲルドンは立ち上がり、砂浜に落ちたフライドチキンを、骨ごと踏み割った。

「つ、次の2回戦はどうなっている!」
『Aブロックは、ゼントVSシュライナー、ガイラーVSゼボール様。Bブロックは、サユリVSギスタン、ローフェンVSゴンギーとなっております』
「このトーナメントは、俺の息子を優勝させるためのトーナメントだぞおっ! 俺の息子はシードだ。1回戦はなかった。次の2回戦のガイラーは、金で買収してあるから勝ちは確定。しかし、その次の準決勝は……?」
「ゼボール様は、ゼントと勝負する可能性があります』
「どどどどどうなっとるんだ! い、いやいや、待てよ」

 ゲルドンはにわかに顔色を変えた。

「次のゼントの試合はシュライナーとか。シュライナーは確か……?」
『私の経営している、セバスチャン・トレーニングセンターの練習生です』
「お、お前の弟子か。じゃあ、ゼントは勝てねぇな! ハハハ」
『いえ、ゼントをあなどっては……』
「うるせえっ! 俺のバカンスを邪魔するな」

 ゲルドンは舌打ちしまくって、腹をかきながら言った。

「とにかく息子が優勝すりゃいいんだ。ヤツには、俺の地位をついでもらうからな。セバスチャン、金の力で何とかしろ。じゃーな」

 ブツッ……ゲルドンは魔導通信機(まどうつうしんき)を切った。

 ◇ ◇ ◇

 セバスチャンは、高級ソファに座り、ため息をついていた。

 彼のいる場所は、武闘家養成所「G&Sトライアード」本社、会議室。
 本社は、中央地区ライザーンの中央部にある、最も巨大なドーム状の建造物だ。
 ゲルドン杯格闘トーナメントを主催する企業でもある。

 セバスチャンは、先程ゲルドンと話すのに使用していた魔導通信機(まどうつうしんき)(ふところ)に入れて、フッと笑う。

「あれが大勇者か。フフフ……。単細胞のバカでクズだ。ゼントがどれだけ手強いか知らないで……。ま、そのうちゼントの強さを知り、顔が真っ青になるだろう」

「そんなことを言って良いのかしら?」
「誰だ?」

 セバスチャンは後ろを振り返った。
 そこには、ミランダが立っていた。

「セバスチャン、あなたが私を呼んだんじゃないの」
「……いや、これはお恥ずかしい。ゲルドン様への愚痴(ぐち)、聞かなかったことにしてくれませんか」

 愚痴(ぐち)というより本音でしょ? ……ミランダはそう考えていた時、セバスチャンは言った。

「……会うのは、3年ぶりですね。ミランダ先生」
「そうね、セバスチャン。あなたがルーゼリック村に週に3回もやってきて、ウチの選手を強奪(ごうだつ)した以来、会っていなかったわね」

 二人の間に、火花が散っているようだった。

「ハハハ、怖いなあ。でもあれはあなたのところの選手の同意があって、ウチの『G&Sトライアード』に来てもらったんですよ」
「同意? ふざけないで」

 ミランダはセバスチャンをにらみつけた。

「……では、本題に入りましょう」

 セバスチャンは咳払(せきばら)いをしながら言った。

「今回、私は、ゲルドン杯格闘トーナメントの主催者をしております。それと同時に、グランバーン王国から、武闘家(ぶとうか)連盟会長に就任養成(しゅうにんようせい)がきました」
「……へえ、そうなの」

 武闘家(ぶとうか)連盟会長ね……武闘家のトップ中のトップになる、というわけね。
 
 ミランダは心の中でつぶやいた。

 どんな武闘家でも、彼の言うことに逆らうことはできない。
 ……実質、ゲルドンより上の立場……!

「今、武闘家(ぶとうか)養成所は、全国に1万もあるのです。そして武闘家(ぶとうか)の登録者は50万人も」

 セバスチャンは、机の上のレポートを見やりながら言った。

「ええ、知ってるわ。でも、グランバーン王国は武闘家(ぶとうか)の国でもあるから当然でしょ」

 ミランダは眉をひそめた。
 
 ──セバスチャンは話を続けた。

「今年から、我が、『G&Sトライアード』以外の武闘家(ぶとうか)は、今後全員、廃業(はいぎょう)──()めてもらうことになります」
「な、何ですって?」

 セバスチャンの言葉に、ミランダは目を丸くした。

「あなた方、『ミランダ武闘家(ぶとうか)養成所』の皆さんも、例外ではありません」

 セバスチャンは静かに言った。(うす)ら笑いを浮かべて──。

 グランバーン王国の武闘家(ぶとうか)が、廃業(はいぎょう)しなければならないって?

 セバスチャンはとんでもないことを言い出した──。