次の日──。
 
 俺は目が覚めた。ここは? 
 いつも通りのボロい天井。見慣れた俺の部屋だ。

「きゃあああ~!」

 うおっ! その時、地下から大声がした。驚いた俺は素早く地下に降りた。

 アシュリーが床に座って、本を読んでいる。アシュリーの横には、子ども部屋の地下にある本が、高く積まれていた。

 アシュリー……本当にいたのか。
 昨日のことは、夢じゃなかったのか。俺はホッとした。

 アシュリーは本の山を目の前にして、声を上げた。

「ほら、この本! 『マインダ・エレベント』ですよ。約五百年前の魔導書です。こっちは『ビスタ霊界旅行記』。売ったら大変な価値がある本ばっかり!」

 俺はアシュリーがいてくれたことに安堵(あんど)した。
 そうか……本を売って旅の資金にするって手もあるか。

「まあ……売ったら200ルピーくらいかな?」
「そんなことないですよ!」

 アシュリーは怒った。

「200ルピーどころか、もっと! 1000倍以上の価値があります!」

 せ、せんばい……? 本当かよ? 確かめてみるか。

 俺はアシュリーと一緒に、子ども部屋の本を売るため、村の商店街に出向くことにした。
 本に詳しいアシュリーに、7冊、価値がありそうな本を厳選してもらった。

 ──しかし俺は、20年の引きこもりだった!

「怖ぇえええええ~!」

 商店街に行くのが、20年ぶりなのだ! 人ごみが怖い!

「ほら、これで大丈夫でしょ?」

 アシュリーはそう言って笑って、ギュッと俺の腕を組んでくれた。アシュリーの……女の子のにおいがする……。

 うれしいけど……。

「やっぱり、怖ぇええええええ~!」

 ◇ ◇ ◇

 俺とアシュリーは商店街に入って、古本屋を探した。人通りは結構ある。俺は知り合いに会わないかビクビクしながら、歩いた。
 と、その時──。

「おらあっ! 邪魔なんだよ、この看板!」

 ドガアッ

 その時、目の前の男──16歳くらいの少年が、商店街の立て看板を蹴っ飛ばした。

(あっ! あいつ!)

 こないだの不良少年! チョッキを着たヤツだ。ゼボールの仲間だったか。肩で風を切って歩いている。今日も来ていたのか……。仲間はいないようだが。

ドガッ

 今度は、道行くおじさんの肩に、チョッキ少年の肩がぶつかった。
 チョッキ少年はおじさんにすごむ。

「痛ぇんだよ! 俺を誰だと思ってんだ! ゼボール様の舎弟(しゃてい)、デリック様だぞ!」

 ガスッ

「ぎゃっ!」

 デリックは、おじさんの背中を蹴った! 
おじさんは逃げてしまった──。あいつ、デリックって名前だったのか。あの野郎、どうしてこんな時に、村に来てるんだよ。それにしても乱暴なヤツだな……。
 考えていると、チョッキ少年──デリックは道を右に曲がって行ってしまった。

 さ、さあ、本を売らないと。
  
 ◇ ◇ ◇

 うーむ……古本屋はあったはずだが、潰れたようだ。しかし、本が売れそうな質屋(しちや)を見つけることができた。質屋か……あまりよく知らない店だ。

 ビクビクしながら店に入ると……質屋の店主は、俺をジロリとにらんだ。

「……いらっしゃい。村の外の者か? 珍しいな」

 アシュリーは自信満々に、店主に言った。

「本を売りたいのですが!」

 ダン! ダン! ダン! 
 
 アシュリーはそんな音とともに、俺が持っているカバンから、古書を一冊ずつ取り出し、カウンターに置いた。計7冊──。

「これはきっと良い本ですよ! 5万ルピー以上にはなると思うわ!」

 アシュリーが言った。お、おい、アシュリー。5万って……んな無茶な。こんなボロい本が……? 俺がそう思っていると、質屋の店主は舌打ちした。

「5万ルピー? はあ? こんな古くせえ本が?」

 そして質屋の店主は言った。

「嬢ちゃん、こんな本、300ルピーにもならんぞ。めんどうくせえなあ。一応、査定してやるが。一時間くらいかかる。そこらで待ってろ」

 質屋の店主はまた舌打ちして、俺たちをにらみつけながら言った。
 
 ◇ ◇ ◇

 俺とアシュリーは、外に出た。どこかで休憩するか。

 するとその時──。

「いてえっ! 何しやがんだ、ジジイ!」

 何だ? 大声がしたぞ。見ると、道の真ん中で、例のチョッキを着た少年と六十歳くらいの男がもめている。地面にはパン──チョココロネが散らばっていた。

 またさっきの不良──チョッキ少年、デリックか!

 一方、六十歳くらいの男は……? げええっ! 二十年前、俺に銀トレーを投げつけたパン屋の主人、ブルビーノ親父! 少し老けたが、面影はある。

「おいパン屋! 俺様にぶつかって服にチョコをつけるなんて……。謝罪じゃ済まさねえよ?」

 デリックはブルビーノ親父に対して、すごんだ。

「も、申し訳ありません。急いでいたもので」

 確かに、デリックのチョッキに、チョココロネのチョコがついている。ぶつかった時に、付着したのだろう。

「謝罪じゃすまねーんだよ!」

 デリックは、ブルビーノ親父を蹴っ飛ばした。ブルビーノ親父は、腹を蹴られ、地面に尻持ちをついた。

 野次馬が集まってきている。ちょっとした騒ぎだ。

 すると──。

『ゼント! あのチョッキ少年……デリックをこらしめてやりなさい』

 俺の頭の中に、例の守護天使マリアの声が響いた!

 へ? 何を言って……。

『あの不良少年、デリックをこらしめなさい! あなたならできる!』
「え、え、え」

 こらしめなさいって……何? お、おい、おれが、あいつを? 何で俺が?

 あなたならできる? そ、そんなバカな?

 アシュリーも俺のことを、「パン屋さんを助けてあげて」という真剣なまなざしで見ている。

 う、うわああ……マ、マジでやるのぉ?

 ていうか、やることになる感じだ、こりゃ。