ディーボに対する、ダウンカウントが続いている。

『5……6……7……』

 ディーボはゆっくりと立ち上がろうとする。薄気味悪く笑っていた。

「よっと」

 カウント8で、彼は立ち上がってしまった。試合続行だ。

「ディーボ、君のユニークスキル……『痛みの反響魔導力』は、いつ出てくるんだ?」

 僕は思わず、ディーボに聞いた。
 ディーボは驚いた表情を見せたが、またニヤリと笑った。

「よく知ってるね……スキル鑑定士に調べてもらったのかい」

 僕は答えなかった。ディーボの全身に目を凝らすと、彼の体から、緑色の「気」が立ち上がっていた。これが、『痛みの反響魔導力』か!

 さっき僕はディーボに、アッパーを喰らわせた。つまり……彼の受けたダメージが、僕に……二倍になって返ってくるのか?

「ここからの僕は危険だ」

 ディーボはそう言い、緑色の残像を残しながら、パンチを放った。

 ブンッ

 僕はかわしたが、風圧がすごい。グローバス・ダイラントよりも威力のあるパンチかも?

 今度はディーボの下段蹴りだ! セオリー通り、スネで受ける。

 ぐぐっ……。

 なんて威力だ? 痛い! スネがへし折れるかと思った。が、こんなところでひるんでいるわけにはいかない。

 ディーボはジャブ──を放ったと思ったら、軌道が変化した。右肘っ!
 かわした──いや、今度はアッパーが下から飛んでくる! 僕は両手をクロスさせて、アゴを防ぐ。

 しかし、ディーボの攻撃は終わらなかった。

 次の瞬間、僕のガードの上から、右中段蹴り! 蹴り技が得意な選手がよくやる、腕の破壊を目的とした攻撃だ!
 続いて、左ボディー、右脇腹へのパンチ、続けて──ディーボ、得意の直突(ちょくづ)き!

 ガスッ

(あ、危ない、危ない……)

 僕は直突(ちょくづ)きを、手で防いでいた。それにしても、見事な攻撃だ……!

 観客も、ディーボの連続攻撃に、ため息をついている。

「や、やばいぜ、ディーボ……」
「止まらねーじゃん」
「レイジ、押されてるんじゃねーか?」

 うおっ! ディーボが体を回転させた。裏拳!
 僕は両手で防御していた。しかしすごい威力だ。手がしびれた。

「油断したね」

 ディーボは素早く左フックを放っていた。僕は再びとっさに両腕で防御した。しかし、あまりの威力に吹き飛んでしまい、リング上に尻もちをついた。

 観客が騒然となる。

「レイジがダウンか?」
「倒れたぞ!」

 いや……ダメージはない!
 ディーボも首を横に振った。

「レイジ君、君はダウンしていないだろう? スリップダウンだ。さあ、闘おう」
「ああ」

 僕はすぐに立ち上がった。
 僕には秘策があった。ディーボには気付かれていない。ケビンとベクターと一緒に練習した技がある!

 僕は少しディーボに近づいた。すると案の定、彼は、僕に素早く組み付いてきた。

「いい加減、投げられろ!」

 ディーボは苛立っている。またもや変形山嵐(へんけいやまあらし)を狙っているようだ。
 しかし──残念だったな!

 僕は彼の腕を取り、くるりと前を向いた。そして彼のスネを、足で払った。

「あっ」

 ディーボは声を上げた。

 僕は彼を投げた。変形山嵐(へんけいやまあらし)で──。
 ディーボを投げた!

 ドターン

 ディーボは首から落ち、「うぐ」という声を上げた。彼はリング上にうずくまっている。

『ダウン! 1……2……3……』

 カウントが始まった。倒れたディーボは、僕をにらみつけていた。

「お前……、よくもやってくれたな。僕の得意な技で僕を投げるとは」

 僕は黙っている。ダウンカウントは続いている。

『5……6……7……』

「審判っ! 黙れっ!」

 ディーボは怒鳴りつつ、膝に手をかけて、ヨロヨロと立ち上がった。おや? 彼の体を包む「気」が弱まった? もう闘う気がないのか?

屈辱(くつじょく)……! 屈辱(くつじょく)だぞ……レイジ」
「いけない!」

 声を上げて、リング下に駆け寄ってきたのは、ララベルだった。

「何か、恐ろしいものが来る!」

 ん? 観客がざわめいている。皆、空を見上げている。何だ……? 空に変なものが浮かんでいる。「影」のような……黒いものだ。

 おや?

 その空の「影」から、何かが落ちてくる。いや、その「影」が意図的に何かを落とした、といった方が適切か? よく分からない。
 真っ逆さまにディーボの頭上に、「何か」が落ちて来る。
 な、何か長細いもの? いや、板状のものか? 違うな……。でも、たいして大きなものではなさそうだ。

 ディーボはリング上にそれが落ちる瞬間、手でパッとつかみ取った。お、お見事、と言いたいが、そんな場合じゃない。
 あれは……!

 長さ三十センチ、横十センチの……(さや)? あの刀やナイフを包む、(さや)という代物だ。茶色いから、動物か何かの皮でできているのだろう。
 でも、それが何を意味している? ディーボは、何をしでかそうとしているんだ?

「ディーボの隠されたユニークスキルが分かったよ!」

 ララベルが水晶球を片手に持って叫んだ。

「【ユニークスキル】魔王との契約! 空に浮かんでいるのは、『魔王の分霊(ぶんれい)』だよ!」
 
 ララベルの言っている意味が分からない。ディーボはその空から落ちてきた皮の(さや)を両手で持ち、何かを念じている。

 え?

 ディーボは皮の(さや)から、何かを引き抜いた。

 ギラリ

 中から不気味に光る、プラチナ色の大きめのナイフが出てきた。ナイフなのに、異様な迫力がある。長さが三十センチもあるからだろうか。

「お、おい。意味がわからないぞ。試合中に……」

 僕が声を上げると、ディーボは首を横に振りながら言った。

「レイジ君、感謝する。良い試合だった。だが悪いけど、ここからは良い試合になりそうにないよ」
「な、何を言っているんだ?」
「リング上が血まみれになる。この『魔閃(ません)短刀(たんとう)』で、君を斬りつけるからね──」

 その瞬間、空から凄まじい勢いで、空に浮かんでいた「影」が降りてきた。そのまま、ディーボの体に、ヒュッと入ってしまったのだ。

 ディーボがまとった「気」は、緑色から闇色(やみいろ)に変化した。
 そして──もっと驚くべきことが起きていた。ディーボの口には牙が生えていた。まるで獰猛(どうもう)な獣のようだ。
 ディーボが魔物になってしまった?

「し、試合を中止させなさい!」

 ルイーズ学院長が、審判団席に座っている審判団に訴えた。

「ディーボは刃物を持っているわ! 反則よ!」

 ケビンが僕を助けに入ろうと、リングに上がろうとした。ちょうどその時、ディーボは再び何やらブツブツと念じだした。その途端、リングの周囲には、見えないガラスのような壁が張り巡らされたのだ。
 ケビンはその壁の「妖気(ようき)」に押し返されて、リング下に吹っ飛んだ。
 その壁は透明だが、気味の悪い闇色(やみいろ)がかっている。
 誰も僕とディーボの立っているリング上には、入ることができない。

「おい、ディーボ……」

 僕はディーボに声をかけたが、ディーボは薄ら笑いを続けるだけだ。
 
「気をつけて!」

 ララベルは叫んだ。

「ディーボはもう人間ではない! 『魔王と契約』した、魔物になってしまっている!」

 ディーボ、一体、君は……?

「説明してやろう」

 ディーボは静かに僕に言った。

「空に浮かんでいたのは、魔王の分霊(ぶんれい)。『東の果ての国』の『不死鳥山(ふしちょうさん)』に封印された、魔王の魂のかたわれさ」
「ディーボ、君は正気なのか?」

 ディーボは僕の問いに答えない。

「魔王の分霊(ぶんれい)を、僕のユニークスキル『魔王との契約』の力で、東の果ての国より、呼び寄せたのさ」

 ディーボの持っているナイフが、ギラリと光る。

「この短刀(たんとう)は、『魔閃(ません)短刀(たんとう)』。神話の時代、魔王が勇者と闘った時に使用したとされるものだ。魔王の分霊(ぶんれい)に持ってきてもらった」
「き、君は、魔物になってしまったのか?」
「魔物? いや、分からない。魔王の分霊(ぶんれい)が、僕の体に()りついただけさ……」
「──君は、僕と、そのナイフで闘うのか?」

 僕は聞いた。答えは分かっている。

「その通り。これから、僕と君の『死合(しあ)い』が始まる」
 
 ディーボはつぶやいた。

「どちらかが死ぬまで、終わらない」

 僕は驚いていた。まさか素手と武器の闘いになるとは……。

 それにしても──「死合(しあ)い」だって? 「死ぬまで終わらない」だって? 冗談じゃない!
 
 僕は魔導体術家として、ディーボをきっちり「試合」の中でKOする!
 
 僕は覚悟を決めた!