ディーボ・アルフェウスとボーラス・ダイラントの試合が始まった。

 僕はボーラスの兄のグローバスと対戦したが、それと同じくらいの体重差だ。ディーボは小柄で軽量級。ボーラスは重量級だ。ただし、ボーラスの体は、前回の僕との対戦時よりは、多少引き締まって見える。

(この試合、ど、どうなるんだ?)

 僕は席から、二人の試合を見守った。

 ──ボーラスは素早く右ジャブを放った。

 パシィッ

 ディーボはパンチを喰らった。ボーラスは、今度は左ジャブを放つ。ディーボはまた受けてしまう。
 ボーラスはニヤリと笑った。

「たいしたことねぇな!」

 ボーラスはすぐに得意の右ボディーブローだ。ディーボの腹部に当たった。ディーボは、「ぐっ」という声を上げて、後退する。

「おいおい」

 ボーラスは笑っている。

「お前、本当にバルフェスの一位なのか?」

 ディーボは真っ青な顔で、腹を押さえながら、ボーラスと距離を取り始めた。ボーラスは一歩踏み込んで、右ストレートを放つ。ディーボはあわてて、横にかわした。しかし、ボーラスの左フック。ディーボの頭に、まともに当たった!
 ディーボは吹っ飛ぶ。しかし、転げながら、すぐ立ち上がる。ダウンではない!

「ねえ、デルゲス」

 僕の左隣に座っていたルイーズ学院長が、デルゲス・ダイラントに言った。

「あなたの息子は調子良いわね。でもあなたが協力している、期待のディーボ・アルフェウスはまったくダメじゃないの」
「ふん、そうだな」

 デルゲス・ダイラントは僕の隣で、腕組みをしながら言った。

「ディーボの力は、あんなものではないはずだが。買いかぶりだったか」

 ディーボはフラフラになりながら、構える。あんなに重いパンチを喰らいながら、ダウンをしないとは、さすがというべきなのか。

 ディーボ、君はバルフェス学院の一位だろう。君を応援するつもりはないけど、一体どうしたんだ? 僕は首を傾げた。

「ケリをつけるぜ」

 ボーラスはディーボのそばに素早く近寄ってきた。
 ──ん? なんだ?

 スパンッ

 その時だ。ディーボの右パンチが、いつの間にかボーラスの顔に当たっていた。
 驚くボーラス。
 ディーボは前進し、倒れ込むような姿勢で、そのまま拳を突き出したように見えた。
 な、何だ? あのパンチは! 体をまったく(ひね)らない!

 スパン!

 またディーボのパンチが、ボーラスの顔に当たった! 

「ディーボのパンチは、ノーモーション・パンチよ!」

 ルイーズ学院長は言った。

「相手が動いた(すき)を見て、倒れ込むように打つパンチ! 相手は動きの挙動が分からないから、約九十%の確率で、当たるわ!」

 ディ、ディーボのやつ、あんなパンチを持っていたのか? あれが彼の言う、「得意技」なのか?

 しかしボーラスはさすがに倒れない。
 ディーボに素早くラッシュを叩き込む。そして、得意の右フック!

 しかし!
 ディーボはその右フックを腕で防いでいた。すぐにボーラスの右腕を両手で掴んだ。
 彼はくるりと正面を向いた。

 ディーボは右足裏で、ボーラスの右足のスネを払い──。

 ドサッ……

 何と、ボーラスを背負って投げつつ、ディーボ自身も倒れ込んだのだ!

 ディーボはすぐに起き上がって、構えをとる。
 ボーラスも、すぐに起き上がろうとするが、顔が苦痛にゆがんでいる。立ち上がれない。背中を強く打ったみたいだが……。

「あ、あの投げ技は!」

 ルイーズ学院長が声を上げた。

「……『山嵐(やまあらし)』!」
「え? ヤマアラ……何ですか? それ」

 僕が聞くと、右に座っていたデルゲスが口を開いた。

「正式には、山嵐(やまあらし)の変形だ。『変形山嵐(へんけいやまあらし)』だ」

『ダウン! 1……2……3……!』

 ダウンカウント! ボーラスのダウンだ!
 ボーラスは何とか立ち上がり、すぐに構えた。だが、まだどこか痛そうだ。
 
 ディーボは構えたまま、動かない。ボーラスはそれをチャンスと見たのか、素早く走り込んできた。顔は青ざめていたが──。
 得意の走り込んでのパンチ!

 しかし、ディーボも一歩踏み込み、ノーモーション・パンチとは違う、不思議なフォームから、右拳を放っていた。

 バキイッ

 音がした。

 ど、どっちのパンチが当たったんだ?

 グラリ

(ううっ……!)

 僕は冷や汗をかいていた。

 体がぐらりと揺れたのは、ボーラスの方だった。ボーラスのアゴに、ディーボの拳が当たっている。逆にボーラスのパンチは──ディーボにかわされていた。
 
 パンチが当たったのは、ディーボだ! 

 ボーラスは両膝から崩れ落ち、再び、リング上に座り込んだ。

 僕は見た。ディーボはボーラスの拳をかわしつつ、ボーラスのアゴにパンチを叩き込んでいた。しかも、そのパンチは普通のものでも、ノーモーション・パンチでもなかったように思える。
 拳は横向きではなく、縦向きに繰り出されていた──。い、いったい、何なんだ? ディーボのあのパンチは? 
 腰は回転しているのに、軸がまったくブレていなかったように見える。 

『ダウン! 1……2……3……!』

 またダウンカウントが始まる。

「今のディーボのパンチ、ノーモーション・パンチに近いけど、これは『直突(ちょくづ)き』という技よ」

 ルイーズ学院長は言った。

「拳は縦の状態で繰り出される。つまり『縦拳(たてけん)』というやつね。素早さと威力を合わせ持ったパンチよ」

直突(ちょくづ)き……! ディーボは何種パンチを持っているんだ?)

 ボーラスは立ち上がろうとするが、ダメだ。直突(ちょくづ)きよりも、さっきの投げが、相当効いているのだろう。手を背中に回してから、苦痛に顔をゆがめ、またリング上に寝転んでしまった。

 デルゲスは立ち上がり、「勝負あった」と言って、競技場の奥の方に去っていった。

『……8……9……10!』

 カンカンカン! という試合終了のゴングが鳴った。すぐに治癒魔導士が、リング上にかけこむ。すぐに、ボーラスの背中を診察し始めた。

『しょ、勝者! ディーボ・アルフェウス! 五分三秒、KO勝ち!』

 魔導拡声器(まどうかくせいき)で放送がかかった。僕は呆然としていた。

「ル、ルイーズ学院長! これ、一体どうなっているんですか?」

 僕はルイーズ学院長に聞いた。

「パンチが効いた以前に、ボーラスはディーボの変形山嵐(へんけいやまあらし)ですでにダメージを受けていた」

 ルイーズ学院長は説明した。

「ボーラスは背中をかなり強く打ったみたいね。もしかしたら骨にヒビが入ったかもしれない。──でも、これはディーボの実力よ。受け身をとれなかったボーラスが弱かった」
「ディーボの放った投げ技は、何なんです?」
「伝説の投げ技、山嵐(やまあらし)の変形と言って良いと思うわ」
山嵐(やまあらし)……? 聞いたことがありません。背負い投げの一種ですか?」
「ええ、簡単に言えばね。百年前、『東の果ての国』の魔導体術家(まどうたいじゅつか)が考案したとされる、伝説の投げ技よ」
「東の果ての国……! 百年前ですか!」
「ええ、古い技よ……。ただし、ディーボが見せた投げ技は、その古い技の変形……だけど。山嵐(やまあらし)の特長としては、相手の片腕を取り、自分の足裏で相手のスネを払う」

 ルイーズ学院長はためらうように言った。

山嵐(やまあらし)は、あなりにも危険な技だし、難しい技だから、百年間は使い手がいなかった。しかし、ディーボ・アルフェウスは使った!」

 百年間も使い手がいなかったって? そんな技があるのか? ボーラスは治癒魔導士の治癒魔法をかけられている。一方、ディーボはひょうひょうとした顔で、リングをさっさと降りてしまった。

 僕は立ち上がった。

「レイジ! どこに行くの?」

 ルイーズ学院長は驚いた顔で僕を見た。

「ちょっと、ディーボと話をしてきます!」

 ◇ ◇ ◇

 僕は席を立って花道を通り、控え室がある廊下に入った。警備員がいたが、僕の顔は知られているので、引き止められなかった。

 ディーボがいた! 彼は控え室前で、下級生と談笑している。

「ディーボ!」

 ディーボはおや、という顔で僕を見た。

「君は、こんな実力を隠しもっていたのか!」

 僕は声を上げた。ディーボはハハッと笑った。

「レイジ君、試合、観てくれたのかい」
「ああ、観たよ。み、見事な投げだった」
「嬉しいね。今日は、正々堂々といかせてもらったよ」

 彼は笑った。しかし、僕はベクターのことについては納得がいかない。

「君は実力がありながら──、どうしてベクターを怪我させたんだ」
「怪我をさせようが、なんだろうが、弱い者はリング上にはいらない。君も分かっていることだろう? フフッ、一週間後、準決勝がある。そして、その次の決勝は僕と君──レイジ君が闘うことになるだろう」

 僕は何も言わなかった。

「決勝で会おうじゃないか。楽しみだな」

 ディーボはそのまま、下級生と控え室に入ってしまった。

 僕は呆然と立ち尽くしていた。ディーボ・アルフェウス……。

 彼は──強い!