「さっさとリング上で寝ちまえっ! この弱虫野郎が!」

 ボーラスはそう叫び、力強いボディーブローを放ってきた。一週間前、僕がドルゼック学院を追放さた時に受けた、彼の得意技だ。
 しかし、僕はすんでのところで避けた。
 彼の手にはめている体術(たいじゅつ)グローブの拳部分には、石のように硬い魔石石膏(ませきせっこう)が入っている! 当たってたまるか!

 するとセコンドのアリサは、ボーラスのグローブの異変に気付いたようだ。やはり彼女も、ボーラスのグローブの異様な盛り上がりに気付いたのだろう。
 アリサは審判席の方を振り返って叫んだ。

「ねえ、審判っ! ボーラスのグローブに……!」
「いや、いいよ! アリサ、言わないでくれ!」

 僕はとっさに叫んだ。アリサは驚いているようだった。

「僕は、このまま、ボーラスを倒す!」
「ククク……いい度胸だ、レイジ」

 ボーラスは悪魔のような顔をして笑っている。

「何にしてもだ。俺のこのグローブのことは、審判にバレねえ仕組みになっているんだ。審判を、買収しているからな」

 僕はボーラスのあまりの悪党ぶりに、苦笑するしかなかった。本当は苦笑している場合ではなかったが。一方、アリサは僕の考えを察してくれたようで、深くうなずき、叫んだ。

「レイジ、そのまま行けぇーっ!」
「おーら! 血ヘド吐けや!」

 ボーラスは左ジャブ二回、そして右フック! 僕はすべて上段受けで受け流した。彼の石のように硬い拳部分をうまく避けている。これはボーラスのパンチを、ミット持ちで体験していた成果だ!
 ボーラスといえば大量の汗をかいて、顔も真っ青だ。

「て、てめえ……。何なんだ、おめえは。全然当たらねえ……。あの弱虫レイジはどこにいったんだ? おい」
「知るか」
「この野郎……生意気な口を利きやがって。だが、これならどうだ?」

 ボーラスが走ってきた! 駆け込みながら、右ストレート! これがボーラスの最大の得意技だ。何と、右手が青白く光っている。魔力を込めたパンチだ。ボーラスは魔力を使うのが苦手だったはずだが、練習したようだ。

 しかし、僕はその隙を見逃さなかった。ボーラスの肩口に、前蹴りを繰り出していた。その瞬間、ボーラスは苦痛にゆがんだ顔をして、腕を降ろした。

「ち、ちくしょう、痛ぇ……。お前、何しやがった……?」

 これは、肩口の急所を狙った攻撃だ。僕の思惑通り、彼の肩の急所に入った。ボーラスはもう防御姿勢をとれないくらい、痛いはずだ。

 ボーラスは真っ青な顔をして、後ろに下がった。右腕はだらりと垂らしている。

「てめぇを絶対ぶっとばす……いいか、この野郎!」

 ボーラスが()える。今度は駆け込みながらの左ストレート! 僕はそれを待っており、体を沈ませた。

「お、おい、待っ……」

 ボーラスは声を上げたが、僕は止まらなかった。

 バキィッ

 僕は彼のあごに、右アッパーを決めた。美しいまでにボーラスのアゴをとらえた、カウンター攻撃だった。魔力も込めている。
 観客は静かになった。
 完全に急所に入った手ごたえがある。

「ぐ、ふ……」
 
 ボーラスは膝をがくりと折って、リングにしゃがみこんだ。

 しかし、いつまでたっても、ダウンカウントは始まらない。審判員はあわてたように、顔を見合わせている。

「おい、ダウンだろーが!」
「カウントとれよ!」
「何やってんだ、審判!」

 審判員は、ボーラスのダウンを認めない方針らしい。やはりボーラスに買収されていたようだ。しかし、渋々、魔導拡声器で、審判員の声が響いた。

『ダウン! 1…………2…………3…………4…………』

 やたらと遅いダウンカウントが始まった。ボーラスはリングのロープにつかまり、何とか立ち上がろうとする。

 その時だ。

「早く、試合を止めさせなさい!」

 審判席の審判員たちにそう叫んだのは、医療班(いりょうはん)治癒魔導士(ちゆまどうし)だ。

「完全にカウンター攻撃で、あごに入っているぞ! ボーラスが危険だ。すぐにタンカを用意しなさい!」

 審判員たちは困ったように、何かを話し合っている。そのうち、何と、ボーラスが立ち上がった。

「ヘヘヘ、レイジ、てめぇをぶん殴らなきゃ気がすまねえ」

 ボーラスはそう言いつつ、素早く僕に近づいてきた。
 誰が見ても、隙だらけなのは明らかだ。
 僕が彼の腹にパンチを打ち込むと、彼はうなりつつ頭を下げた。すかさず僕は──。
 ボーラスのアゴに向けて、渾身の力を込めた飛び膝蹴りを放った。

「ぐへ」

 ボーラスの声と、にぶい打撃音がリング上に響いた。

 僕の膝蹴りによってボーラスの頭が上がり、彼はグラリとその巨体を揺らした。

 しかし、ボーラスは踏みとどまった。

「ぐああああーっ」

 ボーラスは獰猛な熊のような声をあげながら、突進してくる。最後の攻撃だ。

 ここだ! もう一発!
 
 僕は右フックを彼のこめかみに叩き込んでいた。
 急所──。確実にとらえた!

「うぐ、お」

 ボーラスは声を上げた。
 そして……ボーラスは再びガクリと両膝をリングについた。

 ──その時、甲高い試合終了のゴングの音が周囲に響いた。 
 ゴングを鳴らしたのは、医療班(いりょうはん)治癒魔導士(ちゆまどうし)だ。

『勝者、レイジ・ターゼット! 七分三十二秒、KO勝ち!』
 
 ドオオオオッ

 観客は騒然となった。