幼馴染の涼と遥希がはしゃいでいるのを尻目に僕は木陰でサイダーを飲んで読書をしていた。本来なら今頃僕らは青春の一ページを刻んでいるはずだった。夏休みだけど集まって、遊園地に行ったり、祭りに行ったりしてそこで今しかできないような時間を過ごすという青春。しかし現実とは辛いもので僕らは今学校にいる。成績が悪いわけではないがそれぞれ様々な理由で補講を受けているのだ。今は昼休憩で、涼も遥希も炎天下の中水遊びをしている。
「遥―!あんたもこっち来なさいよ!」
あぁ遥希が呼んでいる、涼も僕に水をかける気満々の顔をしている。僕の放った嫌だよの言葉は空中に儚く消え去り遥希は僕の腕を掴んで日の下にさらった。強い日差しが容赦無く僕の皮膚を撫でる。眩しさに目が眩み、目を閉じる。次に目を開けると涼が目の前にいた。涼は満面の笑みで僕に水をぶっかけた。遥希は女子のくせにワイシャツ一枚でこちらを見てケラケラと笑っていた。僕は肩にかけていたカーディガンを遥希に無言で渡し、日陰に戻った。後ろから涼の揶揄う声と遥希の叫び声が聞こえてきたが無視だ。僕は肌寒さに少し震えながら木陰で二人がはしゃぐのを見ていた。少しして建物の窓が豪快に開いて先生の怒号が響いた。
「お前らー!!そこで水遊びをするなー!!」
その声に遥希はキラキラの笑顔で
「じゃあどこでならやっていいんですかー?」
と叫び返した。先生はまた何かを怒鳴って最終的にそこで待ってろと言い残して窓を閉めた。僕らは顔を見合わせて笑い合い急いで片付けをした。先生がやってきて息を切らしながらお小言が始まると程なくして遥希がお腹を押さえてしゃがみ込んだ。
「ちょ、せんせ待って。お腹痛い。」
先生は慌てふためいて心配していたが騙されてはいけない。これは遥希の演技だ。涼が少し笑いながら
「俺らで連れて帰るんで今日は午後の補講出なくていいですか?どうせ俺らしかいないですし。」
と言うと先生はくれぐれも気をつけて帰れよと念を押して職員室に帰っていった。また僕らは顔を見合わせて笑った。ジャン負けで教室まで荷物を取りに行くことになり、涼が負けた。遥希が元気よく涼の背中を叩いて送り出すとこちらを振り返りニッと笑った。僕は遥希のこの笑顔が好きだった。遥希はこの後何するー?とスマホをいじりながら聞いてきた。僕は少し考えてから
「お腹痛いんだし帰って休めば?」
と悪戯っぽい笑みで返した。すると遥希は慌てたように
「も、もう大丈夫だもん。私だって二人と遊びたいもん。そうだ!遥、花火しよっ!」
僕が花火ぃ?と難色を示しても遥希は既に決定したかのようにどこで入手してどこでやるかなどインターネットで調べ始めた。ここまでくると誰の声も届かない。涼がやってきて目線で今度はなんだ?と訴えてくる。僕は荷物を受け取り
「花火だって、今どこが安いか調べてる。」
と言い、無駄に重い遥希の荷物を抱えて歩き出す。遥希はブツブツと何かを呟きながら後ろをついて来る。しばらくして納得のいく結論が出たのか遥希は後ろから僕らに体当たりした。
「ワンスト!行くよ。」
と言い遥希は逆方向に進み出した。どうやら逆方向に10分と少しのワンコインストアが一番最適だったようだ。僕らも後を追い、店先でジャン負けをして今度は遥希が負けた。
「涼、あんた今日お母さんからお小遣いもらってたよね。貸して。」
涼と遥希は双子の兄妹だ。涼は結局俺が払ってんじゃんとかなんとかブツブツと言いながらお金を渡していた。僕は一人っ子なのでこういうやりとりが羨ましい。しばらく外で涼と駄弁っていると遥希が買えたよーっと元気よく飛び出してきた。僕が
「どこでやるの?場所見つかった?」
と尋ねると遥希はケラケラと笑いながら
「遥は心配しすぎ!まる公で良くない?行くよっ。」
と歩き出した。まる公とは僕らの家の近くにある楕円形をした公園のことで小学生の頃とかは頻繁に利用していた。昔話をしながら歩いているとすぐに着いて、僕らはカメラを回し始めた。投稿サイトにはあげないけれど思い出として毎度遊ぶたびにカメラを回している。そして『開封の儀』と称して遥希が投稿者みたいな口調で買った花火の紹介を始めた。所々で僕たちの笑い声やツッコミ、訂正などが入っていて後から見ると結構面白い。遥希は動画を確認し、「じわるー」と笑い倒れていた。そして早速僕らは花火を始めた。三人で写真を撮ったり動画を回しながら楽しいひと時を過ごした。あっという間に買った花火は無くなってしまい僕らは爆速で終わってしまったことに顔を見合わせて笑った。そしてブランコに腰掛け皆でどうでもいいことを言い合って笑った。花火を始めたのが十九時だったはずなのにいつの間にか二十二時半を回る頃になっていた。流石に両家の親から連絡があり、急いで帰ることになった。コソコソとゴミを拾い集めて片付けをする様は不審者みたいだと遥希が呟いた時本当に警察官に職質をかけられたので僕らはまた笑った。学生証を見せてすぐに帰りますと言ってなんとか解放してもらい、急ぎ足で家まで帰った。家の前で二人と別れると隣の自分の家に帰った。母がすごい形相で待ち構えていて僕は一時間フルコースでこってり怒られた。最後に母は
「明日も補講でしょう、早く寝なね。」
と言って解放してくれた。僕は無言で頷いて自室に入るとすぐに着替えてベットに入った。夜中にお腹が空いて目が覚めたので仕方なくリビングに降りるとまだ母がそこにいた。誰かと電話をしているようで険悪な雰囲気が廊下にいる僕にまで届いた。
「そんな、遥をお友達たちと離すのは良くないわ!、、、。でも、、、、、。わかった。あの子には私から伝えるからあなたは会いに来ないで。」
そう言って母は電話を切った。僕はなんの話かは分からなかったけれど嫌な予感がしてならなかった。
 翌日も変わらず二人と家の前に集合し、学校に向かった。教室に入ると冷ややかな冷房の風が僕らを迎えた。
「「涼しー。」」
涼と遥希の声が揃って僕の耳に届く。しばらく涼んでいると知らない先生が入ってきて僕を見ると近寄ってきて言った。
「お前、あの西園寺グループの会長の孫なんだって?」
僕は首を振って否定した。
「いえ、僕はそんな人知りません。」
嘘だ。本当は僕の母方の祖父は西園寺グループの会長だしそのことは子供の頃から知っている。その名声によってくる輩を避けるために、僕を普通の子として生活させるために僕の両親はあの家と縁を切って僕を育てた。そしてもう一つ、僕の病の治療のためでもある。僕は生まれつき体が悪い。だから程よい田舎のこの街にわざわざ引っ越ししてきたのだ。祖父は僕の体が悪いのを知っていてもなお、葉巻を僕の前で吸うことをやめなかった。幼稚園までは一緒の屋敷で過ごしていたが、小学校からはこちらに移って静かに生活してきた。さて、なぜこの教師は僕の秘密を知っているのだろう。涼と遥希にも言っていないのにどこから情報が漏れたのだろう。僕は終始笑顔で対応した。先生は様々に喚いて帰っていった。二人は黙っていた。先生がいなくなっても何も言わないで僕を見ていた。
「なんだよ?なんで何も言わないの?」
二人が離れていってしまう気がして少し語気が強くなってしまった。遥希は
「え?違うよね?遥は嘘なんかついてない、そうだよね!?あの先生が間違ってるんだよね?」
と悲鳴のような声をあげた。涼は
「遥希、やめろ。遥にも事情があって俺たちに黙っていたんだろ。そりゃ言ってくれなかったのは寂しいけど、捲し立てて非難することじゃないだろ。」
と遥希を抑えた。僕の中が真っ黒に染まって行く気がした。
「なんだよ事情って。皆僕のことを信じてくれないのかよ?あぁそうさ、僕の祖父は西園寺グループの会長だよ、それがどうした!!」
二人が息を呑む音が聞こえた気がした。やめろ、二人を責めるのは違う。そうわかっているのに止まらなかった。
「どうせお前らも隠してた僕を責めて非難するんだろ?それで嘘つきって離れて行くんだろ?あぁ、または祖父の名声に駆られて僕に媚び売って諂うんだろ?悪いけど僕は祖父との縁はない、残念だったな!!」
バシッと教室に鈍い音が響いた。遅れて頬に痛みが走り血が集まってくる。僕は遥希にビンタされていた。
「サイテー。」
遥希の声ではないみたいにとても低い唸るような声でそれだけいうと遥希は荷物を持って出て行ったしまった。涼は寂しそうな目で僕を見た後
「友達だと思っていたんだけどな。」
と言って部屋を出て行った。僕はこの時のことをどれほど後悔したかわからない。僕はこの時二人を追いかけて謝るべきだった。でも僕はそうしなかった。補講を受け、何もなかったかのように家に帰った。家に帰り今日の補講内容を整理しているとノックの音が聞こえた。
「遥、入るわよ?」
母は僕の静止も聞かず部屋に入ってきた。
「話があるの、、、。」
僕はプリントから顔をあげ母を見た。目を合わせたのはいつぶりだろうか。母はなかなか話を切り出さない。焦ったくなって
「何?用がないなら勉強したいんだけど?」
と強く言ってしまった。母は慌てた様子で待ってと言った。振り返ると目を潤ませてこちらを見ていた。仕方なく母とリビングに降りるとホットココアを淹れて母に差し出した。一口飲むと覚悟を決めたのか母は要件を口に出した。
「遥には本家に、お父様のところに戻ってもらうことになりました。これは決定事項です、お願いだから逆らわないで。」
お父様とは僕からした祖父のことで、要は祖父に戻れと命令されて従うしかない何かが起きたのだろう。僕はわかったと返事をし、出発日時を聞いた。
「もう迎えは来てるの、明日の早朝に出発してちょうだい。お母さんはついていけないけどお見送りだけは行くから。」
“明日の早朝”そう頭の中で繰り返しながら僕は気づいたら頷いていた。部屋に戻り必要最低限のものだけをパッキングする。本や漫画は捨てられる可能性があるので持っていけない。母に守ってもらおう、そう決めると仮眠をとった。誰かに肩を揺さぶられて目覚めるともう朝で母が支度を手伝ってくれた。朝食はいつも摂らないので昼食を持たせてもらい、服は制服を着崩すことなく着させられた。駅のロータリーまで行くと一台の車がクラクションを鳴らした。母がじゃあ言ってらっしゃいと言って離れていった。
 僕が車に近づくと中から人が出てきてドアを開けてくれた。僕は昔を思い出した。昔同じように執事さんにドアを開けてもらった時ありがとうございますと言うと祖父に怒られたのだ。だから今回は当たり前、という顔をして車に乗り込んだ。車に乗ると
「ふんっ合格だ。」
という声が聞こえてきた。よく見るとビデオ通話がつながっていて、祖父の顔がそこにあった。
「久しぶりだな、遥。」
相変わらず傲慢な態度は変わらなかったけど少し老けたように見えた。
「お久しぶりです、お祖父様。お変わりないようで何よりです。」
僕は当たり障りないことを言っておいた。祖父の出方を伺っていると一方的に電話が切られた。困惑していると使用人が失礼しますと言って顔を覗かせた。
「私めを覚えていらっしゃるでしょうか?」
僕は少し首を捻って思い出そうとした。
「あぁ!お前新垣だな!?変わりないな。」
新垣は
「嬉しいお言葉をありがとうございます。」
と言って顔を綻ばせた。そして説明を始めた。
「旦那様にはお子様が三名おられました。そのうちの一人が遥様のお母様の桜様でございます。」
僕は頷きながら
「うちの母は末っ子で、叔父上が二人いたはずだ。」
と話を進めると新垣は深く頷いて肯定した。
「左様でございます。しかしながらお二方ともに病に倒れてしまいました。今の西園寺家ははっきり申し上げて危機にあります。そこで旦那様は遥様にお目を付けられました。私どもはやっとの思いで桜様の連絡先を調べ、遥様を屋敷に上げるようにと旦那様が仰っていると申し上げました。遥様は屋敷に到着すると旦那様の執務室に行くことになります。続きは旦那様から直接お聞きになってください。」
僕は叔父上が二人とも倒れたことに驚いた。誰かの犯行ではないかと疑いたくなる。そいつがいなければ僕は平和な生活ができたのにと少し恨めしく思いつつ屋敷まで向かった。屋敷に着くと新垣の言った通りお祖父様に呼ばれた。はっきり言って僕は祖父のことが嫌いだ。幼い頃の記憶だがそれだけははっきりと覚えている。お祖父様の執務室に着くと新垣がお連れしましたと言ってドアを開けた。僕は失礼しますと言って部屋に入った。お祖父様は椅子に座って庭を見ていた。
「遥、お前はこれから先うちのホールディングスの社長になってもらう。だがお前は今は中学生だ、まずは勉学に励みそれから社長になれ。」
“拒否権はない”そう言外に言われているようで僕は顔をしかめた。
「お祖父様、僕を前の学園に戻してください。社長になる件はいいとしても、僕は今までの学園がいいです。」
言い終わってすぐ失敗したなと思った。お祖父様の眉間に皺がよりこちらを睨めつけるように見た。
「お前は何様だ?お前は私に意見するのか?」
僕を張り倒しお祖父様はぐりぐりと僕の頭を踏みつけた。
「申し訳ございませんでした、、、。」
僕が謝ると足をどかしお祖父様は起き上がった僕に顔を近づけて言った。
「お前は私に従っていればいい、お前は私の駒だ。」
「はい、、、。」
僕は下がることを許され、一度深礼をしてから部屋を出た。新垣に部屋に案内させ、荷物を置くとすぐにメイドが出てきて乱れた僕の髪や服装を正す。僕はお祖父様が決めた有名私立に編入し、生活を送っていた。元々成績は悪くはなかったのでそこまで苦労しなかったが何が大変かといえば家柄を狙って生徒や先生までが僕に群がることだ。僕は遅刻ギリギリに登校し、終礼が終わるとすぐに帰った。呼び止められても止まらずに逃げるように迎えの車に乗り込むのが日課だった。何も知らないお祖父様はもっと早く学校に行かんかと怒っていたけれど僕はこの生活を変える気はなかった。ただ、家にいると追い出されるので早めに家を出て途中で停車して時間を潰していた。学校では僕を見かけると皆が頭を下げて早足に去っていく。僕はそれが寂しくてならなかった。母の元に帰りたい、涼と遥希に会いたい。どうしてこんな、、、。