終章 蓮の決意〈The future〉
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クウガ、アキナとの連戦の二日後、蓮は大阪にある神人の協会の関西支部へと赴いた。関西支部は想像以上に広く、京都帝国大学の敷地ほどの広さがあった。建物含めて構内は西洋風で、モダンな様だった。
病院に入った蓮は階段を上がり、一つの病室の扉を開けた。三十平米ほどと思われる小さめの部屋にはベッドがあり、アキナが長座位で座っていた。伸ばした足には白い布団がかかっている。
護国輔翼会との激戦やクウガからの一撃の負担の懸念により、アキナは二日前から検査入院をしていた。
蓮が声を発しようとすると、アキナが蓮に向き直った。すぐにぱあっと花咲くような笑顔になる。
二人は挨拶を交わして、蓮はベッド際に置いた丸椅子に座った。
「身体はどうだ? どっか痛んだりはしないのか?」アキナの目を見つつ、蓮は心配を口にする。
「お気遣いありがと。今朝に検査があって、今は詳細な結果待ちなんだよね。だけどお医者さんによると、後遺症が残ったり、今後の生活に支障が出たりはないだろうってことだったよ。一安心だね」
穏やかに笑みながら、アキナは静かに返事をした。
「良かった……」心底ほっとした蓮は思わず呟いた。
「それより蓮くん。私はあなたのほうが心配なんだよ? そこんとこわかってほしいよね。蓮くんみたいな一般ピーポーがスーパーウルトラハードな連戦を戦って、クウガの本気のパンチを何発も何発も食らって。……覚えてないけど、私の攻撃もいっぱいいっぱい受けて。……うん。ほんとは私は、あなたにも入院してもらいたいんだよ」
アキナの表情には、申し訳なさと心配とが同居していた。
戦いの後、どこで事態を知ったのか、蓮たちの下に関西支部の神人が現れた。蓮は彼らとともにクウガたちを搬送し、鴨川沿いを後にした、という流れだった。
クウガの襲撃は、上層部の派閥の一つの意向に従ったものに過ぎないということだった。鴨川沿いに現れた神人によると、クウガの処遇は今後の審議によって決定されるらしかった。
「まあ検査じゃあ問題なかったし、大丈夫だろ。俺は、怪我よりむしろ龍の姿から元に戻れるかびくびくしてたよ。でも不思議だよな。戦闘が終わったら一瞬で人間に戻るんだもんな。どうなってるんだろうな」
「うん、ほんとほんと。超念武はわからないことがいーっぱい。ま、筆頭は私の力なんだけどね」
考え込むような表情でアキナは呟いた。
漆黒蹴姫の力は、アキナの言のとおり謎に満ちていた。蓮にとって最大にして最重要な謎が、アキナの兜だった。あの時アキナは、どこから兜を取り出したのか。そもそもあの兜は何だったのか。答えは未だ出ていなかった。
またアキナの兜を消失させた蓮の力に、鴨川沿いを訪れた神人は興味津々だった。そのうちの一人に研究者がおり、蓮の超念武には蓮たちが戦った危険生命体の力に抗する何かがあると語った。
それに加え、アキナの能力(危険生命体のそれと同質と予想されていた)による悪影響も抑えられる可能性が高いということで、現在、研究が進められているのだった。
「私の能力の厄介な部分をどうにかする目途が立ったのは、とてもとっても嬉しいよ。やっぱり異端でひとりぼっちな私だけど、蓮くんみたいに命を懸けてまで大事にしてくれる人もいる。だから私は、一生懸命誠心誠意、私の人生を生き抜いてみようと思うの」
前向きな笑顔を蓮に向けつつ、アキナは力強く決意を表明した。
「おう、是非ともそうしてくれ。俺は将来、アキナたち神人に携わる仕事に就く。今からその目標に向けて努力していくつもりだよ。
クウガは曲がりなりにも、俺たちのために身体を張って動いてくれた。拳で黙らせた俺には、大きな責任がある。許されるのなら、学生のうちからなんらかの形で参加できたらとも思ってるよ」
蓮はアキナを凝視しつつ、思うがままに熱弁をふるった。
「うん、私からちょっと当たってみるよ」とアキナから弾む声で返答が来た。そのまま蓮は、幸せいっぱいといった顔のアキナと見つめ合う。
「そうそう、うっかり忘れるとこだった。蓮くんにお知らせしとかないといけないことがあったんだ。ちょっと耳を貸してくれる?」
アキナは軽快に尋ねると、招くように軽く右手を振った。
「なんかわからないけど、こそこそ話で伝える必要あるのか?」蓮は疑問を抱きつつも、アキナの頭へと耳を近づけた。
暖かい感触が左頬に生じた。アキナの唇だった。
「なっ!」蓮は慌ててアキナから離れる。
「うふふ、びっくりさせちゃったかな? 助けてくれたお・れ・い、だよ。あなたが見せてくれた勇気、私はぜったい、ぜーったいに。死ぬまで一生、お墓に入っても忘れたりしないんだから!」
頬へのキスを敢行したアキナは、心の底から幸福そうに微笑んだ。
蓮はパニックに陥りながらも、なぜかアキナから視線を外せない。
(やばい! 気まずい! 何か、何か話題を!)
蓮はぐるぐると思考を巡らせて、初めに思いついた質問を口に出す。
「そ、そういやまだ聞いてなかったんだけど。アキナのご両親ってどんな人だったんだ? と、特に俺、お母さんが気になるな。母親はやっぱり美人だったのか?」
アキナは顎に人差し指をやって、考え込むような風に斜め上に視線を向けた。
「お母さん、か。私は直接、顔を見てないから、容姿についてはなんともかんともだよね。けど他のことは色々知ってるよ」
アキナは一度、言葉を切り、平静な調子で話し始める。
「お母さんの名前はルカ=ヴァラン。念武術は紅蓮演舞で、カポエイラ遣いだったんだよ」
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クウガ、アキナとの連戦の二日後、蓮は大阪にある神人の協会の関西支部へと赴いた。関西支部は想像以上に広く、京都帝国大学の敷地ほどの広さがあった。建物含めて構内は西洋風で、モダンな様だった。
病院に入った蓮は階段を上がり、一つの病室の扉を開けた。三十平米ほどと思われる小さめの部屋にはベッドがあり、アキナが長座位で座っていた。伸ばした足には白い布団がかかっている。
護国輔翼会との激戦やクウガからの一撃の負担の懸念により、アキナは二日前から検査入院をしていた。
蓮が声を発しようとすると、アキナが蓮に向き直った。すぐにぱあっと花咲くような笑顔になる。
二人は挨拶を交わして、蓮はベッド際に置いた丸椅子に座った。
「身体はどうだ? どっか痛んだりはしないのか?」アキナの目を見つつ、蓮は心配を口にする。
「お気遣いありがと。今朝に検査があって、今は詳細な結果待ちなんだよね。だけどお医者さんによると、後遺症が残ったり、今後の生活に支障が出たりはないだろうってことだったよ。一安心だね」
穏やかに笑みながら、アキナは静かに返事をした。
「良かった……」心底ほっとした蓮は思わず呟いた。
「それより蓮くん。私はあなたのほうが心配なんだよ? そこんとこわかってほしいよね。蓮くんみたいな一般ピーポーがスーパーウルトラハードな連戦を戦って、クウガの本気のパンチを何発も何発も食らって。……覚えてないけど、私の攻撃もいっぱいいっぱい受けて。……うん。ほんとは私は、あなたにも入院してもらいたいんだよ」
アキナの表情には、申し訳なさと心配とが同居していた。
戦いの後、どこで事態を知ったのか、蓮たちの下に関西支部の神人が現れた。蓮は彼らとともにクウガたちを搬送し、鴨川沿いを後にした、という流れだった。
クウガの襲撃は、上層部の派閥の一つの意向に従ったものに過ぎないということだった。鴨川沿いに現れた神人によると、クウガの処遇は今後の審議によって決定されるらしかった。
「まあ検査じゃあ問題なかったし、大丈夫だろ。俺は、怪我よりむしろ龍の姿から元に戻れるかびくびくしてたよ。でも不思議だよな。戦闘が終わったら一瞬で人間に戻るんだもんな。どうなってるんだろうな」
「うん、ほんとほんと。超念武はわからないことがいーっぱい。ま、筆頭は私の力なんだけどね」
考え込むような表情でアキナは呟いた。
漆黒蹴姫の力は、アキナの言のとおり謎に満ちていた。蓮にとって最大にして最重要な謎が、アキナの兜だった。あの時アキナは、どこから兜を取り出したのか。そもそもあの兜は何だったのか。答えは未だ出ていなかった。
またアキナの兜を消失させた蓮の力に、鴨川沿いを訪れた神人は興味津々だった。そのうちの一人に研究者がおり、蓮の超念武には蓮たちが戦った危険生命体の力に抗する何かがあると語った。
それに加え、アキナの能力(危険生命体のそれと同質と予想されていた)による悪影響も抑えられる可能性が高いということで、現在、研究が進められているのだった。
「私の能力の厄介な部分をどうにかする目途が立ったのは、とてもとっても嬉しいよ。やっぱり異端でひとりぼっちな私だけど、蓮くんみたいに命を懸けてまで大事にしてくれる人もいる。だから私は、一生懸命誠心誠意、私の人生を生き抜いてみようと思うの」
前向きな笑顔を蓮に向けつつ、アキナは力強く決意を表明した。
「おう、是非ともそうしてくれ。俺は将来、アキナたち神人に携わる仕事に就く。今からその目標に向けて努力していくつもりだよ。
クウガは曲がりなりにも、俺たちのために身体を張って動いてくれた。拳で黙らせた俺には、大きな責任がある。許されるのなら、学生のうちからなんらかの形で参加できたらとも思ってるよ」
蓮はアキナを凝視しつつ、思うがままに熱弁をふるった。
「うん、私からちょっと当たってみるよ」とアキナから弾む声で返答が来た。そのまま蓮は、幸せいっぱいといった顔のアキナと見つめ合う。
「そうそう、うっかり忘れるとこだった。蓮くんにお知らせしとかないといけないことがあったんだ。ちょっと耳を貸してくれる?」
アキナは軽快に尋ねると、招くように軽く右手を振った。
「なんかわからないけど、こそこそ話で伝える必要あるのか?」蓮は疑問を抱きつつも、アキナの頭へと耳を近づけた。
暖かい感触が左頬に生じた。アキナの唇だった。
「なっ!」蓮は慌ててアキナから離れる。
「うふふ、びっくりさせちゃったかな? 助けてくれたお・れ・い、だよ。あなたが見せてくれた勇気、私はぜったい、ぜーったいに。死ぬまで一生、お墓に入っても忘れたりしないんだから!」
頬へのキスを敢行したアキナは、心の底から幸福そうに微笑んだ。
蓮はパニックに陥りながらも、なぜかアキナから視線を外せない。
(やばい! 気まずい! 何か、何か話題を!)
蓮はぐるぐると思考を巡らせて、初めに思いついた質問を口に出す。
「そ、そういやまだ聞いてなかったんだけど。アキナのご両親ってどんな人だったんだ? と、特に俺、お母さんが気になるな。母親はやっぱり美人だったのか?」
アキナは顎に人差し指をやって、考え込むような風に斜め上に視線を向けた。
「お母さん、か。私は直接、顔を見てないから、容姿についてはなんともかんともだよね。けど他のことは色々知ってるよ」
アキナは一度、言葉を切り、平静な調子で話し始める。
「お母さんの名前はルカ=ヴァラン。念武術は紅蓮演舞で、カポエイラ遣いだったんだよ」