4
羽織袴姿の士族然とした男が、日本刀を袈裟懸けの軌道で振った。クウガは軽快な足取りで横に跳ぶ。最小限の動きで斬撃を躱し、左ジャブを打った。
力感のない様子見のような拳だ。しかし、顎に食らった男は後方へすっ飛び、五、六人を巻き込んで五メートル以上先で止まった。大した感慨もない様子のクウガは、油断のない表情で次の敵を見据える。
四条大橋の上には、護国輔翼会の手の者と思しき集団がいた。その数は優に百を超えている。クウガとアキナを視認すると襲いかかってきて、群衆は蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていた。
クウガとアキナは、橋の幅方向を三分割する点を中心に戦っており、蓮はその後ろで控えている形だった。今ところ、二人は一兵たりとも後方に通していなかった。
「ふうむ、さすがは奇跡の英雄たちの子供ってとこやな。うち、困ってしまいますなあ。それならこんな趣向はいかがですやろ」
姿がないにも拘わらず、葵依の暢気な声が響きわたった。突如、敵はいっせいに橋の両端に移動して中央を空けた。
すると後ろから、警察に似た装いの二十人ほどの集団が現れた。二列になっており、前の者はしゃがんで後ろの者は起立していた。皆、手には拳銃を握り込んでおり、クウガたちに照準を合わせていた。
クウガはすぐさま足下に黒球を出現させた。すると拳銃の集団は、皆一様に不自然に右足を前に滑らせた。体勢を崩して発砲も叶わない。
(白黒自在で右の靴を引っ張ってるのか? 何でもありだな)
蓮が考えを巡らしていると、ダンッ! アキナは地を蹴って拳銃の集団に向かっていった。軽快な挙動で、一人また一人と蹴撃で意識を刈り取っていく。
始まって一分も経っていないが、戦闘は早くも掃討戦の様相を呈していた。世界大戦で証明されたとおり、クウガたちにとっては一般部隊など物の数ではない様子だった。
蓮は、またしても観戦だけになりそうだった。
(俺にもできることがあるはず)と蓮が必死で考えていると、ぞわりと背中に嫌な感覚が生じた。
直感を信じて、蓮は左方に跳んだ。すると一瞬前まで蓮のいた場所を刺突が通り抜けた。すぐに起き上がった蓮は、攻撃の主に目を遣った。
太い眉と酷薄な瞳を持つ男だった。歳は三十代前半か。こげ茶色の長靴に黄土色の軍服と帽子を身につけている。白い手袋をつけた右手にはサーベルを握っている。
「非国民の子息に死を与えん!」
高らかに叫ぶと同時、男は再び突撃してきた。
だが蓮は不思議と落ち着いていた。意識は、冴えているようなぼんやりしているような不思議な感じだった。
「しまった、蓮くん!」アキナの悲痛な絶叫も、どこか遠くから響くように思える。
サーベルの先端が迫る。だが遅い。蓮は左腕を上げてくると、上体をわずかに傾けた。そのまま腕でサーベルの刀身を捉え、軌道を微妙にそらした。
男の非情な顔が驚愕に歪んだ。蓮は即刻、男に密着。牛舌掌を形作り、手の甲で男の頬を打ちつけた。
蓮の予想を超えた勢いで、男はすっとんだ。橋の欄干にぶち当たってようやく止まる。くたりと首を下ろし、気絶したのか、男は動かなくなった。
(──俺、軍人を倒しちまった。急に頭が超高速で回り始めて、勝手に体が動いて、八卦掌が自然に出て。……どうなってんだ?)
蓮は自らの両手を注視しつつ、思考に耽っていた。やがて敵を片付けた二人が小走りで接近してくる。
「アキナ、探知だ」クウガが手短に告げると「うん」。アキナはふっと目を閉じた。一秒、二秒。やがてゆっくりと瞼を開いた。
「間違いない、超念武だよ。まあでも壱次元ってとこで、私たちと比べたらだいぶ小さな力ではあるけどね」
アキナは早口で告げた。口調と表情からは、嬉しさと驚きの両方が読み取れた。
「ってごめんごめん。蓮くん初耳間違いなしの専門用語を使っちゃったね。超念武の力はね、弱い順に壱次元、弐次元、参次元、肆次元、伍次元、陸次元、超次元ってランクがあるの。蓮くんは、ごめんだけど最低の壱次元《サイコワン》」
一転、アキナは申し訳なさそうな面持ちを浮かべた。
「いや、謝る必要はないけどさ。アキナたちはどれなんだ?」
「私たちは二人とも肆次元だよ」
思わず問うた蓮に、アキナはすらすらと答えた。
(アキナたちで七段階中の四? 七の奴はどんだけ強いんだ? 冗談抜きで世界を滅ぼせるんじゃないのか?)
蓮は一人、心中で戦慄していた。
「またしても後天性の超念武遣いが現れた? 彼らの共通の事項は何だ? ……規則性がなさ過ぎて、原因が究明できん」
顎に手を遣ったクウガは、真剣な語調で呟いた。
蓮は呼吸を整えて、二人に真摯な視線を向ける。
「これも同じだよ。あれこれ考えたって仕方ない。大事なのは俺にも超常の力が使えるってことと、俺はもうアキナたちの保護対象じゃないってことだろ。お願いだよ、俺も戦力に組み込んでくれ」
静かな決意を口に出した。うんうんと頷くアキナは幸せそうだったが、クウガは依然として悩むかのような複雑な面持ちだった。
「──ってアキナ。なんだ、それ。なんか身体から出てないか?」と問い掛けた。
「私?」不思議そうな調子で答えると、アキナは自分の全身をきょろきょろと見渡し始めた。クウガもアキナに注目し始めるが、合点がいかない面持ちである。
「うーん、よくわからないな。蓮くん、君にはいったい何が見えてるって言うのさ?」
顔を上げたアキナは、きょとんとした様で問うてきた。隣ではクウガが訝しげな視線を蓮に向けてきていた。
(すごく小さな粒が無数にアキナの周囲を行き来してるんだけど。二人には、見えてないのか。……どうなってんだ?)
蓮は混乱を加速させるが、「変なことを言ってごめん。気にしないで先に進もう」と端的に返答した。
羽織袴姿の士族然とした男が、日本刀を袈裟懸けの軌道で振った。クウガは軽快な足取りで横に跳ぶ。最小限の動きで斬撃を躱し、左ジャブを打った。
力感のない様子見のような拳だ。しかし、顎に食らった男は後方へすっ飛び、五、六人を巻き込んで五メートル以上先で止まった。大した感慨もない様子のクウガは、油断のない表情で次の敵を見据える。
四条大橋の上には、護国輔翼会の手の者と思しき集団がいた。その数は優に百を超えている。クウガとアキナを視認すると襲いかかってきて、群衆は蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていた。
クウガとアキナは、橋の幅方向を三分割する点を中心に戦っており、蓮はその後ろで控えている形だった。今ところ、二人は一兵たりとも後方に通していなかった。
「ふうむ、さすがは奇跡の英雄たちの子供ってとこやな。うち、困ってしまいますなあ。それならこんな趣向はいかがですやろ」
姿がないにも拘わらず、葵依の暢気な声が響きわたった。突如、敵はいっせいに橋の両端に移動して中央を空けた。
すると後ろから、警察に似た装いの二十人ほどの集団が現れた。二列になっており、前の者はしゃがんで後ろの者は起立していた。皆、手には拳銃を握り込んでおり、クウガたちに照準を合わせていた。
クウガはすぐさま足下に黒球を出現させた。すると拳銃の集団は、皆一様に不自然に右足を前に滑らせた。体勢を崩して発砲も叶わない。
(白黒自在で右の靴を引っ張ってるのか? 何でもありだな)
蓮が考えを巡らしていると、ダンッ! アキナは地を蹴って拳銃の集団に向かっていった。軽快な挙動で、一人また一人と蹴撃で意識を刈り取っていく。
始まって一分も経っていないが、戦闘は早くも掃討戦の様相を呈していた。世界大戦で証明されたとおり、クウガたちにとっては一般部隊など物の数ではない様子だった。
蓮は、またしても観戦だけになりそうだった。
(俺にもできることがあるはず)と蓮が必死で考えていると、ぞわりと背中に嫌な感覚が生じた。
直感を信じて、蓮は左方に跳んだ。すると一瞬前まで蓮のいた場所を刺突が通り抜けた。すぐに起き上がった蓮は、攻撃の主に目を遣った。
太い眉と酷薄な瞳を持つ男だった。歳は三十代前半か。こげ茶色の長靴に黄土色の軍服と帽子を身につけている。白い手袋をつけた右手にはサーベルを握っている。
「非国民の子息に死を与えん!」
高らかに叫ぶと同時、男は再び突撃してきた。
だが蓮は不思議と落ち着いていた。意識は、冴えているようなぼんやりしているような不思議な感じだった。
「しまった、蓮くん!」アキナの悲痛な絶叫も、どこか遠くから響くように思える。
サーベルの先端が迫る。だが遅い。蓮は左腕を上げてくると、上体をわずかに傾けた。そのまま腕でサーベルの刀身を捉え、軌道を微妙にそらした。
男の非情な顔が驚愕に歪んだ。蓮は即刻、男に密着。牛舌掌を形作り、手の甲で男の頬を打ちつけた。
蓮の予想を超えた勢いで、男はすっとんだ。橋の欄干にぶち当たってようやく止まる。くたりと首を下ろし、気絶したのか、男は動かなくなった。
(──俺、軍人を倒しちまった。急に頭が超高速で回り始めて、勝手に体が動いて、八卦掌が自然に出て。……どうなってんだ?)
蓮は自らの両手を注視しつつ、思考に耽っていた。やがて敵を片付けた二人が小走りで接近してくる。
「アキナ、探知だ」クウガが手短に告げると「うん」。アキナはふっと目を閉じた。一秒、二秒。やがてゆっくりと瞼を開いた。
「間違いない、超念武だよ。まあでも壱次元ってとこで、私たちと比べたらだいぶ小さな力ではあるけどね」
アキナは早口で告げた。口調と表情からは、嬉しさと驚きの両方が読み取れた。
「ってごめんごめん。蓮くん初耳間違いなしの専門用語を使っちゃったね。超念武の力はね、弱い順に壱次元、弐次元、参次元、肆次元、伍次元、陸次元、超次元ってランクがあるの。蓮くんは、ごめんだけど最低の壱次元《サイコワン》」
一転、アキナは申し訳なさそうな面持ちを浮かべた。
「いや、謝る必要はないけどさ。アキナたちはどれなんだ?」
「私たちは二人とも肆次元だよ」
思わず問うた蓮に、アキナはすらすらと答えた。
(アキナたちで七段階中の四? 七の奴はどんだけ強いんだ? 冗談抜きで世界を滅ぼせるんじゃないのか?)
蓮は一人、心中で戦慄していた。
「またしても後天性の超念武遣いが現れた? 彼らの共通の事項は何だ? ……規則性がなさ過ぎて、原因が究明できん」
顎に手を遣ったクウガは、真剣な語調で呟いた。
蓮は呼吸を整えて、二人に真摯な視線を向ける。
「これも同じだよ。あれこれ考えたって仕方ない。大事なのは俺にも超常の力が使えるってことと、俺はもうアキナたちの保護対象じゃないってことだろ。お願いだよ、俺も戦力に組み込んでくれ」
静かな決意を口に出した。うんうんと頷くアキナは幸せそうだったが、クウガは依然として悩むかのような複雑な面持ちだった。
「──ってアキナ。なんだ、それ。なんか身体から出てないか?」と問い掛けた。
「私?」不思議そうな調子で答えると、アキナは自分の全身をきょろきょろと見渡し始めた。クウガもアキナに注目し始めるが、合点がいかない面持ちである。
「うーん、よくわからないな。蓮くん、君にはいったい何が見えてるって言うのさ?」
顔を上げたアキナは、きょとんとした様で問うてきた。隣ではクウガが訝しげな視線を蓮に向けてきていた。
(すごく小さな粒が無数にアキナの周囲を行き来してるんだけど。二人には、見えてないのか。……どうなってんだ?)
蓮は混乱を加速させるが、「変なことを言ってごめん。気にしないで先に進もう」と端的に返答した。