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 三つ顔の魔臣は、腕の一つに持つ欧風の剣を振り下ろした。ブウンと風を切る音がして、鋭い斬撃がルカに迫る。一メートル弱とリーチは長く、後ろに飛んでは避けきれない。
 即断したルカは左に側転。身を起こすと向きを変え、左足を後ろにやった。素早く身体を倒し、ぐっとベンサォン(押し出すキック)を見舞う。
 するとルカの蹴りを、紅蓮の炎が追随した。反応できない魔臣の腹に、炎のキックが命中する。魔臣はぐらりと姿勢を崩すも、返す刀で槍を突き込んできた。ルカはすかさずバク転で距離を取る。
 ルカの念武術(サイコアーツ)、「紅蓮演舞(ブレイズダンス)」は、カポエイラの蹴撃に炎の属性を付加する能力である。大技であるほど炎は大きく、近接攻撃時ほどの威力はないが飛び道具としても用いることができた。
「ほー、今のを食らってあの程度のダメージかよ。先が思いやられるぜぇ。手下でこれじゃあ親玉殿はどんな怪物なんだっつの」
 なぜかのんきにアギトが感嘆を零した。
(敵に関心している場合?)ルカは呆れつつ、再び攻撃に移るべくジンガを再開する。
 だがその瞬間、魔臣が唯一何も持たない手を大きく頭上に掲げた。ぐるぐるとゆっくり二回転させると、両目の赤色がギラリと光を増した。
 すぐに口から、不気味で毒々しい低音の唸りが発せられ始める。お経のようではあるが、ルカ達には理解のできない禍々しい言語だった。
「いけない! あれを止めなきゃ!」切羽詰まったハクヤの叫びの直後、頭上の血赤色の星の一つが、魔臣の瞳に呼応するかのように輝いた。
 疾風のごとく駆け抜けたハクヤが、魔臣の一歩手前でダンッと踏み込んだ。鉛直上向きに逆足を上げてきて、水平一直線に脚を伸ばす。
 ヨプチャチルギ(横蹴り)が魔臣の頭に飛ぶと、わずかに遅れて黒い影も同じ軌道を描いた。魔臣の頭から、ゴガッと鈍い音が二度する。
 ハクヤの念武術(サイコアーツ)は「幻影追随(ドッペルストライク)」。テコンドーの技による攻撃時、実体の蹴りに一瞬遅れて幻の脚がついていく力であり、大概の場面で攻撃を二回当てられる効果があった。
 とてつもない急加速の後、魔臣の後頭部が地面と激突した。追撃すべく接近するルカは、地に伏す魔臣の邪悪で愉快げな笑みを目にした。
 やがて遠くから、大きな物体が空を切る音がし始めた。ルカが視線を遣ると、先ほど鈍く光った星が徐々に大きさを増していっていた。
「こいつ!」焦燥に駆られるルカは、前方に大きく跳躍。左掌を地面について、斜め回転で宙返りする。渾身のアウーシバータ(前方宙返り踵落とし)だった。
 しかし、閃光。魔臣に命中する寸前、ルカの視界は鋭い光により白一色に塗りつぶされた。
 わずかに遅れて、耳をつんざくような爆音。ルカは凄まじい勢いで吹き飛ばされた。ノーバウンドで円形の部屋の壁に激突し、ガゴッ! 自分の体から聞こえてはいけない異音がした。
「がはっ!」一瞬ルカは呼吸が止まり、受け身も取れずに地面に落下した。全身を鈍い激痛が支配しており、頭にも脈動するかのような違和感が生じていた。
(立たなきゃ。立ってあいつを……)
 無理矢理に己を奮い立たせつつ、ルカはどうにか顔を上げた。ハクヤはルカと同様、壁の近くで倒れ伏している。だがルカの視界の端で、一人の男が魔臣と相対していた。
 アギトだった。敵意と決意に満ちた表情で、魔臣を鋭く睨んでいる。
 大ダメージゆえか若干頼りない動きだが、ゆらゆらとした柔道の構えとともに魔臣を牽制していた。
 威嚇するような視線をアギトに向けたかと思うと、魔臣はおもむろにブーメランを振りかぶった。と同時に、別の腕で持つ片手弓を引く。
 二つの飛び道具がアギトへと飛来する。しかしアギトは、サイドステップで躱すと一気に魔臣に肉薄した。両手で魔臣の胴を掴むと、斜め上へと持ち上げる。
 魔臣の身体は半円の軌道を描き、恐るべき速度で地面にぶつかった。明らかに通常の裏投げが出せる威力ではない。
 アギトの念武術(サイコアーツ)は「無双引力(メテオグラヴィティ)」。身体の中心から半径一メートルの空間の重力を、五〇から一五〇パーセントまで変化させられる能力である。
 魔臣は、頭から落ちて仰向けで横たわった。
 すかさずアギトは魔臣に近づき、巧みにポジションを取った。二の腕を首へと持って行き、逆の手とは握手する形で固定。自らのほうへ魔臣を引いて、全力で首を締め付ける。起死回生の裸締めだった。
 六本の腕で魔臣が暴れる。斧や槍がアギトの顔を掠めるが、アギトはひるまない。
 五秒、十秒。やがて魔臣の動きが弱まり、完全に意識が落ちた。
 敵の気絶を見届けたアギトは、技を解いて立ち上がった。面持ちは苦しげだが、やりきったかのようなすがすがしい雰囲気を漂わせていた。
「アギト様、完・全・勝・利。悪辣なる化け物を完膚なきまで叩きのめしたってやつだ。皆の衆、好きなだけ讃えてもらって構わんぜ」
 尊大な調子の勝利宣言とともに、アギトはサムズアップした。
 ルカは痛みをこらえてどうにか起き上がった。やがてハクヤも、苦しそうではあるが起立した。
「ほんと助かりました。でもどうやって、さっきの攻撃を凌いだんですか?」ハクヤは興味深げにアギトに問うた。
「おめえらしからぬ質問だな。まあいい、教えてやんよ。答えは簡単。無双引力(メテオグラヴィティ)で、奴の放った流星の重力を半分にしたってわけだ。W=mgh、エネルギーは質量と高さだけでなく、重力に比例する。そいつが弱けりゃあ威力もがた落ち。っとまあこんな調子よ」
 自慢げなアギトに、ハクヤは瞳を輝かす。
「おお、賢い! そんな利用法もあるんですね。いやー、さすがはアギトさん。冴えてる、冴えてる」
「……IQ180の天才格闘家に言われても、素直に喜べねえな。ってかおめえ、わかってやってんだろ?」
 興奮を見せながらどこか軽薄なハクヤに、アギトは言葉を濁した。面持ちは不審げなような、苦々しいものだった。
 茶番に辟易のルカは、パンパンと両手を叩いて気を引いた。
「アギトさんはお手柄でした。心の底から感謝してます。ハクヤも、あの追撃は追撃は効果的だった。でもしょーもない言い争いはそこまで。次が『本番』よ」
 ルカはびしりと場を閉めると、二人の表情は真剣さの中に沈鬱を混ぜたようなものになった。
 進行方向に視線を向けたルカだったが、数秒の後、視界から部屋の壁が消失した。最終決戦の地へと三人は誘われたのだった。