僕は遥風(はるか)、高校一年生だ。僕には皆には言えない秘密がある。それは僕たちがゲイカップルだということだ。僕と同い年の(かなた)は僕と同じクラスの少年で線の細いイケメンだ。僕はというとブサメンでスタイルも良くない最底辺の男だ。そんな僕たちがなぜ付き合っているかというと、僕らにはある共通点があるからだ。それは、僕らのお気に入りの山口先生に相談事をしているということだ。僕らはそれぞれ思い思いに自分の困っていることや最近あったことを山口先生に話してアウトプットしている。簡単に言うと考えを共有するタイムを三人で設けているということだ。僕らの最初の出会いは山口先生に会わせたい人がいると言われたことがきっかけだ。ホームルームが終わった後16時に図書室に集合と言われ、図書室を訪れると奏がいた。クラスでも人気の子だったので顔は知っていたが話したことはなかったので気まずそうにしていると山口先生が来て、僕らをお互いに紹介した。
「二人なら気が合うと思って。こっちが遥風君でこっちが奏君、よろしくね。」
僕はクラスの人気者であるこいつに悩み事なんてないだろうと決めつけていた。しかし思いもよらず奏は肺の病気で服薬をしないと皆と同じ普通の生活を送れないと言うのだ。僕はびっくりした。まさかクラスの人気者が病気だなんて誰が知っているであろうか。奏は先生にもクラスメートにも伏せているらしく知っているのは僕と山口先生だけだと言った。僕は自分で自分が恥ずかしくなった。自分を下げるだけでは止まらず、人気者というだけで自分とは違う世界の人間だと決めつけていたからだ。僕は少し間をあけて言った。
「僕は、僕は……。僕は精神疾患者で、気持ち悪いかもしれないけど自傷もしてるんだ。初めて話すのにこんなこと言ってごめん。でも奏君は自身の秘密を打ち明けてくれたから、僕もそうしようと思ったんだ。」
奏は首を激しく横に振って答えてくれた。
「遥風、話してくれてありがとう。自分を傷つけていたら気持ち悪いなんて誰が決めたんだ?遥風は自分を守っているだけだろ?それを気持ち悪いなんて俺は思わない。」
僕は嬉しくて泣きそうになった。こんなに欲しい言葉をくれる人が今までいただろうか?僕が逆境に立たされている時助けてくれた人は誰もいなかったが奏のこの言葉に僕は救われたのだ。ありがとう、そう言うと山口先生は微笑んでやはりいいペアだと言った。帰り道に家が近所だということがわかり、今度遊びに行こうと約束をした。僕は家に帰ると急いで支度をして病院へ向かった。お母さんのところへ行ってそのことを伝えた。しかしタイミング悪かったのかお母さんは僕を睨みつけると罵倒してきた。僕はごめんなさいと繰り返し伝え、病室から出た。お母さんはステージⅢの癌で病院で生活している。浮き足だってお母さんにこのことを報告したのは配慮が足りていなかったと反省し、僕は病院をあとにした。家に帰ると溜まった食器を洗い、洗濯をし、食事を作った。そして部屋にいる妹を呼びに行くと
「入ってこないで!何度言えばわかるの?お兄ちゃんってほんとそう言うところだよね。」
と言われた。僕は湧いてくる怒りをグッと堪えた。妹は発達障害で配慮が必要なのだ。妹もきっと今頃反省しているから許してやろうと心の中で呟き閉められたドア越しにご飯ができたことを伝えると泣き声混じりに今日は部屋で食べると言われた。部屋の前に食事を置くと自分の分の食器を片付ける。どうしても食事を摂る気にはなれなかった。メッセージアプリを開くと奏から連絡が来ていた。内容は明日朝一緒に登校しようとのことだった。妹が食器を部屋の前に出すのを待って僕はそれを片付けると外へ出た。誰にも言っていないが僕は夜に外を走る趣味がある。今日一日あったことを整理し、自分の考えをまとめるのにぴったりな時間だからだ。走っていると向かい側がら奏が走ってきた。お互い最初は気づかず、すれ違った際に気づきイヤホンを取った。
「あれ?遥風何してんだこんな時間に?」
「いやそれこっちのセリフ!僕はいつも一日の終わりに走っているんだけど奏は何してんの?」
「いや、俺は最近体力作りに励んでるんだ。」
そのあとは近くの公園まで一緒に走って行ってベンチで話した。しばらくくだらない話をし、笑っていると奏は言った。
「んで?なんであんな死にそうな顔してたんだよ?なんかあったのか?」
思わずえっという声が漏れ、目が泳いだ。説明したくないわけではないがこのように重たい話をしてしまっていいのだろうかという思いと早く誰かに話して楽になりたいという思い両方がせめぎ合って揺れた。そして結局話さなかった。
「いや?何にもないけど?まぁ疲れていたのかもな。」
そう言って濁すとすぐに話題を変えた。
「今まで話したこともなかったのにいきなりこんなに仲良くなれてしかも夜の習慣が同じなんて奇遇すぎるよな?」
奏はうんうんと頷いて共感してくれた。でもすぐに真面目な顔になってもう一度聞いてきた。
「遥風、本当に大丈夫か?いや、大丈夫じゃないだろう?家でなんかあったんじゃないのか?俺じゃ信用できないか?」
僕は乾いた笑いを漏らし、諦めて全てを話すことにした。
「実は…。僕母子家庭なんだけど、母親が病気で入院しているんだ。それで妹がいるんだけど発達障害を患っていてストレスで僕に当たってくるんだ。それは仕方のないことだし、別にいいんだけどなんていうか自分を許せないんだ。自分が全く学べていないことがわかっちゃって。もう苦しいんだ。」
そう言うと奏は僕の頭を撫でた。
「今まで一人で頑張ってきたんだな、すごいなお前は。打ち明けてくれてありがとうな。明日からは俺が一緒にいてやるから。」
僕は無言で彼を見つめ唖然とした。このようにめんどくさいことを言っても彼は引かなかった。翌朝、待ち合わせをし学校に行くと授業を受け、ホームルームが終わると二人で走って帰った。知らない人が苦手な妹は部屋に引き篭もるとわかっていたので何も言わず奏を家に入れ、食事の準備を始めた。奏はあんなにイケメンでスポーツも勉強も万能なのに料理のセンスが壊滅的になかった。よくわからないタイミングでわからない素材を入れようとするし、嗅覚も疎いのか塩と砂糖を間違えそうになったりとずっと面白かった。思わず大声で笑ってしまった。すると妹の部屋のドアが激しい音を立てて開き怒声が聞こえた。
「うるっさい!!あんたは一生私の前で楽しそうにすんな!クソが。」
そう言い残すとバンと音を立ててドアが閉められた。僕は少し悲しくなって肩を落とすと奏は息を荒げて妹の部屋の方へ行きドアをノックした。
「おい、遥風の妹!お前引きこもってるだけのくせに毎日学校でも家でもちゃんとしてる兄貴に文句いう資格なんてあんのかよ?食事まで作ってもらって挙句に障害があるから何をしてもいいなんて思ってんじゃねーだろうな?馬鹿が!お前には遥風を罵る権利なんてねーよ!その小さい頭使って考えやがれ。」
そう言い残すと奏は僕の手を引いて家を出た。
「すまん!よそ者の俺が口出ししていい問題じゃないよな、言いすぎたし。本当にごめん!」
僕は必死に謝る奏を見て笑った。
「気にしないでいいよ、僕もスッキリしたし。でも多分妹は奏のこと嫌いになったと思う。でも後で僕がフォローしとくから安心して?」
奏は頷くと僕の手を離した。悪い、それだけ言って前を歩き始めた。その日は遅くまで奏と一緒にいた。