妖力を取り戻し傷も癒えた紅遠は、美雪と一緒に山凪国の天守に残る者たちに目を向けた。
「さて……。どうしたものか。私の愛する妻を、長年に渡り甚振ってきたのだ。消し炭が妥当だろうか?」
紅い眼光を飛ばし、紅遠が睨めつける。
「妖力をもって命じれば、美雪へ土下座させた姿勢で炭にすることもできるな」
一切、躊躇わずに紅遠は実行するだろう。
剣呑な紅遠の声に、和歌子と玲樺、文子の三人は――自ら進んで土下座をする。
「どうかお助けください! 壬夜銀様……いえ、壬夜銀の正妻だった私の妖術はお役に立てるはずです!」
「私はお父様やお母様から、美雪さんを甚振れと指示されただけです! どうか、お助けを!」
「玲樺!? 私こそ、父に朝原の家の為に美雪を甚振れと言われた被害者なのです! これまでのことはお詫びします。どうか、お助けくださいませ!」
醜い罪の擦り付け合いをして懇願する三人に、紅遠の眼差しは氷のように冷たくなる。
「呆れたな……。美雪は、どうしてやりたい?」
「美雪様! これからは一緒に紅浜国を護りましょう!」
「そ、そうよ! 私たちが手を組めば、もっと国力を増大できるわ!」
「今までの分も、これからは叔母としてお世話させてちょうだい!」
涙ながらに縋るような三人を見て、美雪は
「旦那様……。私が決めてよろしいのでしょうか?」
「ああ。好きにしろ」
紅遠に尋ねてから深く頷く。
そうして、胃を決したように
「因果応報とは申しますが、命までは奪いたくありません。もう過去に縛られず、旦那様との未来をみたいのです」
そう自分の意思で願いを告げた。
一瞬、パッと顔を明るくした三人だが、紅遠の眼光で再び頭を伏せる。
「……美雪の望み通りにしろと言ったのは、私だ。良いだろう。――だが、報いは受けてもらう」
紅遠は掌を上に向け、ボッと炎を灯す。
身震いして震える三人を尻目に、紅遠は美雪を抱き寄せ天守から物見まで移動し――。
「――あれか」
一度だけ入った覚えのある朝原の屋敷に、火を付けた。
使用人には被害が及ばないよう、妖力を調整しながら炎が燃え広がる。
「きゃあああ!? わ、私の屋敷が!? 財産が!?」
「何で、許してくれるのではなかったの!?」
幼い頃から折檻され続けた蔵まで燃えるのを、美雪は紅遠に抱き寄せられながら眺める。
燃え落ちるのを確認した紅遠は、三人に視線だけ向け――。
「――美雪に免じて、命だけは助けてやる。だが三人は資産の全てを没収。紅浜国の友好国へ、嫁いでもらう。夫を見殺しにした見習い御巫と、資産の全てを失った使用人として生きるがよい。今後、私たちの前に顔を見せるようなことがあれば、問答無用で消し炭だ」
それは実質、この場で死ぬよりも辛い選択だったのかもしれない。
これから始まる地獄のような日々への恐怖に、三人は腰を抜かした。
もう興味はないとばかりに視線を戻した紅遠は、美雪と一緒に燃える朝原の屋敷や――広大な山凪国を照らす、満月に目を向ける。
「旦那様。この白い喪服の意味、少しだけ訂正させてください。他家へ嫁がないのは勿論ですが、これは紅遠様と友に世を去る覚悟を示す――死に装束でもあります」
月夜に照らされながら、美雪は覚悟を伝える。
紅遠は、美雪の瞳を見つめ苦笑した。
「物騒な話だな。――私には、花嫁が着る白無垢として映るぞ」
「その方が素敵ですね」
「そうであろう? 私も、その方が嬉しいからな」
紅遠が一層強く抱き寄せ、美雪も紅遠の胸に頭を預けた。
「私が愛している女性は、お前だけだ。これからも美雪だけを生涯愛すると誓おう」
「はい。……私もです。紅遠様のみを夫として、お慕いし続けます」
紅遠から御心の儀を受けようとも、こうして愛の言葉を囁かれようとも――美雪は、一切として魅了された様子はない。
銀柳の手記に書かれていた予想が、望む方向で当たっていた。
紅遠は、床に転がりこちらを見ているような魂刀へ、心の中で礼を言う。
この得がたい存在、笑顔を護り続けたい。
そう強く願った紅遠は
「決めたぞ、美雪。――私は美雪との幸せな夫婦生活を邪魔されないよう、神州を統一する」
壮大にして、神州全体を揺るがすような発言を口にした。
美雪は、幸せそうに微笑むと
「旦那様の補佐をするのが嫁御巫です。勿論、私も付いて行きます」
弾む声で、そう返した。
「……危険なことは、してくれるなよ」
「それは旦那様次第です」
「全く……。私の唯一特別な花嫁は、強くなったものだな」
苦笑しながらも、紅遠はもう止めない。
空いている手で、美雪の手を握る。
美雪はキュッと、手を握り返した。
この先、国を傾けるどのようなことがあったとしても、この繋がれた関係を離さない。
生涯たった一人にだけ操を立て、護り続けると心に誓い合った――。
「さて……。どうしたものか。私の愛する妻を、長年に渡り甚振ってきたのだ。消し炭が妥当だろうか?」
紅い眼光を飛ばし、紅遠が睨めつける。
「妖力をもって命じれば、美雪へ土下座させた姿勢で炭にすることもできるな」
一切、躊躇わずに紅遠は実行するだろう。
剣呑な紅遠の声に、和歌子と玲樺、文子の三人は――自ら進んで土下座をする。
「どうかお助けください! 壬夜銀様……いえ、壬夜銀の正妻だった私の妖術はお役に立てるはずです!」
「私はお父様やお母様から、美雪さんを甚振れと指示されただけです! どうか、お助けを!」
「玲樺!? 私こそ、父に朝原の家の為に美雪を甚振れと言われた被害者なのです! これまでのことはお詫びします。どうか、お助けくださいませ!」
醜い罪の擦り付け合いをして懇願する三人に、紅遠の眼差しは氷のように冷たくなる。
「呆れたな……。美雪は、どうしてやりたい?」
「美雪様! これからは一緒に紅浜国を護りましょう!」
「そ、そうよ! 私たちが手を組めば、もっと国力を増大できるわ!」
「今までの分も、これからは叔母としてお世話させてちょうだい!」
涙ながらに縋るような三人を見て、美雪は
「旦那様……。私が決めてよろしいのでしょうか?」
「ああ。好きにしろ」
紅遠に尋ねてから深く頷く。
そうして、胃を決したように
「因果応報とは申しますが、命までは奪いたくありません。もう過去に縛られず、旦那様との未来をみたいのです」
そう自分の意思で願いを告げた。
一瞬、パッと顔を明るくした三人だが、紅遠の眼光で再び頭を伏せる。
「……美雪の望み通りにしろと言ったのは、私だ。良いだろう。――だが、報いは受けてもらう」
紅遠は掌を上に向け、ボッと炎を灯す。
身震いして震える三人を尻目に、紅遠は美雪を抱き寄せ天守から物見まで移動し――。
「――あれか」
一度だけ入った覚えのある朝原の屋敷に、火を付けた。
使用人には被害が及ばないよう、妖力を調整しながら炎が燃え広がる。
「きゃあああ!? わ、私の屋敷が!? 財産が!?」
「何で、許してくれるのではなかったの!?」
幼い頃から折檻され続けた蔵まで燃えるのを、美雪は紅遠に抱き寄せられながら眺める。
燃え落ちるのを確認した紅遠は、三人に視線だけ向け――。
「――美雪に免じて、命だけは助けてやる。だが三人は資産の全てを没収。紅浜国の友好国へ、嫁いでもらう。夫を見殺しにした見習い御巫と、資産の全てを失った使用人として生きるがよい。今後、私たちの前に顔を見せるようなことがあれば、問答無用で消し炭だ」
それは実質、この場で死ぬよりも辛い選択だったのかもしれない。
これから始まる地獄のような日々への恐怖に、三人は腰を抜かした。
もう興味はないとばかりに視線を戻した紅遠は、美雪と一緒に燃える朝原の屋敷や――広大な山凪国を照らす、満月に目を向ける。
「旦那様。この白い喪服の意味、少しだけ訂正させてください。他家へ嫁がないのは勿論ですが、これは紅遠様と友に世を去る覚悟を示す――死に装束でもあります」
月夜に照らされながら、美雪は覚悟を伝える。
紅遠は、美雪の瞳を見つめ苦笑した。
「物騒な話だな。――私には、花嫁が着る白無垢として映るぞ」
「その方が素敵ですね」
「そうであろう? 私も、その方が嬉しいからな」
紅遠が一層強く抱き寄せ、美雪も紅遠の胸に頭を預けた。
「私が愛している女性は、お前だけだ。これからも美雪だけを生涯愛すると誓おう」
「はい。……私もです。紅遠様のみを夫として、お慕いし続けます」
紅遠から御心の儀を受けようとも、こうして愛の言葉を囁かれようとも――美雪は、一切として魅了された様子はない。
銀柳の手記に書かれていた予想が、望む方向で当たっていた。
紅遠は、床に転がりこちらを見ているような魂刀へ、心の中で礼を言う。
この得がたい存在、笑顔を護り続けたい。
そう強く願った紅遠は
「決めたぞ、美雪。――私は美雪との幸せな夫婦生活を邪魔されないよう、神州を統一する」
壮大にして、神州全体を揺るがすような発言を口にした。
美雪は、幸せそうに微笑むと
「旦那様の補佐をするのが嫁御巫です。勿論、私も付いて行きます」
弾む声で、そう返した。
「……危険なことは、してくれるなよ」
「それは旦那様次第です」
「全く……。私の唯一特別な花嫁は、強くなったものだな」
苦笑しながらも、紅遠はもう止めない。
空いている手で、美雪の手を握る。
美雪はキュッと、手を握り返した。
この先、国を傾けるどのようなことがあったとしても、この繋がれた関係を離さない。
生涯たった一人にだけ操を立て、護り続けると心に誓い合った――。