ーたまに夢を見る。
小さい頃ある男の子と一緒に過ごしていた出来事を。
桜が満開の春も、セミの鳴き声が鳴り響く夏も、紅葉がいっぱいに広がっている秋も、周り1面雪でいっぱいになる冬も。
春にお花見を、夏に虫取りを、秋に紅葉狩りを、冬にはクリスマスパーティーや雪合戦を。
たくさんの時間をその子と過した。
長いようであっという間で、まるで夢の中にるような感覚で、これからもこんなに楽しい時間が当たり前のように続いていくとその頃の私は信じて疑わなかった。

そんな小さい頃の思い出を今も夢で思い出す。



ーカーテンから漏れる光で私は目が覚めた。
目を開けると睫毛が濡れていて、そして深く溜息を着く


「今日もか...」


私は涙を拭いながら身体をゆっくりと起き上がらせた。

「今日から...2年生か。」

今日から高校生活2年目が始まる

特に新学期だからと言って特別感はなく、いつも通り制服に袖を通して、朝のニュースをぼーっと観ながらいつも通り学校の支度をした。

「母さんいってきまーす」

外で洗濯物を干しているお母さんに一言言って私は家を出た。
私は地元の高校に通っている。
特になに目的があったわけでもないので無難に地元の高校に決めた。
私の高校は偏差値も特別高くはなく、かといって校則厳しい学校でもないので比較的毎年人気の学校だ。
そんな高校に去年入学した私は、新しい環境に多少不安はあったものの、充実した1年を送れていた。

そして今日も新学期ではあるものの新クラスの顔合わせを終えていて、既に去年からの友達とも同じクラスであることがわかっているため尚更不安などない。
なので今日も新学期だからといって特に不安を感じることなく、落ち着いて学校に向かうことが出来ている。
去年の新学期は上手く馴染めるか不安で学校の道のりが遠く感じていたけれど、今はそんなことも無い。

というか高校生にもなって今更新学期に気分を踊らせながら登校するやつなんていないだろう。

「おっはよー!!沙羅!!」

...この男を除いて。

「朝からうるさい...楓。」

「えー!俺ら2年生だって!先輩だってー!!」

「分かったから音量下げてよ...」

この男は私の幼馴染で小さい頃からずっと一緒だ。
いつも底抜けに明るくてクラスでも人気者だけど正直うるさい。

「なーんだよ沙羅はテンション低いなーもしかして今日もあの夢見たのかー?」

私は黙って頷いた。

「そっかまたかー。もうあいつ見なくなって5年か。ほんっとどこ行ったんだろうなー。名前はー...沙羅聞いてなかったもんな2年近く一緒にいたのに。」

楓も夢に出てきている'男の子'とは面識がある。いつもでは無いけれどたまに楓も入れた3人で遊んでいた。

「しょうがないじゃん。ずっとお兄ちゃんって呼んでたし...しかもお兄ちゃん、全然自分のこと話してくれないんだもん」

そう言って私は首元にある指輪のネックレスを触った。

「手がかりがこの指輪と治らない病気があるってだけ。その病気も何かは教えてくれなかった。だからこのお揃いの指輪のネックレスしか見つける方法がないって何度も言ってるじゃん」
私は口を尖らせながらそう言った。

「きっついよなーまずそれが!でも大丈夫多分生きてる!だって夢にまで出てくるって相当しぶといやつじゃんあいつ!」

「ほんとだよ...どこ行っちゃったんだろ...」

そう言って空を見上げていると楓が突然手を掴んで走り始めた。

「ったく新学期からしんみりしてたらいいことないぞ沙羅!!新しいクラスで気分上げてこうぜ!!」

「だからそれで気分上がってんの楓だけだって...」

そしてもう一度空を見上げて、私は楓を追いかけた。


- 学校に着いて楓と別れた後、私はまだ慣れない新クラスへと足を向けた。



「おはよ、沙羅」

教室についてすぐ、隣の彼は私に声をかけた
彼は隣の席になった広瀬 翠くん。
すっと鼻筋が通っていて瞳は若干茶色っぽく、まるで同じ日本人で同年代とは思えないくらい大人っぽい顔立ちをしている。実際話して見ても大人っぽいし、楓とは真逆のタイプでクラスでは一目置かれているだろう。

「おはよう…広瀬くん」

「翠でいいよ。だって僕たち、チーム結成した仲でしょ?」

そう言って翠くんはイタズラっぽく笑った。
…どうしてこうなったんだ
私は、ははと笑いながら昨日の出来事を思い出した。



私は昨日、初めて彼と会った。
私は自分の席に向かっている途中翠くんは方杖をついているだけなのにクラスから注目の的にされていた。
私が席に着くとこちらに気づいた翠くんは

「宵崎…沙羅さん?」と目を丸くして私の名前を呼んだ

「そうだけど…どうして私のこと知ってるの?」

「俺、宵崎さんと同じ学校出身だから」

「えっでもそんなの気づかないわけ…」

こんな容姿の男の子がいたら、きっと私の耳にも入るくらい人気者になっているだろう。

「俺、身体悪くて最後は学校来てなかったし、中学はただの根暗だったから。」

「それでもどうして私の名前…」

いくら同じ中学だからと言って私みたいな人間がこんな明るい世界で生きてそうな彼に知られているわけがないのだ。

「強いて言うなら…指導室…?」

私はその言葉で全てを理解した。
「ああ…そこに広瀬くんもいたんだ…?」
「まあ何回か。でも行くたびに絶対宵崎さんはいたから。毎回ネックレスを付けてきて指導室に呼ばれてるって噂にもなってたし」
…穴があったら入りたいとはこういう時に使うのだろう



私は小さい頃お兄ちゃんから貰った指輪のネックレスを肌身離さず付けていた。
しかし、中学校では当然、装飾品は禁止なのでしょっちゅう生徒指導室に呼ばれていたのだ。
それでも私は一度も外したことはなかった。
これをつけていたらいつかおにいちゃんに会えると思ってたから。



「…そのネックレス。そんなに大切なの?」

翠くんは自分の首にかかっているネックレスを指してそう尋ねた。


「…これは大切な人がくれたネックレスだから。」

これをつけてたら、いつかお兄ちゃんと再会できると私は信じているから。

突然翠くんが黙り始めたので、不思議に思って私は声をかけた。

「あ…ごめんごめん。なんでもないよ。そうだな…その人に宵崎さんは会ったらどうする?」

翠くんは物分かりが良さそうなので、おそらく今その人に会えていないのは流れで察したのだろう。

「会ったら…うーん、」

そういえばずっと探してはいたけれど、何をしたいかは考えていなかったので頭を悩ませる。

「特には決まってないけど…でも1番にはありがとうって伝えたいかな」

うん、やっぱりそうだ。私はお兄ちゃんにたくさん助けられた。だから一番にはお礼の言葉を伝えたい。

そう言って翠くんを見上げた時、私は時計が止まったかのような感覚に襲われた。

翠くんの穏やかな、嬉しそうに笑うその笑顔が、お兄ちゃんとそっくりだったからだ。

「…お兄ちゃん…?」

私はぼそっと呟いてすぐ、我に返った。
何言ってるんだ私。昔のことすぎて記憶が曖昧になってるのか。

私は咄嗟にごめん、と言おうと顔を上げた時だった。

なぜか翠くんも意表をつかれたような顔をしていたので、お互いに何とも言えない空気が流れた。

しばらく間が空いて先に沈黙を破ったのは翠くんだった。

「…ねえ。宵崎さん、その探してるお兄ちゃん。俺も探すの手伝うよ。」

「えっいやいや悪いよ…!私が勝手に探してるだけだし…!」

突然彼は何を言い出すのだろう。ありがたいけど、流石にこんな人気者の彼に人探しなんてことは頼めない。

「俺が手伝いたくてしてるからいーの。それに俺、宵崎さんのこともっと知りたくなっちゃった。」

ーえ、とぽかんとしている私をよそに翠くんは決まりね、と一言言ってちょうど呼ばれた友達の方へ行ってしまった。

ー謎が多い隣の人。それが彼の第一印象だった。


放課後、私は昨日の出来事を楓に説明した。
「うーん…広瀬翠…俺の中学の記憶では話したことないけどなー」
楓の広い人脈があってでも分からないなら本当に同じ学校かどうかすら疑ってしまう。

「で、その広瀬って男がお兄ちゃん探しを手伝ってくれるって?」

「うん…でもどうしてだろう…ただの隣の席の人に普通そこまでする?」

「まあ普通ではないよなー。しかも沙羅の話聞く限り超絶顔が良いしか特徴分かんないし」

「うっ…でもほんとに謎多すぎるんだよ。結局名前と昔病気で中学校休んでたことしか聞けてないし」

「ふーん…なんかお兄ちゃんみたいだな。謎が多い男って」

その瞬間翠くんがいた時と同様、時計が止まったような、懐かしいような、そんな感覚に襲われたが、楓の言葉ですぐに我に返った。

「まあそんなわけねえか!でもそうだったら話が早かったのになー」

「そうだね。…そうだったらよかったのに」

指輪のネックレスを指先で転がして私はそう呟いたのだった。




ー「ね、お兄ちゃんのこと少しだけ言える範囲で教えてくれる?」

ぼーっと昨日の記憶を蘇らせているとふと、翠くんがそう言った。
昨日の出来事が夢だったかのような錯覚に襲われるけれど彼の言葉からして夢ではないらしい。

「うーん…お兄ちゃんとは小学生の頃病院で出会ってそこから毎週水曜日は病院のベンチで会う約束をしてたの。中学に上がってから急にいなくなっちゃったんだけど…」

「そうなんだ。じゃあ…ネックレスはいつもらったの?」

そう聞かれて、私は指輪の部分を触りながら記憶を鮮明に掘り起こした。

「卒業式の日に会いに行ったの。その時にこのネックレスとあとその時…ウインターコスモス?の小さい花束をくれたの。」
あの頃はかわいい花だな、と思ったきりだったけれど後からお母さんが教えてくれたのでよく覚えている。

そう言い終えると翠くんは、ウインターコスモス…と呟き始めてスマホを操作し始めたと思ったらその画面を私に見せてきた。

「…あ、やっぱり」

「え…?」

翠くんは優しい笑顔で私を見ながら言葉を続けた。

「…多分そのお兄ちゃんも今探してるんじゃないかな。そうじゃなかったら…”もう一度愛します”なんて花言葉のあるウインターコスモスなんてあげないと思うよ」

俺実家花屋だから、ピンと来ちゃった。と翠くんは一言そう言うと、私はかっと顔が熱くなるのを感じた。
もしそうだったら、今も私のことを探しているなら、もう一度お兄ちゃんに会うことが許されているなら。私はもう一度会いたい。会って、昔のように話をしたい。物知りで優しいお兄ちゃんの隣で話したい。

「そっか、会えるといいな…いつかお兄ちゃんに」

私は込み上げるものを抑えながらそう言って翠くんに目を向けると、翠くんはいつになくぼーっとしていた。

「どうかした?翠くん」

そういうとゆっくり私の方へ向いて口を開いた。

「沙羅はさ…そのお兄ちゃんのこと、好き?」

唐突に予想外な質問をされ、私は見るからに動揺してしまった。

「えっ…どうしたの?突然…」

「いや、好きなのかなーって不意に思ったから。好きなの?」

「…うん。好きだよ、今日、もっと好きになった。」

花言葉は偶然か、必然か。どっちか分からないけど、勘違いしたもん勝ちだ。
私は、お兄ちゃんが好きで、好きだから探してる。
今どこにいるかも、何をしているかも、生きているかも分からない彼を、探している。

「そっか。…じゃあ、気合い入れて探さないとね」

そう言って翠くんは席を立った。

「毎週水曜日…お兄ちゃんを探しに行こう」

そう言って翠くんは、いつも通りの穏やかな笑顔を見せたのだった。