アケロニア王国とタイアド王国の確執のきっかけについて話していたら、半月ほど後、タイアド王国の王太子はもっととんでもないことをしでかした。
 新聞を読みながら、さすがのルシウスも呆気に取られてしまった。

「えええ。婚約破棄したのにまた再婚約しようとした? しかも正妃じゃなくて公妾で召し上げる? ついでに浮気相手の男爵令嬢を、婚約破棄した公爵家の養女にして王太子に輿入れさせろって命じた? ……ないわー」

 意味がわからない。

「公妾ってなんですか?」
「国が認めた王族の愛人、ですかね」

 ここは民主主義のゼクセリア共和国だから、馴染みのある制度ではない。
 顔に疑問符を浮かべた受付嬢クレアにサブギルマスのシルヴィスが答えている。

「自分から婚約破棄した公爵令嬢に、今度は愛人になれって言い出したのか……」
「タイアドの王太子、頭おかしいんじゃねえの?」
「これを王太子にしてるタイアドも頭沸いてる」
「一応、スペアの王子もいるみたいだけどねー」

 二人ぐらいまだ下に弟王子がいたはず。

 庶民の冒険者たちの感覚でも「頭おかしいわこいつ」と感じるぐらいだから、当然ながら当事者たちはもっと嫌悪感を感じるだろう。

 ルシウスすら「酷いわこれ」としみじみ思った。

「ヴァシレウス様たち大丈夫かな。普段怒らない人が怒ると怖いんだよね」



「うちのアケロニア王国ってさ、王族は皆すごい話のわかる人たちでね。そんな人たちを激怒させるんだから、タイアド王家は余程のものだよ」

 ルシウスが通っていた学園の中等部には他国からの留学生が何人かいたが、誰もがアケロニア王国の王族の話を聞くと「自分もこの国に生まれたかった!」と涙するぐらいまともな王族のいる国なのだ。

「皆、人間できてるけど、限度ってもんがあるよね」
「お前は王女様にここに騙し討ちみたいに送り込まれてるじゃん。それはOKなの?」
「……グレイシア様には帰ったらお説教するもん。国王様も先王様もほんと覚えてろー!」

 絶対にお説教一晩コースをやってやる。とルシウスは胸の内の兄に誓った。
 ついでに詫び料としてお高いチョコレートを数箱ぐらい貰わないと割に合わない。

(お前、そんなこと言ってるけど一時間くらいで飽きちゃうくせに)

「お?」

 最愛の兄が呆れたように笑う声が聞こえた気がした。
 辺りをキョロキョロ見回すが、当然兄はいない。
 あまりにもお兄ちゃんが恋しすぎて空耳まで聴こえるようになっていた。



 更に数日後、ルシウスの故郷アケロニア王国が近隣諸国に向けて声明を出したと新聞に記事が載った。


『我らアケロニア王国が誇る偉大なるヴァシレウス大王のひ孫セシリアを婚約破棄し、公妾に貶めんとした愚かな王太子よ! 貴様がタイアド王国の国王となるならば、我が国はその在位期間中の国交を断絶する!』


 それはそれは、怒髪天をつくような猛烈なメッセージが延々と続いた。

「うはあ。グレイシア様、すごーい」
「へえ。勢いはすごいけど、この文面だと戦争しそうにないわねえ」

 ある意味、戦争を仕掛けるより大きなダメージを与えることを選んだといえる。
 アケロニア王国とタイアド王国なら、タイアド王国のほうが国土が大きく人口も多い。
 しかし現在ではアケロニア王国のほうが国力が上だ。

 アケロニア王国は魔法魔術大国と言われていて、魔導具や魔力を使って精製するポーションなどの薬品類、そして魔石の生産と輸出で発展している国だ。

 当然、タイアドだってアケロニアからたくさんそれらを輸入して、上は王侯貴族から下は庶民までの生活を成り立たせている。
 国交断絶されたら、それらの生活に必要な、特に魔石が手に入らなくなる。死活問題だ。

「さて、タイアド王国はどう出るか」

 反撃に出るか、それとも。
 ココ村支部内だけでなく、ゼクセリア共和国でもアケロニア王国とタイアド王国の確執は注目の的だ。
 メジャー新聞だけでなく、中小の新聞や雑誌でも連日特集が組まれていた。



 それでまた数日経つと、新聞にはタイアド王国の王太子が廃太子の上で廃嫡され、浮気相手の男爵令嬢の家に婿入りする旨、王家が決定したと公表された。
 一国家として異例の急スピードの意思決定だった。

「うん。妥当な線じゃないかな」
「元凶の王太子を切り捨てたわけか。まあ一番楽なやり方だよな」

 ちなみに新聞には、婚約破棄された公爵令嬢セシリアが一時的に祖母クラウディアの祖国であるアケロニア王国に避難する旨も記載されていた。

「確かに、このままタイアド王国にいても、ろくなことにならなさそうだもんね」

 ちなみにその後、タイアド王国の公爵令嬢セシリアは、何と60歳以上年上の曾祖父であるアケロニア王国の先王ヴァシレウスに嫁ぐことになる。
 しかも、政略結婚ではない。驚きの恋愛結婚で。
 それでまた各国の新聞を騒がせることになるのだが、今はまだ誰も知らない未来の話だった。