本当なら嫁入り前に話しておくべきことだったが、長男夫婦はお見合いからゴールインまでスピード結婚だったので、なかなか話す機会がなかったことがある。

 次男ルシウスのお兄ちゃん愛のことだ。

 元々、とても仲の良い兄弟だったカイルとルシウス。
 だが、実はルシウスはメガエリスの実子ではないし、カイルの弟でもない。
 それでも子供の頃は仲が良かったのだが、メガエリスの妻である兄妹の母親が亡くなった頃から雲行きが怪しくなってきた。

「あの子たちの母には年の離れた弟がおってな。姉を慕っておったのだが、ルシウスが物心つく頃に亡くなっている。それがルシウスのせいだと逆恨みしたのだよ」
「ええと、どういうことなんです?」

 疑問符を顔に浮かべたお嫁さんに、メガエリスは小さく息をついて、屋敷の地下室へと案内した。
 家人の執事長や侍女長も一緒だ。

「ルシウスは私たち夫婦の実の子ではないのだよ。だが、妻の弟はルシウスを私の不義の子だと勘違いしていて、誤解だと言っても理解しようとせぬ。姉が死んだのは私の不義で悩み苦しんだからだと思い込んでおる」
「あらー……」
「詳しい理由を説明しておらなんだ私にも責はある。だが、妻の弟とはいえ他人に話すわけにはいかぬ当家の事情というものがあってだな」

 一族や、王家と一部の貴族たちしか知らないリースト伯爵家の秘密がある。



「良いか、ブリジット。これから見るものは一族以外のものには他言無用ぞ」

 地下室の扉の前でメガエリスは嫁のブリジットに言い聞かせた。
 実家の家族にも駄目ということだ。

「カイルの妻となったそなたは既に我がリースト伯爵家の女主人だ。だからこそ、教えておく」
「は、はい」

 執事長が扉を開く。彼と侍女長が先導し、メガエリスの後をついて地下室に入ったブリジットは、そこにあったものに驚愕して、上げかけた悲鳴を口を両手で塞ぐことで何とか飲み込んだ。

「これが、我が家の秘密だ」

 地下室はそう広くない。家族用のプライベートルームほどだろうか。
 氷のように透明な樹脂の柱が数十本立っている。
 その中に人や、人でないものが封印されていた。

「お、お義父様、これはいったい?」
「我が家の秘術、魔法樹脂だ。我がリースト伯爵家の祖先や縁のあった者たちを封印したものでな……」

 手近な魔法樹脂の柱を撫でて、メガエリスが溜め息をつく。
 その中には十代半ばほどの緑のドレスを着た、長い髪の少女が入っていた。
 髪色が青銀色で、ブリジットの夫カイルや、その父メガエリスと容貌がよく似ている。

「過去、身の危険が迫ったときに保存された者たちや、難病で治療方法が見つからなかった者、絶滅寸前の種族など事情は様々だ。我が一族は魔法の大家だが、彼らを守るための家でもある」
「あらー……」

 ブリジットは言葉もない。

「ルシウスはこれらの中で、最も古いうちの一体だった。十四年前、ここに忍び込んだまだ子供だったカイルが発見してな。あの子の前でちょうど術が解けて、赤ん坊だったルシウスが現れたというわけだ」
「ああ、だから“実の子”ではないということなんですね」
「そうだ。だが、あの子は私やカイルとよく似てるだろう? ご先祖様の誰かの血筋なのは間違いない」

 そうして魔法樹脂の中から出てきた赤ん坊に、メガエリスはルシウスと名付けて、自分たち夫婦の次男として国に届けた。
 ただし、公にはできなかったが、懇意にしていた先王ヴァシレウス、国王テオドロスと王妃、王女グレイシアといった主だった王族たちには事情を話してある。

「我が家の者はそれで良かったのだが、妻の弟は突然現れたルシウスが妻の実子でないことを見抜いた。妻は事情があるのだと弟に説明したが、弟は理解せず、ルシウスを私の不義の子だと決めつけたのだよ」
「それは、まあ、何と申しますか……」

 不貞の結果生まれた子供の話は、貴族社会ならよく聞く話だが、何ともいえない話である。

 ブリジットは地下室内の魔法樹脂の中の人々を見回した。
 確かに、こんな光景は縁戚とはいえ他人には話せない。
 魔法の大家のお家事情だ。おいそれと説明できるものではなかった。