とある都市の86階建ビルの最上階。それがメーシャの住む家である。このビルに住むのは国の有事に特殊な研究を行う研究者たちであり、政府公認の最高セキュリティを有し、地下から研究所へ続くリニアまで通っているやべー所だ。
建てられて以来一度も侵入者をゆるしていないのはもちろん、スパイもお手上げで、居住者や選ばれた客人以外近づくことすら不可能なほど。
そして、メーシャは憂なく異世界に行くため、両親への事情説明と旅の準備のため転移ゲートで直接一度家に帰っていた。魔法の前ではセキュリティも形無しだ。
「──っていうカンジ」
両親は家に居たもののママは何やら電話で忙しいらしく、テーブルをはさみパパに今日の流れを説明するメーシャ。
もちろんチカラの事やデウスについても伝え、デウス自体も自己紹介を済ませてある。
「──世界を救うため異世界に行く……ね」
パパは始終険しい顔で話を聞いていたが、メーシャを危険にさらすのが嫌なのだろうか。メーシャたちが見守るなか少しの沈黙が流れ、パパは小さなため息を漏らした後口を開いた。少し力のこもった落ち着いた声で。
「ヒデヨシを連れて行きなさい……!」
「『えっ?!」』
まさかの言葉にメーシャとデウスが素っ頓狂な声を出してしまった。とうの本人……本ネズミであるヒデヨシは分かっていたのか『うんうん』と頷いている。
「ふふっ……。分かっているさ、こんなに可愛らしいネズちゃんに何ができるの? って考えはね」
パパは得意げに眼鏡をクイクイっと上げた。
余談になるがパパは仕事が多忙なのか、それとも気に入っているのかほとんど一年中白衣を羽織っている。
「それはまあ、そう。……ヒデヨシに打った注射が関係してるってこと?」
「そうだ。ヒデヨシは昨日までのかわいいだけのネズちゃんじゃない。まあ、元から他のハツカネズミと比べたら賢者相当の賢さだったが……それはそれとして。ヒデヨシはメーシャの言うとおり、パパの打った注射によってひとりでに進化を遂げたんだよ」
パパは実はメーシャに内緒でオヤツをあげたり一緒のベッドで寝たりするほどヒデヨシのことが大好きなのだ。
だからこそ、メーシャは疑問に感じてしまう。
「すごくなったのは分かるけどさ、ヒデヨシに実験しないって言ってたのになんで注射したの?」
そう、パパは自分の研究のために家族を犠牲にする人ではないはずなのだ。
「それはね……」
──バタンっ!!
パパが口を開こうとしたその瞬間、リビングのドアが勢いよく開き、そこから王様みたいなコスプレをした金髪の女性が現れた。
「説明しよう!」
ニッコニコで登場したこの女性こそメーシャのママである。ちなみにママはコスプレが大好き。
メーシャが小さい頃家族3人で撮った写真も、ママが勇者でパパが魔法使い、メーシャが僧侶のコスプレをして挑んだほど。
「ママ! メーシャに言って大丈夫? 一応機密事項なんだけど」
パパが心配そうにママに尋ねた。
パパやママが研究しているのは最高機密のもので、家族といえど口外すれば行方不明になりかねないもの。
「話はつけてきたよ!」
ママは研究所の所長なのでお偉いさんと直接交渉できるのだ。しかも、すごい情報網を持っており、話に参加していないにもかかわらずメーシャの話はひと通り伝わっている。
「じゃあ、詳しくは書類にまとめてるから、ここでは軽く説明しちゃうね」
分厚い紙の束をメーシャに渡すと、ママはパパの隣の椅子に腰をおろして説明を始めた。
メールじゃないのはハッキング対策。
パパママのしていた研究とは、実は邪神軍が実験に使っていたというウイルスのことだった。
そのウイルスに特定の電気信号を送ると取り憑いた宿主の身体を変質(ミズダコがメーシャの戦ったタコの怪物に変わったように)させたり、ある周波数から放たれた命令に絶対服従になってしまうというもの。
そのウイルスによって変化させられた地球の生物(邪神軍の実験途中のものだったのか危険は少なかったが)世界各地で見つかったことでパパママたちは研究することになったのだ。
「それで、どうヒデヨシに関係してくるの?」
メーシャが首をかしげる。研究のことは分かったし、邪神軍がより放って置けない存在になったのは分かったが、まだヒデヨシに注射した理由は不明なままだ。
「ちうちうちい」
そこでヒデヨシ真剣な面持ちで言う。
『ヒデヨシが注射してくれって言ったんだな』
デウスはヒデヨシの言葉が分かるのだ。
「そう、初めはママも断ったんだけどね。危険な研究だったし、万が一なんてことは絶対に嫌だったから」
「ちうちう。ちゅうち?」
ヒデヨシはデウスに通訳を頼み、ママとパパと一緒にメーシャに説明をした。
それによると、半年前……つまりデウスが地球にやってきた時、デウスの他に禍々しい恐ろしい気配が来たのをヒデヨシは感じたようだ。だが、家族はもちろん他の人間やほとんどの動物が気付いていなかった。
日に日に強まる禍々しい気配にヒデヨシは危機感を覚えてパパやママに相談。もちろん、当時ヒデヨシに人の言葉を伝える手段はなく失敗に終わったが、それでも諦めずヒデヨシは毎日かかさず伝え続けた。
数日が過ぎた頃、ヒデヨシはパパの研究机にウイルスのサンプルを見つける。
そのサンプルはまだ禍々しいものだったが、なぜか少し安全な匂いがしたのだ。
パパママたち研究者は、そのウイルスを無力化や命令に絶対服従してしまう事の対策、身体の変化のコントロール、それらを可能にするようウイルスのナノマシン化などを研究していて、ヒデヨシが見つけたのはその試作品の入った試験管であった。
ヒデヨシはその試験管の前でジェスチャーをして『自分に使って欲しい』とパパとママに頼みこむ。これがあればあの恐ろしく禍々しい気配を出す存在に対抗できると思ったからだ。
しかしママが断固拒否。そう、家族にそんな危険な事をゆるせるはずがない。
だが、ヒデヨシの意思も強く、断られたからといって引き下がらず、むしろ今までより増して熱心に頼み込んだのだった。
「ずっと諦めずにお願いするヒデヨシを見て、本気で頼んでるのは伝わってね。でも、とは言え実験や危険に晒したくはないから、完成品なら良いよ。って」
完成品とはつまり、何の不確定要素も無く完全にコントロールができ、命令に染められる事なく己で意思決定ができ、周囲のウイルスを無力化し、己もその悪影響を受けず、暴走もなく、宿主の意志で変化し何のデメリットも無く元の姿に戻れるという、まず奇跡でも起きない限り実現不可能なものだった。しかも、それを生物実験を行わずにである。
「すご……それが完成しちゃったんだ」
メーシャが思わず感嘆の声を漏らした。
「そうだ、すごいだろ? だからスーパーなんだ。それで、数値や結果に間違いがないか研究所総動員で初めから何度も見直して、今朝ようやく許可がでたんだよ。まあ……ためらいがなかったと言えば嘘になるが、何よりヒデヨシの願いだから叶えてやりたかった」
パパとしては完成して嬉しいような、むしろ完成してしまって悲しいような複雑な感情であったが、ウイルスを改造してできたその完成したナノマシンは自信を持って安全と言える代物であるのは事実だった。
「本当はパパかママが対象になりたかったんだけど、どうやっても人間では数値が安定しなくて。それに、完全機械化しようにも難航してしまってね……」
今日、禍々しい反応が一段と強くなり、邪神軍のタコが出現。間に合わなかったのだ。
「今後メーシャやヒデヨシの役に立つはずだから研究は続けるつもり。もし何か困ったことがあったら教えてね」
ママは優しくそう言った後ゆっくり立ち上がった。
「つまりヒデヨシがいれば、邪神軍と戦う時に協力できるから連れて行けってことか。……わかった。注射もヒデヨシの意思みたいだし、あーしから言うことはもう無いかな。あんがとママ、パパ」
メーシャも納得したのかスッキリした顔で立ち上がる。とうとう異世界に行くようだ。
「……無理はするなよ。これ、パパとママの特製お弁当だ。お腹が減ったら食べなさい」
パパは子供たちの旅立ちに感極まって少し泣きそうになるも深呼吸をしてなんとかこらえ、いつの間にか用意してあった重箱をキッチンから取ってきてメーシャに渡した。
『メーシャ、準備はできてんのか?』
「大丈夫。さっき全部アイテムボックスに入れたから」
メーシャは帰ってきて部屋に入るや否や魔法陣を展開。『考えんのめんどいな』と言いながら家具ごと部屋にあるものをまとめて全部吸い込んでしまったのだった。そして流れるようにキッチンに行ってエゲツない量の水をアイテムボックスに入れていた。
ちなみに帰る途中である程度の保存食やすぐに食べられそうなものは買ってあるので準備は万端だ。
『っし。……じゃあゲートを開くぞ』
「……うん」
メーシャは部屋の隅に開かれた転移ゲートを見つめる。
まだ見ぬ世界、新たな出会い、想像もできない発見を思えばワクワクが止まらない。でも同時に両親や友達、見知った世界との別れ、想像もできない危険や苦しみを思えばなかなか足が前に進まない。
「…………メーシャ」
そんなメーシャの背中にママが声をかける。
「ん?」
メーシャが振り返ると、ママが神妙な面持ちで立ち、その後ろで慌てて西洋の重装鎧を装着しているパパの姿が目に入った。
「勇者メーシャよ、旅の支度ができたようだな」
「──あっ。……はい、陛下。ぬかりありません」
意図に気付いたメーシャはそう言いながらひざまずく。
ゲームでよくある王様や城のものたちが勇者を見送るシーンだ。ゲーム好きなメーシャへ両親から最大限の祝福である。
「では仲間のヒデヨシとデウスとともに、邪神を倒すため世界を救うため、英雄たちよ旅立つのだ!!」
「皆、武運を祈る。信じているぞ……!!」
ママ王様に引き続き、騎士パパがメーシャたちに激励を送った。
「必ずや邪神を倒し、全員そろって無事に帰還するとここに約束します……!!」
涙が出てしまいそうになるのを大きな声で吹き飛ばし、メーシャは旅立ちを固く決心した。
「ちう!!」
ヒデヨシも負けじと声を張り上げる。
『俺様まで……。へへっ! 陛下の仰せのままに!』
自分も仲間の一員としてカウントしてくれたことが嬉しくなったデウスはノリノリでそう答えた。
「……ママ、パパ、ありがとね」
メーシャはボソッと呟いて息を整えると立ち上がり、送り出してくれる両親や思い出の詰まった部屋、これから旅を共にする仲間や力のこもった己の手のひらを順に見つめる。
もう歩みに迷いはない。
「──満を持して……! 勇者いろはメーシャは! これより救世のため…………異世界へ出発するっ!!!」
────こうして世界と世界、時間と時間をこえた勇者の物語が幕を開けたのだった…………!
メーシャたちは転移ゲートをくぐり異世界にワープしようとしていた。
ゲート内は無数の光の粒子が螺旋を描くように移動しており、その中央にトンネル状の道がある。そして一度入ってしまえば基本的に自動で目的地まで運んでくれる。のだが……。
「およ、どうなってんだ……?」
いつの間にかヒデヨシの姿が見えなくなっている上にデウスの気配まで感知できなくなっている。
しかも光の粒子は移動せず停滞しており、道もトンネルではなく球体のような形状に変わっていた。
「……もしかして敵の襲撃!? じゃあ、お望み通り相手してあげる!!」
戦闘体制に入ったメーシャは体に即座にオーラをまとわせる。
オーラの色こそ緑になってしまい黄金ほどの出力や能力ではないが、戦闘経験を得てコツを少し掴んだメーシャはあの時の7〜8割くらいの強さは出せるようになっており、タコと同程度なら問題なく圧倒できるはずだ。
『──その必要はない』
「わっ?! オーラがかき消えちゃった……」
謎の声がした途端メーシャのオーラが消えてしまい、新たにオーラを出すこともできなくなってしまった。
『……心配しなくてよい。わたしはそなたと同じ世界を守らんとする者。先のたたかいではわたしのチカラが役にたったであろう?』
謎の声が言うところによると、タコとの戦いで使うことができた黄金のオーラや破壊された土地の修復はこの者によるチカラらしい。
味方であるかは置いておくにしてもメーシャのオーラをかき消したり、デウスの作った転移ゲートに細工してメーシャを他の者と切り離したりできる謎の声の主はただ者では無いはずだ。
「……正直に言うとアレはすごかったし。むしろあの状態で負ける方が難しいし、なんならタコ100体来ても勝てるんじゃないかって思うくらいチカラがみなぎってきたもん」
100体はテキトーだが、メーシャは実際にタコが複数体相手だったとしても倒し切る実力があった。
『ふふっ……。わたしがチカラをかさずとも勝てたかもしれぬが、あっとう的チカラを見せつけるひつようがあったからな……!』
声の主は嬉しくなったのか思わず笑いがこぼれ、その後の声も明らかにゴキゲンになっている。敵ではないのだろうか?
しかもよくよく声を聞いてみると、言葉使いは仰々しいのになんだか舌ったらずだし、声は自体も幼いし、喋り方も小学校低学年の女の子が不慣れなセリフを言っているようだし、何よりフレンドリーな雰囲気が隠しきれていない。
そう、警戒するには敵意が無さすぎるし、もしこれも作戦なら敵もそうとうクレバーだと言わざるを得ない。
「なんかの作戦かな?」
そんな声を相手に、メーシャの声もちびっ子のお話を聞く優しいお姉さんの様になってしまっている。
『そうてい以上のつよさを見せつけることで、じゃ神ゴッパはせんりょく低下をおそれて軍を動かせなくなる。そして、その勇者がすでにしんりゃくがはじまっている異世界に行けば、軍は そなたにくぎづけになり、フィオールも地球もしばらく こうげきできない じょうきょうができあがる。…………そなたにはくろうさせるがな』
声は少し申し訳なさそうに語る。
「ははっ……イイよ。結局邪神軍とはガッツリ戦うんだし、警戒して逃げられてその先で被害が出ちゃう〜みたいになるより絶対にイイじゃん」
『たすかる……。それにな、ひきつづきわが世界でもチカラを貸してやりたかったのだが、じゃ神のさくによって手が出せなくされていてな。すまないが、その時まではしばらくお別れだ』
「あっそうなんだ! 無理しないでいいからね、こっちはこっちで頑張るし、なんなら困ったら手伝うから教えてね!」
含みがある言い回しではあったが、メーシャはあえて触れずに優しく答えた。
デウスのいる方向さえ分かるメーシャの不思議センサーによると、タコの時みたいな邪悪な雰囲気も感じられないし、悪い人というか悪意を持った時特有の匂いがしないので、警戒をある程度解いて信じても大丈夫だと判断したのだ。
『────こほんっ。では、宝珠のひとつを持つドラゴン=ラードロを探すのだ。くわしくはウロボロスが知っているはずだ』
声はしばらくの沈黙の後咳払いをして、威厳がある風の声色で新たな情報を教えてくれた。
それによると、そのドラゴン=ラードロという存在が目下の敵のようだ。
「ドラゴン=ラードロ……ね。おけ、ちゃんとメモったからね」
メーシャは急いでスマホを取り出して慣れた手つきでメモアプリに記入する。これなら忘れないし間違える事もないだろう。
『メモするのえら…………あっ、えと……では、けんとうをいのる! さらばだいろはメーシャ。またその時まで……!』
「いま素が出…………ちょっ、まぶし!?」
メーシャは言葉を言い切る前に、いつの間にか元の転移ゲートのトンネルに戻されていた。
あまり触れてはいけない部分だったのだろう。
「……まあいいか。じゃあ気持ち切り替えて異世界に突入だし!」
* * * * *
少し時間をさかのぼり、ヒデヨシはメーシャよりひと足先に異世界に着いていた。
着いてまず初めにその景色や空気を堪能したいところだったが……。
『──ヒデヨシ、上だ! 気を付けろ!』
「ちう!」
少しの楽しむ間すらないままに、早々に邪神軍の襲撃を受けていた。
せいぜい分かったのはここは背の低い草が生い茂った平原ということくらい。
──ビュオ!!
風を切る音と共に突撃してきたのは、丸いスライム状の体に丸い目と口がついたモンスター"プルマル"。
ヒデヨシは難なくそれを回避して距離を離す。
敵はそのプルマルの他に別個体が10体程と、それを統率しているらしい胸に禍々しい宝石の付いた、3つの目を持つ黒いオオカミ型の邪神の手先がいた。
数こそ多いものの、メーシャの戦ったタコとは比べるまでもなく弱い存在なのは明白。それに知能もそれほど高くなさそうなのと、誰かが操っているような意思も感じられないので、大方『怪しい反応が出現したから排除する』という機械的な反応を示したのだろう。
「ちうち……?」
機械的な反応。確かにそうだ。だが、その怪しい反応というのはつまり……。
『ああ、そうだ。こいつらの目的は……ゲートの破壊だ!』
ゲートを破壊されればメーシャがここから出られなくなってしまう可能性がある。それどころか空間と空間の狭間に閉じ込められるかもしれない。
「……ちう!」
ヒデヨシは戦う決心をした。
メーシャの危機に己がチカラを示さずして、いつ示すというのだろうか。
──今こそヒデヨシ初陣の時だ。
『安心しろヒデヨシ。このゲートを狙ってる敵はコイツらだけみたいだ』
「スゥ〜…………ちうっち!」
ヒデヨシは深呼吸をして全身に力をこめる。するとじょじょに身体が赤く光り始めた。
色こそ邪神軍の放つオーラの赤色と似ていたが、ヒデヨシの光は一切禍々しさが感じられない。それどころか神々しさのようなものさえ感じられた。
「ちちうちうちう!」
背中の黒い五角形に左右対称の"ヒ"と言う文字のような模様が浮き上がり、ヒデヨシの身体能力や反応速度、体の頑強さなどが強化された。
これもウイルスの持つ身体を変質させる効果を応用したものだ。
「グルルルル……」
オオカミ型の手先……"ミツメオオカミ=ラードロ"が、ヒデヨシを脅威と判断して警戒の色を強める。
「──グルルルオオオオ!!」
ミツメオオカミ=ラードロは遠吠えをあげながらオーラを周囲に放ち、近くのプルマルに攻撃命令を下すとともに自身の強化をはかる。
「ギュピー!!」
プルマルの頭の上に刺さっていたアンテナのようなもの命令を受信。狂化状態になったプルマルは完全にヒデヨシを排除する気のようだ。
だが、標的になったからにはしばらくはゲートは安全。ヒデヨシとしてはむしろ好都合だ。
『くるぞ、ヒデヨシ!』
デウスが言うが早いか、狂化したプルマルの一体が丸呑みでもするのかというくらいの大口を開けて飛びかかってくる。
「……ちう!」
しかし冷静なヒデヨシ。落ち着いた様子で前足で手刀の形を作り迎撃のかまえ。
「──ガァっ!!」
そして、プルマルがヒデヨシに今にも喰らいつくというその瞬間。
──斬ッ!!!
手刀の先からオーラのサーベルが飛び出して刹那の内にアンテナを一刀両断。
「ギュピぇ〜!?」
ウイルスでできていたアンテナがヒデヨシの攻撃によって無効化&破壊されてプルマルは解放。
トドメこそ刺せてないものの、衝撃によってプルマルは気絶して無力化は成功した。
いや、刺せていないのではなく、刺していないと言う方が正しかった。
ヒデヨシはプルマルには敵意がなく、ミツメオオカミ=ラードロに操られているだけだと分析し解放するだけで十分と判断したのだ。
「ちうちうちゅ……!」
ヒデヨシはオーラをさらに解放し敵軍に向かっていくのだった。
「ちうちうちゅ……!」
ヒデヨシが背中にオーラを集中させていく。
ちなみにヒデヨシの日本語訳はデウスによるもので、デウスいわく『原作に忠実なのが1番』とのこと。なので口調やセリフに改変や翻訳の遊びは入っていないとのこと。
『……あっ、ヒデヨシ! 全員くるぞ!』
ヒデヨシのパワーチャージ中を狙ってか、操られたプルマルの集団が一斉に押し寄せてきた。
ただ、ミツメオオカミ=ラードロが後ろで待機しているところを見るとこの行動はあくまで様子見。ヒデヨシにダメージを与えるよりも、ヒデヨシがどんな動きや強さか測るのが目的なのだろう。ミツメオオカミ=ラードロにとってプルマルはただのコマにすぎないのだ。
「ちちうちうーちう!」
背中の模様が発光して浮かび上がると、オーラの翼に変化してヒデヨシを浮かび上がらせた。
──ギュォオオオ!!
そして、不規則な動きで襲いかかるプルマルのアンテナを、ヒデヨシは正確に、しかも瞬く間に切り裂いてしまう。
「──ちぇっちゅちうちう!」
他の敵を全て片付けたヒデヨシは、ミツメオオカミ=ラードロをロックオン。
「グルルルルル……! グオオオオ!!!」
ミツメオオカミ=ラードロは雄叫びを上げ、胸の赤い宝石から禍々しい邪気を解き放つ。ヒデヨシのことを危険だと判断し、次の一撃で即刻排除する作戦に変更したようだ。
『次に全てを賭けるみたいだぜ! 油断するなよヒデ…………っていねぇ!?』
デウスがヒデヨシに声をかけようとするが、とうのヒデヨシはすでにその場におらず。
「ちうっちう」
「グルル…………グルァ!?」
口から邪気のブレスを吐こうとしたミツメオオカミ=ラードロだったが、チャージ中にヒデヨシはふところに入り込んでしまう。
「ちゅうちちうちうち……!」
ヒデヨシは前足から放たれた閃光が赤い宝石に触れると、ミツメオオカミ=ラードロは石にでもなったかのようにその場で行動停止。
次の瞬間、内側から光があふれ出してミツメオオカミ=ラードロの禍々しい身体は破裂するように崩壊した。
「わお────んっ!」
そして崩壊した身体の中から、つぶらな瞳の2頭身オオカミが元気よく飛び出した。本来の姿のミツメオオカミだ。
ミツメオオカミは牙こそ鋭いが、一般家庭でも飼われてたりするくらいポピュラーで弱いモンスターである。ちなみに弱気で臆病なので番犬としてはあまり期待できない。
『す、すげえ! 信じてなかったわけじゃねえが、こんなにアッサリ邪神軍の手下を浄化しちまうなんて! しかも無傷! メーシャのママさんとパパさん天才か!? 天才か!! 』
戦いを見ていたデウスはハイテンションで大盛り上がり。もし身体があったら小踊りしているところだろう。
「ちうっ!?」
デウスが騒いでる間にヒデヨシは新たなスキルを手に入れていた。詳しくはまだ分からないが、"ブレス攻撃"ができるようになったようだ。
もしかすると、倒した邪神軍の性質によってナノマシンがそれに応じたアップデートをするのかもしれない。
『……いやぁ、いろは家でマジで良かった。てか俺様って恵まれすぎじゃね? メーシャのチカラへの才能はもちろん、パパさんとママさんの技術力、それを活かすヒデヨシの適応力……。最高の布陣すぎるぜ 。もう祝杯あげちまうか!?』
「──それは流石に気が早いんじゃない? そういうのは最後にとっとこうよ」
デウスがゴキゲンでぺちゃくちゃ喋っていると、たしなめつつも嬉しそうな声が近付いてきた。
「ちーちうちうちう!」
『……メーシャ!? おお、無事だったか!?』
「とうちゃ〜く! おまたせだしーっ!」
待ちに待ったメーシャの登場だ。
「ヒデヨシ大丈夫? 危ない目にはあわなかった? デウスは上機嫌だけど何かイイことでもあった?」
「ちうちう!」
メーシャの姿を見てヒデヨシは嬉しくなったのか飛び跳ねながらメーシャに駆け寄った。
『ヒデヨシってばメーシャのいない間に大活躍でな、めちゃくちゃカッコよかったんだぜ! って、メーシャはなんで遅れたんだ?』
「ああ、それはね──」
メーシャはヒデヨシを肩に乗せると、転移ゲート内で起きた事や謎の声、その声が話してくれたことを説明した。
● ● ●
『──なるほど。現段階では完全に信用できるかは判断できねーが…………まあ、少なくとも同じ敵を持つもの同士で協力関係を結びたいってのはスジが通ってるか。あのオーラも邪悪な雰囲気はなかったし、俺様としても仲間が増えるのはありがたい』
「良かった。もし敵だったら悲しいもんね。それで、宝珠とかドラゴン=ラードロってのは?」
『まず宝珠はふたつあってな。……魔法を使うのに必要な魔力や、生きるのに必要な生命力、そしてそれらの源であるマナってのがあってな。それで、そのマナを生み出してくれる"天の宝珠"がまずひとつめ』
「マナっていうのを原料にして魔力とか作られてんのね。んで、そのマナって宝珠からだけしか生み出せないの?」
『いや、マナは世界中にあって、基本的には星が生み出してることが多いな。地球もマナは生み出してたな。魔力に変換はされてないみたいだけど』
「ふーん……。じゃあ、変換さえできれば地球でも魔法が使えるのか」
『そうだ。メーシャみたいな特殊な状況でなくともな。…………それで、ふたつめは"地の宝珠"だ。これはエネルギーやチカラを制御したり、存在の定着、安定化ができる。
つまり、天の宝珠があればある程度のチカラを使うことができて、地の宝珠があれば俺様は身体を取り戻せるってわけだな。
ちなみに、どっちも強いチカラを持ってるが、ふたつが合わさればより強大で、龍神ウロボロス本来のチカラを引き出すことができるんだ』
「えっ、ちょっとまって! じゃあ、その宝珠を持ってるドラゴン=ラードロってマジヤバの強さになるんじゃね?!」
神社や龍脈などでエネルギーを増やしたとは言え、メーシャのチカラは『宝珠を抜かれたウロボロスの残滓』みたいなもの。宝珠をそのまま持っているドラゴン=ラードロと戦うのは分が悪いはず。
『……正直、マジヤバの強さなのは確かだろうな。でも大丈夫だと思う』
「ちう?」
メーシャの肩の上で話を聞いていたヒデヨシが首をかしげる。
『チカラの適合率で言えば、メーシャは俺様自身に匹敵すると言っても過言じゃねえ。どこぞの馬の骨……ドラゴンだからトカゲの骨か?
まあ、そのトカゲが俺様のチカラを制御しきれるはずがねえんだよ。どっちの宝珠を持っていたとしても大幅に出力が下がってるのは間違いない。
だから、メーシャがしっかりチカラの使い方を学んでいけば、いくら元がスナック菓子の残りカスみてーな少ないチカラでも勝てないことは無いはずだ』
デウス……ウロボロスが邪神軍と戦って勝てなかったのはあくまで邪神ゴッパだけだった。ゆえに、それに匹敵する才能のメーシャであれば幹部クラス相手にも渡り合えるポテンシャルがあるということだ。
「……そっか。じゃあ、努力不足で負けたなんてことにならないよう頑張んないとだね!」
『おっ、やる気充分だな! そんなメーシャに朗報だ。……この国の名前は"アレッサンドリーテ"。邪神軍幹部の一体、ドラゴン=ラードロの根城がある国だ……!!』
「ここが……!?」
緑が生い茂る豊かな平原、魔法のトラップがひしめく古代遺跡、多くの生物やモンスターがひそむ霊峰、結界に守られた城塞都市、そして天然の岩壁に囲まれた古城。そう、ここがアレッサンドリーテ。 メーシャたちがこれから冒険する大地だ。
メーシャたちは先の戦いでのヒデヨシの活躍の話をしながら、アレッサンドリーテ王国の首都を目指していた。さいわい、転移で到着した位置が首都近くでゆっくり歩いても20分ほどでたどりく距離。
しかもレンガ調の道路が敷かれていて、一定距離ごとにモンスター除けの光を出す街灯まで完備。
ちなみに、この街灯は地球で見るような街灯とは少し違って、ライトの所に薄紫色の宝石……魔石がはめ込まれていて、それをカバー兼光の拡散用に特殊なカットが施されたレンズがおおっている。
この街道を進めば強いモンスターをめちゃくちゃに怒らせない限り、車に乗れるタイプのサファリパーク感覚で安全にスムーズに町を行き来できるというわけだ。
「ほぇ〜。マジか、イイなー! あーしも見たかったし〜…………ぜぇ……はぁ……。疲れた……」
声こそ元気に出そうとするも、もう疲労の限界なのか息切れを起こしフラフラで歩くのもやっとだった。
「ちうちちゅううち? ちゅちうちういちちうちゅあちぃ」
戦いを経てなお、小さい体でありながらメーシャに四足歩行で並走するヒデヨシは元気いっぱいなので、ジャッジメントサイス後に地形を修復したのが予想以上に体力を使ったのかもしれない。
「そうなのかな〜。気が抜けてドッと疲れがってやつかなぁ……ふぃ〜」
『……来るの急ぎすぎたか? さっきまで元気だったから油断したな。……すまん。金ならある程度アイテムボックスに貯めてあるし、街に着いたらいったん宿に泊まるか?』
異世界は地球より侵攻が進み、被害者や行方不明者、誘拐なども出ているのでデウスとしては少しでも急ぎたかったのが本音だったが、謎の声が言うようにメーシャが活躍によって侵攻が一時的にでも止まるというなら、一晩休んで日を改めてこちらに来ても良かったかもしれない。
「それがイイかも……ぜぇ。……でも、なんか……こっちに来てからなんだよね……はぁ……」
『こっちに来てから? 何がだ……』
デウスは身体が無いので汗こそかかないが、もしあるならこの瞬間背中に冷や汗を流していたかもしれない。フィオールに来て調子が悪くなったというなら、考えたくはないがもしかすると…………この土地特有の病気だろうか?
普通、その土地に住む者ならその土地の病原菌やウイルスに免疫ができて、コンディションがそうとう悪くなければまず感染しないものでも、違う土地から来た者は免疫できていないので簡単に感染してしまう。
ヒデヨシはネズミだから耐性が違い、調子が悪くなっていないのもなんらおかしくない。
デウスは戦々恐々としながらメーシャの言葉を待った。
そして、聞いた瞬間言葉を失ってしまう。
「身体がめちゃくちゃ重たくなったというか、ズッシリ感じるというか……マジしんどぃ」
デウスはメーシャの顔が見られなかった。肝がスーッと冷える感覚だ。『ああ、やっちまった……』と絶望した。だが、もうデウスはチカラのほとんどを使い切ってしまい、メーシャにはもう何もできないのだ。
こうなったら宿に泊まった所で事態が好転するなんてことはあり得ない。何故なら……。
『メーシャに重力適応化の魔法かけ忘れてたァ……!!」
「…………え? 今なんて? 聞き間違いじゃなければ、重力重力って言ってた気がするんだけど…………どゆこと?」
メーシャの視線がデウスを突き刺す。
デウスは肉体を持たず、エネルギー体であって見ることはできない。そして、より正確に言うならデウスのエネルギー体……霊体のようなものは実際にこの場に存在しているわけではなく、別空間でメーシャたちをカメラを使ってライブ映像を見ているような状態なのだ。
つまり、物質やエネルギーがないので誰も、人ももモンスターも邪神軍ですら見るどころか感知することすらできないはずなのだ。……はずなのだが、メーシャの視線は確実にデウスに突き刺さっていた。
『ひ、ひぇ〜……!!? ごめんなさーい!!』
恐れをなしたデウスは悲鳴をあげて通信をきってしまう。
「……逃げたちゃった。ま、いいか」
メーシャはそう言うと、今の今まで恐ろしい眼差しをしていたとは思えないような気の抜けた目になり、何も気にしていないのかなんでも無いように背伸びをする。
「ちう?」
「ん? ああ、怒ってないよ。ちょっとからかっただけ〜。てか、環境の違いって異世界に来たって実感できてむしろワクワクもんじゃん! 怒るワケないよ。……それにしても、ここって地球より重力強いんだね。どーりで身体が重たいワケだ。う〜ん、10倍くらいかな? 歩くだけで修行になりそー」
メーシャは手から魔法陣を出現させて頭から順にかざしていく。
「ちうっち?」
ヒデヨシはメーシャに何をしてるのか尋ねた。
「これはねぇ、体重を奪ってるの。身体自体を魔法で軽くすれば、理想の体重にできちゃうって寸法よ。……ん? もしかしてコレって、みんなが喉から手が出るくらいに欲しがる奇跡の魔法では?! やばー! テンションアガってきた! 地球に帰ったらみんなから救世主って呼ばれちゃうかも!? このメーシャミラクルで世界を救っちゃうかも!?」
そんなこんなで、メーシャの体重はメーシャミラクルによって約20%くらいにまで減らすことができた。
10%まで減らさないのは、デウスから貰ったチカラで筋力が多少強化されているのと修行のためだ。徐々に重力に身体を慣らしていき、最終的に元の重力に適応すれば道中無理なく成長できる。
「っし、身体が軽くなったら元気も出てきたし! じゃあヒデヨシ、街まで競争だっ! 走れ〜!!」
さっっきまでのお疲れちゃんはどこへやら、メーシャはゴキゲンステップでアレッサンドリーテの街まで駆け出した。
「ちーう〜!」
ヒデヨシにも一応重力(約)10倍がかかっているはずだが、本ネズミは気にする様子もなくメーシャと同程度のスピードで街へ走っていったのだった。
* * * * *
数分後、メーシャたちは城塞都市アレッサンドリーテに足を踏み入れていた。
住宅街にはレンガ調の民家が、商業地区にはコンクリートのような素材の建物が立ち並び、街の中心にはドイツあたりにありそうな円錐状の屋根のついたお城がある。そして、何よりメーシャたちの目を引いたのが結界である。
東京ドーム1個分はあろうかというサイズの、全体に魔法陣が描かれた真球状の魔石が上空に浮かび、そこからヴェールのように半透明の結界が街を丸ごとおおっていた。この結界はなかなかハイテクで、認証済みのモンスターであれば弾かれずにそのまま通過できるし、逆に普通のモンスターが通れないのはもちろん、街に対して敵意や害意のある者、攻撃魔法や災害までも勝手に反応して通れないようにしてくれるのだ。
だが、城塞都市と言われているのに街を守る壁が見当たらない。普通なら壁があり、門があり、そこで警察や衛兵みたいな方々が検問をしているはずだが、衛兵は街を巡回している者のみ。
まあ、衛兵が少ないのは他にも理由があるのだが、それはそれとして。
実はこの街の地下には王族のみが起動できる巨大な魔法陣が埋まっており、有事の際にその魔法を使えば街を囲む高く強固な防壁が出現するのだ。その防壁は上級魔法を喰らってもびくともせず、並の魔法なら逆に魔力を吸収してより硬くなるという。
なので、戦争時でも基本的に街にひとりは王族を残さないといけないものの、結界と防壁があるおかげで普段は外からの危険をほとんど考えなくても良くなっている。
「──やっと着いた〜! ……のは良いけど、嬉しいような少し残念のような……」
メーシャが街を見渡しながらなんとも言えない顔になる。
「ちうち?」
「だってさ……異世界転移の醍醐味ってオレツエーもあるけど、やっぱ現代知識無双ってカンジしない? でも、ここってどこからどう見ても………………ハイテクなんよ」
そう、地球にあるものと遜色ない自動車も普通にあるし、なんなら一部は空を飛んでいる。
しかも、お店の看板は空中に投影されているし、一定距離ごとに転移魔法陣が敷かれているので街の移動には困らないようになってるし、ちょっとお店を覗けば通るだけで決済できるゲートが設置されていたり、大きな荷物は転送できるサービスがあったりと、夢のような世界ではあるがここで現代知識無双するのは夢のまた夢、みたいな状態であった。
「ちう……。ち、ちゅーちう!」
「まあ、せっかくカレーのシミも落ちる石鹸の作り方とか井戸の作り方とか他にも色々覚えたんだけど、クヨクヨしてて目の前の異世界を楽しめないのはもったいないもんね! 知識自体はサバイバルでも役に立つだろし、いったんフラットな目線になって街をめぐってみよっか!」
「ちうぃ!」
そうしてメーシャは意気揚々と街を進んでいったのだが、またすぐに新たな問題にぶつかってしまうのだった。
● ● ●
「──ちょっと待って、ウソ!? 言葉が全然わかんないんだけどー!!!?」
アレッサンドリーテ商業地区、とある冒険者用道具屋さんにて。
店主のお姉さんと、なんだかチャラい冒険者のお兄さんが話していた。
「──聞きましたか? ここの近くで……」
「ああ……不審者が出たってね。なんでも、ヒトに手をかざしては走り去っていくお嬢ちゃんがいるらしいじゃん?」
チャラいお兄さんは瓶に入った回復薬を受け取ると、懐からタリスマンを取り出して慣れた手つきでレジのスキャナーにかざす。このお店ではこうやってお会計をするようだ。
「そうなんですよ。結界があるから大丈夫だとおもいますけど、ちょっと恐いですね……。まあ、最悪ウチらは店を閉めて防護結界でシェルター化すれば良いですけどね。何をしてくるか分からないですしお兄さんも気をつけて」
「オレちゃんもけっこー強いし、パーティのハニーたちも頼りになる子ばっかりだから心配しなくて大丈夫だよ。……でも、気遣いうれしかったぜ。ありがとうお嬢ちゃん」
チャラいお兄さんはピッと指を立てた後店主のお姉さんにウインクをしてお店を後にした。
この街に出没したという不審者。そう、それはメーシャの事である。この不審者情報はもう商業地区ほぼ全域に広がっていて、すでに衛兵の皆さんが不審者を捕らえるべく捜索中だ。
しかし、なぜここまでの状態になるまでメーシャが暴れたかというと理由があった──。
「こ、言葉が全然わかんない……!! 英語じゃないし、当たり前だけどフランス語とかドイツ語でもないし、アジア圏の言語でもない!! どうしよっ!?」
時間を少しさかのぼり…………メーシャは異世界のヒトとコミュニケーションをはかろうとしたところ、異世界人は地球で聞いた事ない言語を話していて全く会話にならなかったのだ。
何度かジェスチャーも試そうとしたが、そもそも文化が違えばジェスチャーも違う。ほんのり通じる部分もあったが、何か気に障るジェスチャーが混じっていたのか怪しまれて衛兵を呼ばれるのがオチだった。
「ちゅえちゅうちちうちゅーちちちゅあちゅうち」
ヒデヨシの言う通り、デウスは言語適応の魔法も忘れていた。ただ、もし覚えていたとしても、魔力を既に使い果たしてしまっているので結局結果は同じではあるが。
「う〜ん……このままじゃドラゴン=ラードロどころじゃないし、何か方法考えないと……。1から学んでいくのは現実的じゃないし、とは言え言葉を一瞬で自分のものにするなんて…………ん?!」
メーシャは何かをおもいついたのか、表情が一気にパーっと明るくなる。
「そっか! 自分のモノにしちゃえばいいんだ!!」
「ちう?」
「あのね、あーしのチカラって"奪って自分のモノにする"でしょ? だから、人が喋ってるのをスキャンするカンジ? で奪って自分のモノにできればさ、その奪った言葉を理解できるようになるんじゃないかって! まー、正直できるかわかんないけど、やってみる価値はあると思うの!」
言葉なんて奪ってしまえばその人が言葉を使えなくなるのではないかという考えに一度おちいったが、よくよく考えてみると口から放たれた音の振動の一部を拝借できれば言語の解読はもちろん、人への悪影響も無い完璧な作戦なのではという結論に至った。
「ちゅう〜!」
ヒデヨシは型破りな作戦に思わず感心して拍手をしてしまう。
「じゃ、そうと決まれば駆け抜けるよ! できるだけたくさんサンプルが欲しいからね」
言葉の数なんてものは数え切れないほどこの世に存在する。全部は無理にしても、最低限人と会話できるレベルまで言葉を手に入れるとなると、単語の重複や不規則変化する動詞などを考慮して数千人分くらいの言葉は欲しい。ゆっくりしていたら夜になってまた朝になってしまう。
「ちう!」
ヒデヨシは動き回って迷子にならないようにメーシャの肩に飛び乗る。
「オーラを手に集中させて…………れっつ、メーシャミラクル〜!」
こうして、メーシャは言語を習得するために街を走り回り、喋ってる人を見つけては片っ端から手をかざしてオーラで吸収し、用が済んだら走り去ってまた喋ってる人を見つけたら…………と繰り返していき、数時間で見事アレッサンドリーテの有名人(不審者)に成り上がったのだった。
* * * * *
一段落して、メーシャは他のヒトの邪魔にならないように人通りの少ない裏路地に来ていた。
「──ふぃ〜! 結構集まったし、いったん手持ちの言語をラーニングもしたいし、とりまこんなもんでイイかな? どれどれ……?」
メーシャの目のところにバイザー型の、耳のところにはヘッドホン型のオーラが出現したかと思うと、先ほど異世界の皆様方が喋っていた異世界語が音と文字として流れてメーシャにどんどんインプットされていく。
そのスピードは凄まじく、数時間の成果をなんとものの数十秒で出力してしまうほどだ。
「あばばばば……!? 頭が変になりそう〜だし〜!」
正規ではなk突貫工事の学習なので仕方ないが、この方法はメーシャの脳には大きな負担がかかってしまう。デウスからチカラを貰っているのでいくらか軽くなっているものの、それでも30時間くらい寝なかったくらいの疲労はまぬがれない。
「ち……ちゅう?」
「…………あ。でも、なんか聞こえてくる言葉がちょっと分かってきたかも! 頭がぼーっとしてるから今はあんまり処理は早くできないけど、これで一晩お休みしたら多分最低限の会話ならなんとか問題無いレベルまでいける気がする」
メーシャは疲れて声がふにゃふにゃ。今晩は早めに寝た方が良さそうだと思った、その時──。
「おい貴様、そこで何をしている!」
「市民に手をかざしては走り去っていくという不審者はお前のことだな!」
「何がしたいのか分からんが、暴れなければ手荒なことはしない。詳しく話を聞かせてもらおうか」
不審者情報を受けて出動した、くたびれた軽装を身につけている衛兵が3人現れた。
一応鎧は着けているものの兜は見当たらない事から、さほど重大なことだとは思っていないのだろう。しかし、そのおかげでメーシャに感動を与え、より不審に思わせてしまうことになる。
「え!? マジか! もしかしてエルフにドワーフ!? そんでそっちの人は顔がアリさんだから……虫人? む〜……分かんない! でも、みんな地球では見たことない人種の方々じゃん! ああ〜……みんなお友達になりたい! ねぇねぇ、みんなヒマ? これからショッピングしない?!」
ハイテンションのメーシャは早口でまくし立ててしまうのだった。日本語で…………そう、日本語で。
「……な、何を言っているんだこいつは?」
「え!? マジか! もしかしてエルフにドワーフ!? そんでそっちの人は顔がアリさんだから……虫人? む〜……分かんない! でも、みんな地球では見たことない人種の方々じゃん! ああ〜……みんなお友達になりたい! ねぇねぇ、みんなヒマ? これからショッピングしない?!」
ハイテンションのメーシャは衛兵のみなさんに早口でまくし立ててしまったのだった。日本語で…………そう、日本語で。
「な、何を言っているんだこいつは?」
と、耳とお目々がが素敵にシャープしているエルフのお兄さん。
「さあ……? 古代言語か何かか?」
こう言うのはコーヒーワタアメみたいなふわっふわのお髭をたくわえ、チラ見えする筋肉が格闘漫画に出てきそうな美しさであるドワーフのおじさん。
「ニンゲンかと思ったけど雰囲気も少し違うし、もしかして擬態化系モンスター種のヒトか……?」
そして最後に声を発したのはアリ型虫人のお姉さん。手足が細くしなやかでありながら、パワーはドワーフに匹敵し、三日三晩走り続けられる程の持久力を持っているエリート。もちろん勤務時間は守ります。
「……ちうち! ちゅーちう!」
「え? ……あ、そっか! テンション爆アゲでフィオール語喋るの忘れてたわ!」
ヒデヨシに耳うちされてようやく自分の発した言語が日本語だと気付く。やはり頭がまわっていない。
「…………ヒトの言葉も分かるみたいだな? 話すことはできるか? 名前は?」
メーシャが自分たちの言語を理解していそうなのを察して、ドワーフのおじさんが代表して怪訝な顔をしつつ恐る恐るメーシャに尋ねた。
「えと……自己紹介をうながされてるっぽい? あ〜……確かチャラいお兄さんが自己紹介してたっけ。それを使えばいけるはず……。こ、こほん! 『へい、お嬢ちゃん! オレちゃんはメーシャ! こんなところでどうしたの? 困ってるなら手を貸そっか』……これでそうだ?」
メーシャはめちゃくちゃチャラい口調で自己紹介してしまった。しかも衛兵のおじさんをお嬢ちゃん呼びまでして。
そう、メーシャは言語をラーニングしたとはいえまだ脳に定着させきれておらず、しかもニュアンスの違いを理解するほどサンプルを得られていなかったのだ。
「お、お嬢ちゃん……!?」
ドワーフのおじさんは目を丸くして固まってしまった。少し恥ずかしくなったのか、心なしか頬も赤く染まっている。
「フフフ……隊長をお嬢ちゃん呼びとはキモが座っているな。……それで少しは話せるようだが、なぜ手をかざしたり走りまったのかは喋られるか? それこそ困っているなら手を貸すが」
すっかり柔和な顔つきになったエルフのお兄さんがメーシャに要件を尋ねる。
「次は何か必要か……っぽいカンジかな?」
平時のメーシャは勢い任せなところはあるがポンコツではない。ただ、頭の疲労でぼーっとしてしまっているせいで、認識能力と思考能力がいちじるしく低下している。ゆえに、こんな答えになってしまったようだ。
「えっと……『リンゴなら150アレスだよ!』でイイかな……?」
イイわけはなかった。メーシャは別にリンゴが欲しいとは微塵も思っておらず、そもそも目的を訊かれているので意味不明としか言いようがない。
ちなみに"アレス"というのはこの国の通貨であり、1アレス1セントくらいの価値がある。そしてこの言葉は果物屋の気の良いおばちゃんから手に入れたモノだ。
「……リンゴ? 果物を売っているのか? ……ああ、えっと……街を移動しつつ宣伝していたのか? でも、店の名前を聞いたという報告はなかったはずだし……」
誤解を招いてしまったようで、エルフのの兄さんはブツブツ言いながら首を傾げている。
「あ、間違えちゃったっぽいな。必要…………ああ、もしかしてあーしの方か! じゃあ、言語習得のためって言わないとなんだ。でも、どうやって伝えよ……頭が回んない」
メーシャは頭を動かそうとしたが、なんだかぼーっとしてしまって考えがまとまらない。
「ちゅ、ちうちうちう! ちゅういち」
それを見かねたヒデヨシが思い付いたアイデアをメーシャに話した。
「回復? ……ああ、傷とかもなおせるけど? あ、そっか! 頭にチカラを使って疲労を奪っちゃえばイイんだ! でもそんな上手くいけるかな? いや、ダメならその時考えよっ。……それにブドウ糖チョコとかも持ってきてるし、これで回復できるかも!?」
ひらめきを得たメーシャは見られているのも気にせず、チカラを使って急いで脳の疲労を奪い去ってしまう。そして、その流れでチョコも一緒にほおばり、これでやれることはやり切った。あとは効果が出てきてくれるか待つのみ……。
「チョコレート? ……さっきまで言葉がおかしかったし、疲労していたということか? …………それで、話すことはできるか? もしダメそうなら、身分証明できるモノさえ提示してくれれば後日でもいいけど」
察しがいいヒューセクトのお姉さん。気を遣ってくれているようだ。
「き、キター!!」
静寂を包んでいた裏路地にメーシャの叫び声が響き渡る。もちろん、衛兵の皆さんは心底驚いてしまったのは言うまでもない。
「……ちう?」
「うん! 回復してるよヒデヨシ! これなら今までの言語を使って応用もできそうだし!」
作戦は大成功。昼寝から起きた時みたいなスッキリ感が身体全体に行き渡っている。脳みそもプルンプルンで、回遊しているマグロみたいにフル稼働できそうだ。
回復したメーシャはげんきいっぱいに走り出したくなる気持ちを抑えて、今までの質問に答えることにした。
「ええ、こほん! 『わたしは、いろはメーシャ! 不審者っていうのはわたしのことで間違いないと思う!』それと……『わたしがなぜそんなことをしたか、それは話すようにするためです。わたしは、他のところから今日きたのでヒトの言葉が話せない。だから、魔法を使って言語学習していたよ!』……これでどうだろ?」
脳の回復はしたが、睡眠をとったわけではないので定着までいっていない。奪った言語も単純で短い文ばかりで、動詞の変化の法則も完璧とは程遠かった。それにもかかわらず、メーシャはつたない部分がありつつも文法を考えて意味が通じるレベルで喋ることができた。
「言語習得のために魔法……か。そう言えば、自分もモンスター言語を録音して覚えたことあるな…………」
いつの間にか動くようになったドワーフのおじさんが懐かしそうに微笑んだ。
「そう言うことなら、市民への実害も無いし、今日のところは注意だけで開放でも良さそうでは?」
エルフのお兄さんがドワーフのおじさんに進言する。
「そうだな。…………メーシャさん、今回のことは悪意あってのことでは無いと判断し、これで質問を終えさせて頂きます。ですが、こういった騒ぎは市民を怖がらせる事になりますので、万が一のことも考慮し我々も強く出ざるを得ません。なので今後はこういった事は控えてください。それと、困ったことがあればいつでもおっしゃって下さい。出来る限り協力させて頂きます」
緊張が解かれたドワーフのおじさんは、親しみ深い声色の丁寧な口調になってメーシャに微笑みかけた。本来はこちらが素の状態なんだろうか。
「おお! 『わかりました。ありがとうございます』だし!」
「メーシャさん、我々は持ち場に戻るけど隊長の言った通りいつでも来てくれて良いからね。街の困りごとを解決するのが我々衛兵の仕事だから」
ヒューセクトのお姉さんが気さくに喋った。表情は少し分かりにくいが、笑顔であるのが伝わってくる。
「はーい!」
「ちうー!」
メーシャとヒデヨシがお姉さんの笑顔につられて笑顔で返事をする。
「では、これで……」
エルフのお兄さんが深々と頭を下げると他のふたりも頭を下げ、最後に手を振りながら衛兵のみなさんは笑顔で去っていった。
「……なんとかなった。実際に喋るとなるとなかなか難しいな。でも、めちゃイイ経験になったし、言葉のサンプルも手に入ったし、これで発音とかニュアンスとかもうちょい上手くできるようになりそ!」
「ちうちうち!」
「うんっ」
メーシャたちがホッとしたのも束の間。
「おーい! あなたが勇者様ですねー?」
騎士の青年がこちらに向かって走ってきた。雰囲気からして敵対していたり不審者だと認識していたりといった様子はなく、なんならメーシャの事を『勇者様』と呼んでいるではないか。
「勇者様か…………イイ響きだ。って、あーしのことか! てか何で知ってんだ? デウスが夢枕にも立ったのかな?」
「いや〜探しましたよ。噂にはなっているのに、なかなか見つけられなくて正直焦りました」
騎士の青年は燻し銀の色をした重装鎧をまとっていて、少し和風な顔立ちであったが、やはり異世界ということなのか兜から10cmほどのツノが2本飛び出していた。いわゆる鬼っぽい雰囲気である。
「……『何で探していた?』」
メーシャは首を傾げる。
「あれ、お聞きになっていないですか? 陛下が勇者様をお呼びですよ。……私は"ダニエル・ルーベリーテ"、アレッサンドリーテ城までご案内するために参りました」
騎士の青年ダニエルはまさかの王様の使いらしい。つまり、王様もメーシャの事を知っているのだろうか。
「ヒデヨシ聞いた?! お城に連れてってくれるって! どんなカンジなんだろ〜!」
「ちーう〜!」
お城と聞いたふたりは嬉しくてもうウッキウキ。早く行きたくてウズウズだ。
「ふむ、どうやらすぐにお連れしても良さそうですね?」
ダニエルが優しそうに笑いながらふたりに確認する。
余談だが、ダニエルも初めてアレッサンドリーテ城に行くとなった時に、メーシャたちと同じようにはしゃいでしまった過去があり、その時の自分を重ねて懐かしんでいたのだ。
そして、そんなはしゃいでるメーシャたちの答えはもちろん。
「はい、お願いします!!」
「ちい、ちゅあちゃちい!!」
今すぐ謁見するに決まっているのだった。
「──んで、なんでダニエルさんはあーしが勇者だって分かったの?」
メーシャは王の使いであるダニエルに城まで案内されていた。そして、その道中少しヒマなので雑談をはさみつつ気になったことを訊くことにしたのだった。
ちなみにメーシャは雑談中に紆余曲折、たまに意味不明な言葉を喋りつつもなんとかフィオール語をなんとか習得することに成功している。
「それはまず、陛下の夢枕にウロボロス様と名乗る青年があらわれ、今日ウロボロス様から祝福を授かった勇者がこの街を訪れる。と、そう言ったそうです」
やはりデウスはメーシャの想像通り夢枕に立って知らせたようだ。
「そうなんだ。……あっでも、それじゃ姿まではわかんなくない?」
「まあ……それはそうですね。実際、この命を受けた時点で勇者様がどのよな姿かの情報が一切ありませんでしたし。…………ええっと、勇者様に失礼なのは承知で、個人的に言っておきたいことがあるのですが」
ダニエルは先ほどまでの少し頼りなさそうな、少し優しそうな顔から一変。覚悟を決めたかのような引き締まった顔つきになる。
「ん? いいけど……」
メーシャはヒデヨシと一瞬顔を見合わせた後訝しげに頷いた。
「代々アレッサンドリーテの王族はウロボロス様を信じ、国の象徴ともなっています。定めているわけではありませんが、国民の半数以上も信じる実質的な国教なんです。
ですが、陛下は夢枕に立った青年のことをウロボロス様と信じず、むしろ邪悪な者が騙そうとしていのではとまで考えているんです」
「マジか……」
メーシャはデウスとの出会いの時を思い出していた。最終的には信じる事にはしたが、初対面で個人情報持ってるし、喋り方の威厳はないし、グイグイくるし、一人称は俺様だしで、これは悪魔みたいな存在と思われてもしゃーないかと思わざるを得ない。
「……はい。とは言え、万が一本物のウロボロス様である可能性もありますし、邪悪な存在である場合は何か対策を取らなければならい。何より、ただの夢の可能性まあるので、一応の体裁は保ちつつ、最低限の戦闘技術を持ち、最悪の場合も国として大きな損害がない人材を使いに出すことになりました。
つまり、つい先日騎士になったばかりの私、ダニエル・ルーベリーテです」
「う〜ん……じゃあ、お城に行ってもウロボロスの勇者だと証明するか敵だと分かるまでは、攻撃自体はしないかもだけど、歓迎もされないしむしろ監視付きになる可能性もある……のかな?」
思っていたような楽しい異世界デビューとはいかなさそうだった。しかし、怪しい存在への対応としては妥当だし、ましてやこの国にはドラゴン=ラードロの根城も存在するので、メーシャは怒るどころかちゃんとした国なんだなと少し感心してしまう。
「申し訳ありません。……ただ、本物の勇者様だった場合失礼は許されません。ですので、その監視役は王家近衛騎士団長であるカーミラが担うことになっています。
それにカーミラは今回の話を唯一初めから信じ万が一も覚悟して手を挙げた人物ですし、勇者様に窮屈な思いはさせないはずです」
そう語るダニエルの横顔はどこか誇らしく、口調も力強い。カーミラという人物を信頼しているのだろう。
「お気遣いあんがとね。……で、ダニエルはそのカーミラさんって人に憧れてるの?」
「……はい、自慢の姉なんです。筋力こそ今では私の方が上ですが、魔法や技術はもちろん、近衛騎士団をまとめあげるカリスマ、誰にも負けない不屈の心、忙しくとも市民をきにかける優しさ……姉の全てが私の誇りです。私が騎士を目指したのも姉のようになりたかったからなんです」
ダニエルは語りながら門番に合図を送って城門を開いてもらう。もうすぐだ。
「へぇ〜、最高のお姉さんだね」
「…………着きました。では勇者様、それとヒデヨシも私の最高の姉をどうぞよろしくお願いします!」
そういうとダニエルはうやうやしく一礼をし、力強く王城の中へ続く扉を開いた。
「まかせて!」
「ちうっち!」
メーシャたちはダニエルと別れ、とうとうアレッサンドリーテ城に足を踏み入れた。
まず目に入ったのは建物内を照らすシャンデリア、ウロボロスっぽいけどよくわからない形の前衛オブジェ、目の前にはまっずぐ伸びる巨大な階段、そこかしこにあしらわれている宝石や金細工、床に張り巡らされている絨毯はしっかりした生地なのにフワフワ、窓は全く見えないレベルまでピカピカ、まさに王様が住んでいるお城という風体だ。
豪華絢爛でありながらもよく手入れが行き届いており、年季が入っているものもある事から、無駄にお金を使うというより気に入った良いものを取り揃える主義なのかもしれない。
「お待ちしていました」
すると、待機していたらしい4人の騎士がメーシャの前に出て軽く礼をする。ダニエルとは違いこの騎士たちはメーシャのことを『勇者』と呼ばないようだ。ダニエルの話の通り、まだ様子見段階なのだろう。
「王様が呼んでるんだよね?」
「はい。歓迎の謁見の間にご案内します」
騎士たちは光沢のあるブルー魔法銀の重装全身鎧に身を包み、淡々とした声で対応しているのでまったく表情が読めない。もしかすると、この騎士たちの誰かにカーミラがいるのだろうか?
「おねがいできる?」
メーシャは王が信じる龍神ウロボロスの選んだ勇者。なので敬語を使わず、あえて堂々と接した方がいいと判断する。
もし逆に腰を低くしてしまえば、それはウロボロスを見下し侮辱するも同然。しかし、ただ尊大な態度をしては安っぽく見えるので、メーシャはいつもの軽いノリを封印し、背筋を伸ばして指の先まで意識を向け、落ち着いた声を出し、王城にも引けを取らない優雅さを雰囲気をかもしだしていく。
その堂に入った所作や振る舞いは、ただの学校の制服も煌びやかなドレスに見えてきそうなほどだ。
余談だが、メーシャのママはこだわりが強く、コスプレには本物らしさも必要ということで小さい頃からメーシャに演技力やテーブルマナーなど色々教えていた。
つまり、これはその時にやった貴族令嬢役のノウハウがめちゃくちゃに活きた瞬間なのである。
「ちうう……!」
静かにしていたヒデヨシがめーしゃのそんな姿を見て感激してしまう。
ヒデヨシがメーシャをネズミ語で『お嬢様』と呼ぶのは、初めて出会った時のメーシャがまさに貴族令嬢になりきっている時で、そのカッコよさに痺れたからだ。そして、そのメーシャのかっこいい姿を久しぶりに見られるとなると、ヒデヨシももうただのフアン同然。感激してしまうのも致し方なし。
「私がエスコートさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
騎士のひとりがメーシャのその姿を見ると態度を改め、礼儀正しくも柔和で落ち着いた雰囲気になり、うやうやしくひざまずいてスッと手を差し出した。只者ではないと察したのだろうか。
「ええ」
メーシャは短くそう答えて騎士の手を取った。
● ● ●
騎士にエスコートされるままに階段を登り、いくつかの鍵付きの扉を越えて、メーシャたちはようやく人一倍豪華で堅牢な扉の下へ辿り着いた。
「……こちらが謁見の間でございます。ご準備はよろしいでしょうか」
他の騎士が少し離れた所に待機したのを確認して、エスコートしてくれた騎士がメーシャとヒデヨシに確認をとる。
「…………ちう」
ヒデヨシはメーシャとアイコンタクトをとり、騎士に問題ないと伝えた。
「では──」
騎士が扉にノックをして中に合図を送ると……。
『──入るが良い』
少しの間を置いて威圧感のある低い声がそう答えた。そして、間も無く中から扉を開かれ、謁見の間とそこに鎮座するアレッサンドリーテ王がその姿が明らかになる。
「……よくぞ参った、ウロボロスの勇者と名乗る者よ。我こそ"ピエール・ド・アレッサンドリーテ"……この国の王だ────」
メーシャは謁見の間に入ると澄ました顔のまま王座の前まで進み、指先でスカートを摘み軽く膝を曲げてお辞儀をした。
その後顔を上げて背筋を伸ばしアレッサンドリーテ王の顔をまっすぐ見る。ウロボロスの勇者らしい振る舞いが求められているはずだ。
「…………」
そしてヒデヨシはいつの間にかメーシャの後方で騎士さんたちと一緒に待機していた。
「……よくぞ参った、ウロボロスの勇者と名乗る者よ。我こそ"ピエール・ド・アレッサンドリーテ"……この国の王だ」
白髪混じりだがダークブラウンのの髪と髭、ストレスだろうか目は落ちくぼみ、身に着けている宝石が散りばめられた王冠やシルクでできた真紅のマント、座している豪奢な椅子とはばちがいなほどくたびれた印象だ。
その有り様から年老いて見えるが、実際は年齢は30代半ばから後半くらいだろうか。
ドラゴン=ラードロの根城が国内にあるというプレッシャーなのかそれとも他の要因なのか、何してもアレッサンドリーテ王の精神状態は限界であるのが容易に伝わってくる。
「……かの夢が真実であれば我が自ら出向きそなたを出迎えるべきであろうが、なにぶん夢であるが故に真実であるという証拠がない。
それに、今はドラゴン=ラードロ軍と戦争状態でな…………彼奴らの罠の場合もし余が居なくなればこの街の全ての民の命が危険にさらす事となる。……使いを遣ったこと、どうか許してくれ」
表情を動かさずに王は語る。
防壁を出す魔法は王族であれば発動できるはずだが、王は『余が居なくなれば』と言う。つまり、王族に名を連ねるヒトは現在アレッサンドリーテ王自身しか居ないと言う事だろうか。
「かまいません、私も街の様子を見ておきたいと思っていましたから。……それで、私を呼んだ理由をお聞きしてもよろしくて?」
メーシャは少しツンっとしたカンジの澄ました表情を作って答える。……が、内心『ちょっと待って! 今の演技めちゃウマくね!? 会心の出来なんだけど〜! こんなんママが見たら絶対にクルクル回りながら喜んでくれるし〜』と考えているのはみんなに内緒である。
「不躾で申し訳ないが、時間を取らせるのも悪いから単刀直入に言わせて頂こう。そなたが誠の勇者であるか試させてもらう。もし真実であるならばドラゴン=ラードロ打倒にそのチカラを貸して欲しい。そして…………」
そこまで言ってアレッサンドリーテ王は握りしめた拳を口元に持っていき、思い詰めた表情で押し黙ってしまう。
「……そちらがこの戦いにおける本懐ですわね?」
メーシャの言う通りアレッサンドリーテ王はその目的さえ達成できれば、もうドラゴン=ラードロ打倒などどうでも良かった。だが、王は乱心では無かった。
確かにドラゴン=ラードロは国にとって国民にとって大きな脅威である。その相手を『どうでも良い』などと思えるのには理由があるのだ。
「………………そうだ。言うか迷ったのだが…………ああ、そうだ。本音を言えばドラゴン=ラードロを倒すことも、金も、国も、兵や国民…………余の命すらも惜しくはない! ……半年前ドラゴン=ラードロに我が娘"ジョセフィーヌ"は奪われたのだ! 余は何もできなかった……! 防壁は確かに発動し邪神軍の攻撃は防いでくれた。
……だが! 本当に守りたいものは守ってくれやしなかったのだ!! ドラゴン=ラードロはいとも簡単に防壁を潜り抜け、なに食わぬ顔で騎士や余の魔法を喰らい尽くし、ジョセフフィーヌを奪い去っていった…………。
ああ…………本当なら今日……ジョセフィーヌ10歳の誕生日パーティーを開いていたはずだったのだ。あの子が喜ぶ……プレゼントも、既に用意しているのだ。
報酬ならいくらでもくれてやる……! 金でも権力でもなんでも!!
だから…………だから、あの子を……ジョセフィーヌを救ってくれ……! 本当にウロボロスの勇者ならどうか…………余の希望をとりもどしてくれ!!」
アレッサンドリーテ王は嗚咽を漏らし、ついには涙を流して声をしぼり出すようにメーシャに懇願した。
まだメーシャは本物の勇者か、ただの詐欺師か、敵のスパイかも分からない相手。なのにもかかわらず、ここまで必死に訴えかけるのは本当に限界なのだろう。
メーシャも小さい頃はよく街に冒険に出かけ、夜遅くに帰っては両親には心配させてしまった。
ある日珍しく迷子になり、なかなか帰れず結局警察が見つけてくれた事があったのだが、その時のパパやママの表情はいまだに忘れることができない。寂しさや悲しさ、いきどおり、嬉しさ、安堵、色々な感情が入り混じっていたが、何よりいつも元気なふたりがその時ばかりは疲れてすごく弱々しく見えたのだ。
そんなふたりの姿を見て悲しくなり、メーシャはそれ以降無茶な冒険はしなくなった。
「……すまない、取り乱してしまった。今のは為政者としてあるまじき発言であったな…………もう、今日は休ませてもらう。話は通してあるから後のことは騎士に聞いてくれ………………」
アレッサンドリーテ王は憔悴しきってふらふらの状態でメーシャの横を通り過ぎていく。
そんな王の姿に両親を重ねてしまいそうになるメーシャ。だが王は両親ではないし、自分は助けられる子どもでもない。代わりに、王は民を導く存在であり、メーシャはウロボロスからチカラを授かり、世界を救うと決めた勇者なのだ。
「──待ちなさい」
メーシャは呼び止める。
「なんだ……」
「王たるもの民を導き、守り、最後まで責任をまっとうする者であるが故に先の発言は確かに為政者しては絶対に言ってはいけない言葉。……ですが、ジョセフィーヌをおもうピエールとしての悲痛な叫びは受け取りました」
「…………」
「ピエールよ、嘆きの時間は終わりました。今日は眠り、明日よりアレッサンドリーテ王になりなさい。
この勇者いろはメーシャがドラゴン=ラードロを討ち倒し、必ずや王女ジョセフィーヌを助けると約束しましょう……!」
メーシャは言い切った。
連れ去られたのが半年前なら無事だとは言い切れない。が、邪神軍がその時危害を加えなかったということは命を奪うことが目的ではないはずだ。今後もいつ状況が変わるか分からないが希望が無いわけではない。
それに、メーシャの思い描く勇者は必ずやり遂げる。難しくても、辛くても、必ず間に合い、必ず目的をやり遂げるからヒーローなのだ。
「…………ふははっ。言ってくれる」
生気の感じられない王の瞳に微かな火が宿る。本人はまだそれに気付かず、全てを受け入れられる状態ではないかもしれない。しかし、少なくとも倒れず踏ん張る気力は取り戻せたようだ。
「……ウロボロスはその身を礎とし何も無き世界に実りをもたらしたという。それ故にウロボロスのチカラはあらゆるモノと繋がり循環する。精神となり、命となり、魔法となり、奇跡となり勇気となる…………その変容するチカラを手に入れた勇者に出来ぬことはない。そして、ウロボロスの勇者はヒトを英雄に変える。
…………故に、人はこう呼んだ始まりの勇者と」
「それは?」
「ただの昔話だ。いつ頃から伝わるものかも分からぬほど昔の、な。きっと色をつけ都合の良いように捻じ曲がったモノだろうな。でもな、先ほどのそなたの目を見た時……ふと思い出してな。……ではな、いろはメーシャ。余は明日から忙しくなるので、先に休ませてもらうぞ」
王は先ほどとは違い、立ち去るその歩みは力強いものだった。
「……ふぃ〜、集中してたから体がピシピシしてるよ」
「ちうっちぃ」
王が去った後にメーシャたちは騎士のひとりと一緒に城の外に出ていた。他の騎士は元の持ち場に戻ると言っていたので、もしかするとこのヒトがダニエルの言っていた"カーミラ"だろうか?
確かエスコートしてくれた騎士も同じヒトのはずだ。
「お疲れ様です勇者様」
そう言う騎士の声は城で聞いた時より少し柔らかくなっていた。
「ありがと〜っ。てか、あーしを監視する人って騎士さんって事でいーの?」
騎士にどこと言うわけでもなく案内されながらメーシャは質問する。
「はい。…………自己紹介も良いですが、ひとまず目的地に着きましたので中で落ち着いてからにしませんか?」
騎士が言う目的地とは『そうそう、これで良いんだよ』と言いたくなるような、良い感じに使い込まれた風体の暖かみのある3階建ての木造の宿屋だった。
「宿屋? 今日はドタバタで疲れたからマジ助かるし〜」
「ちうちう、ちゅるちちぃちゅちちう」
「……申し訳ありません。本来ならば城の客室にお通しして丁重にもてなすべきではありますが、最低限の兵士や給仕係以外は家や故郷へ帰していますので現在城内にそういった行事ができる者が居ないんです」
戦火から逃れるために疎開するような感じだろうか。
「そういやメイドさんとか執事さんみたいなカンジの人全然見当たらなかったもんね。謝る必要はないよ。さ、入ろっ」
メーシャは笑顔を見せると、騎士の手をとって宿屋の中に入って行った。
* * * * *
「……どうぞ、私の故郷でよく飲まれている疲れによく効くお茶です」
メーシャたちは3階のふたり部屋に通され、テーブルについて部屋を眺めていると、騎士さんがすごく濃い緑色のお茶を用意してくれた。ひとつは普通のマグカップでメーシャ用、もうひとつは深さ5cmくらいの小さいコップでヒデヨシ用だ。
「おぉ〜! 初異世界ご飯…………じゃなくて飲み物! いただきまーすっ」
と、勢いよく飲んだメーシャだったが……。
「〜〜〜〜〜〜っ!?!?」
あまりの苦さに声すら出てこない。今まで口にした全ての苦さを後にする、この世のものとは思えない苦いお茶。良薬は口に苦しとは言うが、ここまで苦いと逆にダメージを受けてしまいそうだ。
「──!?」
……と思ったが、なぜか体の疲労感が和らいでいく。しかも、疲れが緩和されていけばされていくほどお茶の苦さも和らいでいき、飲み終わる頃にはハーブティー系のめちゃくちゃ美味しいお茶に変わっていた。
「うんまっ!」
「気に入られて良かったです。それは樹齢1000年以上の薬草の老木から採れる新芽と、百鬼の森の奥にある棘茶の木のトゲを煎じて淹れたもので、腕がちぎれてもこのお茶を飲めば引っ付けることができると言われた程の薬膳茶です。……さすがに物理的な傷を治す効果はありませんが、疲労回復の効果は本物です。元気な時に飲んでも副作用がないのも優秀です」
騎士は嬉しそうに語りながら、ようやく重たいブルー魔法銀の兜を外して席についた。
「…………おぉきれ〜!」
メーシャの目を奪ったその髪は、セミロングのその黒髪は柔らかく艶めいていて黒曜石のようだった。
一日中鎧を着ているので日焼けをしておらず、その白い肌が黒い髪をより強調している。
目は金色で猫目、全体的にキリッとした顔立ちで頼りがいのありそうな雰囲気であった。しかし、前髪の隙間から覗く1cmほどの可愛らしいサイズのツノを額に見つけた時、騎士さんが少し恥ずかしそうに隠していたのをメーシャは見逃さなかった。意識を他に取られていたが、エルフっぽい耳だ。
「えっと……私はこの度勇者様のお伴をさせて頂くことになりました、"カーミラ・ルーベリーテ"。王家近衛騎士団長です。戦いにおいては細剣を使い、精霊を召喚して風魔法を使うことができます。軽い傷なら治せます。
あと、バレていると思いますが、私も小さく一本だけながら弟同様ツノがはえています……」
カーミラはツノをチラリと見せたかと思うとまた前髪で隠す。
「知ってると思うけど、あーしはいろはメーシャ。ウロボロスの勇者だよ。……見せるのがイヤなら見せなくても大丈夫だよ?」
そんな様子を見たメーシャが優しく声をかけた。
余談だが、ヒデヨシはお茶がたいそう気に入ったらしく、カーミラから今3杯目をもらって飲んでいるところだ。
「……いえ。ただ、見つめられると少し恥ずかしくなるだけです。あぁ……っと、それはそれとして。
私たち姉弟はヒト種の"エルフ"と、モンスター種の"鬼"が交わった魔族と呼ばれる人種です。社会性のあるモンスターも街で生活している現代で何を言っているんだと思っているかもしれませんが、この街では受け入れられていますけど、まあ…………他の街だと場所によっては少し目立つかもしれない……です。
なので、できれば隠密行動は控えていただければと……」
カーミラはマグカップで口元を隠し、チラチラとメーシャの顔色を伺いながら話す。
「……ああ。深刻そうだったから、魔族は怖がられてるみたいな事でも言うのかと思った!」
メーシャは肩透かしをくらってケラケラと笑ってしまう。
「えっ? あ、いや……モンスター種の特徴が出てる分目を引きますが、ちびっ子からツノを触ろうとされたりカッコいいと言われたりするくらいです。むしろ無二の特性を持っていることも多く、実力主義の冒険者ギルドでは一部の魔族が引っ張りだこだとか」
作品によってはハーフエルフが虐げられていたり、魔族は見るだけで恐れられてしまったりみたいなことがあるが、どうやらそんなことは無いらしい。
「あーしも隠れるの得意じゃないからいーよ。この前敵が来たから戦車の下にかくれたんだけど、そこって相手から丸見えだったみたいでさ。気付いたら敵に囲まれてるし、撃たれて仰け反るからなかなか戦車の下から抜け出せないしで大変だったんだから」
もちろんゲームの話である。
「えぇ……。だ、大丈夫だったんですか? そんな状況からどうやって逃げ出せたのか聞いても……?」
カーミラはゲームの事だとつゆ知らず真剣に反応してしまう。
「逃げ出す? ううん、逃げ出さなかったよ」
「で、ではそこから何か打開する策があったとか……?」
「いや、ああなっちゃったらお終いだし。とりまやられるしかないっしょ」
「やられ…………?! しかし! いえ……あれ? 勇者様はその後どうやって……?」
カーミラの頭の中はもうクエスチョンマークでいっぱいだ。
「そりゃもう、一回やられて復活するっしょ? その後、敵の動きはもう分かってるから、まず遠くからスナイパーライフルで減らして、それでできた巡回ルート上の死角で待ち伏せして各個撃破! 時間も巻き戻るし何度でもやり直せるから、慣れればそんな難しくないよ」
「時間が巻き戻る…………やられても復活…………何度でも…………?! ふしゅ〜……」
自身の常識を超えるメーシャの発言に、カーミラはとうとう脳がキャパオーバー。テーブルに倒れ込むようにして意識を失ってしまうのだった。
「あっちょ! やば! カーミラちゃん!?」
「ちう!? ちゅいちうち!!」
『──たっだいま〜! 重力キツかったろ? 近場の精霊にお願いしてエネルギー分けてもらったから、重力適応魔法かけちまおうぜ〜』
と、空気が読めない帰還をはたすデウス。
「それは今じゃない! ってか、重力はもうイイ! それよりカーミラちゃんが──!」
この後ひと騒ぎありつつも、カーミラは無事に目を覚ました。ただの低血圧なので、安静にしていれば問題ないのである。
そして、デウスの自己紹介をはさみつつカーミラが落ち着いてから、メーシャはこれからやるべき事を教えてもらった。
邪神の手下になった存在…………ラードロが、街の近くの洞窟に潜んでいるらしい。そのラードロは農作物や、たまに家畜を奪っていくので街の住民は困っているのだとか。
そこでそのラードロを見つけ、残さず撃破して街の安全を取り戻す。プラス、道中で勇者としてのチカラをカーミラに見せることがメーシャの第一の試練のようだ。
「──では、食事は1階で、トイレは部屋の入り口右、お風呂はトイレの向かい側で、アメニティで足りないものは受付です。あと…………私は隣の部屋にいますからお困りの際は声をかけてください。……また明日」
「うん、ありがと。大丈夫だよカーミラちゃん。また明日ね、おやすみなさい」
「あ、そうですか? では、おやすみなさい」
「ちうっちー」
『ちゃんと歯磨きして寝ろよ。おやすみ』
カーミラと別れた後、メーシャたちは地球から持ってきた食べ物をお腹に入れると、早めにベッドに入り明日に備えて泥のように眠るのであった。