それから、碧と千乃は互いの読んだ小説について、毎日、話すようになった。

 授業の合間の休み時間では足らず、昼休みや放課後にも、二人は夢中になって話し込んだ。

「この時、主人公はどうして、こんなこと言ったんだと思う?」

 千乃の問いに、碧は顎に触れて、真剣な表情を浮かべた。

 顎に触れるのは考える時の癖だ。

 ちなみに、照れている時は唇を触るのだが、どちらも本人に自覚はない。

「これは、主人公が本心を隠したいからじゃないかな。だって、まだ彼女に気持ちを知られるわけにはいかない。この時、主人公は、彼女の好きな人が自分の友達だと思っているんだよ。だから、嘘をついた」

「確かに。だったら、この時の主人公はどんな表情をしていたのかな」

 碧は顔を上げ、隣に座る千乃の顔を見た。

 千乃は目線を少し上げて、(くう)を見ている。

 きっと、この小説の主人公の顔を思い浮かべているのだろう。「ここの場面では、表情に関しての描写がないから、わからないね」
「でも、絶対に作者は表情をイメージして書いてるはずだよ。必要がないと思ったのか、書かない方が良いと思ったのかはわからないけど」

 碧は、その言葉にハッとさせられた。

 これまで小説を読んでいて、文字からイメージされるものを想像しながら読んでいたけれど、書かれていないことまでは想像してこなかったから。

「そうだよね。書かれていることが、すべてじゃないよね」

 碧は行間を読むことが得意な方だと思っていたが、どうやら千乃はその上を行くらしい。

 書かれていない登場人物の表情なんて、考えたこともなかった。

 セリフに気を取られ、続く行動の描写に意識を奪われて、このシーンを流してしまっていた。