夏の直射日光の下、僕と先輩は、川沿いを下流へ向かう。

クロスバイクを引きながら、僕は隣を軽やかに歩く先輩を見つめた。

白いワイシャツとイエローのボトムスが、日差しに負けないほど輝いていて、まるで夏の妖精のようだった。

暑さも日焼けも、てんで気にしていない様子で、踊るように、機嫌良さそうに歩いていく。


僕はと言えば、半袖のTシャツから出た腕が、じりじりと痛み始めていた。
ずっと、橋の下の日陰で本を読んでいて、そろそろ帰ろうという頃合いだったから、暑さが堪える。

なんとなく、先輩を差し置いて、ぬるくなったミネラルウォーターに口をつけるのも悪い気がして、ひたすら歩いていると。

「ねえ、コンビニ寄ろうよ」

顔を上げると、先輩が振り返って、こちらを心配そうに覗き込んでいた。

「ね、寄ろう?
あっちの交差点のコンビニ、まだある?」

「あります……たぶん」

「じゃ行こう。
あと3分だから、そこまで行ける?」

僕がうなずくと、先輩が微笑む。

「水も飲んで。
カバンに入ってるんでしょ?
遠慮しなくていいから」

僕はまたうなずいて、手提げからミネラルウォーターのペットボトルを取り出す。
ごくごくと飲み干した水は、お湯と言って差し支えない生温かさだったけれど、なんとか口の中は潤った。

「こっちだよ。
おいで」

先輩に誘導されるようにして、道端の日陰沿いを歩きながら、コンビニへ向かう。

……やっぱり、先輩は優しい。
こちらが何か言う前に、察して気遣ってくれる。
僕に日陰を譲って、先輩は日向を歩いてくれている。

「ごめんね、無理させちゃって」

先輩がぽつりと呟いた。

「もう、十分だから。
……帰って大丈夫だから」

唐突に気弱なことを言い出す先輩を、僕は見つめる。

「大丈夫ですよ。
ほら、……もうすぐコンビニです」

指差した僕を、先輩は嬉しそうに見つめ返してくれた。



コンビニの自動ドアをくぐった瞬間、異世界のような冷気に包まれる。

先輩はまっすぐに、奥のドリンクコーナーへ向かうと、両手にスポーツドリンクを持って戻ってきた。

僕が手にしたレジかごに、それをポンポンと入れていく。

「二葉くん、財布持ってる?」

「はい」

「じゃあ、二葉くんの奢りね」

「えっ」

やっぱりどこか、今日の先輩はおかしい。
人に奢ることはあっても、奢らせるような人じゃなかったはずなのに。

レジへ向かう先輩の後ろ姿を見ながら、ふと僕は気付く。
……今日の先輩は、手ぶらだ。
先輩はいつも、何かしらバッグやポーチを持っていて、そこから魔法のように、絆創膏やハンカチ、お菓子なんかを出して、必要な人に差し出していた。
今日は何も持っていない。
ボトムスのポケットもペタンコだし、財布も、もしかしたらスマホも持っていないのかもしれない。

あの河川敷は近所だったし、手ぶらでも特に支障はないのかもしれないが……それにしても、先輩らしくなかった。

と、不意に先輩が、酒類コーナーのガラス扉を開ける。
そうして無造作に、レモンの描かれた缶チューハイを手に取ると、僕の持つかごへ放った。
なんだかすごく投げやりな仕草だった。

「……先輩?」
「えっ、あぁごめん、手が滑っちゃった」

あはは、と困ったように笑う先輩は、僕の知る先輩の顔だったけれど、やっぱりどこかが、いつもと違う。

確かに、先輩が県外の大学に進学して以来、会うのは久し振りだ。
時間は人を変えるのかもしれない。
でも。
知っているようで知らない先輩の姿に、僕は戸惑いを隠せない。

「先輩、お酒飲むんですね」

「何?いけないの?」

途端に不機嫌になる先輩。
僕の知らない顔だ。

「二葉くんは知らないかもしれないけど。
……大学生になると、みんな大抵飲むんだよ。
18、19歳の子がメインの新歓だって、会場は居酒屋で、ビールを注がれるんだから」

苦々しい顔で、先輩はそう言った。
なんだか、すごく苦しそうだった。
……後悔、しているのだろうか。

「もういいの、もう」

ごまかすように、先輩はいつもの笑顔を見せる。
こうなると、笑顔の先輩とそうでない先輩と、どちらが素なのか、分からなくなってくる。

「あ、二葉くん。
帽子も買った方がいいんじゃない?」

あっさり話題を変えた先輩が、レジ横の日除けグッズを指差す。

日焼け止めや日傘、アームカバーと一緒に、白、ネイビー、黒の帽子が陳列されている。

「そうですね、買います」

僕が深く考えずに答えると、先輩は帽子に手を伸ばす。

そうしてかごに入れたのは、白のレディースハットではなく、黒いメッシュキャップだった。

これも、先輩らしくない。
自分より他人を優先し、僕の帽子を選んでくれるのは、いかにも先輩らしいのだが……
先輩の好きな色は白だし、僕の青いTシャツに合わせるならネイビーだ。
黒、って。
選ぶ理由が見つからない。

「……先輩?」

「ん?」

「何か、あったんですか?」

「あ、塩レモンのタブレット。買うよ?」

「はい」

まるで聞こえていないかのように、先輩はタブレットをかごに入れ、僕からレジかごを受け取るとレジ台へ乗せた。

きっと何かがあったのだ。
僕は確信する。
でも、何があったのか、分からない。