オヤジが別の現場に移動したあと、彼女がぽつりぽつりと話し始めた。
「『帰れ』と言われた時、自分の甘さに気づきました。会社を辞めて退路を断ってきたという自己満足に酔っていた自分に気づいたのです」
 バカですよね、というふうに彼女は笑った。
「棟梁はそんな甘い考えを見透かして、敢えて追い返してくれたのです」
 そしてあの日を思い返すような目をして、「嬉しかったです。とても嬉しかったです。実の父親のような愛情を感じました」と言った。
 それを聞いて妹は自らを恥じたようだった。オヤジの真意をわからないだけでなく、曲解(きょっかい)して顔を見たくないほど嫌い、半年間口をきかなかった自分の浅はかさを恥じたのだろう。落ち込んだような表情に変わっていた。
 わたしは妹の心の内がわかるような気がした。心の中で自分の頭をぶっているのだろうし、「棟梁になる? 当主になる? 思い上がるんじゃない!」と強く戒めているに違いなかった。
 しかし、落ち込んだ表情が長く続くことはなかった。オヤジに対する尊敬の念が戻ってきたのだろう。それに、同志を得たのだから元気にならないはずがなかった。妹は彼女の手を取って握りしめ、覚悟のある声を発した。
「女性でも宮大工ができることを一緒に証明しましょう。私とあなたが本物の宮大工に成長していく姿をホームページに載せていきましょう。そして、もっともっと多くの人が『宮大工になりたい』と応募してくれるようにしましょう」