その夜、みんなで夕食を済ませたあと、居間へ移ってパソコンを開いた。妹とオヤジとオフクロに見せるためだ。ホームページを表示させて、妹にマウスを渡した。
 彼女は一心不乱に画面を見つめていた。そして、すべてを見終わると手を止めて笑みを浮かべ、右手の親指を立てて頷き返してくれた。ほっとしてオフクロに視線を移した。妹の右横で嬉しそうに微笑んでいた。気に入ってくれたようだ。
 問題はオヤジだ。妹の左横で腕組みをしたままじっと画面を見続けていたが、そこに笑みはなかった。気に入らないのだろうかと一気に不安になり、ダメ出しされるかもしれないと思うと体温が下がったような感じがした。そんな簡単にオヤジが首を縦に振るわけはないのだ。そう思い至ると、今夜お披露目したのは拙速(せっそく)だったような気がして居たたまれなくなった。しかし、後戻りはできない。(さい)は投げられたのだ。 
 息を呑んで見つめていると、オヤジは画面から視線を外していきなり立ち上がった。顔にはなんの表情も浮かんでいなかった。
 えっ?
 わたしは固まってしまった。身動きできず目で追うこともできなかった。しかし、わたしの横を通り過ぎようとした時、大きな手がわたしの肩を掴んで二度三度強く揉んだ。そして、ポンポンと軽く二度叩いて部屋を出ていった。
 わたしは気が抜けたようになりながらも、オヤジの大きな手で揉まれ叩かれた右肩に左手を置いた。そこにはまだ温もりが残っていた。その名残(なごり)に浸っていると、妻が手を重ねてきた。その上にオフクロが、そして妹が手を重ねた。すると、更にその上から多くの手が重なってきたように感じた。それは宮大工の手のように思えた。古から続く宮大工たちの手に違いないと思った。わたしはその重みをしっかりと受け止めて、胸の奥で彼らに告げた。「皆さんの技を、想いを、千年の魂を、後世に伝え続けるために一身を捧げます」
          
 翌日、ホームページを開設した。『女宮大工・才高宮の千年日記』。才高家が代々修理をし、再建してきた数々の国宝や重要文化財を詳しく紹介すると共に、宮大工としての日々の活動を日めくりのように紹介していった。それだけでなく、色々な紹介ページの最後に必ず妹のメッセージを入れ込み、文字で音声で繰り返しそれを発した。「宮大工の仕事に興味のある方、男女を問いません、是非ご連絡ください」