高校に入学してまもなく僕はいわゆるボッチになった。仕方がないと思う。僕は本を読むことが好きで、読んでいる時は誰にも邪魔されたくなかったから周りの人を遠ざけていたから。平穏すぎるこの日々が崩れたのは、あいつらに目をつけられてからだった。
「ボチ也、また一人で本読んでるよ。ウケるんだけど、ぎゃはは。」
そう、クラスのギャル三人組に僕は「ボチ也」と呼ばれてからかわれていた。僕は気にしていない、冷静なフリをした。それが奴らには気に食わなかったらしい。僕が読んでいた本をいきなり取り上げた。
「…返して。」
「ボチ也のくせに私たちに命令すんな。」
僕は何も言い返せなかった。こんなことになってしまったのは、全部僕のせいだから。全部、僕が悪いから。最初にフレンドリーにしていれば。もっと他の人に話しかければ。もっと明るい性格だったら。今さら後悔しても仕方のないことが頭の中をぐるぐると駆け巡った。僕がこんなどうでもいいことを考えていると、奴らは僕がぼっとして無視していると感じてしまったらしい。いきなり本が僕の目の前に現れた。僕は反射的に取ろうとして手を伸ばしてしまってから、これが罠だったことに気がついた。本が一瞬にして目の前から消えた。いや、表現が少し悪いかもしれない。消えたというより消されたのほうが正しい。本を持っていた奴がいきなり本を上に引いたので僕は体制を崩してしまった。間一髪で体制を立て直し、倒れることはなかったが、僕の酷い有様に奴らはぎゃはぎゃは笑っていた。
「お願いします。返してください。」
僕は小さな声しか出なかった。悔しいのに、悲しくて、恥ずかしいのに、憎くて仕方がなかった。僕の中の感情は制御出来なくなりかけるくらいぐちゃぐちゃに乱されていた。「冷静」僕は自分の頭の中に何度も繰り返す。何度も何度も。やっと落ち着きを取り戻し、もう一度僕は懇願した。
「返してください。お願いします。」
奴らはにんまりと笑った。
「いいよ。その代わり条件があるの。今週中に彼女作ってよ。」
僕の頭は真っ白になった。僕に彼女を作れと言ってくるこいつらに少し呆れた。彼女が出来るわけないとこいつらも知ってて不可能な条件を僕に出した。ボッチな僕に彼女が出来るわけないがなく、まして、僕の彼女になってしまった人がいた日にはその人もいじめられる。全部わかっていてそんなことを言ってくるこいつらに苛立ちを通して呆れを感じた。しかし、本を返してもらうには…いや、僕はこいつらに逆らえない。だから、僕の選択肢はYESしかないのである。
「…わかった。だから、返して。」
「ぎゃはは。今、聞いた。こいつが彼女作るって。やばすぎ、ウケる。…まあ、本は返してやるよ。はやく紹介してね、ボチ也君。」
と言った後、床に本を投げ捨て、足で踏みつけ、そのまま笑いながら去っていった。やっと、嵐が収まった。僕はぐちゃぐちゃになった心で、ボロボロになった本を拾った。
疲れていたのだろうか。塾に行く前に一度自分の家に帰ったら、いつの間にかソファーで寝てしまっていた。もう塾は始まっている時間だ。僕は急いで向かった。
「すみません、遅れました。」
「いつも、遅いぞ。何やっているんだ、凌也。」
いつも僕は遅刻寸前で教室に飛び込んでいるので、先生から怒られた。僕は、ほとんど無視をしながら自分の席に向かおうとした。すると、僕は大きなあくびが出てしまい頭を掻いた。変な時間に、変な場所で寝てしまったから、体の調子があまり良くなかった。とても眠かった。それでも、塾に来た僕は偉いと思う。なんて勝手に頭の中で自己評価をしながら自分の席に向かった。席につくと、何やら視線を感じた。振り返ると、同級生の香奈が僕を見ていた。目があった瞬間に目を逸らされた。一体何だろう。僕は気になって仕方が無かったから、ノートの端を少しちぎり、「何」と書き、その紙を彼女に渡した。少し戸惑っていたようだが彼女はその紙を見てくれた。見た瞬間、彼女は一生懸命笑いをこらえていた。僕は何か変なことを書いただろうかと、不安になった時に僕は重大なことを思い出した。彼女とは特に仲も良くないということを。僕だけが一方的に彼女のことを知っているだけではないか。冷や汗が出てきた。いきなり知り合っているかもわからない変なやつに手紙を渡されたとなれば普通引くだろう。このままでは学校だけでなく、塾でもいじめられる可能性が出てくる。冷や汗がクーラーで冷やされて、震えだしそうになった。僕がそんな考え事をしていると彼女が紙切れを僕に渡してきた。そこには「別に」と書かれていた。不思議だった。なんで僕なんかに返信をくれるのか。なんで僕のことを引いたり、避けたいしないのか。全部、全部が気になって仕方がなかった。彼女に直接聞こうと思い、話しかけようとした瞬間
「こら、凌也。集中しろ。」
と先生の声が教室に響いた。よほど僕を重点的に監視しているようだ。僕は彼女に今質問をすることを諦めて、集中して授業を受けることにした。これ以上監視が増えてはとても面倒くさいから。
やっとのことで授業は終わった。彼女に話しかけようと思い、彼女の方を見ると、彼女は荷物をまとめているところだった。
「ねえ、さっきなんで僕のことみてたの。」
と僕が聞くと彼女はいきなり吹き出した。僕は不思議になって聞く。
「え、何。どうしたの。」
「いや、寝癖。寝癖がずっと気になってて…くくっ」
最初は笑いをこらえていたが堪えきれなくなってしまったらしい。
「僕さ、今日遅れたじゃん。それ、寝てたんだよね。家のソファーで。」
僕が理由を説明すると、彼女は楽しそうに笑っていた。
「だからか。ぴょこぴょこして面白くて、つい」
彼女が楽しそうにしているので僕も少し調子に乗る。
「いや…それだけじゃないかも、原因。僕、いつも髪直さないから。」
「いや、直そうよ。」
「面倒くさいんだよ。」
彼女が楽しそうに笑っているので、僕もつられて笑った。僕は、知らぬうちに「お前、意外と面白いな。」と心のなかで呟いていた。きっと彼女はクラスの中では人気者なのだろう。僕とは違う世界を生きている人間だ。なのにどうしてだろう。こんなにも彼女が僕に近く感じるのは。
月曜日、学校に行くと何やらいつもよりも視線が多いように感じた。何故だろうと思っていると奴らが僕の周りに集まってきた。
「ボチ也君、あんたの彼女になってくれる人は見つけましたかあ。早く見つかるといいでちゅねえ。」
なるほど、僕はこの言葉を聞き瞬時に理解した。こいつらが僕のこの話を流したのだ。こいつらの影響力は半端ない。もう、この学校で僕の彼女になってくれる人はいないだろう。最も、もともと彼女になってくれる人はいないと思う。僕はこんなにも地味で暗いから。
放課後になり今日は寝たら困るので、家に帰らずに塾に向かった。塾につくと、彼女はもう自分の席に座っていた。しかし、その顔はとても難しく、暗かった。話しかけるかどうか迷っていると授業が始まってしまった。なので、この間のようにノートの端を少しちぎり「どうした」と書いた。すると彼女は少し考えてから何か文字を書いた。紙切れが僕に帰ってくると「別に」と言う文字が書いてあった。前回もこの二文字だった。しかし、前の文字よりも覇気が無いように感じた。後で話を聞いてみよう。ここまで僕を積極的にしてくれる人は彼女が始めてだった。
「ねえ、何かあったんでしょ。」
「別になにもないよ。」
彼女は自分の弱いところを必死で僕に隠そうとする。僕が図々しすぎるせいで少し彼女を怒らしてしまったようだった。
「関係なくないかな。今まで話したこともないような仲だったじゃん。」
「関係なくないよ。だってもう話したことあるもん。」
だけど僕は引かなかった。彼女は僕の憧れなのだ。失いたくなかった。だから、僕は少しズレた返答をした。きっと彼女は噛み合っていないと感じているだろう。彼女の答えを待ち、並んで歩いていると僕たちの前を風が横切った。少し冷えて来ている。時が経つのは一瞬だと言わんばかりにまた冷たい風が吹いた。ふと目線を上げるととてもきれいな夕焼けが僕たちを赤く照らしていた。まるで僕たちにスポットライトを当てているかのように。
「ねえ、話があるの。」
夕焼けを眺めていたら彼女に呼び止められた。暗くなってきたせいか僕の瞼は少しだけ落ちていた。その顔のまま僕は振り向いた。
「私と…私と、付き合っていることにしてくれないかな。」
彼女の頬は赤く染まっていた。きっと夕焼けが彼女の桃色の頬に反射して赤く見えているのだろう。彼女の頬よりも僕の頬のほうがきっと真っ赤になっているだろう。憧れの人にフリだとしても告白されたのだから。彼女の視線が少しずつ上がってくるのがスローモーションで見えた。その瞬間、僕の後ろにちょうど夕焼けが来た。太陽が僕に味方してくれたのだ。きっと彼女に僕の顔は見えていない。赤く染まった頬に、緩んだ唇を見られるのは耐えられなかった。僕が何も言わなかったので、彼女の顔は不安と言う重りが少しずつ増やされているような暗い顔をしていた。
「うん、いいよ。」
彼女の顔が暗くなっていくのを見て、反射的に答えてしまった。本当は僕だって伝えたいことが山程あった。僕も同じだよと伝えたかった。僕に関わると大変なことになるよと警告するべきだった。しかし、僕の心は少しだけ満たされていた。後悔はあれどいい方向に進んだ。夕日が沈む前に帰らなければ彼女に僕の照った顔が見られてしまう。
「あのさ、僕帰るから。」
少し冷たい言い方になってしまったかもしれない。恥ずかしさで早くこの場を立ち去りたかったから。
「あっ、うん。ありがとう、じゃあね。」
彼女は一瞬だけ悲しそうな顔をした気がした。僕の勘違いかもしれないけど。彼女と背中合わせに遠ざかっていく。僕は冷静を保ちながら早足で自宅に向かった。
「ボチ也、また一人で本読んでるよ。ウケるんだけど、ぎゃはは。」
そう、クラスのギャル三人組に僕は「ボチ也」と呼ばれてからかわれていた。僕は気にしていない、冷静なフリをした。それが奴らには気に食わなかったらしい。僕が読んでいた本をいきなり取り上げた。
「…返して。」
「ボチ也のくせに私たちに命令すんな。」
僕は何も言い返せなかった。こんなことになってしまったのは、全部僕のせいだから。全部、僕が悪いから。最初にフレンドリーにしていれば。もっと他の人に話しかければ。もっと明るい性格だったら。今さら後悔しても仕方のないことが頭の中をぐるぐると駆け巡った。僕がこんなどうでもいいことを考えていると、奴らは僕がぼっとして無視していると感じてしまったらしい。いきなり本が僕の目の前に現れた。僕は反射的に取ろうとして手を伸ばしてしまってから、これが罠だったことに気がついた。本が一瞬にして目の前から消えた。いや、表現が少し悪いかもしれない。消えたというより消されたのほうが正しい。本を持っていた奴がいきなり本を上に引いたので僕は体制を崩してしまった。間一髪で体制を立て直し、倒れることはなかったが、僕の酷い有様に奴らはぎゃはぎゃは笑っていた。
「お願いします。返してください。」
僕は小さな声しか出なかった。悔しいのに、悲しくて、恥ずかしいのに、憎くて仕方がなかった。僕の中の感情は制御出来なくなりかけるくらいぐちゃぐちゃに乱されていた。「冷静」僕は自分の頭の中に何度も繰り返す。何度も何度も。やっと落ち着きを取り戻し、もう一度僕は懇願した。
「返してください。お願いします。」
奴らはにんまりと笑った。
「いいよ。その代わり条件があるの。今週中に彼女作ってよ。」
僕の頭は真っ白になった。僕に彼女を作れと言ってくるこいつらに少し呆れた。彼女が出来るわけないとこいつらも知ってて不可能な条件を僕に出した。ボッチな僕に彼女が出来るわけないがなく、まして、僕の彼女になってしまった人がいた日にはその人もいじめられる。全部わかっていてそんなことを言ってくるこいつらに苛立ちを通して呆れを感じた。しかし、本を返してもらうには…いや、僕はこいつらに逆らえない。だから、僕の選択肢はYESしかないのである。
「…わかった。だから、返して。」
「ぎゃはは。今、聞いた。こいつが彼女作るって。やばすぎ、ウケる。…まあ、本は返してやるよ。はやく紹介してね、ボチ也君。」
と言った後、床に本を投げ捨て、足で踏みつけ、そのまま笑いながら去っていった。やっと、嵐が収まった。僕はぐちゃぐちゃになった心で、ボロボロになった本を拾った。
疲れていたのだろうか。塾に行く前に一度自分の家に帰ったら、いつの間にかソファーで寝てしまっていた。もう塾は始まっている時間だ。僕は急いで向かった。
「すみません、遅れました。」
「いつも、遅いぞ。何やっているんだ、凌也。」
いつも僕は遅刻寸前で教室に飛び込んでいるので、先生から怒られた。僕は、ほとんど無視をしながら自分の席に向かおうとした。すると、僕は大きなあくびが出てしまい頭を掻いた。変な時間に、変な場所で寝てしまったから、体の調子があまり良くなかった。とても眠かった。それでも、塾に来た僕は偉いと思う。なんて勝手に頭の中で自己評価をしながら自分の席に向かった。席につくと、何やら視線を感じた。振り返ると、同級生の香奈が僕を見ていた。目があった瞬間に目を逸らされた。一体何だろう。僕は気になって仕方が無かったから、ノートの端を少しちぎり、「何」と書き、その紙を彼女に渡した。少し戸惑っていたようだが彼女はその紙を見てくれた。見た瞬間、彼女は一生懸命笑いをこらえていた。僕は何か変なことを書いただろうかと、不安になった時に僕は重大なことを思い出した。彼女とは特に仲も良くないということを。僕だけが一方的に彼女のことを知っているだけではないか。冷や汗が出てきた。いきなり知り合っているかもわからない変なやつに手紙を渡されたとなれば普通引くだろう。このままでは学校だけでなく、塾でもいじめられる可能性が出てくる。冷や汗がクーラーで冷やされて、震えだしそうになった。僕がそんな考え事をしていると彼女が紙切れを僕に渡してきた。そこには「別に」と書かれていた。不思議だった。なんで僕なんかに返信をくれるのか。なんで僕のことを引いたり、避けたいしないのか。全部、全部が気になって仕方がなかった。彼女に直接聞こうと思い、話しかけようとした瞬間
「こら、凌也。集中しろ。」
と先生の声が教室に響いた。よほど僕を重点的に監視しているようだ。僕は彼女に今質問をすることを諦めて、集中して授業を受けることにした。これ以上監視が増えてはとても面倒くさいから。
やっとのことで授業は終わった。彼女に話しかけようと思い、彼女の方を見ると、彼女は荷物をまとめているところだった。
「ねえ、さっきなんで僕のことみてたの。」
と僕が聞くと彼女はいきなり吹き出した。僕は不思議になって聞く。
「え、何。どうしたの。」
「いや、寝癖。寝癖がずっと気になってて…くくっ」
最初は笑いをこらえていたが堪えきれなくなってしまったらしい。
「僕さ、今日遅れたじゃん。それ、寝てたんだよね。家のソファーで。」
僕が理由を説明すると、彼女は楽しそうに笑っていた。
「だからか。ぴょこぴょこして面白くて、つい」
彼女が楽しそうにしているので僕も少し調子に乗る。
「いや…それだけじゃないかも、原因。僕、いつも髪直さないから。」
「いや、直そうよ。」
「面倒くさいんだよ。」
彼女が楽しそうに笑っているので、僕もつられて笑った。僕は、知らぬうちに「お前、意外と面白いな。」と心のなかで呟いていた。きっと彼女はクラスの中では人気者なのだろう。僕とは違う世界を生きている人間だ。なのにどうしてだろう。こんなにも彼女が僕に近く感じるのは。
月曜日、学校に行くと何やらいつもよりも視線が多いように感じた。何故だろうと思っていると奴らが僕の周りに集まってきた。
「ボチ也君、あんたの彼女になってくれる人は見つけましたかあ。早く見つかるといいでちゅねえ。」
なるほど、僕はこの言葉を聞き瞬時に理解した。こいつらが僕のこの話を流したのだ。こいつらの影響力は半端ない。もう、この学校で僕の彼女になってくれる人はいないだろう。最も、もともと彼女になってくれる人はいないと思う。僕はこんなにも地味で暗いから。
放課後になり今日は寝たら困るので、家に帰らずに塾に向かった。塾につくと、彼女はもう自分の席に座っていた。しかし、その顔はとても難しく、暗かった。話しかけるかどうか迷っていると授業が始まってしまった。なので、この間のようにノートの端を少しちぎり「どうした」と書いた。すると彼女は少し考えてから何か文字を書いた。紙切れが僕に帰ってくると「別に」と言う文字が書いてあった。前回もこの二文字だった。しかし、前の文字よりも覇気が無いように感じた。後で話を聞いてみよう。ここまで僕を積極的にしてくれる人は彼女が始めてだった。
「ねえ、何かあったんでしょ。」
「別になにもないよ。」
彼女は自分の弱いところを必死で僕に隠そうとする。僕が図々しすぎるせいで少し彼女を怒らしてしまったようだった。
「関係なくないかな。今まで話したこともないような仲だったじゃん。」
「関係なくないよ。だってもう話したことあるもん。」
だけど僕は引かなかった。彼女は僕の憧れなのだ。失いたくなかった。だから、僕は少しズレた返答をした。きっと彼女は噛み合っていないと感じているだろう。彼女の答えを待ち、並んで歩いていると僕たちの前を風が横切った。少し冷えて来ている。時が経つのは一瞬だと言わんばかりにまた冷たい風が吹いた。ふと目線を上げるととてもきれいな夕焼けが僕たちを赤く照らしていた。まるで僕たちにスポットライトを当てているかのように。
「ねえ、話があるの。」
夕焼けを眺めていたら彼女に呼び止められた。暗くなってきたせいか僕の瞼は少しだけ落ちていた。その顔のまま僕は振り向いた。
「私と…私と、付き合っていることにしてくれないかな。」
彼女の頬は赤く染まっていた。きっと夕焼けが彼女の桃色の頬に反射して赤く見えているのだろう。彼女の頬よりも僕の頬のほうがきっと真っ赤になっているだろう。憧れの人にフリだとしても告白されたのだから。彼女の視線が少しずつ上がってくるのがスローモーションで見えた。その瞬間、僕の後ろにちょうど夕焼けが来た。太陽が僕に味方してくれたのだ。きっと彼女に僕の顔は見えていない。赤く染まった頬に、緩んだ唇を見られるのは耐えられなかった。僕が何も言わなかったので、彼女の顔は不安と言う重りが少しずつ増やされているような暗い顔をしていた。
「うん、いいよ。」
彼女の顔が暗くなっていくのを見て、反射的に答えてしまった。本当は僕だって伝えたいことが山程あった。僕も同じだよと伝えたかった。僕に関わると大変なことになるよと警告するべきだった。しかし、僕の心は少しだけ満たされていた。後悔はあれどいい方向に進んだ。夕日が沈む前に帰らなければ彼女に僕の照った顔が見られてしまう。
「あのさ、僕帰るから。」
少し冷たい言い方になってしまったかもしれない。恥ずかしさで早くこの場を立ち去りたかったから。
「あっ、うん。ありがとう、じゃあね。」
彼女は一瞬だけ悲しそうな顔をした気がした。僕の勘違いかもしれないけど。彼女と背中合わせに遠ざかっていく。僕は冷静を保ちながら早足で自宅に向かった。



