『明日が待ち遠しいよ』
「うん、私も!れいに勉強教えてもらえるなんて最高!れいが友だちでよかった」
『……んー、私は、みなちゃんのこと、友だちだと思ってないよ』
 えっ……?
 とたんに空気が重くなった気がする。
「あー、ああ、親友……ってこと!?」
『それも違う』
 ……どういうこと?
 私たち、ずっと一緒にいて、家族ぐるみの仲で……。
 私と言ったられい、れいと言ったら私、ってクラスメイトからもよく言われてたのに!
 ……なんで急に、そんなこと言うの……?
「それって、どういう……」
『明日!家で待ってる。楽しみにしてるね』
 私の声を遮るかのようだった。
 ……私は全然楽しみじゃないよ。

 私はかれこれ五分ほどれいの家の前に立っている。
 でも、仕方ないでしょ?あんなことを言われて、何も考えずに家に入れるほど私は強くない。
 ……けど、ここに入らないと何も解決しない。
 意を決してチャイムを鳴らそうとすると、ガチャリ、というドアが開く音が聞こえた。
「みなちゃんおはよう。家の前に立ってるの見えたから、来ちゃった」
「……おは、よう」
「さ、入って!」
 れい、いつも通りだな。
 れいのお母さんに挨拶をして、階段を上るとすぐに見えるれいの部屋に入る。
 ピンクを基調とした、少女マンガに出てくるような女の子らしい部屋。
 いつもかわいらしい雑貨で溢れているのに今日はあまり置いてなく、なんとなく静けさを感じた。
「それじゃ、みなちゃん好きなとこ座って!私、飲み物とってくるから……」
「待って!昨日言ってたこと、ちゃんと話そう」
 いつもはなかなか目を合わせられない私だけど、今は目を逸らしたらダメだと思い、れいの目を見つめる。
「昨日のことって……、そのままの意味、だよ?」
「そのままって何!?」
 下にれいのお母さんが居るけど気にせず、私は声を荒らげる。
「私は!ずっとれいを親友だって思ってた!ずっと、ずっと!いつから、そう思ってたの……?」
「……中学に入った頃、かな」
 中学に入った頃って……。
 私たちは今高校二年生だ。
 そんなに昔から、私のこと、友だちじゃないって思ってたの……?
 私が、同じ高校に行こうって誘ったの、ほんとは嫌だった?
「気づけなくて、ごめん」
「ううん、みなちゃんが謝る必要なんてないよ。私も、気づかれないようにしてたから……。それに、みなちゃんは何も悪くない。悪いのは、全部、私だから」
 ……なにそれ。
「意味、わかんない……」
「みなちゃんはさ、私のこと……、好き?」
 ほんと、私ばっか振り回されててイライラする。
 私も、いいよね。全部、ぶちまけても。
「愛してるよ。れいと友だちになって、親友になって……。友だちだと思ってないって言われた今もずっと愛してる!誰よりも、何よりも!」
 あまりにもスラスラ言葉が出てきて、自分でも驚いている。
 恐る恐るれいの顔を見てみると、先程のぼんやりしていた顔とは違い、今はどこか嬉しそうで、悲しそうな顔をしていた。
「れい、信じて。私は……」
 私が言い終わる前に、何かが唇を塞ぎ、言葉を発することができなくなる。
 一瞬、何をされたのかわからなかったが、目の前にれいの顔があったので理解することができた。
 ……私は今、れいにキスをされている。
 混乱した頭で必死に思考を巡らしているがなかなか上手く考えがまとまらない。
 私たちはリップクリームの貸し借りとか、関節キスとかしょっちゅうやっていたので今更不快感なんてなかった。
 それになにより、私にとってれいは家族のような存在だから。
 なんてぼんやりと考えているうちに、無理やり舌を入れられそうになり、私は強くれいの肩を押して制した。
「え、れい、なに……?」
「私もね、みなちゃんのこと愛してるよ。狂おしいぐらいに愛おしくて大切なの。だから、だからダメなんだよ。お願い、帰って。」
 ポロポロと涙をこぼすれいを置いて、私はれいの家から出た。

 家に帰っても何もやる気が起きなかったのでただ呆然と毛布にくるまっていた。
 いつもなら毛布にくるまればすぐに眠りにつけるのに、昨日は全くと言っていいほど眠れなかった。
 私は毎日れいと一緒に登校をしていた。
 けれども今日は、集まる時間よりも五分以上過ぎているのにれいの姿は一向に見えなかった。
 さすがに昨日あんなことあったから、気まずいのかな。気まずいのは私も同じだけど、私は気まずさよりも早くれいと話がしたかった。
 私はれいのことを親友として愛している。だかられいから離れるつもりはないって伝えたいのだ。
 別に話すのは後でもいいかなと思い私は学校に向かって歩き出した。

 昼休み、いつも私たちは金曜日だけ一緒にご飯を食べていた。
 今日は月曜だけども少しでも早く話をしておきたいのでクラスメイトからの誘いを断り、れいの教室に向かった。
「こんにちはー。れいいますか?」
「え、みな?れいなら金曜日転校の挨拶してったけど、聞いてない?」
「な、に、それ。ごめん、聞いてなくて……」
「えー、嘘!とりあえず連絡してみたら?」
「う、うん。そうだね、ありがとう」
「うん、じゃーね」
 ……れいが転校?
 信じられない、昨日まで何言ってなかったのに……。
『れい、転校したってほんと?もしよかったらお返事ください』
 急いでれいに確認のメッセージを送る。
 ……けれどもそのメッセージは学校が終わる時間になっても既読になることはなかった。
 さすがにおかしいと思いれいに電話をかけても聞こえてくるのは私の好きな声じゃなく、ただの電子音。
 ……れいは転校して、メッセージや電話も繋がらない。
 もうれいに会えないんだという事実を突きつけられ、頭が真っ白になる。
 もしかして、もう私に会う気がないから急にあんなこと言ってきたの……?
 ……ほんと、バカみたい。

 ***

 あれから私は大学生になった。
 れいとはもう二年ほど連絡を取れていない。
 けれども私は無意識にれいの姿を探している。
 彼氏ができて、キスをしそうな雰囲気になっても浮かんでくるのはあの日のれいの泣き顔。
 れいの顔がぼんやりとしか浮かんでこなくなった時には必ず夢にれいとの思い出がでてくる。
 早く忘れてしまいたいのに忘れさせてくれない。

 れいが、私自身が……、れいを風化させてくれない。