セフレ、と世間では呼ばれるだろう存在の人が、当時の私にはいた。
表現が正しいのかは今となってはよくわからない。なぜか同性の友達よりも気が許せて、誰にも言えないような愚痴とかも安心して言えて、一緒にいてとにかく落ち着く友人。それでいて、セックスもする。セックスもする、という一言が加わるだけで、関係性が濁る気がするのは気のせいだろうか。
そんな言葉で表されるのは癪だけど、まあセフレという認識は間違ってはいないんだろう。
もうひとつ彼について大事な情報を付け加えるとすれば、私の大好きな人だった、ということだ。大好きで、大切な、セフレ。字面だけでもどうしようもなさが伝わってきて、泣きたくなってくる。
セフレなんて好きになったところで、付き合えるわけがないのに。
もともと、彼とは高校の同級生だった。クラスの中でも特別大人びている印象の彼だったが、話してみると子供のように無邪気で、それでいてたまに毒舌が飛び出てくるそのギャップがとにかく意外で、新鮮だった。
高校、という思春期が集まる園の中にあっても、お互いに色恋沙汰はこれといってなくて、部活には所属させられているものの幽霊部員の私たちは、きまって放課後を教室の中で過ごした。
「そういや二組の道脇と三組のチッチが付き合ったらしいよ」「まじで? あのふたりどんな繋がり?」「それがさあ、道脇が一方的に一目惚れして面識もないのにいきなり告ったんだって。それも屋上で」「ひえー、やっぱ陽キャはやることが違うね。てか屋上って入るの禁止じゃなかったっけ」「あーあそこ鍵壊れてるから入れるらしいよ」「え、じゃあ今度ふたりで忍びこまね?」「え、なに、私に告白でもする気?」「まじで勘違い甚だしいなあ」「ほんとこいつむかつく!」
人の恋バナは消費するくせに、肝心の私たちの間には何もなかった。
それこそ、せっかくの高校生という甘い青春の時間、JKという限りある特権を使って、恋人をつくってみたいと思うことは何度もあった。彼と付き合いたいと思ったこともあった。でも、それよりも彼と過ごす放課後の時間が居心地がよくて仕方なかった。
親友という関係性で彼が隣にいてくれるなら、別にこのままでいいやとぼんやり考えていた。
受験生になってもその関係は続いて、目指してる大学郡も気付いたら似通うものになっていて、てめー進学先パクんなよ、こっちの台詞だわーなんて軽口を叩き合いながらも、放課後一緒に勉強する回数も増えた。駄弁る回数が減る代わりに、勉強を教え合うようになった。その甲斐もあって、無事、現役で大学には合格した。
ふたりして地方から上京したものだからそもそも友人なんて多くはいなくて、すすんで誰かに話しかけるほどのコミュ力も持ち得ていなかった私たちは、いつしかお互いの家でよくお酒を飲むようになった。見た目だけは大人っぽいから、年確対策のために買い出しはいつも彼がした。
「大学になってからとずっと一緒にいるじゃん」「早く他の友達見つけろって」「そのままその台詞返すよ」「……人に声かけるのこわい」「……わかる」
そう言いながらも、たぶんお互いにこの関係が満更でもなかったのだと思う。でも、彼に大学で新しい人間関係が広がろうが、私は親友という立場でもいいから、大好きな彼の隣にいたかった。
そう思っていたのに、たった一度、酒の勢いもあって彼とそういう行為をしてしまった。
なんでしたのか、なんて聞かれてもうまく答えられない。そういう目で見られるのが嬉しかったとから、そもそも彼の顔は好みだし、お酒も入ってたとか、彼への好意が抑えられなかったとか、言い訳をあげればキリがない。彼との距離が近くなって、思わず触れてしまった。触れられてしまった。それだけのことだ。後悔したって仕方がない。
ただ、一度の過ちで彼と気まずくなる、これから一緒にいられなくなるなんてことは私も望んでいることではなかった。嫌だった。そこで、私は彼に契約をもちかけた。
「まずね、お互いに恋人ができたらこの関係はやめるの」
隣で半裸で寝転ぶ彼はウンウンと素直に頷く。「確かに、恋人いるのにセフレいるってのはキモいもんな」そういうこと。すぐ理解してるくれるのが彼らしいなと思う。
ふたつ目は、お互いに恋愛感情を持たないこと」目を丸くする彼に対して、言葉を続ける。
「今のままが楽しいんだから、恋愛感情なんて持ったらめんどくさいでしょ」
ようやく彼は納得したようにそういうことね、と呟いた。
「私のこと好きにならないでよね」
そう茶化しながら、彼の目をじっと見つめる。
彼は、私にとってなんでも素直に話せる大事な人だ。距離感が抜群によくて、とにかく一緒にいて心が落ち着く人。私のこの好意がバレて、この関係が崩れるのは本当に耐えられない。
彼にストレートには伝えなかったけど、お互いによき理解者でいるのが正解だと思っていた。気持ちを隠すことなら、高校の頃から慣れっこだった。
その後、セフレになった彼は変わらずよき理解者で、もしかしたら前よりもずっと心地のいい居場所になっていた。
毎日どこかに行くわけでもなく、どちらかの部屋で駄弁っていた。あの日の放課後の延長みたいで、楽しかった。意外と青春って終わらないんだなと思った。
やっぱり居心地がどうにもよかった。一緒に大学をサボって一日中セックスしたりもした。「高校の頃からしたら想像できないよなあ」と笑う彼に、「私そんな真面目じゃないから」と返す。
嘘だった。私は真面目だった、というよりも人の期待を裏切るのが怖くて、ずっと生真面目な自分を演じるのが癖になってしまっていた。でも、彼といられるなら大学も友人もバイトも、他はどうでもよくなってしまっていた。
彼のことが、感情を止められないほどにどうしようもなく好きになっていた。
最初からわかっていた。彼とこれ以上一緒にいる時間が増えたら、気持ちに歯止めが効かなくなることも。
だからあんな契約をした。「お互いに好意を持たないこと」という制約で、自分の気持ちに無理やり蓋をした。
結局ダメだった。自分の気持ちに見えないふりをしようが、今の関係が崩れてしまおうが、増幅する気持ちは抑えようもなく膨れ上がった。
「こういうことよくすんの?」
行為後、彼が唐突に聞いてきたことがあった。
彼に、私の好意がバレるわけにはいかなかった。
「……それは、アプリとかですることはあるけど」
これ以上探られませんように、彼に気持ちがバレませんように、と内心祈りながらも、さも遊び慣れてるかのように彼に伝えた。
彼は興味なさそうにふーんとだけ呟いてから、話題はまた違う方向へ流れていった。
彼には遊んでる女くらいに思われるくらいがちょうどよかった。なんとしてでもこの関係を終わらせたくはなかった。
でももう限界だった。やっぱり好意を持ってしまったら欲が出る。
私の彼氏にしたい。私だけのものにしたい。彼の彼女になりたい。セフレなんかじゃなくて、堂々と人に話せる特別な関係になりたい。
でもそんな事伝えたら、振られて、気まずくなってこの関係も終わる。
そうなるくらいなら。
「あのさ、私恋人ができたから」
結局、そういうことにした。この終わらない青春を、何よりも綺麗で大切だった関係を、美しいまま終わらせることにした。
「ルール通り、会うのやめよ」
確かにルール違反だ。でも本当は、「恋人ができたから」じゃない。恋人なんてできてないし、いるはずもない。
私が破ったルールは、「お互いに好意を持たないこと」の方だ。君のことを抑えられないほど好きになってしまった。好意を持たないって約束したのに、守れなかった。
彼は何も言わなかった。いつもと変わらない優しさでそっと抱きしめてから、別れ際「幸せになってね」とだけ呟いて、また抱きしめてくれた。
彼氏なんて存在しない。幸せになるんだったら君とがいい。そう口にできたらどれだけ楽だっただろう。
でももう伝える術もない。資格もない。だって、ルールを守れなかったのは私の方だから。
今彼が何をしているかは知らない。彼がどこかの誰かと幸せになっているかもなんて知りたくもない。
ただ願わくば、もう一度会えたら、親友なんかじゃなくて、セフレでもなくて、彼にとってたったひとりの恋人になりたい。
表現が正しいのかは今となってはよくわからない。なぜか同性の友達よりも気が許せて、誰にも言えないような愚痴とかも安心して言えて、一緒にいてとにかく落ち着く友人。それでいて、セックスもする。セックスもする、という一言が加わるだけで、関係性が濁る気がするのは気のせいだろうか。
そんな言葉で表されるのは癪だけど、まあセフレという認識は間違ってはいないんだろう。
もうひとつ彼について大事な情報を付け加えるとすれば、私の大好きな人だった、ということだ。大好きで、大切な、セフレ。字面だけでもどうしようもなさが伝わってきて、泣きたくなってくる。
セフレなんて好きになったところで、付き合えるわけがないのに。
もともと、彼とは高校の同級生だった。クラスの中でも特別大人びている印象の彼だったが、話してみると子供のように無邪気で、それでいてたまに毒舌が飛び出てくるそのギャップがとにかく意外で、新鮮だった。
高校、という思春期が集まる園の中にあっても、お互いに色恋沙汰はこれといってなくて、部活には所属させられているものの幽霊部員の私たちは、きまって放課後を教室の中で過ごした。
「そういや二組の道脇と三組のチッチが付き合ったらしいよ」「まじで? あのふたりどんな繋がり?」「それがさあ、道脇が一方的に一目惚れして面識もないのにいきなり告ったんだって。それも屋上で」「ひえー、やっぱ陽キャはやることが違うね。てか屋上って入るの禁止じゃなかったっけ」「あーあそこ鍵壊れてるから入れるらしいよ」「え、じゃあ今度ふたりで忍びこまね?」「え、なに、私に告白でもする気?」「まじで勘違い甚だしいなあ」「ほんとこいつむかつく!」
人の恋バナは消費するくせに、肝心の私たちの間には何もなかった。
それこそ、せっかくの高校生という甘い青春の時間、JKという限りある特権を使って、恋人をつくってみたいと思うことは何度もあった。彼と付き合いたいと思ったこともあった。でも、それよりも彼と過ごす放課後の時間が居心地がよくて仕方なかった。
親友という関係性で彼が隣にいてくれるなら、別にこのままでいいやとぼんやり考えていた。
受験生になってもその関係は続いて、目指してる大学郡も気付いたら似通うものになっていて、てめー進学先パクんなよ、こっちの台詞だわーなんて軽口を叩き合いながらも、放課後一緒に勉強する回数も増えた。駄弁る回数が減る代わりに、勉強を教え合うようになった。その甲斐もあって、無事、現役で大学には合格した。
ふたりして地方から上京したものだからそもそも友人なんて多くはいなくて、すすんで誰かに話しかけるほどのコミュ力も持ち得ていなかった私たちは、いつしかお互いの家でよくお酒を飲むようになった。見た目だけは大人っぽいから、年確対策のために買い出しはいつも彼がした。
「大学になってからとずっと一緒にいるじゃん」「早く他の友達見つけろって」「そのままその台詞返すよ」「……人に声かけるのこわい」「……わかる」
そう言いながらも、たぶんお互いにこの関係が満更でもなかったのだと思う。でも、彼に大学で新しい人間関係が広がろうが、私は親友という立場でもいいから、大好きな彼の隣にいたかった。
そう思っていたのに、たった一度、酒の勢いもあって彼とそういう行為をしてしまった。
なんでしたのか、なんて聞かれてもうまく答えられない。そういう目で見られるのが嬉しかったとから、そもそも彼の顔は好みだし、お酒も入ってたとか、彼への好意が抑えられなかったとか、言い訳をあげればキリがない。彼との距離が近くなって、思わず触れてしまった。触れられてしまった。それだけのことだ。後悔したって仕方がない。
ただ、一度の過ちで彼と気まずくなる、これから一緒にいられなくなるなんてことは私も望んでいることではなかった。嫌だった。そこで、私は彼に契約をもちかけた。
「まずね、お互いに恋人ができたらこの関係はやめるの」
隣で半裸で寝転ぶ彼はウンウンと素直に頷く。「確かに、恋人いるのにセフレいるってのはキモいもんな」そういうこと。すぐ理解してるくれるのが彼らしいなと思う。
ふたつ目は、お互いに恋愛感情を持たないこと」目を丸くする彼に対して、言葉を続ける。
「今のままが楽しいんだから、恋愛感情なんて持ったらめんどくさいでしょ」
ようやく彼は納得したようにそういうことね、と呟いた。
「私のこと好きにならないでよね」
そう茶化しながら、彼の目をじっと見つめる。
彼は、私にとってなんでも素直に話せる大事な人だ。距離感が抜群によくて、とにかく一緒にいて心が落ち着く人。私のこの好意がバレて、この関係が崩れるのは本当に耐えられない。
彼にストレートには伝えなかったけど、お互いによき理解者でいるのが正解だと思っていた。気持ちを隠すことなら、高校の頃から慣れっこだった。
その後、セフレになった彼は変わらずよき理解者で、もしかしたら前よりもずっと心地のいい居場所になっていた。
毎日どこかに行くわけでもなく、どちらかの部屋で駄弁っていた。あの日の放課後の延長みたいで、楽しかった。意外と青春って終わらないんだなと思った。
やっぱり居心地がどうにもよかった。一緒に大学をサボって一日中セックスしたりもした。「高校の頃からしたら想像できないよなあ」と笑う彼に、「私そんな真面目じゃないから」と返す。
嘘だった。私は真面目だった、というよりも人の期待を裏切るのが怖くて、ずっと生真面目な自分を演じるのが癖になってしまっていた。でも、彼といられるなら大学も友人もバイトも、他はどうでもよくなってしまっていた。
彼のことが、感情を止められないほどにどうしようもなく好きになっていた。
最初からわかっていた。彼とこれ以上一緒にいる時間が増えたら、気持ちに歯止めが効かなくなることも。
だからあんな契約をした。「お互いに好意を持たないこと」という制約で、自分の気持ちに無理やり蓋をした。
結局ダメだった。自分の気持ちに見えないふりをしようが、今の関係が崩れてしまおうが、増幅する気持ちは抑えようもなく膨れ上がった。
「こういうことよくすんの?」
行為後、彼が唐突に聞いてきたことがあった。
彼に、私の好意がバレるわけにはいかなかった。
「……それは、アプリとかですることはあるけど」
これ以上探られませんように、彼に気持ちがバレませんように、と内心祈りながらも、さも遊び慣れてるかのように彼に伝えた。
彼は興味なさそうにふーんとだけ呟いてから、話題はまた違う方向へ流れていった。
彼には遊んでる女くらいに思われるくらいがちょうどよかった。なんとしてでもこの関係を終わらせたくはなかった。
でももう限界だった。やっぱり好意を持ってしまったら欲が出る。
私の彼氏にしたい。私だけのものにしたい。彼の彼女になりたい。セフレなんかじゃなくて、堂々と人に話せる特別な関係になりたい。
でもそんな事伝えたら、振られて、気まずくなってこの関係も終わる。
そうなるくらいなら。
「あのさ、私恋人ができたから」
結局、そういうことにした。この終わらない青春を、何よりも綺麗で大切だった関係を、美しいまま終わらせることにした。
「ルール通り、会うのやめよ」
確かにルール違反だ。でも本当は、「恋人ができたから」じゃない。恋人なんてできてないし、いるはずもない。
私が破ったルールは、「お互いに好意を持たないこと」の方だ。君のことを抑えられないほど好きになってしまった。好意を持たないって約束したのに、守れなかった。
彼は何も言わなかった。いつもと変わらない優しさでそっと抱きしめてから、別れ際「幸せになってね」とだけ呟いて、また抱きしめてくれた。
彼氏なんて存在しない。幸せになるんだったら君とがいい。そう口にできたらどれだけ楽だっただろう。
でももう伝える術もない。資格もない。だって、ルールを守れなかったのは私の方だから。
今彼が何をしているかは知らない。彼がどこかの誰かと幸せになっているかもなんて知りたくもない。
ただ願わくば、もう一度会えたら、親友なんかじゃなくて、セフレでもなくて、彼にとってたったひとりの恋人になりたい。