「あ、もう雨やんでる」
 僕は傘を少し傾け手を傘の外に出し、雨が降っていない確認した。
「ほんとだ~」
 そういって君は傘を閉じた。
 僕も傘を閉じ、左手で持つ。君は右手で。そして、お互い空いた方の手をいつものようにつなぎ合わせる。
 他愛のない話をしながら帰路についていると、見慣れた情景が目に映る。そこは、7年前タイムスリップしたと言われても信じられるくらいにずっと前から変わっていない。
 でも社会人になってからはここに来ることもなくなったな、と心寂しさを感じた。
「懐かしいね、ここ」
 君も僕と同じところを見ているのだろう。僕は「うん」とうなずく。それを聞くと、君は僕の手を引いて歩きだした。僕は手をひかれながら歩く。
 雨のしずくが日光に当たり、キラキラと輝く芝生が生えた土手を下る。君の足は何の迷いもなく歩を進めている。 
 君の足が止まる。僕は記憶のままの景色に、懐かしさと安心感を覚える。
 この町自慢の澄んだ水色の川、川の両岸をつなぐ大きく立派な橋。その橋の下の日陰まで自転車で来て、読書をするのが好きだった。そこはとてもいい場所だけれども、みんなは上から見えるきれいな橋しか見ていないようで、僕ら以外でここに人がいるのは見たことがない。しかしそれが、逆に僕らだけ秘密の場所という感じがしてうれしかった。
「そういえばさ、私たちが初めて会った時も雨降ってたよね」
 君は僕の右側に腰を掛けていった。君が右で僕が左、というのは、なぜか初めて会った時からの固定ポジションだった。僕もそのポジションに座る。
「そういうより、雨が降ってたから初めて会ったって感じじゃない?」
「たしかに、そうかも」
 そういって君は髪の毛を耳にかけ、少し笑った。髪の毛を耳にかけるのは、君が笑うときの癖だった。本人は無意識だろうけど、僕はその仕草がちょっと好きだったりする。
「じゃあ、雨に感謝じゃん」
「あとたまたまそこにいた僕にも感謝ね」
「それは、ここに雨宿りに来た私にも感謝してもらわないと」
 何の理由もなく意地を張り合っているのがおかしくなり、また笑う。
「ありがとね、今まで、全部」
 僕が急にそんなことを言ったからか、君は少し驚いた顔をして僕を見た。
「それは私も。そんで、これからもよろしくね」
 君は恥ずかしくなったからか、顔を合わせずにそういった。でも髪の毛の間から見える耳は真っ赤だ。



 その日まで、何の縁もなかった僕たち。
 その日からも、何の縁もなかったかもしれない僕たち。
 でも。
 その時に、縁が出来た僕たち。

 初めから全てを打ち明けたわけじゃない。
 初めから全てを本音を言ったわけじゃない。
 でも、
 いつか話す、話したいから。

 今日もここで、君を待つ。