確かに松雪の人生は最悪というほどでは無いが良くもなかった。
職を転々とするアルコール依存気味の父親と、意地悪な祖母を見続けた松雪には、親を尊敬するだとか目上の者を敬う気持ちがわからなかったし、学校では小学中学といじめにも会っていた。
自分は悪くない、勉強が出来ないのもいじめられてそれどころじゃなかったから仕方が無かった。
学歴の大切さを知らなかったのも親がクズだったから仕方がなかった。
今、何も出来ないのもバイトで疲れているから仕方がなかった。
心のどこかでは分かっていた。
自分はずっとこうして仕方ないと言い続けて死ぬのだろうと。
かといって、何をするのも面倒くさい。
あぁ、面倒くさい。指の1本も動かない。このまま消えてしまいたい。楽になりたい
松雪はペン立てに突き刺さっているデザインナイフに手を伸ばした。何かの雑誌の付録で付いてきた物だ、カバーを外して刃を喉元に当てる。
このまま後10センチメートルも喉元に押し込める勇気があればこんな人生から解放されるのだが……。
机の上にナイフを置いてうなだれる。自分自身は憎いほどに嫌いだが、それでも痛みや恐怖は嫌だった。死ぬことも生きることも出来ないまま松雪は居続けるのだろう。
ネットで衝動的に『自殺 楽』と何度も検索をかけた言葉をまた調べる。
一番上に出てくる役に立たないと評判な自殺防止の為の電話番号が鬱陶しい。
掲示板や質問サイトではこの手の質問に対して「寿命まで生きるのが一番楽な死に方だ」と、さも良い事を言ったかのような顔が透けて見える吐き気がする言葉ばかりだ。
楽に死にたい、今すぐ何も感じられないようになりたい。消えていなくなりたい。松雪はそう心から願っていた。
次の瞬間。机に置いていた漫画雑誌に肘が当たる。雑誌はデザインナイフを押し出し、ペン型のそれはコロコロと机を転がって。
「いだぁっ」
松雪の右太ももに突き刺さった、黒いジャージを着ているので分からないがきっと鮮血がシミを作っているのだろう。
パニックになる松雪、椅子から降りてうめきながら布団に横たわる。急いでズボンを脱ぐとティシューを何枚も取り出して傷口に充てた。痛いことは痛いが傷はそう深くなかった。
松雪は落ち着くと冷や汗が出て過呼吸気味になる。久しぶりに自分の体から溢れ出る血を見てショックを受けたのだ。
それはさっきまで死にたいと喉元にナイフを持っていった人間とは思えないほどの、みっともない、本能ゆえの生への執着だった。
そして冷静になった後で最初に思ったことは「明日もバイトあるのに大丈夫か」だった。そこで自分で自分の奴隷気質に気付きハッとする。
自分は何のために生きているんだろうか、死ぬことも生きる気力もない。
ただこの場からすっと消え去りたい。もしくは圧倒的に非日常的な事が起きてほしかった。
次に寝たら二度と目覚めないで欲しい。
それが無理なら奇跡だ、目が覚めたら、急に何かの才能に目覚めているだとか、大金が手に入るだとか。
それがダメならば地球に隕石が落ちて爆発するでも良い、この人生が変わるような圧倒的な奇跡を松雪は望んでいた。
誰でも良い。誰か助けてくれと。
でも、そんな奇跡は起きない、自分は凡人だから。凡人に奇跡は起こらない。
血に染まった手を洗い、家には包帯なんて気の利いたものは無いので患部にティシューを大量に充てがってタオルで縛っておいた。
どんなに死にたくても、痛みがあっても疲れていれば人は眠ることが出来るもので、そのまま布団の上でぼんやりとしていたら松雪はいつの間にか寝てしまっていた。
職を転々とするアルコール依存気味の父親と、意地悪な祖母を見続けた松雪には、親を尊敬するだとか目上の者を敬う気持ちがわからなかったし、学校では小学中学といじめにも会っていた。
自分は悪くない、勉強が出来ないのもいじめられてそれどころじゃなかったから仕方が無かった。
学歴の大切さを知らなかったのも親がクズだったから仕方がなかった。
今、何も出来ないのもバイトで疲れているから仕方がなかった。
心のどこかでは分かっていた。
自分はずっとこうして仕方ないと言い続けて死ぬのだろうと。
かといって、何をするのも面倒くさい。
あぁ、面倒くさい。指の1本も動かない。このまま消えてしまいたい。楽になりたい
松雪はペン立てに突き刺さっているデザインナイフに手を伸ばした。何かの雑誌の付録で付いてきた物だ、カバーを外して刃を喉元に当てる。
このまま後10センチメートルも喉元に押し込める勇気があればこんな人生から解放されるのだが……。
机の上にナイフを置いてうなだれる。自分自身は憎いほどに嫌いだが、それでも痛みや恐怖は嫌だった。死ぬことも生きることも出来ないまま松雪は居続けるのだろう。
ネットで衝動的に『自殺 楽』と何度も検索をかけた言葉をまた調べる。
一番上に出てくる役に立たないと評判な自殺防止の為の電話番号が鬱陶しい。
掲示板や質問サイトではこの手の質問に対して「寿命まで生きるのが一番楽な死に方だ」と、さも良い事を言ったかのような顔が透けて見える吐き気がする言葉ばかりだ。
楽に死にたい、今すぐ何も感じられないようになりたい。消えていなくなりたい。松雪はそう心から願っていた。
次の瞬間。机に置いていた漫画雑誌に肘が当たる。雑誌はデザインナイフを押し出し、ペン型のそれはコロコロと机を転がって。
「いだぁっ」
松雪の右太ももに突き刺さった、黒いジャージを着ているので分からないがきっと鮮血がシミを作っているのだろう。
パニックになる松雪、椅子から降りてうめきながら布団に横たわる。急いでズボンを脱ぐとティシューを何枚も取り出して傷口に充てた。痛いことは痛いが傷はそう深くなかった。
松雪は落ち着くと冷や汗が出て過呼吸気味になる。久しぶりに自分の体から溢れ出る血を見てショックを受けたのだ。
それはさっきまで死にたいと喉元にナイフを持っていった人間とは思えないほどの、みっともない、本能ゆえの生への執着だった。
そして冷静になった後で最初に思ったことは「明日もバイトあるのに大丈夫か」だった。そこで自分で自分の奴隷気質に気付きハッとする。
自分は何のために生きているんだろうか、死ぬことも生きる気力もない。
ただこの場からすっと消え去りたい。もしくは圧倒的に非日常的な事が起きてほしかった。
次に寝たら二度と目覚めないで欲しい。
それが無理なら奇跡だ、目が覚めたら、急に何かの才能に目覚めているだとか、大金が手に入るだとか。
それがダメならば地球に隕石が落ちて爆発するでも良い、この人生が変わるような圧倒的な奇跡を松雪は望んでいた。
誰でも良い。誰か助けてくれと。
でも、そんな奇跡は起きない、自分は凡人だから。凡人に奇跡は起こらない。
血に染まった手を洗い、家には包帯なんて気の利いたものは無いので患部にティシューを大量に充てがってタオルで縛っておいた。
どんなに死にたくても、痛みがあっても疲れていれば人は眠ることが出来るもので、そのまま布団の上でぼんやりとしていたら松雪はいつの間にか寝てしまっていた。