「人間ですよ……」

 改めて、松雪は小田に向かって言葉を放つ。

「小田さんは、人間です」

 寂しそうな笑顔をして小田は返してきた。

「ありがとうございます。嬉しいです。でも異常者なんです。統合失調感情障害の症状でこんな時にも頭に変な命令を受けてます。今は右手で左足首を掴まないと死ぬって命令です」

「そんな……」

 松雪は理解が追いつかなくて何も言えなかった。

「死のうってのに、しなきゃ死ぬって命令おかしいですよね。普段は無視してるこの命令も、疲れていたり油断してるとやっちゃうんですよ。気持ち悪いですよね」

 小田は続けて言う。

「気持ち悪いんですよ。僕、自分自身が許せないし、気持ち悪いし、殺してやりたい。だから……、お願いします。もう終わりにしたいんです」

「そうですか」

「勿論医者にも死にたいって相談しましたけど、返ってきた言葉に僕は絶望しました。希死念慮があるなら入院しか無いって。またあの閉鎖病棟に入院しか道がないなんて、死にたいって言う事すら許されないだなんて」

 そこまで言い切ると小田の首にハッキリと手形が浮かび上がった。

 松雪は口をパクパクさせて何かを言おうとしたが、何も言葉が出てこないでいる。

「松雪さん、教えてください。僕はもう死ねますか」

「えっと、その」

 そうだ、小田はもう死ねる。

「はい」

 小さく松雪が言った。

「よかった、よかった、これでやっと死ねるんですね」

 涙を拭いて小田はニコリと笑う。

「松雪さん、お願いします」

 半分現実感が無いまま、松雪は席を立った。

 そして、じわりじわりと小田の元へ歩み寄る。そうだ、死を望む人を死なせてあげて何が悪いんだ。自分に言い聞かせる。

「小田さん、本当に良いんですね」

「はい、お願いします」

 そう言って小田は目を瞑り、松雪は首元に手を伸ばした。