―――暑い。暑すぎる。もうこれは、熱い、でしょ。
うだるような暑さの中、私は愚痴と汗をこぼしながら自転車のペダルをこいでいた。
時刻は、もう十時を過ぎている。
真夏の炎天下はもうすでに始まっていて、太陽の熱線はジリジリと肌に照りつけてくる。
私の肌は黒くならない質だけど、日に焼けると肌がヒリヒリする。それが嫌で、欧州に居た頃は薄手の手首まである上着を羽織っていたのだけれど、日本の夏でそれは無理で、肘あたりまでの薄いシャツしか着れなかった。欧州の夏の空気はカラッとしているところが多いけど、日本の夏の空気は湿っていて、蒸し暑いから。
「ん?あれ、日向?」
キィッとブレーキをかける。日向が川縁の階段に座っているのが見えた。ハンドルを返し、Uターンして少し道を戻ったところの坂を下る。
「あ、舞白。おはよ、どうしたの?」
私が自転車を止める音で、彼は本からぱっと顔を上げた。こんなふうにびっくりしたときも、彼の顔からは笑顔が消えない。
「日向が見えたから戻ってきた。隣、座るね。」
私が座った後に、うん、と返事が来た。反応が微妙に遅いところも、昔から変わっていない。
「何でここで本なんか読んでるの?」
「両親がうるさくて。」
あぁ、と納得し、思い出し笑いをしてしまう。日向の両親は我が子が大好きすぎて、過保護気味だから。
私が昔、彼の家に遊びに行った時も、いつもそうだった。
蓮見家の玄関をくぐるとまず、舞白ちゃんいらっしゃい、いつもありがとう、これからも日向と仲良くしてやってね、とにこにこ顔で歓迎を受ける。家に呼ぶほど仲のいい友達が息子にいることがよほど嬉しいようで、歓迎の度合いがすごい。そのあとも何か必要なものはないか、室温は大丈夫か、とちょくちょく部屋に顔を出しては、日向に邪険に追い返されていた。
ふと、彼が膝に広げている本に目が留まる。
「何読んでたの?」
世界史の教科書だよ、とくぐもった声で意外な返事が返ってくる。なぜか、彼は膝に顔をうずめていた。
「ふ〜ん。思ってたよりも、真面目。」
前ならサボってたはずなのになぁ、とぼやきながら、水筒の中のロイヤルミルクティを飲む。こればかりはマイメニューじゃないと美味しく感じられないから、自分で淹れてきたものだ。
「ひどいなぁ。僕だって、サボってばかりじゃないよ。来年は受験だし。」
せっかくの夏休みが勉強に溶けてっちゃう、と顔を上げて口をとがらせた後、かたわらにおいてあった『天然水』と書いてあるペットボトルを開く。シュワッという音とともに、炭酸特有の香りがそよ風にのってただよってきた。
「ペリエ?」
「うん、そうだよ。」
ペリエはフランス産の天然炭酸水の代表とも言える存在だ。そもそもは瓶詰めのそれがなぜペットボトルに入っているかといえば、割れるから嫌だ、と移し替えているから―――だったはず。以前はそうだった。
「……うぇ、ぬるい。」
当たり前でしょ、と呆れてしまう。ペットボトルは、私達の頭上にある道路橋から差す陰の内側に入っていなかったのだから。
「日向は昔からこれが大好きだよね。」
なんだかおかしくなって少し笑いながら彼をのぞき込むと、彼の顔は真っ赤になっていた。
うだるような暑さの中、私は愚痴と汗をこぼしながら自転車のペダルをこいでいた。
時刻は、もう十時を過ぎている。
真夏の炎天下はもうすでに始まっていて、太陽の熱線はジリジリと肌に照りつけてくる。
私の肌は黒くならない質だけど、日に焼けると肌がヒリヒリする。それが嫌で、欧州に居た頃は薄手の手首まである上着を羽織っていたのだけれど、日本の夏でそれは無理で、肘あたりまでの薄いシャツしか着れなかった。欧州の夏の空気はカラッとしているところが多いけど、日本の夏の空気は湿っていて、蒸し暑いから。
「ん?あれ、日向?」
キィッとブレーキをかける。日向が川縁の階段に座っているのが見えた。ハンドルを返し、Uターンして少し道を戻ったところの坂を下る。
「あ、舞白。おはよ、どうしたの?」
私が自転車を止める音で、彼は本からぱっと顔を上げた。こんなふうにびっくりしたときも、彼の顔からは笑顔が消えない。
「日向が見えたから戻ってきた。隣、座るね。」
私が座った後に、うん、と返事が来た。反応が微妙に遅いところも、昔から変わっていない。
「何でここで本なんか読んでるの?」
「両親がうるさくて。」
あぁ、と納得し、思い出し笑いをしてしまう。日向の両親は我が子が大好きすぎて、過保護気味だから。
私が昔、彼の家に遊びに行った時も、いつもそうだった。
蓮見家の玄関をくぐるとまず、舞白ちゃんいらっしゃい、いつもありがとう、これからも日向と仲良くしてやってね、とにこにこ顔で歓迎を受ける。家に呼ぶほど仲のいい友達が息子にいることがよほど嬉しいようで、歓迎の度合いがすごい。そのあとも何か必要なものはないか、室温は大丈夫か、とちょくちょく部屋に顔を出しては、日向に邪険に追い返されていた。
ふと、彼が膝に広げている本に目が留まる。
「何読んでたの?」
世界史の教科書だよ、とくぐもった声で意外な返事が返ってくる。なぜか、彼は膝に顔をうずめていた。
「ふ〜ん。思ってたよりも、真面目。」
前ならサボってたはずなのになぁ、とぼやきながら、水筒の中のロイヤルミルクティを飲む。こればかりはマイメニューじゃないと美味しく感じられないから、自分で淹れてきたものだ。
「ひどいなぁ。僕だって、サボってばかりじゃないよ。来年は受験だし。」
せっかくの夏休みが勉強に溶けてっちゃう、と顔を上げて口をとがらせた後、かたわらにおいてあった『天然水』と書いてあるペットボトルを開く。シュワッという音とともに、炭酸特有の香りがそよ風にのってただよってきた。
「ペリエ?」
「うん、そうだよ。」
ペリエはフランス産の天然炭酸水の代表とも言える存在だ。そもそもは瓶詰めのそれがなぜペットボトルに入っているかといえば、割れるから嫌だ、と移し替えているから―――だったはず。以前はそうだった。
「……うぇ、ぬるい。」
当たり前でしょ、と呆れてしまう。ペットボトルは、私達の頭上にある道路橋から差す陰の内側に入っていなかったのだから。
「日向は昔からこれが大好きだよね。」
なんだかおかしくなって少し笑いながら彼をのぞき込むと、彼の顔は真っ赤になっていた。
