「な、何階だって関係ないでしょ!」
ソリスはギリッと奥歯を鳴らし、叫ぶ。
「何その小汚いぬいぐるみ? 貧乏くさっ!」「いい歳してガキみたい」「ダッセェ! キャハハハ!」
幻精姫遊たちはソリスのリュックについたぬいぐるみを嗤う。
ブチッ! と、ソリスの頭の中で何かが切れる音がした。
確かに彼らのバッグについているバッグチャームは、金属でできた高価なブランドものではあったが、イヴィットの想いのこもったぬいぐるみを馬鹿にされるいわれなどなかった。
「小娘! 言っていいことと悪いことがあるでしょ!?」
ソリスは頭から湯気を上げながらツカツカとリーダーに迫る。
「あら、オバサン。冒険者同士のケンカはご法度よ?」
ジョッキのリンゴ酒を呷りながら立ち上がり、ニヤニヤ笑いながらソリスの顔をのぞきこむリーダー。
「お前が売ってきたケンカでしょ!?」
ソリスはガシッとリーダーの腕をつかんだ。
「痛い! いたーい! 助けてー!! 誰かー!!」
急に喚き始めるリーダー。
「な、何よ……。腕を持っただけよ?」
何が起こったのか分からず唖然とするソリス。
「何やってるんだ!」
奥の方から金色の鎧を身に着けた若い男が飛んできた。
「助けて、ブレイドハート!!」
リーダーは涙目になって訴える。
「お前! 何してる!!」
ブレイドハートと呼ばれた男は二人の間に入るとソリスの腕を払った。この男はまだ十八歳の若きAクラス剣士で、ギルドではトップクラスのホープだった。
「な、何って、彼女がケンカ吹っ掛けてくるから……」
「痛ぁい! 骨が折れたかも……」
リーダーは腕を抱えてうずくまる。
「おい! 大丈夫か? ヒーラー! ヒーラーは居るか!?」
「いや、私、ただ、腕を持っただけなんだけど?」
「何言ってる! こんなに痛がってるじゃないか! このことはギルドにもキッチリと報告し、処分してもらうからな!!」
ブレイドハートは目を三角にしてソリスに怒った。
「いや、ちょっと、それは一方的でゴザ……」
フィリアはあまりに小賢しい振る舞いに頭にきて横から口を出したが、その言葉を遮るようにリーダーは喚いた。
「痛ぁい! ひどぉい! うわぁぁぁん!」
「治療が先だ! お前らは早く行け! このオバサンどもめ!」
ブレイドハートは聞く耳を持たず、ソリスたちを追い払う。
「はぁ!? ちょっと、君ねぇ……」
丸眼鏡をクイッと上げて語気を荒げるフィリアをソリスは制止した。元より中立の立場になど立とうとも思っていないブレイドハートには、何を言っても無駄なのだ。
「言いたいことはギルドで言えばいい。揉めちゃってゴメン」
ソリスはフィリアにそう謝り、がっくりと肩を落とす。
力さえあればこんな運命は招かなかった――――。
そんな思いがソリスの胸を苦しくさせる。多くの冒険者が命を落としていく中、『安全第一』のおかげでソリス達はアラフォーまで生き残ってきた。だが、それは同時に成長の糧をあきらめた事でもあるのだ。命を顧みず、貪欲に強さを求めた若者がデカい顔をするのは致し方ない面もある。
だが……。
ソリスはギリッと奥歯を鳴らした。自分はともかく、仲間たちが軽く扱われることは受け入れがたく、どこかでキッチリ抗議しなくてはならない。ソリスは燃えるような怒りに震えながら急ぎ足でその場を離れた。
◇
「ったく! ふざけんじゃないわよ!!」
ソリスはゴブリンの群れに猛然と突っ込んでいくとバッサバッサと斬りはらい、最後は盛大に返り血を浴びながら飛びかかってきたゴブリンの心臓を一突きした。
「ソリス殿、気持ちは分かるけど最初から飛ばし過ぎでゴザルよ……」
フィリアは丸眼鏡をキュッと上げ、首を振る。
「私たちだって今まで無数の魔物を倒してギルドにも貢献してきた訳でしょ? なぜ、馬鹿にされなきゃならないのよ!」
ソリスの目には悔し涙が光っていた。
「時の流れ……、残酷……」
イヴィットは肩をすくめる。
フィリアは何も言わず大きくため息をついた。
「今日は気合入れていくわよ!!」
ソリスはそう叫ぶと、我先にダンジョンの奥へと進んでいく。その背中にはままならない現実へのもどかしさが映っていた。
◇
快調に飛ばしてきた三人は、いつもよりも早く地下九階を踏破してしまった――――。
地上へと戻るクリスタルのポータルにたどり着いたソリスの目が、不意にその隣で口を開けた深淵へと引き寄せられた。地下十階へと蛇行する階段は、ポータルの発する幽玄な青白光を浴び、その冷たい輝きに照らされて不気味に蠢いていた。影と光の戯れが、未知の危険を囁きかけるかのようだった。
ソリスはふぅとため息をつき、首を振ると帰り支度を始める。
「みんなお疲れ様! 帰って美味しいものでも食べましょ」
しかし、フィリアは階段を見つめ、口を結んだまま動かない。
「あれ? フィリア……何かあった?」
ソリスはフィリアの顔をのぞきこむ。
「……。ソリス殿……? これが……、ラストチャンスでゴザル……」
フィリアの瞳に、断ち切れない未練が浮かんでいる。その視線は、まるで魂を吸い込まれたかのように、青白い輝きに揺れる階段に釘付けになっていた。
「ちょ、ちょっと何を言い出すの!? 『安全第一』が私たちのモットーなのよ?」
ソリスは焦った。今まで自分の勇み足を常に厳しく制してきたフィリアが今、無理筋の挑戦を提案しているのだ。
「分かってるでゴザル! で、でも……」
フィリアはキュッと口を結びうつむいた。
ソリスにはその想いが痛いほどよくわかる。この先のボスさえ倒せたら幻精姫遊に馬鹿にされることも無くなるし、経済的にもグッと余裕が出る。今、自分たちが苦しいのはここのボスが倒せないせいなのだ。
だが――――。
もし事故ったら取り返しのつかないことになる。それはリーダーとしてとても選べない選択だった。
「フィリアの言うこと分かる……。あたしらは……これからどんどん弱く……なる」
いつもは決して無謀な事には賛成しないイヴィットが、予想外のことを言いだした。
「イヴィットまで何を言うの!? 安全第一! 無事に帰るのが今日の目標なのよ!!」
「なんか今日は凄く調子いいでゴザルよ……。みんなここ数年で一番動けてる気がするでゴザル……」
フィリアの瞳に揺るぎない決意の炎が灯っていた。その燃えるような眼差しは、言葉以上の想いを込めて、ソリスの顔へと真っすぐに向けられる。
「いやいやいやいや……。十階の赤鬼の攻略法は今まで何度も何度もシミュレーションしたよね? 結果無理という結論だったのよ?」
ソリスは必死になって押しとどめる。
「でも……、これ……、あるから……」
イヴィットはポケットからグレーの艶々した石を取り出した。
「き、帰還石!? どうしたの? こんな高価な物!?」
ソリスは目を丸くする。
帰還石というのは割れば瞬時にパーティをダンジョンの入口までワープしてくれるという、ダンジョンの深部で稀に見つかる貴重な魔道具だった。
「今まで……ずっと持ってた。いざという時に……って」
「すごいでゴザル! これならお試し挑戦ができるでゴザルよ!」
フィリアは目をキラキラと輝かせながら、イヴィットの手を握った。
ボスに挑戦するだけ挑戦して、ヤバければ帰還石で瞬時に離脱する。帰還石があればそういったことができるのだ。
「いやでも……赤鬼の棍棒に当たれば即死……。帰還石では生き返らないのよ?」
ソリスは正論を投げつけ、眉をひそめて首を振る。
「じゃあ何? これからもずっと一生、あの小娘たちに馬鹿にされ続けろっていうでゴザルか? そんな人生もう我慢ならんでゴザル!!」
フィリアは涙を振り飛ばしながら叫ぶ。彼女の悲痛な叫びは、まるで魂の深淵から絞り出されるように、周囲の空気を切り裂いた。
ソリスはその気迫に圧倒され、何も言わず首を振りながら近くの岩に座り込み、大きくため息をつく。
ダンジョンの天井から水滴がしたたり、ピチャンという音が響いた。
みんな自分たちの人生が行き詰っていることは痛いほどよくわかっている。寄る年波には勝てない。近い将来冒険者としてやっていくことに限界がやってくる。しかし、目立った実績もない自分たちには転職先などない。どうやって食べていくかすら見通しが立たないのだ。
「そりゃ確かに十階を超えられたら、一気に解決するわよ? 自分だって行きたいに決まってる。でも……」
「行くなら……今……」
イヴィットは決意のこもった目で静かにソリスを見つめる。
ソリスはイヴィットの目をじっと見つめた。
「はっ! まるで自殺志願者だわ。死を恐れないなんてバカのやることよ? いいわよ、バカになってやるわよ! 一生に一回、この一戦だけ大バカ者になってやるわ!!」
ソリスはすくっと立ち上がると二人にこぶしを突き出し、ニヤッと笑う。フィリアと、イヴィットもニヤリと子供のような笑みを見せると、こぶしを合わせ、ゴツゴツとぶつけ合った。
互いを見つめ合う三人の瞳には、決意と友情が織りなす輝きが宿る。これから始まる命懸けの挑戦への想いが、彼らの血潮を熱く沸き立たせていく。
こうして華年絆姫は絶望の一戦へと突き進んでいった。
◇
地下十階の巨大な扉の前で最終確認をする三人――――。
「いいか、打ち合わせ通り頼むよ! 誰か一人でもヘマしたらその時点でイヴィットは帰還石をくだいてよ?」
「分かったでゴザル」「了解……」
三人は険しい表情でお互いを見つめあい、うなずき合った。二十数年という長きにわたり頑として守ってきた『安全第一』の鉄則を始めて破る。それは禁断の果実をかじるような甘美さと、死の淵をのぞく背筋を凍らせるような恐怖を同時に彼女たちにもたらした。
ソリスはふぅと大きく息をつくと、ボス部屋の巨大な扉を見上げる。この高さ五メートルはあろうかという巨大な鋼鉄の扉の向こうにボスは居る。二十数年間、どうしても行きたくて、でも諦め続けた運命のボス部屋――――。
「いざ勝負!!」
ソリスはブルっと武者震いをすると力いっぱい扉を押し開けていった。
ソリスはギリッと奥歯を鳴らし、叫ぶ。
「何その小汚いぬいぐるみ? 貧乏くさっ!」「いい歳してガキみたい」「ダッセェ! キャハハハ!」
幻精姫遊たちはソリスのリュックについたぬいぐるみを嗤う。
ブチッ! と、ソリスの頭の中で何かが切れる音がした。
確かに彼らのバッグについているバッグチャームは、金属でできた高価なブランドものではあったが、イヴィットの想いのこもったぬいぐるみを馬鹿にされるいわれなどなかった。
「小娘! 言っていいことと悪いことがあるでしょ!?」
ソリスは頭から湯気を上げながらツカツカとリーダーに迫る。
「あら、オバサン。冒険者同士のケンカはご法度よ?」
ジョッキのリンゴ酒を呷りながら立ち上がり、ニヤニヤ笑いながらソリスの顔をのぞきこむリーダー。
「お前が売ってきたケンカでしょ!?」
ソリスはガシッとリーダーの腕をつかんだ。
「痛い! いたーい! 助けてー!! 誰かー!!」
急に喚き始めるリーダー。
「な、何よ……。腕を持っただけよ?」
何が起こったのか分からず唖然とするソリス。
「何やってるんだ!」
奥の方から金色の鎧を身に着けた若い男が飛んできた。
「助けて、ブレイドハート!!」
リーダーは涙目になって訴える。
「お前! 何してる!!」
ブレイドハートと呼ばれた男は二人の間に入るとソリスの腕を払った。この男はまだ十八歳の若きAクラス剣士で、ギルドではトップクラスのホープだった。
「な、何って、彼女がケンカ吹っ掛けてくるから……」
「痛ぁい! 骨が折れたかも……」
リーダーは腕を抱えてうずくまる。
「おい! 大丈夫か? ヒーラー! ヒーラーは居るか!?」
「いや、私、ただ、腕を持っただけなんだけど?」
「何言ってる! こんなに痛がってるじゃないか! このことはギルドにもキッチリと報告し、処分してもらうからな!!」
ブレイドハートは目を三角にしてソリスに怒った。
「いや、ちょっと、それは一方的でゴザ……」
フィリアはあまりに小賢しい振る舞いに頭にきて横から口を出したが、その言葉を遮るようにリーダーは喚いた。
「痛ぁい! ひどぉい! うわぁぁぁん!」
「治療が先だ! お前らは早く行け! このオバサンどもめ!」
ブレイドハートは聞く耳を持たず、ソリスたちを追い払う。
「はぁ!? ちょっと、君ねぇ……」
丸眼鏡をクイッと上げて語気を荒げるフィリアをソリスは制止した。元より中立の立場になど立とうとも思っていないブレイドハートには、何を言っても無駄なのだ。
「言いたいことはギルドで言えばいい。揉めちゃってゴメン」
ソリスはフィリアにそう謝り、がっくりと肩を落とす。
力さえあればこんな運命は招かなかった――――。
そんな思いがソリスの胸を苦しくさせる。多くの冒険者が命を落としていく中、『安全第一』のおかげでソリス達はアラフォーまで生き残ってきた。だが、それは同時に成長の糧をあきらめた事でもあるのだ。命を顧みず、貪欲に強さを求めた若者がデカい顔をするのは致し方ない面もある。
だが……。
ソリスはギリッと奥歯を鳴らした。自分はともかく、仲間たちが軽く扱われることは受け入れがたく、どこかでキッチリ抗議しなくてはならない。ソリスは燃えるような怒りに震えながら急ぎ足でその場を離れた。
◇
「ったく! ふざけんじゃないわよ!!」
ソリスはゴブリンの群れに猛然と突っ込んでいくとバッサバッサと斬りはらい、最後は盛大に返り血を浴びながら飛びかかってきたゴブリンの心臓を一突きした。
「ソリス殿、気持ちは分かるけど最初から飛ばし過ぎでゴザルよ……」
フィリアは丸眼鏡をキュッと上げ、首を振る。
「私たちだって今まで無数の魔物を倒してギルドにも貢献してきた訳でしょ? なぜ、馬鹿にされなきゃならないのよ!」
ソリスの目には悔し涙が光っていた。
「時の流れ……、残酷……」
イヴィットは肩をすくめる。
フィリアは何も言わず大きくため息をついた。
「今日は気合入れていくわよ!!」
ソリスはそう叫ぶと、我先にダンジョンの奥へと進んでいく。その背中にはままならない現実へのもどかしさが映っていた。
◇
快調に飛ばしてきた三人は、いつもよりも早く地下九階を踏破してしまった――――。
地上へと戻るクリスタルのポータルにたどり着いたソリスの目が、不意にその隣で口を開けた深淵へと引き寄せられた。地下十階へと蛇行する階段は、ポータルの発する幽玄な青白光を浴び、その冷たい輝きに照らされて不気味に蠢いていた。影と光の戯れが、未知の危険を囁きかけるかのようだった。
ソリスはふぅとため息をつき、首を振ると帰り支度を始める。
「みんなお疲れ様! 帰って美味しいものでも食べましょ」
しかし、フィリアは階段を見つめ、口を結んだまま動かない。
「あれ? フィリア……何かあった?」
ソリスはフィリアの顔をのぞきこむ。
「……。ソリス殿……? これが……、ラストチャンスでゴザル……」
フィリアの瞳に、断ち切れない未練が浮かんでいる。その視線は、まるで魂を吸い込まれたかのように、青白い輝きに揺れる階段に釘付けになっていた。
「ちょ、ちょっと何を言い出すの!? 『安全第一』が私たちのモットーなのよ?」
ソリスは焦った。今まで自分の勇み足を常に厳しく制してきたフィリアが今、無理筋の挑戦を提案しているのだ。
「分かってるでゴザル! で、でも……」
フィリアはキュッと口を結びうつむいた。
ソリスにはその想いが痛いほどよくわかる。この先のボスさえ倒せたら幻精姫遊に馬鹿にされることも無くなるし、経済的にもグッと余裕が出る。今、自分たちが苦しいのはここのボスが倒せないせいなのだ。
だが――――。
もし事故ったら取り返しのつかないことになる。それはリーダーとしてとても選べない選択だった。
「フィリアの言うこと分かる……。あたしらは……これからどんどん弱く……なる」
いつもは決して無謀な事には賛成しないイヴィットが、予想外のことを言いだした。
「イヴィットまで何を言うの!? 安全第一! 無事に帰るのが今日の目標なのよ!!」
「なんか今日は凄く調子いいでゴザルよ……。みんなここ数年で一番動けてる気がするでゴザル……」
フィリアの瞳に揺るぎない決意の炎が灯っていた。その燃えるような眼差しは、言葉以上の想いを込めて、ソリスの顔へと真っすぐに向けられる。
「いやいやいやいや……。十階の赤鬼の攻略法は今まで何度も何度もシミュレーションしたよね? 結果無理という結論だったのよ?」
ソリスは必死になって押しとどめる。
「でも……、これ……、あるから……」
イヴィットはポケットからグレーの艶々した石を取り出した。
「き、帰還石!? どうしたの? こんな高価な物!?」
ソリスは目を丸くする。
帰還石というのは割れば瞬時にパーティをダンジョンの入口までワープしてくれるという、ダンジョンの深部で稀に見つかる貴重な魔道具だった。
「今まで……ずっと持ってた。いざという時に……って」
「すごいでゴザル! これならお試し挑戦ができるでゴザルよ!」
フィリアは目をキラキラと輝かせながら、イヴィットの手を握った。
ボスに挑戦するだけ挑戦して、ヤバければ帰還石で瞬時に離脱する。帰還石があればそういったことができるのだ。
「いやでも……赤鬼の棍棒に当たれば即死……。帰還石では生き返らないのよ?」
ソリスは正論を投げつけ、眉をひそめて首を振る。
「じゃあ何? これからもずっと一生、あの小娘たちに馬鹿にされ続けろっていうでゴザルか? そんな人生もう我慢ならんでゴザル!!」
フィリアは涙を振り飛ばしながら叫ぶ。彼女の悲痛な叫びは、まるで魂の深淵から絞り出されるように、周囲の空気を切り裂いた。
ソリスはその気迫に圧倒され、何も言わず首を振りながら近くの岩に座り込み、大きくため息をつく。
ダンジョンの天井から水滴がしたたり、ピチャンという音が響いた。
みんな自分たちの人生が行き詰っていることは痛いほどよくわかっている。寄る年波には勝てない。近い将来冒険者としてやっていくことに限界がやってくる。しかし、目立った実績もない自分たちには転職先などない。どうやって食べていくかすら見通しが立たないのだ。
「そりゃ確かに十階を超えられたら、一気に解決するわよ? 自分だって行きたいに決まってる。でも……」
「行くなら……今……」
イヴィットは決意のこもった目で静かにソリスを見つめる。
ソリスはイヴィットの目をじっと見つめた。
「はっ! まるで自殺志願者だわ。死を恐れないなんてバカのやることよ? いいわよ、バカになってやるわよ! 一生に一回、この一戦だけ大バカ者になってやるわ!!」
ソリスはすくっと立ち上がると二人にこぶしを突き出し、ニヤッと笑う。フィリアと、イヴィットもニヤリと子供のような笑みを見せると、こぶしを合わせ、ゴツゴツとぶつけ合った。
互いを見つめ合う三人の瞳には、決意と友情が織りなす輝きが宿る。これから始まる命懸けの挑戦への想いが、彼らの血潮を熱く沸き立たせていく。
こうして華年絆姫は絶望の一戦へと突き進んでいった。
◇
地下十階の巨大な扉の前で最終確認をする三人――――。
「いいか、打ち合わせ通り頼むよ! 誰か一人でもヘマしたらその時点でイヴィットは帰還石をくだいてよ?」
「分かったでゴザル」「了解……」
三人は険しい表情でお互いを見つめあい、うなずき合った。二十数年という長きにわたり頑として守ってきた『安全第一』の鉄則を始めて破る。それは禁断の果実をかじるような甘美さと、死の淵をのぞく背筋を凍らせるような恐怖を同時に彼女たちにもたらした。
ソリスはふぅと大きく息をつくと、ボス部屋の巨大な扉を見上げる。この高さ五メートルはあろうかという巨大な鋼鉄の扉の向こうにボスは居る。二十数年間、どうしても行きたくて、でも諦め続けた運命のボス部屋――――。
「いざ勝負!!」
ソリスはブルっと武者震いをすると力いっぱい扉を押し開けていった。