東京に来て五年が過ぎた。最初は慣れない人の多さと仕事に悪戦苦闘したけど、今では夢だったネイリストの仕事もようやく板についていた。

 あの日、海也との恋が終わった夜、私は地獄だった家に帰った。正直、居場所なんかなかったけど、ひたすら我慢して親を利用しながら、夢に向かってただ努力することにした。

 そのきっかけは、やはりあのとき感じた後悔だった。海也への想いを伝えることも、海也からの想いに応えることもできなかった自分に嫌気がさした私は、それまでの自分に区切りをつけて、もう二度と公開しないように前を向いて歩くことにした。

 そのおかげで、アヤとは違う形で東京に行くことができた。アヤとはあの日以来会ってないけど、この大都会で元気にしていたらと思う。

「うわ、よりにもよって雨なんか降らないでよ」

 久しぶりの週末の休みに気をよくしてショッピングに出たというのに、まるで呪われたように降ってきた雨に気分は一気に落ちこんでいった。

「しかも雨宿りできないし、ほんと最悪」

 見つけたバス停は人がいっぱいだし、ビルの前にも人がいて雨宿りできそうになかった。仕方なく走って他の場所を探そうとしたときだった。

 ――え?

 不意に向けられた傘に、思考が一瞬停止する。辛うじて動かした目がとらえたのは、推しの俳優がドラマで付けていたのと同じ弁護士バッジだった。

「また、雨にぬれてますよ?」

 遥か遠くの彼方に封印していた記憶を刺激するような声に、私は驚きとまさかという思いで顔を上げた。

「麻美さん、ですよね?」

 顔を上げた先で、ずっと封印していた顔と声が重なり、私は一気に高鳴りだした心臓にうまく声が出ないまま、かつて夢中で追いかけた青空のような笑顔が広がっていた。

 〜完〜