海也への想いと罪悪感が日毎につのる中、もはや想いに蓋をしきれないくらいになったところで、東京に行く準備をしていたアヤから信じられない情報をもたらされた。
「どういう、こと?」
狭いホテルのベッドに寝転んでいた私は、飛び起きてアヤのスマホを奪い取ると、焦りで震える手で中身を確認した。
アヤのスマホの画面には、私が海也と再会した時の画像が写っていた。傘を差し出す海也と、しゃがみこんだ私が遠くから撮影されていて、すぐにいつもの盗撮する連中の仕業だとわかった。けど、問題は寄せられたそのコメントにあった。
「特定って、ちょっと待ってよ」
ずらりと並んだコメントには、『ついに◯◯高校も地に堕ちたか』といった誹謗中傷が続き、『特定して退学に追い込め』といった過激な言葉で異様な盛り上がりをみせていた。
「エリ、このままだとヤバいことになるかもよ。特定される前にケリつけたほうがよくない?」
心配げに語るアヤの言葉に、一気に血の気が引いていく。写真では傘が邪魔になって海也の顔は写っていないけど、制服から学校が特定されている以上、このままだとネットの連中たちに海也の存在が知られる危険が高かった。
――どうにかしないと
突然のことにめまいがしながらも、なんとか手を考えてみる。けど、海也の私を探す情熱は簡単には消えそうにはないし、となれば残る手は私が正体を明かす以外になかった。
――でも
私が正体を明かしたても、きっと海也は私に救いの手を伸ばすだろう。所詮私は夜の街に堕ちてしまった女だ。今さら正体を明かしても、今の私はかつての自分とは違い過ぎていた。
「エリ、悩んでるならひとつ方法があるよ」
頭を抱えて悩む私を見かねてか、アヤが助け舟としてひとつの案を明かしてくれた。
――たしかに、アヤの案ならうまくいくかも
アヤの案を聞いた私は、うまくいけば解決できそうな気がした。
でもそれは、最後まで私の正体を明かすことなく海也と別れることを意味してもいた。
◯ ◯ ◯
アヤから準備完了の連絡が来た後、悩んだ末に決して近づくことはなかった地元を待ち合わせ場所に選んだ。さすがにもうネオン街で会うわけにはいかなかったし、麻美のことがわかったと海也に伝えた以上、その言葉に真実味を持たせる必要もあったことから、全身が拒否するのを押さえ込んで地元に帰ることにした。
待ち合わせを夜にしたのは、盗撮対策もあったけど、なにより記憶の底に沈めた風景をなるべく見たくなかったからだった。
久しぶりに念入りに化粧をし、待ち合わせの無人駅に向かう。時刻通り電車からやってきた海也は、気のせいかいつもより大きく見える気がした。
「麻美さんのこと、わかったって本当?」
開口一番私のことを聞いてくる海也に、押さえていた気持ちが揺らいで動揺へと変化していく。海也と会うのがこれで最後かと思うと、なぜかうまく話を切り出せない自分がいた。
「その前に、ちょっと付き合ってよ」
「付き合う?」
「麻美って子に聞いたんだけどさ、なんだか景色が綺麗な場所みたいだから行ってみたいんだ」
口ごもる前に思い切って用件だけ伝えた私は、そのまま海也に背を向けて歩き出した。目的の場所は、駅の近くにある小高い丘の上の公園で、かつて海也とふたりでこっそり会っていた秘密の場所でもあった。
――デートってわけにはいかないか
私のとなりに並んだ海也が、行く先に気づいて緊張気味だった笑みをゆるくしていく。さすがにこの場所を聞いたと言えば、海也も疑うことはなさそうだった。
そのまま、互いに話すこともなく公園に着くと、昔ふたりで並んで眺めた丘の上からの景色を、無言のまま眺め続けた。
――海也、私ね、昔も今も間違いなくあなたのことが好きだと思う。ううん、思うじゃなくて、あなたのことが好きなんだよ
私から麻美に関する情報が出るのを待っている海也の横顔に、決して口にはできない言葉をそっと告げてみる。海也はというと、相変わらず青空を連想させる笑みを浮かべたまま、私の言葉を待っているだけだった。
「麻美って、この子だよね?」
ひとつ深呼吸してスマホを取り出すと、アヤから送られてきた画像を海也に見せた。画像には、約束通りにトー横で出会った私に似た子とアヤが肩を組んでいた。
そう、アヤが考えた案はDMで知り合った子を利用することだった。うまく協力してくれるかはわからなかったけど、それを払拭するかのように、私と見間違うには充分な写真がアヤから送られてきていた。
その写真を見せながら、私は麻美からこの場所を聞いたことを告げた。それが決めてとなったかはわからないけど、海也の雰囲気から疑心暗鬼の気配は消えているみたいだった。
「あんたが探してた子、東京にいるみたいだね。なにをしてるかはわからないけど、元気にやってるみたいだからよかったじゃん」
じっくり写真を眺める海也に声をかけると、海也はちょっとだけ照れくさそうに頭をかいてみせた。
「これで、あんたもその子を探す必要はなくなったことだし、もうあの街には来ないでよね。私もいい加減うんざりしてたんだから」
これ以上、このまま一緒にいたら自分を押さえられない気がした私は、これで終わりとばかりに海也に背を向けた。
「本当は、少しは楽しかったよ。でも、それもこれでおしまい。あんたは勉強頑張って弁護士を目指しなよ」
たぶん、海也の顔を見たら我慢できないのがわかったから、私は背を向けたまま手を振って歩き出した。
「あの!」
これで全てが終わる、そう思った瞬間だった。背後から海也の力強い声が響き、私は驚いて足を止めるはめになってしまった。
「本当は、あなたが麻美さんだよね?」
何事かと考えるより先に、海也の続けた言葉に私の胸は一気に張り裂けそうになった。
「どういう意味? ていうか、なんでそう思うわけ?」
突然の海也の問いに落ち着きをなくした私は、背を向けたまま声が震えるのもかまわず聞いてみた。
「理由は僕にもわからない。でも、なんていうか、きっとそうなんだろうなって思うんだ」
頭がいいくせに、こんなときに限って海也はなんの理由にもならないことを口にした。
「麻美さん、僕は、ずっときみのことが好きでした。だから、きみにまた出会えて、またここに来れて嬉しかったです」
突然の海也の告白。さらには敬語で伝えてくるあたりに、海也の本気と真剣さが強烈な一撃として私の胸に伝わってきた。
――なんで、そんなこと言うのよ……
海也の告白に完全に身体が動かなくなった私は、かつてふたりで見上げたときと同じ銀河の空を力なく見上げた。
今振り返ったら、きっと後悔する――。それがわかるだけに、私は両手を力一杯握りしめた。
でも、今振り返らなかったら、それはそれで後悔するのもわかっていた。
――ほんと、なにやってんだろう
どっちにしても後悔しかない選択。それはまるで、自分が選んできた人生の結果みたいな気がして、改めて海也とは違う世界を生きてることに改めて気づかされた。
そうわかった瞬間、なぜか胸の奥に激しく揺さぶるような強い痛みを感じると共に、喉が潰れるような息苦しさを感じた。
――これが、失恋ってやつかな?
不意に感じた頬の冷たさに、私は自分が泣いていることに気づいた。これまで、どんな境遇に追い込まれ、どんな仕打ちを受け、さらには親友を失っても泣いたことなんかなかったのに、私は生まれて初めて涙することになった。
「麻美さん!」
ぐちゃぐちゃに混ざり、乱暴に暴れる感情の痛みに耐えているところに、追い打ちをかけるように海也の切ない声が耳にこだました。
――バカ、私も海也のこと、好きだよ
なおも私の名を呼び続ける海也に、私は心の中で精一杯声にならない声で叫びながら、決して振り向くことなく滲んでいく視界の先へ走りだした。
「どういう、こと?」
狭いホテルのベッドに寝転んでいた私は、飛び起きてアヤのスマホを奪い取ると、焦りで震える手で中身を確認した。
アヤのスマホの画面には、私が海也と再会した時の画像が写っていた。傘を差し出す海也と、しゃがみこんだ私が遠くから撮影されていて、すぐにいつもの盗撮する連中の仕業だとわかった。けど、問題は寄せられたそのコメントにあった。
「特定って、ちょっと待ってよ」
ずらりと並んだコメントには、『ついに◯◯高校も地に堕ちたか』といった誹謗中傷が続き、『特定して退学に追い込め』といった過激な言葉で異様な盛り上がりをみせていた。
「エリ、このままだとヤバいことになるかもよ。特定される前にケリつけたほうがよくない?」
心配げに語るアヤの言葉に、一気に血の気が引いていく。写真では傘が邪魔になって海也の顔は写っていないけど、制服から学校が特定されている以上、このままだとネットの連中たちに海也の存在が知られる危険が高かった。
――どうにかしないと
突然のことにめまいがしながらも、なんとか手を考えてみる。けど、海也の私を探す情熱は簡単には消えそうにはないし、となれば残る手は私が正体を明かす以外になかった。
――でも
私が正体を明かしたても、きっと海也は私に救いの手を伸ばすだろう。所詮私は夜の街に堕ちてしまった女だ。今さら正体を明かしても、今の私はかつての自分とは違い過ぎていた。
「エリ、悩んでるならひとつ方法があるよ」
頭を抱えて悩む私を見かねてか、アヤが助け舟としてひとつの案を明かしてくれた。
――たしかに、アヤの案ならうまくいくかも
アヤの案を聞いた私は、うまくいけば解決できそうな気がした。
でもそれは、最後まで私の正体を明かすことなく海也と別れることを意味してもいた。
◯ ◯ ◯
アヤから準備完了の連絡が来た後、悩んだ末に決して近づくことはなかった地元を待ち合わせ場所に選んだ。さすがにもうネオン街で会うわけにはいかなかったし、麻美のことがわかったと海也に伝えた以上、その言葉に真実味を持たせる必要もあったことから、全身が拒否するのを押さえ込んで地元に帰ることにした。
待ち合わせを夜にしたのは、盗撮対策もあったけど、なにより記憶の底に沈めた風景をなるべく見たくなかったからだった。
久しぶりに念入りに化粧をし、待ち合わせの無人駅に向かう。時刻通り電車からやってきた海也は、気のせいかいつもより大きく見える気がした。
「麻美さんのこと、わかったって本当?」
開口一番私のことを聞いてくる海也に、押さえていた気持ちが揺らいで動揺へと変化していく。海也と会うのがこれで最後かと思うと、なぜかうまく話を切り出せない自分がいた。
「その前に、ちょっと付き合ってよ」
「付き合う?」
「麻美って子に聞いたんだけどさ、なんだか景色が綺麗な場所みたいだから行ってみたいんだ」
口ごもる前に思い切って用件だけ伝えた私は、そのまま海也に背を向けて歩き出した。目的の場所は、駅の近くにある小高い丘の上の公園で、かつて海也とふたりでこっそり会っていた秘密の場所でもあった。
――デートってわけにはいかないか
私のとなりに並んだ海也が、行く先に気づいて緊張気味だった笑みをゆるくしていく。さすがにこの場所を聞いたと言えば、海也も疑うことはなさそうだった。
そのまま、互いに話すこともなく公園に着くと、昔ふたりで並んで眺めた丘の上からの景色を、無言のまま眺め続けた。
――海也、私ね、昔も今も間違いなくあなたのことが好きだと思う。ううん、思うじゃなくて、あなたのことが好きなんだよ
私から麻美に関する情報が出るのを待っている海也の横顔に、決して口にはできない言葉をそっと告げてみる。海也はというと、相変わらず青空を連想させる笑みを浮かべたまま、私の言葉を待っているだけだった。
「麻美って、この子だよね?」
ひとつ深呼吸してスマホを取り出すと、アヤから送られてきた画像を海也に見せた。画像には、約束通りにトー横で出会った私に似た子とアヤが肩を組んでいた。
そう、アヤが考えた案はDMで知り合った子を利用することだった。うまく協力してくれるかはわからなかったけど、それを払拭するかのように、私と見間違うには充分な写真がアヤから送られてきていた。
その写真を見せながら、私は麻美からこの場所を聞いたことを告げた。それが決めてとなったかはわからないけど、海也の雰囲気から疑心暗鬼の気配は消えているみたいだった。
「あんたが探してた子、東京にいるみたいだね。なにをしてるかはわからないけど、元気にやってるみたいだからよかったじゃん」
じっくり写真を眺める海也に声をかけると、海也はちょっとだけ照れくさそうに頭をかいてみせた。
「これで、あんたもその子を探す必要はなくなったことだし、もうあの街には来ないでよね。私もいい加減うんざりしてたんだから」
これ以上、このまま一緒にいたら自分を押さえられない気がした私は、これで終わりとばかりに海也に背を向けた。
「本当は、少しは楽しかったよ。でも、それもこれでおしまい。あんたは勉強頑張って弁護士を目指しなよ」
たぶん、海也の顔を見たら我慢できないのがわかったから、私は背を向けたまま手を振って歩き出した。
「あの!」
これで全てが終わる、そう思った瞬間だった。背後から海也の力強い声が響き、私は驚いて足を止めるはめになってしまった。
「本当は、あなたが麻美さんだよね?」
何事かと考えるより先に、海也の続けた言葉に私の胸は一気に張り裂けそうになった。
「どういう意味? ていうか、なんでそう思うわけ?」
突然の海也の問いに落ち着きをなくした私は、背を向けたまま声が震えるのもかまわず聞いてみた。
「理由は僕にもわからない。でも、なんていうか、きっとそうなんだろうなって思うんだ」
頭がいいくせに、こんなときに限って海也はなんの理由にもならないことを口にした。
「麻美さん、僕は、ずっときみのことが好きでした。だから、きみにまた出会えて、またここに来れて嬉しかったです」
突然の海也の告白。さらには敬語で伝えてくるあたりに、海也の本気と真剣さが強烈な一撃として私の胸に伝わってきた。
――なんで、そんなこと言うのよ……
海也の告白に完全に身体が動かなくなった私は、かつてふたりで見上げたときと同じ銀河の空を力なく見上げた。
今振り返ったら、きっと後悔する――。それがわかるだけに、私は両手を力一杯握りしめた。
でも、今振り返らなかったら、それはそれで後悔するのもわかっていた。
――ほんと、なにやってんだろう
どっちにしても後悔しかない選択。それはまるで、自分が選んできた人生の結果みたいな気がして、改めて海也とは違う世界を生きてることに改めて気づかされた。
そうわかった瞬間、なぜか胸の奥に激しく揺さぶるような強い痛みを感じると共に、喉が潰れるような息苦しさを感じた。
――これが、失恋ってやつかな?
不意に感じた頬の冷たさに、私は自分が泣いていることに気づいた。これまで、どんな境遇に追い込まれ、どんな仕打ちを受け、さらには親友を失っても泣いたことなんかなかったのに、私は生まれて初めて涙することになった。
「麻美さん!」
ぐちゃぐちゃに混ざり、乱暴に暴れる感情の痛みに耐えているところに、追い打ちをかけるように海也の切ない声が耳にこだました。
――バカ、私も海也のこと、好きだよ
なおも私の名を呼び続ける海也に、私は心の中で精一杯声にならない声で叫びながら、決して振り向くことなく滲んでいく視界の先へ走りだした。