アヤが茶化した運目の再会とやらは秒で終わったはずなのに、なぜか再び海也と出会うことになった。どうやら海也は私がここにいるという噂を聞いて探しに来ているらしく、何度来るなと言ってもめげずに姿を見せ続けた。

 その決めたら曲げない性格に懐かしさを感じながらも、結局説得を諦めた私は、なぜか海也の私探しというよくわからない事態に付き合うことになった。

 最初はすぐに諦めると思っていたけど、学校が終わるとこりもせずにすぐにやってくる海也に、いつしか私も呆れを通り越して海也が来るのを待つようになっていた。

「ちょっと休憩しようよ」

 今日も日課となったネオン街の散策を一通り終えると、私は海也をファーストフード店に誘うことにした。

「あのさ、いつまでこんなことを続けるわけ?」

 適当に注文した商品をテーブルに置き、相変わらず笑みを絶やさない海也に聞いてみた。

「麻美さんを見つけるまでかな?」

 もう何度と聞いた答えを聞かされ、壮大にため息をつく。どれだけ探したところで私が正体を明かさない限り見つかるはずはないのに、海也はまるで手応えがあるかのように余裕の笑みを浮かべていた。

 ――いっそうのこと、正体ばらしてみる?

 不意にわいた欲に流されそうになりながらも、私は慌てて自分を戒めた。海也が探してるのは、かつての面影を残した麻美のはず。家出族となり夜の街に堕ちた麻美を探しているのではないことは、さすがの私もわかっているつもりだった。

 ――でも

 そう思う反面、なぜか私の胸には抗いきれない想いが顔を出そうとしている。突然の再会から紡ぎ出されている日々によって、いつしか私は今の自分と過去の自分を分別できないようになってもいた。

「あのさ、なんでそこまでしてその子に会いたいわけ?」

 ずっと聞くか聞くまいか迷っていた言葉が、うっかりため息にまぎれて出てしまい、私は変に取り繕いながらジュースのストローに口をあてた。

「心配だから、かな?」

「心配?」

 やや間があって返ってきた言葉は、ちょっとだけ意外だった。

「麻美さんって、どんな辛いことがあっても泣かない人だったんだ。いつも明るく振る舞って、いつも笑顔でいてくれた。そんな麻美さんが、友達を失った直後に行方がわからなくなったから、やっぱり色々と苦しんでたんじゃないかって心配になってね」

 言葉を選びながらたどたどしく語る海也だったけど、その言葉の裏からは海也が本気で心配していることが伝わってきた。

「元気にしていてくれたら問題ないんだ。けど、もし困っているようなことがあったら、少しでもいいから力になれたらって思って」

「でもさ、その子の問題が大きすぎたら、高校生のあんたじゃ助けるどころの話じゃなくない?」

「まあ、それはそうなんだけど、でも、もし問題が大きいなら僕が弁護士になって助けてやるつもりだよ」

 聞いていたら恥ずかしくなりそうな内容なのに、海也はまったく動ずることなくさらりと言い切った。

「実は、弁護士になるって決めたのは麻美さんの後押しがあったからなんだ」

「え? そうなの?」

不意に海也が明かした内容に、覚えがなかった私は急いで過去の記憶を掘り起こした。

「僕は、家族の中でひとりだけ身体が弱くてね。それがずっとコンプレックスだったんだけど、麻美さんにだったら頭で勝負したらいいんじゃないって言われて。それで、弁護士を目指すって言ったら頑張れって背中を押してくれたんだ」

海也の話に、うっすらと過去を思い出した私は、海也が運動を苦手として悩んでいたことを思い出した。その話を打ち明けられたとき、確かにそんなことを言ったような気がした。

 ――そうだったんだ……

海也の制服は、県内でも有数の進学校のものだ。どうやら海也は、何気なく言った私の言葉を真に受けて進路を決めたらしい。

「そういうわけだから、ずっと麻美さんのことは気になっててね。この辺にいるとわかった以上は、どうしても探し続けたいんだ」

なんら飾ることなく本音を口にする海也に、私は胸の奥に小さな痛みを感じた。きっと海也は、どんなに説得したとして諦めることはないだろう。それに、仮に諦めることがあったとしても、噂を聞く度に私を探すことになるのが簡単に想像できた。

そのことは、私にとっては嬉しいことだったけど、素直には喜べることでもなかった。私が正体を隠しているのは、私がかつての私ではないからだ。

それは、言い換えれば私はもうかつての麻美として海也の前に立つことはできないことでもあった。

「そろそろ行こうか」

日が落ちて夜が始まり出した街並みに気づいた私は、モヤモヤとうごめく胸の内に蓋をして店を出るように促した。

――どうなるんだろう……

店の前で海也と別れ、いつものようにネオン街へと歩いていく。

海也の気持ちを知れた嬉しさと、正体を隠し続けるジレンマとがごちゃ混ぜになり、私の足取りはいつも以上に重くなっていた。