梅雨が明けたというのに、今夜もネオン街には傘を持つ人たちが忙しなく歩いていた。その人混みの中、スマホ片手に歩く若いスーツ姿の男に向かってアヤが怒声を浴びせていた。
「ネットでしかイキれないくせに調子にのんなよ!」
アヤの怒声にそそくさと逃げだしたるの背中に、アヤがとどめの言葉を刺していく。どうやら盗み撮りされていることに腹が立てたみたいで、通りを歩く人にも鬼の視線を向けていた。
「ほんと、あいつらむかつくよね」
まだ怒りの収まらないアヤが、タバコに火をつけながら吐き捨てる。とはいえ、家出族である以上はどんな目にあっても仕方がないとも言えた。
特に、最近ではさっきの若い男みたいに私たちを盗撮してネットに晒す人が増えている。リアルで底辺扱いされている腹いせか、もしくはストレス発散かは知らないけど、匿名で晒した画像と共に誹謗中傷を投稿する人たちがいるのも事実だった。
「まあね。でも仕方ないよ、所詮、私たちはどこに行ってもまともな扱いなんかされないんだから」
「それはそうなんだけど……、ていうか、エリ、今日はやけに物わかりいいけどなにかあった?」
アヤの話を半分も聞いてなかった私は、不意のツッコミに言葉を失ってしまった。
「いいことなんかあるわけないでしょ」
「嘘、絶対なんかある」
脳裏につらつく海也の笑顔を追い出しながら否定するも、アヤにはまったく通用することができず、結局私が折れる形で昨夜の再会を話すことになった。
「へぇー、エリにも純粋なときがあったんだ?」
「あのね、生まれてすぐ不良になったみたいに言わないでよ」
「そっかそっか。でも、なんで正体隠したの?」
「なんでって、それは――」
当然ツッコまれることはわかっていたけど、いざ改めてアヤに問われたことで、私はなんと答えていいかわからなかった。
「ごめん、無理に聞く話じゃなかったね。ここにいたら正体なんか話せないのはわかるよ。よし、私がいい子いい子してあげるから、その純粋な頃の話を聞かせてよ」
「あのね、てかアヤ、絶対馬鹿にしてるでしょ!」
大げさに私の頭を撫でてきたアヤを思いっきり睨みつけると、私はお構いなしにアヤの横腹を攻撃した。
――別に大した話じゃないんだけどね
転げ回るアヤに笑いながら、頭の隅に昔の記憶を思い出していく。両親の離婚と再婚を一気に経験した私は、疎外感に悩まされるようになり、友達付き合いもうまくできなくなっていつしか一人で日陰にいるようになっていた。
そんな最悪な思春期の真っ最中に出会ったのが海也だった。誰にでも優しくて、青空を想像させる笑顔をもった海也に、私は一瞬で恋におちてしまった。
今にして思えば、あれは私の初恋だろう。中学の入学式で出会った日から無我夢中で海也の姿を追いかけた日々は、今では考えられないくらい純粋だったのかもしれなかった。
「エリ、今度さ、東京に行かない?」
「え? 東京?」
いつの間にか過去に意識が飛んでた私は、アヤの話題が変わっていることに気づかずに変な声を上げてしまった。
「実はさ、DMでつながった子がいるんだけど、その子がエリにそっくりでね、一緒にトー横行かないって誘われてるの」
そう説明しながらアヤが見せたのは、写真や動画をアップするアプリだった。確かに私に似た女の子の画像がアップされていて、それを見たアヤがアプリのDMを通じて仲良くなったということだった。
「トー横、か……、アヤはその子に誘われたからトー横に行きたいの?」
「それもあるんだけど、でも、ここよりマシかなって思えるのもあるかな」
わずかに顔を伏せたアヤが、遠くを見つめたままポツリとつぶやく。都会と違って地方で行き場をなくした私たちにとって、東京は最後の幻想だ。東京に行けば、なにか出会いがあってうまくいくかもしれないという期待を抱く人も少なくない。実際、私も何度も東京に憧れたこともあるし、できれば今も行きたい気持ちは強かった。
「やっぱ、エリを誘うのやめとく」
「え? なんで?」
「だって、素敵な彼氏と運命の再会したばっかりだし、邪魔しちゃ悪いじゃん?」
「あのね、ちゃんと私の話聞いてた?」
いきなり含み笑いで茶化してきたアヤに、私は再びアヤの横腹を攻撃する。そのまま二人で地面に転げながら、なぜか私は自分の息がやけに弾んでいるの感じずにはいられなかった。
「ネットでしかイキれないくせに調子にのんなよ!」
アヤの怒声にそそくさと逃げだしたるの背中に、アヤがとどめの言葉を刺していく。どうやら盗み撮りされていることに腹が立てたみたいで、通りを歩く人にも鬼の視線を向けていた。
「ほんと、あいつらむかつくよね」
まだ怒りの収まらないアヤが、タバコに火をつけながら吐き捨てる。とはいえ、家出族である以上はどんな目にあっても仕方がないとも言えた。
特に、最近ではさっきの若い男みたいに私たちを盗撮してネットに晒す人が増えている。リアルで底辺扱いされている腹いせか、もしくはストレス発散かは知らないけど、匿名で晒した画像と共に誹謗中傷を投稿する人たちがいるのも事実だった。
「まあね。でも仕方ないよ、所詮、私たちはどこに行ってもまともな扱いなんかされないんだから」
「それはそうなんだけど……、ていうか、エリ、今日はやけに物わかりいいけどなにかあった?」
アヤの話を半分も聞いてなかった私は、不意のツッコミに言葉を失ってしまった。
「いいことなんかあるわけないでしょ」
「嘘、絶対なんかある」
脳裏につらつく海也の笑顔を追い出しながら否定するも、アヤにはまったく通用することができず、結局私が折れる形で昨夜の再会を話すことになった。
「へぇー、エリにも純粋なときがあったんだ?」
「あのね、生まれてすぐ不良になったみたいに言わないでよ」
「そっかそっか。でも、なんで正体隠したの?」
「なんでって、それは――」
当然ツッコまれることはわかっていたけど、いざ改めてアヤに問われたことで、私はなんと答えていいかわからなかった。
「ごめん、無理に聞く話じゃなかったね。ここにいたら正体なんか話せないのはわかるよ。よし、私がいい子いい子してあげるから、その純粋な頃の話を聞かせてよ」
「あのね、てかアヤ、絶対馬鹿にしてるでしょ!」
大げさに私の頭を撫でてきたアヤを思いっきり睨みつけると、私はお構いなしにアヤの横腹を攻撃した。
――別に大した話じゃないんだけどね
転げ回るアヤに笑いながら、頭の隅に昔の記憶を思い出していく。両親の離婚と再婚を一気に経験した私は、疎外感に悩まされるようになり、友達付き合いもうまくできなくなっていつしか一人で日陰にいるようになっていた。
そんな最悪な思春期の真っ最中に出会ったのが海也だった。誰にでも優しくて、青空を想像させる笑顔をもった海也に、私は一瞬で恋におちてしまった。
今にして思えば、あれは私の初恋だろう。中学の入学式で出会った日から無我夢中で海也の姿を追いかけた日々は、今では考えられないくらい純粋だったのかもしれなかった。
「エリ、今度さ、東京に行かない?」
「え? 東京?」
いつの間にか過去に意識が飛んでた私は、アヤの話題が変わっていることに気づかずに変な声を上げてしまった。
「実はさ、DMでつながった子がいるんだけど、その子がエリにそっくりでね、一緒にトー横行かないって誘われてるの」
そう説明しながらアヤが見せたのは、写真や動画をアップするアプリだった。確かに私に似た女の子の画像がアップされていて、それを見たアヤがアプリのDMを通じて仲良くなったということだった。
「トー横、か……、アヤはその子に誘われたからトー横に行きたいの?」
「それもあるんだけど、でも、ここよりマシかなって思えるのもあるかな」
わずかに顔を伏せたアヤが、遠くを見つめたままポツリとつぶやく。都会と違って地方で行き場をなくした私たちにとって、東京は最後の幻想だ。東京に行けば、なにか出会いがあってうまくいくかもしれないという期待を抱く人も少なくない。実際、私も何度も東京に憧れたこともあるし、できれば今も行きたい気持ちは強かった。
「やっぱ、エリを誘うのやめとく」
「え? なんで?」
「だって、素敵な彼氏と運命の再会したばっかりだし、邪魔しちゃ悪いじゃん?」
「あのね、ちゃんと私の話聞いてた?」
いきなり含み笑いで茶化してきたアヤに、私は再びアヤの横腹を攻撃する。そのまま二人で地面に転げながら、なぜか私は自分の息がやけに弾んでいるの感じずにはいられなかった。