私という存在を一言で表すなら、『嘘』という言葉がぴったりだろう。

 住所氏名年齢。それらを全て嘘で塗り固め、今日も私はこの街の片隅で息をしている。それは、隣にいるアヤも同じだった。この裏路地で出会ってから行動を共にしてるけど、アヤが自分のことで嘘をつかなかったことは一度もなかった。

 時に女子高生、時に女子中学生。たまに女子大生になるアヤが、雨に滲むネオン通りを眼鏡越しにいまいましく見つめている。私の金髪ショートカットとは対象的に、長く伸びた髪を赤く染め、仮面のごとく仕上げた化粧顔には退屈さを滲ませていた。

「エリ、どうする? 表は私服だらけだよ」

 気だるそうにタバコの煙と一緒に愚痴をこぼしたアヤが、今夜の予定を聞いてきた。といっても、その日暮らしの私たちにとって予定なんかあるわけがなかった。あるのは無駄に膨れ上がった虚無な時間と、それを乗り切る必要性だけだった。

「もうちょっとねばってみる? でも、補導は嫌なんだよね」

 雨宿りする場所を探しながら、いつもの愚痴が自然ともれてくる。家出族の私たちにとって、一番厄介なのが警察による補導だ。最近は私服の警察やボランティアの見回りが増えたせいで、補導されることも多くなっている。運悪く補導されると、地獄という名の家に連れ戻され後、結局、児童相談所の施設へと押し込まれる。そして、当然のように脱走したあとは再びこの地に集まるのが私たちのサイクルだ。

 そんな意味のないサイクルを、私は中二の頃からニ年も続けている。もちろん、アヤも似た感じだ。アヤの正体は知らないけど、同じ傷を抱えていることだけはなんとなく伝わってきていた。

 とはいっても、アヤを友達だとは思っていない。二年前に親友を自殺で失ってからは、友達は二度と作らないと決めた。もう裏切られて傷つくのも、失って悲しむのもこりごりだからだ。

「てか、雨の中でまた野宿は勘弁だよね」

 雨を避ける為に駆け込んだ店の前に座り、今日の絶望感をため息と共に吐き出した。まだ午後十時過ぎだというのにネオン街に人通りは少なく、このままだと私たちを拾ってくれる人に会うのは絶望的だった。

「君たち、ちょっといいかな?」

 諦め加減でタバコとスマホの動画で時間を潰している時だった。急にかけられた声に顔を上げた瞬間、最大級の警報が頭に鳴り響いた。

「えっと……」

 言い淀みながら、チラリとアヤに目を向ける。アヤも同じ気配を感じたのか、微かにうなずいてみせた。

 目の前にはラフな格好の若い男女。見た目はカップルに見えるけど、柔らかな物腰の裏側から漂うのは、警察特有の威圧感だった。

 補導の匂いを瞬時に感じた私は、アヤと同じタイミングで別々の方向に走りだした。

 ――ほんと、ついてないよ

 脇目もふらずに、通いなれた路地裏を右に左に走り続ける。追いかけてきたのは、女の人が一人。不意うちの職務質問だったけど、逃げれるチャンスは残されていた。

 ――ほんと、なにやってんだろう

 息を切らしながら走り回る中、自分の惨めさに唇をかんだ。

 今の私は、気づくと逃げてばかりだ。

 家、学校、社会、対人関係。私を取り囲むそれらのしがらみから、私は逃げることで今を生きている。

 もちろん、理由なんかない。もしあるとしたら、私を置いてこの世を去った親友のことぐらいだろう。

 追ってくる気配が消えたのを確認して、自販機の横に崩れ落ちる。初夏にしては肌寒い風が、横殴りの雨と共に露出度高い私を容赦なく襲ってきた。

「あの――」

 ようやく呼吸が落ち着いた時だった。一難去ってまた一難のごとく、また声をかけられるはめになった。

 絶望の状況の中、ゆっくりと差し出される傘。舌打ちしながら見上げた瞬間、私は息が止まってしまった。

――ひょっとして、塚本海也くん?

 見上げた先にあるちょっと幼いながらも精悍な顔に、嫌でも記憶が二年前に飛んでいく。海也は、全てに絶望する直前まで想い続けた私の初恋の人だった。

「もしかして、古川麻美さん?」

 私を見つめたままわずかに緊張をのせた声で、海也が久しぶりに聞く私の本名を口にした。

「違うけど」

 久しぶりの再会だった。けど、私は雨に濡れるのもかまわない勢いで傘を差し出してくる海也の手を払いのけて冷たく否定した。

「なに? 人違いなんだから、さっさと消えてよ」

 困惑する海也に胸の痛みを感じながらも、さらに私は冷たい言葉を容赦なく浴びせる。勝手に高鳴る鼓動とは裏腹に、私の中で言葉にならない恐怖が拒絶反応を起こしている感じだった。

 横殴りの雨が頬をうちつける初夏の夜、運悪く再会することになった初恋の人。

 この再会が、後に私の人生を変える一夜に導くことになるとは夢にも思わなかった。