屋上ってさ、秘密にはとっておきの場所だよね。

 コンビニのビニール袋を片手に、階段を上る男が言う。一段一段、上る度にビニール袋がカサカサと音を立てる。これは現実だよ、と言うように。
 私はその背中を視線でなぞった。懐かしい細身の背中。もう捨てたはずの背中。あの背中に何度も爪痕をつけた。
 彼のことはもう、忘れたはずだった。だって手ひどく傷つけられて、絶対許さないって思っていたから。なのにまた彼は現れた。何も変わらないまま。

 私たちは取り壊しの決まったビルにいる。どうしてこんなことになっているのか、皆目わからない。いや、わかっているけど、わかりたくない。
 キイ、と音を立てて、彼が屋上へと続く扉を開ける。生ぬるい風が頬を撫で、彼のシャツがはためいた。
 許さない、のに。
 彼が振り向いて私に左手を伸ばす。私は黙ってその手を握る。彼の薬指にはめられた指輪が、私を牽制するように月明かりに光った。


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