ベッドの上で、お互いが向かい合うように身体を横たえる。一緒に寝ていた頃はいつもそうしていたはずなのに、今となっては久々過ぎて、どこかむずがゆい。
 かつ、これが最後の夜だと思うと、余計に落ち着くことはできそうもない。それでも郁雄は、やんわりと瑞穂の身体を抱いて、その背中でリズムを刻んだ。終わりへのカウントダウンを自ら買って出たつもりはないが、およそ一秒ごとに瑞穂の背中に触れるたび、自分の心に穴が穿たれるような気分だった。

 瑞穂がそっと囁く。


「わたしたち、一緒にひとつの布団で寝るの、いつぶりなんだろう」
「そう思うと、かなり久しぶりかもしれない」
「なんか、今更だけど、少し恥ずかしいかも」
「いつも通りで、っていうならいつでもそうするけど」
「だめ。それじゃ、わたしのわがままが通ったことにならない」
「そうですか」
「そう」


 その対象が何であっても、手放してしまおうと決めてから急に愛おしくなってしまうのは何故なのだろうか。自分の腕の中でくすくすと笑う瑞穂の髪をくしゃくしゃとかき混ぜながら、郁雄は、つんと自分の鼻のあたりにくる感覚を気づかれないように食い止めた。
 これがいま弾けてしまえば、俺はただのばかな男だ。人生で何度となく、自分で植えた苗木を自分で刈り取るような真似をしてきた。けれど、いま自分の胸に顔をうずめている存在だけは、どうしても守らなければならないのだと言い聞かせる。

 部屋の中が急に、すっと静かになった。カーテンの隙間から漏れてくる、行き交う自動車のライトがちらちらと部屋の中を揺らめいては、音もなく消えてゆく。まるで深い海の底から、水面を見上げているようだった。

 すると郁雄の腕の中で、瑞穂が、静かに口を開いた。


「ねえ。わたし、もうちょっと、わがまま言いたい」
「なんだ」
「……やっぱり、別れるの、いやだ」


 郁雄は、なにも言葉を返せなかった。それを合図にして、少しずつ潮が満ちてゆくように、瑞穂の言葉があふれ出てきた。