強い敵意を示す奏澄に、キッドは目を眇めた。
「なら、目をくれるってか?」
「メイズの目は渡せません。代わりに、私の目をあげます」
双方が、目を見開いた。
「船長の目で、手打ちにしろって?」
「そうです。責任者が責任を取る、と言っているんです。なんらおかしいことはないでしょう」
「こっちとしちゃ、当人に何の罰も無しじゃ収まりがつかねぇな」
「私の目がなくなれば、充分メイズへの罰になりますよ」
「どうだかなぁ」
メイズの体に力が入ったのを、奏澄は感じていた。我慢しているのは、ここで反応してしまうと、奏澄の言葉を肯定することになるからだ。メイズの目を奪うより、奏澄の目を奪った方がメイズにダメージを与えられると判断されることを恐れている。
「しかし解せねぇな。コイツは嬢ちゃんが身代わりになるほどの男か?」
当たり前だ、と言おうとして、別の言葉を紡ぐ。これは身代わりではない。
「彼の罪は私の罪です。償いの必要があるなら、それは私も同じです。命は渡せませんが、私の目で退いてくれると言うのなら、どうぞ差し上げます」
奏澄はメイズの共犯者だ。少なくとも、奏澄はそう思っている。
メイズが何者であっても。例え極悪人であったとしても、それでも良いと。そう決めて、傍に置いた。彼の罪に目を閉じた。いつか目を開いた時。そこに何が見えたとしても、全てを共に背負うと決めた。これはその内の、ほんの一部に過ぎない。
「……いい度胸だ。そこまで覚悟を決めてるなら、恥かかすわけにもいかねぇな」
キッドが、奏澄の目前に剣を突きつけた。
焦点が定まらないほどの位置にある切っ先に、目を閉じたくなる。駄目だ。怯えたら、メイズに伝わる。
「目を潰したら、メイズを含めた仲間には決して手を出さないと約束してください」
「ああ。玄武の名に誓って、約束しよう」
きり、と剣を持つ手に力が入った瞬間。奏澄の体は、強い力で吹っ飛ばされた。
「――!?」
痛みに息が詰まる。飛ばされながら視界の端に捉えたのは、リボルバーを抜いたメイズだった。
視界が回り、どさ、と誰かの腕の中に勢いよく落ちる。
「い……ッ、ごほっ」
「ッぶね、セーフ……!」
「レオ!?」
宙を舞った奏澄が甲板に叩きつけられる前に、辛うじて受け止めたのはレオナルドだった。
新たに現れたたんぽぽ海賊団の乗組員に、玄武の乗組員が警戒を見せる。
奏澄は受け止めたレオナルドに礼を告げることも忘れて、暴れるようにして腕から飛び出そうとしたが、レオナルドが奏澄を抱え込んだ。互いに武器を抜いてしまった今、あの場に近づけるわけにはいかないと判断したのだろう。腕の中でもがきながら、奏澄が叫ぶ。
「メイズ!!」
目にしたメイズは、隻眼の男にうつ伏せに取り押さえられていた。銃を抜いたのだろう左腕は拘束されており、投げ出された右手をキッドの剣が貫き、甲板に縫い留めている。
奏澄を振り払った動作の分、相手よりも出遅れたのだろう。そんなことは、普段のメイズならわかりそうなものなのに。
縫い留められた手を無理やり引きちぎりそうな動きを見せたメイズに、咄嗟にレオナルドが声を上げる。
「なぁ、キッド! 俺を覚えてるか!?」
時間を稼ごうとしたのか、キッドの意識を逸らせようとしたのか、メイズの意識を引き戻そうとしたのか。
はたまた、ひどく動揺した奏澄を落ちつかせようとしたのかもしれない。
緊張感を孕みながらも、明るくすら聞こえる声でキッドに呼びかけた。
レオナルドの姿を視認したキッドは、首を傾げる。
「ヴェネリーアの工房で、昔会ったろ。ダビデの息子、レオナルドだ」
「――ああ! レオか! でかくなったなぁ」
どうやら相手もレオナルドを記憶していたらしい。まずはそのことに息を吐き、レオナルドは続けた。
「あんた親父には随分世話になっただろ。俺に免じて、いったん退いちゃくれないか」
キッドはレオナルドの顔を興味深そうに見て、口の端を上げた。
「悪いが聞けないな。ソレとコレとは別問題だ」
「ちぇ、やっぱだめか」
軽い口調で零したが、レオナルドの額には汗が伝っている。
必死で考えを巡らせているのだろう。彼もまた、メイズを守るために。
キッドはメイズに視線を戻すと、溜息を吐くように零した。
「あーあー、無茶しやがって。嬢ちゃんに怪我させたらどうすんだよ、危ねぇな」
「……ッ」
拘束から逃れようとして、メイズは呻いた。それを見下ろして、キッドは嘲るように続ける。
「オレを撃てたとして、その後どうするつもりだったんだ? 吹っ飛ばしたあの子が人質にされるとは思わなかったのか? らしくねぇな、いつも冷静なオマエが」
しゃがみこんでメイズを見たキッドは、その眼光の鋭さに、ふっと落ちついた表情をした。
「そんなに、あの子が大事か」
答えないメイズに、キッドは何かを考えているようだった。
「頭に血が上って、冷静な判断ができなくなるほど、人のために怒ったのか。オマエが」
「……そんなわけないだろ。邪魔だったから退けただけだ。俺が逃げるために」
その言葉に、奏澄の目に涙が滲みだす。メイズが、奏澄を守ろうとしている。
「この船は、俺が利用しただけだ。どいつもこいつもお人好しで、騙しやすかったしな。だが、結局役には立たなかったようだ。今更逃げられそうにもないし、殺したきゃ殺せ、面倒くさい」
船の仲間は関係無いと、そう言っているのだろう。皆に被害が及ばないように、できる限りのことをしようとしている。だが、このままではメイズが殺されてしまう。相手を殺す気で歯向かったとなれば、もう目だけでは済まないだろう。
「なら、目をくれるってか?」
「メイズの目は渡せません。代わりに、私の目をあげます」
双方が、目を見開いた。
「船長の目で、手打ちにしろって?」
「そうです。責任者が責任を取る、と言っているんです。なんらおかしいことはないでしょう」
「こっちとしちゃ、当人に何の罰も無しじゃ収まりがつかねぇな」
「私の目がなくなれば、充分メイズへの罰になりますよ」
「どうだかなぁ」
メイズの体に力が入ったのを、奏澄は感じていた。我慢しているのは、ここで反応してしまうと、奏澄の言葉を肯定することになるからだ。メイズの目を奪うより、奏澄の目を奪った方がメイズにダメージを与えられると判断されることを恐れている。
「しかし解せねぇな。コイツは嬢ちゃんが身代わりになるほどの男か?」
当たり前だ、と言おうとして、別の言葉を紡ぐ。これは身代わりではない。
「彼の罪は私の罪です。償いの必要があるなら、それは私も同じです。命は渡せませんが、私の目で退いてくれると言うのなら、どうぞ差し上げます」
奏澄はメイズの共犯者だ。少なくとも、奏澄はそう思っている。
メイズが何者であっても。例え極悪人であったとしても、それでも良いと。そう決めて、傍に置いた。彼の罪に目を閉じた。いつか目を開いた時。そこに何が見えたとしても、全てを共に背負うと決めた。これはその内の、ほんの一部に過ぎない。
「……いい度胸だ。そこまで覚悟を決めてるなら、恥かかすわけにもいかねぇな」
キッドが、奏澄の目前に剣を突きつけた。
焦点が定まらないほどの位置にある切っ先に、目を閉じたくなる。駄目だ。怯えたら、メイズに伝わる。
「目を潰したら、メイズを含めた仲間には決して手を出さないと約束してください」
「ああ。玄武の名に誓って、約束しよう」
きり、と剣を持つ手に力が入った瞬間。奏澄の体は、強い力で吹っ飛ばされた。
「――!?」
痛みに息が詰まる。飛ばされながら視界の端に捉えたのは、リボルバーを抜いたメイズだった。
視界が回り、どさ、と誰かの腕の中に勢いよく落ちる。
「い……ッ、ごほっ」
「ッぶね、セーフ……!」
「レオ!?」
宙を舞った奏澄が甲板に叩きつけられる前に、辛うじて受け止めたのはレオナルドだった。
新たに現れたたんぽぽ海賊団の乗組員に、玄武の乗組員が警戒を見せる。
奏澄は受け止めたレオナルドに礼を告げることも忘れて、暴れるようにして腕から飛び出そうとしたが、レオナルドが奏澄を抱え込んだ。互いに武器を抜いてしまった今、あの場に近づけるわけにはいかないと判断したのだろう。腕の中でもがきながら、奏澄が叫ぶ。
「メイズ!!」
目にしたメイズは、隻眼の男にうつ伏せに取り押さえられていた。銃を抜いたのだろう左腕は拘束されており、投げ出された右手をキッドの剣が貫き、甲板に縫い留めている。
奏澄を振り払った動作の分、相手よりも出遅れたのだろう。そんなことは、普段のメイズならわかりそうなものなのに。
縫い留められた手を無理やり引きちぎりそうな動きを見せたメイズに、咄嗟にレオナルドが声を上げる。
「なぁ、キッド! 俺を覚えてるか!?」
時間を稼ごうとしたのか、キッドの意識を逸らせようとしたのか、メイズの意識を引き戻そうとしたのか。
はたまた、ひどく動揺した奏澄を落ちつかせようとしたのかもしれない。
緊張感を孕みながらも、明るくすら聞こえる声でキッドに呼びかけた。
レオナルドの姿を視認したキッドは、首を傾げる。
「ヴェネリーアの工房で、昔会ったろ。ダビデの息子、レオナルドだ」
「――ああ! レオか! でかくなったなぁ」
どうやら相手もレオナルドを記憶していたらしい。まずはそのことに息を吐き、レオナルドは続けた。
「あんた親父には随分世話になっただろ。俺に免じて、いったん退いちゃくれないか」
キッドはレオナルドの顔を興味深そうに見て、口の端を上げた。
「悪いが聞けないな。ソレとコレとは別問題だ」
「ちぇ、やっぱだめか」
軽い口調で零したが、レオナルドの額には汗が伝っている。
必死で考えを巡らせているのだろう。彼もまた、メイズを守るために。
キッドはメイズに視線を戻すと、溜息を吐くように零した。
「あーあー、無茶しやがって。嬢ちゃんに怪我させたらどうすんだよ、危ねぇな」
「……ッ」
拘束から逃れようとして、メイズは呻いた。それを見下ろして、キッドは嘲るように続ける。
「オレを撃てたとして、その後どうするつもりだったんだ? 吹っ飛ばしたあの子が人質にされるとは思わなかったのか? らしくねぇな、いつも冷静なオマエが」
しゃがみこんでメイズを見たキッドは、その眼光の鋭さに、ふっと落ちついた表情をした。
「そんなに、あの子が大事か」
答えないメイズに、キッドは何かを考えているようだった。
「頭に血が上って、冷静な判断ができなくなるほど、人のために怒ったのか。オマエが」
「……そんなわけないだろ。邪魔だったから退けただけだ。俺が逃げるために」
その言葉に、奏澄の目に涙が滲みだす。メイズが、奏澄を守ろうとしている。
「この船は、俺が利用しただけだ。どいつもこいつもお人好しで、騙しやすかったしな。だが、結局役には立たなかったようだ。今更逃げられそうにもないし、殺したきゃ殺せ、面倒くさい」
船の仲間は関係無いと、そう言っているのだろう。皆に被害が及ばないように、できる限りのことをしようとしている。だが、このままではメイズが殺されてしまう。相手を殺す気で歯向かったとなれば、もう目だけでは済まないだろう。