「そんな悲しい顔はしないで」
ある日、武田課長に言われて私は驚いた。
「君は僕といるとき、不意に悲しそうな顔をする」
それは……。
「……君から見たら、僕はおじさんじゃないの?」
課長は私の想いに気付いてしまったようだった。
「違います」
即答した私に課長は困った顔で笑った。
初めて煙草を吸う前に見せた笑顔と同じだった。
「僕は家族を大切に思っている」
「そうだと思います」
「でもね、五島さんのそういう目を愛おしいと思うときがあるんだ。だから言い出せないでいた」
不意に課長に抱きしめられて私の心臓は跳ねた。
「いつになったら諦めてくれる? 僕は君に想われるような魅力はない」
諦めるなんて。そんなこと。
胸が苦しくなった。涙が零れた。
「諦めるなんて、できません」
「そう言われると僕も辛い。五島さんには幸せになってほしい。でも僕では幸せにはできない」
そう言っているのに、課長の腕には力がこもった。
「私は課長が好きなんです。お願いです、想うことだけは許してください」
「それじゃあ、君が哀れだ」
悲し気な課長の笑みに、私の心の中で何かが外れた。
「哀れと思うなら、今晩一緒に居てください!」
武田課長は私を腕から離して、私の目を見つめた。その瞳には葛藤があった。
「一度だけでいい。私と一緒にいてください」
課長が頭を振る。
「それは、できない」
「お願い! お願いします!」
泣きながら言う自分をみっともないと思った。それでもこの人が欲しいと思ってしまった。
課長は天を仰いで目を瞑った。
「この感情をなんというんだろう。確かに僕は妻を愛しているし、娘を愛しているのに……」
苦悩に満ちた声だった。
「近づけば離れていくと思った。君の一時の想いだと」
「だから一緒にご飯に行ったんですか!? バーに誘ったんですか!? そんなのあんまりです!」
「すまない……。すまない……。五島さんにこんな想いをさせることになるなんて」
課長の目からも涙が一筋こぼれた。私は課長に抱きついた。
「謝らないで下さい! 私が、悪いんです。課長に家族がいると知っていて好きになってしまったのですから!」
課長は私を抱きしめ返した。そして私の唇をふさいだ。