いつもどこか浮世離れしているところが好きだった。
具体的に言うと、学食の日替わりメニューが安くて美味しいだとか、居酒屋バイトが全然稼げないとか、そういう醤油くさい話じゃなくて、唐突にアイスランドの火山の話をしてくるところとか。
眼鏡よりコンタクト派なのにドライアイだから、一週間に一日くらい裸眼の日があるところとか。
男性にしては色白で手が綺麗で、爪切りではなく爪やすりを愛用しているらしいところとか、色々。
だけどいくら浮世離れしているからって、挨拶もなしに目の前から消えてしまわなくたって良いだろう。
「え、東畑先輩、サークル辞めたんですか?」
「うん、ていうか大学自体退学したって。今頃多分着いてるんじゃないかな」
「ど、どこにですか」
鈴村先輩は煙草を探す仕草をしながら、苦笑交じりに言った。
「フィンランド。エアギター選手権で準優勝した人と結婚するんだって。あいつ、みさきちには教えてなかった感じかー」
どんな返事をしたか覚えていない。
気づけば私はサークル棟からずいぶん離れた場所にいて、国際教養学部の学生と思しき英語じゃない言語のお喋りを聞きながら、ネットでエアギター選手権のことを調べていた。
日本語のサイトでは、優勝した人の顔までは載っていたけれど、準優勝者の情報は全然載っていなかった。英語で探せばあるんだろうか。フィンランド語じゃないとだめかもしれない。フィンランド語って、アルファベットだっけ?
そう考えながら、東畑先輩とやり取りしたショートメッセージを眺める。
最後のやり取りは二週間前。
私からの問いかけでやり取りは終わっている。
「東畑先輩の好きな球団ってどこなんです?」。
そりゃまあ、返信するほどでもない質問だけど。SNSのストーリーに、愚痴めいたことを書き綴ったくらいには、返信なしに落ち込んでいたのに。
「大学中退して、フィンランド行って――結婚とか。意味わかんない。色々ぶっ飛びすぎ」
そのうちの一つも、私には教えてもらえなかった。
つまりはそういうことだ。東畑先輩にとって、私は旅行サークルの後輩の一人でしかなくて、飲み会でいつもテーブルが一緒になる確率が高くて、カラオケで歌う曲もどことなくジャンルが似てて、くらいの認識だったんだろう。
――つまり、私のアプローチは、全然、かけらも、伝わっていなかったんだ。
意味なかったんだ。マイナス二キロのダイエットも、苦労してナチュラルに描いた涙袋も、アイスランドの旅行動画を見て火山について勉強したことも、全部、みんな。
それに気づいた瞬間、涙がボロボロ出て止まらなくて、通りがかったブルカ姿の留学生たちに取り囲まれて、顔をごしごし拭かれるまで、泣き止むことができなかった。