「久々だね涼風(すずか)
桃也(とうや)は全く変わってないね」
高校卒業から7年ぶりに見た幼なじみの姿は、あの頃と全く変わっていない。
成績が優秀だった彼は、県外の国公立大学へと行ってしまい、それからは一回も会っていない。スマホを替えたことで彼との連絡先も消えてしまった。
しかし、今日7年ぶりに彼に会うことが出来た。
その理由は、私の家族と彼の家族みんなでご飯を食べることが決まったから。私はこの日を今か今かと、待ちわびていた。
だって彼は、私の初めての好きな人何だから──

幼少期から共に過ごしてきた彼に、私は中学校で好きという気持ちを自覚した。それから毎日のように勉強して、彼と同じ高校に行けるように頑張った。
結局一度も思いを伝えることなど出来ずに、別々の道へと進んでしまった。
だけどこうして全く変わっていない彼を見ると、私は心から安心する。

「涼風の方こそ変わってないでしょ」
「私は高校の時より何倍も可愛くなったから!」
小さい頃はたくさん可愛いって言ってくれたのに。歳を重ねるにつれ、彼からのそんな言葉は無くなる。
「まあ昔よりかは可愛くなったんじゃね?」
ニカッと笑う彼の顔を見て私は思う。
私はまだ彼のことが好きだ。

桃也はきっと覚えていないよね。幼稚園の時、桃也は私に、
『俺は絶対涼風のお嫁さんになる!』
って言ったんだよ。
男の子はお嫁さんにはなれないんだよ、なんてツッコミを入れたけど、すっごく嬉しかった。
今思えばそんなのはただの子供の戯言に過ぎないんだ。
私は高校を卒業しても、彼以上の人と出会うことなんて出来ず、一度も彼氏を作ったことがない。桃也はどうなのかな。


「それじゃあ、乾杯!」
日が沈み出した頃、私の家でみんなで夕食を食べる。久々の再会に、私のお母さんも彼のお母さんも、腕によりをかけて料理を作っていた。
お父さんたちは、早くもお酒を片手に盛り上がっている。昔からなにか行事がある度に、こんな感じだったっけな。

「いやー涼風ももう立派な大人になったねぇ」
「いやいや、涼風なんてまだまだ未熟者だよ。𓏸𓏸の方こそ今じゃ一流企業に務めてすごいじゃないか」
お父さんたちは私たちの会話で盛りあがっている。お父さんたちも久々だからか、盛り上がるその姿はまるで高校生のようだ。
お酒の飲みすぎで変な事を言わないか、私はずっとヒヤヒヤしている。
「涼風は今は彼氏とかいないのか?」
「実は居ないんですよねー」
彼氏なんて出来るはずがない。色んな男の人たちから声をかけられたことはある。
それでも私はきっぱり断っていた。だって私の中では彼が一番だから。

「涼風は美人だからすぐにできると思ったんだけどなー」
「全然そんな事ないですよ。それよりお父さんたち少し飲み過ぎなんじゃない」
もう二人とも顔を真っ赤にしている。私と桃也もそこそこお酒を飲んでいるけど、お父さんたちは私たちの何倍も飲んでいる。
「そんなことねぇよ。2人もどんどん飲め飲め」
父親が自分の子供にお酒を強要するなんて良くないんだろうな。私たちは昔から仲が良かったので、こんなの全然普通だけど。

「俺少し酔ったから外の空気でも吸ってくるわ」
「あ、それじゃあ私も」
彼がそう言ったので、私も彼に合わせて席を立つ。一人でその場にいても、お父さんたちの話に巻き込まれるだけだから。
真っ暗な空には光り輝く満月が浮かんでいる。
「親父たちさすがに飲みすぎだろ」
「そうだね」
時折吹き抜ける夜風が、とても気持ち良い。夜の静かな雰囲気って良いもんだな。
「高校卒業してからもう7年も経つんだよな」
空を見ながら懐かしむように彼は言う。今思えば高校時代はずっと彼と一緒にいたな。
みんなに付き合ってると思われるほど、私たちは共にいる時間が長かった。

「高校の時は桃也がしっかりとした大人になれるか不安だったなー」
「はぁ? なんだそれ。今じゃ俺の方が立派な大人になってるもんな!」
「私の方が立派な大人ですー!」
こんな子供みたいな言い合いをしたのは、いつぶりだろう。彼とのこんな会話がすごい懐かしい。
時折、風が渉ってきて、私の髪の毛を靡かせる。

「ねぇ覚えてる? 私が修学旅行でお守り落として、桃也が必死に探してくれたこと」
「あぁそんなこともあったな。あの時はお前が泣きそうな顔してたから必死に探してやったっけな」
「そんな顔してないです!」
修学旅行の日、私は大切なお守りをリュックに着けて行ったが、旅の途中で落としてしまったのだ。私にとってはとても大切なお守りだったから、必死に探した。
それでも見つからなくて、諦めかけた時に桃也は探すのを手伝ってくれた。
「そんなにあのお守りが大切だったのか?」
「うん、私にとって大切なものだった」
だってそのお守りをくれたのはあなたなんだから。
二人で小さい頃に神社に行った時、桃也は、
『涼風が安全で居られるように買ってきた』と言って私にお守りをくれた。
今思えば私はその時から、彼のことを好きになっていたのかも。
だからそのお守りは私にとってとても大切なものだった。だからこそ見つかった時はとても嬉しかった。
きっと彼は、そのお守りを自分が渡したなんて覚えてすらいないだろう。

その後も思い出話に花が咲いた。一区切りがつき、私たちの間に無言の空気が流れたとき、彼はさっきまでとは違い真面目な表情になる。
「あのさ、涼風」
「どうしたの?」
彼と長年一緒にいたから分かる。今から彼が言うことは、きっと彼にとってとても大切なことだろう。
「俺・・・・・・結婚したんだ」
「えっ、?」
最初は冗談か何かだと思った。だって幼少期から一緒だった桃也が、結婚したなんて。私は単純にその真実を認めたくなかった。
「3年前から付き合ってる人がいて、先月結婚したんだ」
そう言って、彼は左手を見せてくる。そこには銀色に輝く指輪がはめられている。本当に結婚したんだ。
すごいおめでたいことなのに、私はおめでとうと言えない。言いたくなかった。
「まさか桃也が私より先に結婚するなんて・・・・・・」
「本当はもっと早く伝えたかったんだけど、伝える機会がなくて。遅くなってごめん」
喜ぶべきことなのに、どうして素直に喜べないんだろう。私は今どんな顔をしているんだろう。
上手に笑えているかな。彼に変に思われてないかな。
「許す代わりにちゃんと私も結婚式に呼んでね」
いやだ。結婚式になんて行ったら、私はきっと泣いてしまう。
「必ず呼ぶよ。だって涼風は大切な幼なじみなんだからさ」
「・・・・・・桃也のバカ」
「何か言った?」
「別に、何も言ってないよ」
私は必死に涙を堪える。あなただけじゃない。私にとってもあなたは大切な幼なじみなんだよ。

その後、彼は二人の馴れ初めや、思い出話などたくさん話してくれた。その時の時間は、まるで高校生の時に、恋バナをしていた時のようだった。
とても嬉しそうに話す桃也。ずっと彼の隣には私がいたのに、今では彼の隣にいるのは私じゃない。
私なんかよりももっと大切な人が彼にはいる。
夜の静けさが更に寂しさに拍車をかける。

「気温も下がってきたし、そろそろ戻ろっか」
「あっ、そうだね」
彼は振り返り、家の方へと足を動かす。
「あのさ! 桃也・・・・・・?」
「ん? どうした?」
もっと話していたい。彼に伝えたいことが沢山ある。好きって気持ちも伝えたかった。
だけど、彼には大切な人がいる。好きって伝えたらそれはきっと迷惑になる。
だから私は今、彼に一番伝えたいことを言おう。この言葉を伝えなきゃいけないんだ。

彼の目を見つめることが出来ない。だってそうしたら私はきっと泣いてしまうから。
落ち着いて深呼吸をする。真っ直ぐに彼の目を見て伝える。
「桃也・・・・・・結婚おめでとう!」
さよなら私の初恋。さよなら私の大好きな人。たくさん好きを教えてくれてありがとう。
幸せになって欲しい、そんな思いを込めて、私は彼にそう告げた。
〈完〉