『ごめん』

 その一言で、夢から現実に引き戻された。
 見ると汗で服はぐっちょりと濡れ、自分でもびっくりするくらい呼吸が荒かった。
 …また、見てしまった。
 私はため息をついて思った。
 私は幼い頃から『夢』を見る。
 未来にあることを予知する夢、『予知夢』を。

 私の予知夢は、絶対に当たる。
 いいことも、悪いことでさえ、本当に起こってしまうのだ。
 だから私は、夢を見るのが怖い。

 また、夢を見てしまった。
 恐ろしく、絶対に起こってほしくない出来事が、鮮明に夢に現れたのだ。

 私には、幼馴染がいる。
 物心ついた時から、高校生になった今までずっと片想いしつづけている幼馴染が。
 名前は涼太(りょうた)
 やんちゃでお調子者で、怖がりで泣き虫で、カッコつけで不器用で、誰よりも優しい男の子。
 私はそんな涼太に、幼い頃から恋をしていたんだ。
 私たちはいつも一緒にいて、それは高校生になった今でさえ続いていた。
 涼太は女子に人気があるけど、私以外の女子とは普段話さない。
 私はいつもそれにちょっと嬉しくなるけど、そんなことは内緒だ。
 だって私は、今まで一度たりとも涼太に好きだと伝えたことがないのだから。

 夢の中で、涼太が私の部屋に来ていた。
 涼太は昔から、私の家によく泊まりに来る。
 涼太のことがずっと好きな私からしたら、ずっとドキドキしていたのだけど、涼太はなんとも思ってないみたいだ。
 夢の中でも、涼太はなんでもなく私の部屋に上がり込む。
 夢の中の私は、なぜか妙にソワソワしていた。
 そして、思いもよらぬことを口走ってしまった。

『涼太って、好きな子いるの?』

 涼太はあからさまにびくっと体を反応させて、戸惑いがちにこっちを見た。
『好きな子?なんで?』
『いや、なんとなく』
 涼太は少し考えた後、ぼそっと言った。
『いないけど』
 涼太の答えに、夢の中で心底安心した私。
『ふぅん』
『そういう風香(ふうか)は?』
 今度は私がどぎまぎする番だ。
 まさか、目の前にいるあなたが好きですなんて…口が裂けても言えない。
『まぁ…いるけど』
 適当に誤魔化した。
『そう…なんだ』
 涼太は目線を下げた。
 そんな仕草までに胸を突き動かされて、突拍子もなく言ってしまった。

『好きだよ』
『えっ…』

 涼太が息を呑むのがわかった。
 私は息を吸い込んで続ける。

『私はずっと、涼太が好きだったよ』

 涼太はしばらく呆然とした顔をしていたけど、のちに困ったような顔をして目を泳がせた。
 そして、意を決したように言った。

『ごめん』

 —————そこで、目が覚めた。
 私の予知夢が当たれば、私は今夜の午前0時、失恋する。
 あんなに長かった片思いが、今夜、やっと終わる。
 消失感と諦めを抱えながら、胸の中でそっと誓う。

 —————この恋は、墓場まで持っていこう、と。