醜い恋の終わりは突然訪れた。
 いつもどおり新のミニバンに乗ったときのこと。

 いつもの甘い口調で新が私の膝に手を這わせた。

「そういえば、このまえ車にパンスト忘れていっただろ?
 奥さんに言い訳するの大変だったんだからな。
 くれぐれも気をつけてよ。」

「奥さんの勘違いじゃない? 私がパンスト履くような服装をする訳ないじゃない。」

 そう言い返したときの新のひきつった顔。
 私は、自分でも驚くくらい醒めてしまった。

 胸に氷のかたまりがあるかのように、冷えた心は頭を冷静にさせた。
 奥さんがトラップを仕掛けたか、別の浮気女の存在アピール?

 どちらにしても、もう限界。

「もういい、止めて。」

 私は新に急ブレーキをかけさせて、勝手に車を降りた。

「梅ちゃん、待って。」

 運転席の窓を開けて、新が叫んだ。
 私はこころから笑いながら叫び返した。

「だいじょうぶ。
 もう、私ひとりで歩けるから。」

 新の声が遠くなり、私はひとりで硬いアスファルトを踏みしめた。
 紅葉が辺り一面を覆いつくし、地面は色鮮やかな絨毯みたいだ。
  
 あの車を降りるまでは、世界がこんなに美しいことに気づかなかった。
 
 銀木犀の木もやがてくる冬に備えて葉を散らす。
 もうあの誘惑の香りは匂うことはない。

 私は空を見上げた。

 息が白く立ち昇る。
 もうすぐ冬がくるだろう。

                 〈終〉