僕が「別れたい」と言ったのは1週間前、12月中頃のことだ。

「わかった」と彼女は家から出ていった。

 付き合って5年。
 彼女の両親に挨拶してからプレッシャーが大きくなり、同居中にもかかわらず彼女を避けるようになった。ケンカもした。

 仕方なかったと思う。

 しかし今晩。
 突然、彼女が家にやってきた。

 玄関先で渡されたのは、1冊の本だった。水色の分厚い洋書だ。

「インテリアブックなの。中にお金、入れてある」
「お金? もしかして5年分の?」

 無言を貫く彼女。

「プレゼント代、返せなんて言わないけど」
「知ってる。君はそういう人。ただ私がけじめをつけたいだけなの。いらないなら捨てて」
「けじめって……。金額伝えたことないのに」

 彼女は破顔した。

「今の時代、調べたらすぐわかるよ。でも時計の金額知ったときはびっくりした。お返しも大変だったし」

 過去を振り返る姿が痛々しく(はかな)くて、僕の選択が間違いに思えてくる。

「――ごめん」
「それは、なんのごめん?」

 真剣な眼差しに答えることができない。
 そんな僕を見かねたのか、彼女は笑みを深めた。

「元気でね」
「あ、うん……。そっちも元気で」

 彼女は帰って行った。

 扉を閉めた後、本を開ける。
 本にはたくさんの封筒が入っていた。
 1番上の封筒を開けてみる。

「5千円札と、メッセージカード?」

『はじめての誕生日プレゼント。やばい。ネックレスかわいい! 校則厳しいけど、明日こっそりつけようかな』

「これは……」

『ホワイトデーのチョコもったいなくて食べられない。ラッピングの紙袋はとっておくとして、包装紙どうしよう?』

『卒業旅行。写真撮ってお土産も買ったし、アルバム作って君にプレゼントする!』

『初ボーナスで旅行。楽しかった。君となら形のない思い出も不安じゃない。宝物だよ』

『時計もらった。うれしい。私も時計、送ろうかなぁ。え、待って。懐中時計なら君のかっこいい手首が見えるようになるよね!? それいい!』

『親に挨拶しに行った。なんて声かけたらいいかわからない。君の負担になってないといいけど』

『ケンカした。最悪。今を大切にしたいのに』

 僕は家を飛び出していた。
 遠くに人影が見える。
 見失わないように走った。
 白い吐息とともに、彼女の名前を叫んだ。
 人影が止まった。
 手を握る。
 人影が振り向く。

「ごめん」
「ううん。勝手に諦めたのは私もだから」

 彼女の綻ぶ顔から大きな涙の粒が流れて、僕は涙ごと全部抱きしめた。
 永遠に、ずっと一緒にいよう。