「ねえ~、テスト何点だったあ?」


テストが返されるといつも決まってこの話題だ。
自分の方が点数が高かったら気を遣うし、低かったらイライラしてしまうから、答えるのには全く乗り気ではない。


「わたし53点だった!」
「74」
「え~、なーちゃんいいなあ。瑠々、赤点ぎりぎりだったよ~」


瑠々ちゃんは自分の点数が低くても周りの子に何点だったのかをよく聞く。
自信があるのならまだわかるけれど、いったいどうしてわざわざ自分を傷つけるようなことをするのかわからない。


「ゆいぴーはどうだった?」
「あ、私は……98点だった」
「えっ、すごいじゃんゆいぴー! 優等生はいいなあ~」


褒めてくれているはずのその言葉にモヤっとする。
前までの私なら絶対に笑って誤魔化していた。
だけど今の私は前と少し違う。


「私、昨日頑張って勉強したの。だから今の言い方だと、いい点数がとれるのは優等生だからって言われてるみたいでちょっと悲しいな」


声のトーンはほとんど変えないように努力して、あくまで少し悲しんでいるふりをする。
本当の私は短気だからこれくらいのことでも割とイライラしてしまう。
だけどここ最近は新たなことに気づいた。


「え! ごめんゆいぴい~! 違うんだよ、ゆいぴーがたくさん頑張ってるの知ってるから優等生って言ったの~!」

「瑠々ちゃんそんな風に思ってくれてたの? 嬉しい、ありがとう。私の方こそごめんね、わっ!」


瑠々ちゃんが突然ぎゅっと抱き着いてきた。
そのあと私の方を見て、にこっと嬉しそうに笑う。
つられて私も笑ってしまった。

そう、これだ。
私は今まで自分の言いたいことの半分も口に出せていなかったと思う。
その理由は嫌われると思って怖かったから。
だけど実際はほとんど心配する必要などないのだと気づいた。

今までは感情を溜めていた分、発散することができなくてそのあともずっとモヤモヤしたままだった。
だけど口にすることで気持ちを少し楽にできるし、こういう風に伝えたおかげでいい結果になることもたくさんある。

時間をかけて少しづつ練習をしたかいがあった。
まずは意見を言いやすい小さなことから。
外食をすると決まったときに食べたいものを伝えたり、逆に提案してもらったもので気分じゃないものはそれ以外がいいと伝えてみたり。

それが言えるようになってきたら、一緒に遊ぶときに何をしたいか言ってみたりとか、これとこれどっちがいいと聞かれたときに素直な意見を言ってみたりとか。


今でももちろん自分の気持ちを話すのは勇気が必要だ。
だけど前よりもみんなに私という人物を知ってもらえている気がする。

そしてみんなは急に意見を言い出すようになった私を受け入れてくれている。
それがたまらなく嬉しかった。


気持ちがふわふわしたまま七瀬ちゃんたちと雑談していると、ふと桐谷くんが視界に入る。
いつもならそのまま目線を外すけれど今日は気分がよかったからか、あまり何も考えないまま笑いかけた。
彼は少し間が空いたあとににこりと返してくれて余計に気分がふわふわする。


「結衣ー? 誰か友だちでも来た?」
「えっ、あ、ううん。もう行っちゃった」
「ええ~、残念だねえ。今の顔、好きな人見つけたって感じだったのにい」
「え!? 違うよ、私今好きな人いないし……!」
「えー! ほんとかな!?」


ひまわりちゃんと瑠々ちゃんにからかわれて顔が赤くなるのがわかる。
このメンバーには少しづつなんでも話せるようになってきているけれど、桐谷くんとのことは何も話せていない。

だけど好きな人がいないことは本当だ。
桐谷くんには確かに感謝してるし、最近は心の支えの一部になっていると感じる。
そりゃかっこいいなってドキッとすることもあるけれど、それは彼がイケメンだから仕方のないことだと思うし……

って、これじゃあまるで言い訳しているみたいだ。


頭の中でぐるぐると考えていると瑠々ちゃんが「好きな人と言えばさあ~」と口を開いた。


「瑠々、桐谷くんのこと好きになっちゃった」
「えっ」


顔をかわいく赤らめて小声で伝えられた言葉に思わず声が漏れてしまった。
瑠々ちゃんが、桐谷くんを……?
あんなにふわふわしていた心が急に地面に落とされる感覚がした。


「え!? 次は智明なの!?」
「ちょっとお! ひまちゃん声大きいよ~!」
「ふたりともうるさい。本人に聞こえても知らないよ」
「えへへ、ごめんごめん。とうとう来たかと思って」
「とうとうって言い方ひどくな~い!?」
「だってさ、逆になんで好きって言いださないのかなって思ってたくらいだもん!」
「まあ、それはたしかにね」
「ふたりともひどいよ~! 瑠々は誰でも好きになるわけじゃないんだから!」


私がなんて言おうか迷っているうちに話が進んでいく。
この感覚久しぶりだ。
最近はちゃんと会話に入ろうと努力して、聞き役に徹することはほとんどなかったのに。

何か言わなきゃ。
教えてくれてありがとう?
お似合いだね?
応援するよ?

ああ、ダメだ、どうして。
どうしてこんなに悲しい気持ちになってるの。
私、もしかして本当に桐谷くんのこと好きだった……?
わかんない。
全然わかんないよ。
誰かを好きになることってこんなに曖昧な気持ちだったっけ。


「もういいもん! 瑠々には天使のゆいぴーがついてるから!」
「わっ、瑠々ちゃん……!?」


またぎゅっと抱きしめられて、思考の海から引っ張り出された。


「ねっ、ゆいぴー」


ふふっとかわいく微笑まれて息が詰まる。
言わなきゃ、伝えなきゃ。
なんとなくだけどそう強く思うのに口は動かない。
だって彼女に何をどう伝えたらいいのか、自分がいちばんわかってないから。


「ふわ~あ」
「あ~! 瑠々が大事な話してるのに大きなあくび~!」
「ごめーん、ちょっと寝不足でさー」


ひまわりちゃんのおかげでまた別の話題へと移っていく。
そのことに安心しながらも、やっぱり心の奥が痛く重いままだった。



黒板の前で話している先生の言葉を、今日もクラスの半分しか聞いてない授業中。
いつもなら私は真面目に聞いている側だけれど、今はそれどころじゃなかった。
教科書とにらめっこをしながら瑠々ちゃんに伝えるか伝えまいか、さっきからずっと考えている。

いつもなら桐谷くんが相談に乗ってくれているけれど、さすがに今回のことを話すわけにはいかない。
かといって七瀬ちゃんやひまわりちゃんに打ち明ける勇気もまだない。
それにふたりに変に気を遣わすわけにはいかないし……

ああもう、どうしようかな。
思わずため息が出そうになったとき。


ガッタン!!


耳が痛くなるほど大きな音がして一瞬何が起こったかわからなかった。
音のした方を見ると、そこには床に倒れたひまわりちゃんの姿が――

ひゅっと喉から音がした。


「ひまわり!」
「ひまちゃん!?」


すぐに七瀬ちゃんと瑠々ちゃんが駆け寄り、ひまわりちゃんの様子を見る。
怖いくらいに静かになった教室でふたりの声が響く。


「東さん! 大丈夫!? 誰か先生を呼んできて!」


授業をしていた先生が声を上げると、桐谷くんが立ち上がった。


「俺行ってきます」
「お願いね!」


廊下を走っていく音が遠のいて、私はやっと自分の指を動かすことができた。
心臓がドキドキドキドキと爆発するのではないかと錯覚するくらいに鳴っている。
私も、私も動かなきゃ。


「……うう」
「東さん! よかった、意識はあるのね!」
「ひまわり、大丈夫。今桐谷が先生呼んできてくれてるから」
「瑠々ブランケットあるから使って。床だと痛いでしょ?」


机と人の間から、ひまわりちゃんがこくこくと頷く様子が見えた。
静まり返っていた空間が騒然とした場へと変わっていく。
私も、私も行かなきゃ。


「東さん、まだ飲んでないお水あるから飲めそうだったら飲んでいいよ」
「保健室の先生たち呼んできました」
「車いす乗れそう?」
「オレ乗るの手伝うわ」
「さすがに帰るよね? カバンどうする?」
「じゃああたし教科書入れて持っていくよ!」


ひまわりちゃんと仲良しの子はもちろん、いつもはあまり関わりのない子まで、次々へと動いていく。
それでも半分以上は椅子に座ったまま。
だけど彼女と仲がいいのに動いていないのは私だけ。

今からでも遅くない。
私もひまわりちゃんのそばに行かなくちゃ。
大丈夫だよって声をかけなくちゃ。
何か手伝わなくちゃ。

わかってる、わかってるのに……
どうして私、こんなとき動けないの。
車いすに乗ったひまわりちゃんが遠のいていく。

同時に私の何かも自分自身から遠のいていく気がした。


「みんなありがとう。東さんの体調が気になるだろうけど授業続けるね」
「え~」
「ほら席に座って。えーと、どこまでやったかな」


ブーイングもすぐに鎮まり、いつも通りの授業風景へと戻っていく。
だけど私の動悸はおさまらない。
それでも声を上げるなんてもちろんできないまま授業を受けた。



その日の放課後。
グループに一通メッセージが届いた。


「ひまわり、ただの寝不足だって」
「も~! 寝不足で倒れるなんて寝てなさすぎだよ~!」
「はあ……ま、とにかく大丈夫だって。よかった」


七瀬ちゃんと瑠々ちゃんの会話を聞きながら自分の携帯でメッセージを確認する。
そこには確かに、ただの寝不足だった、大丈夫、という内容が書かれている。

思わずはあっと息を吐く。
ひまわりちゃんが無事ならよかった。
連絡がくるまで悪い方向にばかり物事を考えてしまっていたからか、やっと頭を休められる気がする。


「結衣、顔色悪いよ」
「ほんとだ! 大丈夫? ゆいぴーも倒れちゃう?」


心配そうな顔をしているふたりと目が合って焦る。


「あ、違うの。その……ひまわりちゃんが倒れたとき、私だけ何もできなかったから」


嘘も誤魔化しもせず、本音を伝えた。
今までだったらきっと本当のことなんて言えなかったと思う。
だけどもうふたりには弱音だって吐いてしまう。


「何言ってんの。あたしらだって特別何かできたわけじゃないよ」
「そ~そ~! 結局はお医者さんが最強!」


だから気に病む必要なんかないよ、とふたりは微笑む。
……本当に、優しい人たちだ。
彼女たちは弱いところももちろんあるけれどやっぱり強くて、かっこいい。

だけど私は、ちょっと成長できたと思ってもまだまだ弱虫で、友だちがピンチのときすら動けない。
本当に、何をやっているんだろう。
……ダメだ、ふたりに気を遣わせちゃってるのに、気分は全く上がりそうにない。


「ごめんね、ありがとう」


きっと上手く笑えていないだろうなと思ったけれど、その答えはふたりの表情を見れば悲しいほどわかった。





ピピピピピピ――


「ん……」


次の日の朝、いつもより太陽がまぶしく感じた。
いや、まぶしいどころか、なんだか気分が悪い。


「結衣おはよう、朝ご飯作っておいたから食べてね」
「うん、ありがとう」


忙しそうに準備をする母親に返事をしながら、机に並べられた朝食を見る。
いつもなら美味しそうだと思うのに今日は違う。
それでもお腹は空いていて、一口食べてみる。


「っ……」


ダメだ、気持ち悪い。
なんだか吐きそう。
どうして?
変なものは食べてないし、咳も出てないし、喉も痛くない。
……でも、今日はちょっと寒い?


「……お母さん」
「んー?」
「えっと、もう行くよね?」
「うん。次の電車には絶対乗らなきゃ間に合わないから」
「そっか」


ちょっと体調が悪いかも、なんて言葉は引っ込んでしまった。
ただでさえ大変なのにこれ以上仕事を増やすわけにはいかない。
大丈夫。
ちょっと食欲はないけれど、たぶん熱はないし、大丈夫。


「じゃあ行ってくるね! 結衣も気を付けてね」
「ありがとう、いってらっしゃい」


にこっと笑っていつも通り手を振る。
ドアが閉まったあとに、朝食はそっと冷蔵庫にしまった。
それから用意をして私も高校へと向かう。
何も特別なことはしていないのに、家を出て3分くらい歩くと勝手に涙が出てきた。


「え……」


ぽたぽたと溢れて止まらない。
周りの人の視線が恥ずかしくなって顔を隠す。

さっきまで悲しい気持ちだったわけじゃないのに、自分が泣いていると思ったらなんだか急に辛くなってきた。
そして同時に昨日のひまわりちゃんのことも鮮明に思い出してしまう。


「っ……」


声が出てしまいそうになるのを必死に抑える。
すると息を吸うのがどんどん辛くなって、頭が痛くなってきた。
全身がだるくて歩くのがしんどい。
それでも止まれず進んでいると、ふと隣で「にゃあ」と声がした。


「……しいちゃん?」


気づけばガレージのところまで来ていたらしい。
馴染みのある風景にほっとする。

するとカバンがブーッブーッと震えていることに気がついた。
携帯に着信がきていたようで、画面には七瀬ちゃんの文字がうつっている。


「……もしもし」
「あ、もしもし結衣? 昨日しんどそうだったから連絡したんだけど、大丈夫?」


まさかそんなに心配をかけていたなんて。
七瀬ちゃんの優しさが心に沁みて、温かくなるのと同時に痛みを感じる。

これ以上心配も迷惑もかけたくない。
だから大丈夫って言わなきゃ。
でも、だけど――


「……七瀬ちゃん、私、しんどい」


やっと言えたことに安心したのか、自分の体力の限界がきていたのか、意識が遠のいていく。

七瀬ちゃんとしいちゃんと――
桐谷くんの声がした、気がした。





目が覚めると見知らぬ天井だった。
それに知らない香りがする。
ちらりと視線を動かすと全く見覚えのない部屋で、一気に覚醒した。


「え……」


ここどこだろう……
そういえば私、体調悪かったんだっけ……

七瀬ちゃんと通話したことは覚えているけれど、そのあとは記憶にない。
ということは倒れてしまったんだろうか。
正直びっくりだ。
倒れたことなんてないし、まさかそこまで体調が悪いとは思わなかった。

今何時だろう。
学校はとっくに始まってしまってるかなと思いながら携帯を探す。
すると近くの机に見覚えのあるコースターがあるのが見えた。

あれって私が作って、桐谷くんにプレゼントした――

すると突然ガチャリと扉が開く。
部屋に入ってきたのはお茶やゼリーなどを腕に抱えた桐谷くんだった。


「あ、目覚めたのか」
「えっ、桐谷くん!? どうして……」


慌てる私を気にも留めず、彼は近くの椅子に座る。
そしてコップに注いだお茶を渡してくれた。


「朝登校してたら、前にいた早坂が急に倒れるから焦ったわ。体調は?」
「え? えっと、さっきよりはまし、かな?」


ありがとうと伝えると「ん」とだけ返ってくる。
それじゃあここは桐谷くんの部屋で、桐谷くんのベッドっていうこと……?
まさか倒れた私をわざわざここまで運んでくれたんだろうか。


「あれ、桐谷くん、学校は?」
「サボった」
「え!? ご、ごめんね、私のせいで……!」


もしかしなくても私、彼にとんでもない迷惑をかけているのではないか。
そのことに気づいてどんどん焦る私とは対照的に、目の前の彼はおかしそうに笑った。


「べつによくサボってるから気にすんな。それに倒れたヤツほっとく方がやばいだろ」
「桐谷くん……」


温かさに触れて涙がぽろぽろとこぼれていく。
自覚があまりなかっただけで心身は結構疲れていたのか、いつも緩い涙腺がいつも以上に緩くなっている。

これでは彼にもっと迷惑をかけてしまう。
涙を止めなきゃと焦っていると、桐谷くんがベッドに腰掛けた。


「そんな泣いてると目腫れるぞ。泣き虫だな」


そう言って私の目元に触れる。
言葉はキツいのに、声音も表情も仕草も優しい。
それがまた温かくて嬉しくて、涙は止まるどころかあふれる一方だ。


「……桐谷くん、泣いてる女の子慰めるの上手くなったね」
「早坂がよく泣くからな」
「私のおかげ?」
「そうだよ」


冗談めかしたやりとりが面白くて、思わずふふっと笑ってしまう。
目の前の彼も一緒に笑っているのが見えて心の奥がじんわりと温かくなる。
あんなに重たかった気持ちが少しづつ軽くなっていく。


「あ、そうだ。ゼリー食う?」
「うん、食べる。ありがとう」


渡されたのはオレンジ味のゼリー。
その色には見覚えがあった。


「これ、桐谷くんが好きなやつ?」
「そうだけど、なんで?」
「遊園地行ったときオレンジジュース飲んでたから好きなのかなって」


思ったことをそのまま言っただけなのに、桐谷くんはにやにやした顔で笑う。


「へー、早坂サンはそんなとこまで見てるんだ」
「えっ!? 友だちの好きなものを知りたいって普通、だよっ」


だよね? と不安になって心の中で自問自答する。
気になる桐谷くんの反応は、一瞬の間が空いたあと口元を綻ばせた。


「ほら、病人はゼリー食ってそろそろ寝ろ」
「えっ、でも」
「べつになんもしねえよ」
「ち、違うよっ、心配してるのはそんなんじゃなくて――」
「はいはい、俺がいいって言ってんだからいいの。お前はもっと甘えることを覚えろ」


少し強引だけれど、それは彼の優しさでもあって。
私は最近ずっと桐谷くんに助けられ続けている。


「……ありがとう」
「ん。夕方になったら家まで送るから」


さすがにそこまでしてもらうのは申し訳ない。
だけどそう伝えたって彼はきっと「いいから」と言うだろう。

今度、桐谷くんにたくさんお礼しよう。
そう心に決めて今日は甘えさせてもらうことにした。

ゼリーの容器を開けて、スプーンですくう。
もぐもぐと食べている間も桐谷くんは動く気配がなく、ずっと私を見てくる。


「……えっと、ずっと見られてるのは恥ずかしい、かな」
「じゃあ部屋出て行ったほうがいい?」
「……ええっと」


言葉に詰まると、目の前の彼は「ははっ」と声を上げて笑った。


「早坂、嘘つくの下手になった?」
「えっ!?」
「俺でいいなら寝るまでそばにいるよ」


そう言って微笑む桐谷くんはなんだかいつもより優しげに見えてドキッとする。
だけど同時にどうして本音がバレたのかわからなくて焦った。


「ええっと……」
「早坂って意外と素直じゃないところもあるんだなー」


知らなかったとわざとらしげに話す桐谷くん。
それが恥ずかしくてムカッときてしまうのに、もういいやとなげやりな自分もいて。


「……そばにいてほしい、けど」
「けど?」
「……あんまり寝顔は見ないでほしい。恥ずかしい……から」
「ははっ、わかったよ」


そんなの今さらだろと言われるかと思ったけれど、意外にも快諾された。
ツッコまないでおこうと心の底にしまってくれたんだろうか。

そんなことを頭のすみで考えながらゼリーを食べ終わってベッドに寝転ぶと、急激な眠気に襲われる。
うつらうつらしている意識でもそばにいてくれているとわかる彼のぬくもりにほっとした。


「……おやすみ」


彼の言葉に返事できないまま深い眠りに落ちた。





「――てるの?」
「――えよ」
「じゃあ――」
「――は早坂に――」


誰かが話している声で意識が浮上する。
まだ眠たいけれど体の意思に逆らわず目を開けると、心配そうに私を見ているひまわりちゃんと目が合った。


「結衣!」
「ひまわりちゃん? どうして……」
「ひまわり声大きいよ、結衣しんどいんだからね」
「でもゆいぴー目ぇ覚めてよかったよ~」
「だからさっき起きてゼリー食ったって言ったろ」


部屋の中にはひまわりちゃんだけじゃなく、七瀬ちゃんや瑠々ちゃん、桐谷くんもいた。
なんだかみんながこうして話しているのを見るのは変な感じだ。
いやまず、私が桐谷くんの部屋にいることが変なんだけれど。


「うるさくしてごめん! だけど結衣が倒れたって聞いて心配だったんだよー!」


私の手をぎゅっと握ってそう話すひまわりちゃんの表情にいつもの笑顔はない。

心配かけちゃったな……
そう思いながら体を起こすと、時計が目に入る。
時刻はもう夕方で授業は終わっている時間だ。


「ひまわりちゃんこそ大丈夫? 今日は学校行ったの?」
「全然大丈夫! ちょー元気! 学校終わってからみんなで結衣の様子見に来たの」
「そっか……」


ひまわりちゃんの様子を見るに、体調は本当にいいみたいだ。
昨日はどうなることかと思ったけれど心底ほっとする。


「結衣は体調どう?」
「私ももう元気だよ、心配かけてごめんね」


ひまわりちゃんと同じでその言葉に嘘はない。
食べてたくさん寝たからか、朝と比べると体が軽く感じる。
頭痛も吐き気も寒気もない。

心配そうに私を見るみんなに安心してほしくて微笑みかける。
すると瑠々ちゃんが口を開いた。


「ゆいぴーの体調いいみたいだから聞きたいんだけど、ゆいぴーと桐谷くんは付き合ってるの?」
「えっ?」


突然投げかけられた質問に驚いて思わず声が出る。


「ちょっと瑠々」
「瑠々にとっては大切なことなの。だから今聞きたい」


そう話す瑠々ちゃんの表情は真剣だ。
そりゃそうだ、だって瑠々ちゃんは――

チクチクと心が痛むけれど、これはきっともうそういうことなんだ。
彼女が真剣なら私も真剣に向き合わなければ。


「ううん、付き合ってないよ」
「ほんと?」
「ほんとだっつの、俺もさっき付き合ってねえって言っただろ」
「瑠々はゆいぴーの口からちゃんと聞きたかったの!」


威嚇するような大きな声にドキリとする。
ふたりはなんだか険悪な雰囲気だ。
瑠々ちゃんはイケメンの前だと機嫌がいいのに珍しい。
あっけにとられていると、瑠々ちゃんはぽつりとこぼした。


「だって、なーちゃんからゆいぴーが倒れたって聞いてびっくりして、そしたら桐谷くんの家にいるから大丈夫とか言われて……ふたりって全然なかよくないのに大丈夫じゃなくない? って心配になって。だってさ、ゆいぴー瑠々たちの前でも甘えられないのに、なかよくない人の前でなんかしんどくても絶対甘えられないでしょ?」
「瑠々ちゃん……」


まさか彼女がそこまで考えてくれているとは思わなかった。
気分屋で言葉がキツイこともたくさんあるけれど、彼女は愛にあふれている人なのだと改めて気づかされる。


「でもさでもさ、ゆいぴー秘密主義だし、もしかして瑠々が知らないだけで付き合ってたりするのかなって、そしたらゆいぴーも甘えられるでしょ。だけどそしたら――」


そこで彼女の言葉は途切れる。
だけど私にはそのあとの言葉がわかってしまった。
いや、きっと桐谷くん以外のみんな全員が気づいているだろう。

だって昨日瑠々ちゃんから、桐谷くんのことを好きになったと聞いたばかりだから。
そのときの私は何も言えなかった。

『実は私も最近桐谷くんのこと気になってるんだよね』
なんて、瑠々ちゃんを傷つける勇気も、彼との関係の全部を話す勇気もなかったから。

桐谷くんとは本当に付き合ってない。
だけど今の瑠々ちゃん視点からするとどうだろう。
いつも通り恋バナのつもりで好きになった人を報告して、みんなに応援してもらって。
でも応援してもらっていたと思っていた友だちが実は、自分の好きな人と付き合っていたかもしれなくて。

それならばなぜ、自分が彼のことを好きだと言ったときに何も言ってくれなかったのか。
友だちだと思っていたのに、思っているから好きになった人を伝えたのに――

ああ、こんなの裏切りだ。
瑠々ちゃんは私の言葉を信じてくれただろうか。

桐谷くんとは本当に付き合ってなんかないのに、今の私は怪しすぎる。
だって彼女には隠し事をしているから。
私も桐谷くんのことが好きだってことも、今までの彼との出来事も関係も全部。

話さないと。
嫌でも怖くても話さなければ、彼女との縁が切れてしまう――


「家が近いだけだ」
「え?」


重苦しい空気の中、突然凛とした声が響く。
みんなが視線を向けても桐谷くんは物怖じせず続ける。


「早坂とは家が近いんだよ。だから登校するときに倒れたコイツを見かけて助けた。仲が良くなくても倒れてるクラスメイトがいたらフツー助けんだろ」
「それ、さっきも聞いた……」
「丸江が疑うからもう一回言ってやってんだよ!」


じとっとした目線の瑠々ちゃんにキレる桐谷くんはなんだか物珍しい。
ぽけっとしていると、「でもさあ」とひまわりちゃんが話す。


「倒れたからってただのクラスメイトを自分の家に上げるかって疑問なんだよね、瑠々は」
「えっ、た、たしかに……?」
「お前はどっちの味方なんだよ!」


思わず同意してしまうと桐谷くんはこっちにもキレてきた。
ごめんと謝るとさっきの瑠々ちゃんのようにじとっとした目つきで睨んでくる。

だって本当にどうして彼が私を家に上げてまで看病してくれたのかわからないんだもん……!

これも桐谷くんの普通なんだろうか。
彼が私の願い通り、私たちのことを秘密にして、かばってくれているお礼がしたいけれど、あいにくなにもいい言葉が浮かんでこない。


「あー、だからさあ……」


どうしようと焦っていると、桐谷くんも頭をがしがしと掻いて困っているようだった。

……ほんと、だめだなあ。
毎日嫌でもぽんぽん嘘をついて、言葉を壁にして自分を守っているくせに。
彼にはいつも助けてもらっているのに、彼が困っているとき私はなにも力になれない。

ああもうやだ。
ただの情緒不安定なのか、熱のせいなのかわからないけれど、また視界が滲む。


「因果応報」


涙がこぼれてしまいそうになったとき、七瀬ちゃんの声で顔を上げた。
みんな意味がわからないと言いたそうな顔をしている。
七瀬ちゃんにとっては予想通りの反応だったのか、そんなことは気にしない様子で口を開いた。


「悪いことをしたら悪いこと、いいことをしたらいいことが返ってくる」
「それ授業で習ったやつだー! そっか、結衣はいいひとでいいことをいっぱいしてるから――」
「そう。倒れたときも偶然優しい桐谷が拾ってくれて、その桐谷はただのクラスメイトでも自分の家に上げて手厚く看病してくれるすっごく優しい人だった。それだけでしょ。違う?」
「いや、違わねーけど……」


そう答える桐谷くんは七瀬ちゃんの言葉に同意しながらもどこか不満そうだ。
だけど瑠々ちゃんはさっきの説明で納得したのか「そっか……」とこぼす。
そして私を見て目を見開いた。


「えっ! どうしたのゆいぴー! やっぱりしんどい!?」
「あ、ちがうの、これは、私ってほんとだめだなあって自己嫌悪で……」


手で涙をぬぐうと、こちらを見る鋭い視線に気づいた。


「うん、だめだね」
「えっ」
「ちょっと、七瀬!?」


ひまわりちゃんが七瀬ちゃんを止めようとするけれど、それは叶わない。
ベッドに近づいてきたと思ったら彼女はしゃがんで私と目線を合わせた。

目つきは鋭くて、真剣で、少し怖い。
だけどそらすことなんてできなくて、そのまま七瀬ちゃんの言葉を聞く。


「結衣。あたし、電話先であんたが倒れたとき死ぬほど心配したよ。それはそのことをあとから知ったひまわりや瑠々もそうだし、こうして看病してくれた桐谷だってそうだと思う」


ちらりと後ろにいるひまわりちゃんたちを見る。
みんな静かに七瀬ちゃんの話を聞いていた。


「しんどいって思ったなら無理しなくていいの。学校だって来なくていい。倒れる前に誰かに甘えて、頼って。……それはひまわりも一緒だからね」
「はっ、はいいっ!」


突然名前を呼ばれたひまわりちゃんはぷるぷると体を震わせた。
それくらい七瀬ちゃんは怖くて、優しかった。


「人間、完璧なヤツなんていないの。どこかしらはダメなところがあるの。結衣はいいひとで人気者だけど、ダメなところももちろんある。あたしらはダメなところも含めて結衣が好きだから一緒にいるの。いつも何をそんなに怖がってるのかあたしにはわからないけど、倒れちゃうくらいなら隠さないでよ」

「え……」


ぽたり、と涙が落ちる。
胸に熱いなにかがこみあげてくる。
それを止めることなんてできなくて。


「そ~そ~! だってさあ、ゆいぴーは瑠々の嫌だなって思う部分、正直言うとあるでしょ? それでもいつも一緒にいてくれるじゃん、それと一緒だよ~」
「うんうん! 友だちってそういうものだよ!」


にこっと笑うふたりの笑顔がまぶしくて、また涙が出る。

……そっか。
友だちって、そうなんだ。
3人はそんな風に思ってくれていたんだ。

中学生のときの出来事がトラウマで、自分は自分のままだと愛してもらえないのだと勝手に決めつけていた。
だから自分を偽って、だめなところを隠して、迷子になって。

だけど結局、言うほど自分のことを偽れていただろうか。


「……私、ほんとはだめなところばっかりなの」
「うん。あたしもだよ」
「みんなにいっぱい嘘ついてる」
「瑠々もよく嘘つくよ~」
「愚痴だっていっぱい言っちゃう」
「わたしもわたしも!」


そんなことないよ、という否定ではなく、それでいいのだという肯定と共感。
そんなみんなの言葉が、優しくて温かくて苦しくて嬉しかった。


「うう~……どうしてみんなそんなに優しいの」
「そりゃもちろん」
「ゆいぴーがみんなに優しいから!」
「だね!」


3人に微笑まれて、本格的に涙が止まらなくなった。
声を上げて子どものように泣きじゃくる私を見て、引くどころか笑いながら慰めてくれる七瀬ちゃんたちは本当に私の友だちなのだと、この人たちと友だちでよかったと、心の底から思った。





「やばっ、もう真っ暗じゃん!」


やっと涙が止まって気持ちが落ち着いたときには、結構な時間が流れていた。


「さすがにそろそろ帰らないとね。桐谷もごめんね、こんな時間までお邪魔して」
「べつにいいよ、どうせ親帰ってくんの遅いし」


そう言うと私をちらっと見る。


「早坂、家まで送る」
「えっ、ありがとう……でももう元気だし大丈夫だよ」


そうだ、そういえば寝る前に言ってくれていたなと思い出す。
あのときは本当にしんどかったしありがたかったけれど、今は全然元気だし――


「瑠々が送る」
「えっ?」
「はあ?」


突然の言葉に桐谷くんが眉をひそめる。
美形の人は怒った顔まできれいだけれどそのぶん怖い。


「ゆいぴーと一緒に帰りたいの、だから瑠々が送る」
「はあ……じゃあ勝手にすれば」
「うん。瑠々、ゆいぴーとふたりきりがいいから桐谷くんついてこないでね」
「はあ? なんなのお前」


また険悪な雰囲気だ。
瑠々ちゃんは桐谷くんのことが好きだと言っていたけれど、私には全くそういうふうには見えない。
彼女は好きになった人にはぶりっこであざとくて、とにかく甘い態度のイメージなのに。


「結衣が困ってるよ」
「あ~っ、ごめんねゆいぴー。桐谷くんじゃなくても瑠々が無事におうちまで送り届けるからね!」
「えっ、あ、ありがとう……?」


正直なにがなんだかわからない。
ここで私が瑠々ちゃんの申し出を断ってもややこしくなるだけかもしれない。
そう思って彼女の言葉に甘えることにした。

荷物をまとめて、みんなで玄関まで移動する。
見送りに来てくれた桐谷くんの顔を見ると、機嫌はまだよくなっていないということがわかった。
彼にはたくさん助けてもらったのに嫌な気分にさせて申し訳ない。
話しかけるのはいつもより勇気が必要だったけれど、自分を奮い立たせた。


「桐谷くん、ほんとにいろいろありがとう。たくさん迷惑かけちゃってごめんね」


べつに、とまた怒らせてしまうかも。
そう思ったけれど、予想外にも彼は表情を緩めた。


「ん、いいよ気にしなくて。気を付けてな、お大事に」
「うん、ありがとう」


彼の機嫌が直ってほっと安心する。
笑顔でばいばいと手を振って、そのまま扉が閉まった。


「じゃあ帰ろっか! 結衣の家どっち?」
「あ、私はこっち」
「あたしらこっちだからここでバイバイだね」
「そっか……七瀬ちゃん、ひまわりちゃん、ふたりとも本当にありがとう」


ぺこりと頭を下げると、ぽんぽんと優しく撫でられた。


「いーよ。じゃまた学校でね、結衣」
「おだいじにー!」


ふたりが歩いていくのを手を振りながら見送る。
そうしてしばらくすると、隣にいた瑠々ちゃんが私の手を握った。


「瑠々たちも帰ろ~!」
「うん。瑠々ちゃんも本当にありがとう。送ってもらっちゃってごめんね」
「いいよいいよ~」


てくてくと街灯に照らされた道を歩く。


「それにね、瑠々、ゆいぴーと話がしたかっただけなの」
「え?」


思わず彼女の顔を見る。
すると優しく微笑まれた。


「ほら、やっぱりふたりじゃないと話しにくいかなって」


それはやはり大切な話があるという前振りで。
ドキリとしながらもグっと覚悟を決める。


「ゆいぴー、ほんとに桐谷くんと付き合ってない?」


瑠々ちゃんの口から告げられたのは予想通りの内容だった。
さっきは誤魔化してしまったけれど、今度こそは。
震えている手をぎゅっと握って口を開いたとき、瑠々ちゃんの方が先に「あははっ」と笑い声をもらした。


「何回もごめんねえ。だけどさ、やっぱりなにか隠してるんじゃないかな~って思ったの。瑠々のこと気にしてるならほんとに大丈夫だよ。友だちの彼氏はどんなに好きでもとらないって決めてるから。だからこそほんとのこと聞きたいの」

「え……?」


そんなこと初めて聞いた。
瑠々ちゃんはイケメンなら誰でもいいのかと思っていたけれど、まさかそんな信条があったとは驚いた。


「あ~! ゆいぴー、今失礼なこと考えてない!?」
「えっ、ご、ごめんね!」
「謝るってことは当たってるんだあ」
「う、瑠々ちゃんがそんなふうに考えてたの知らなかったから……」
「ふふ、いいよ~。そう思われるだろうなって自覚あるもん」


そう言って優しく笑う瑠々ちゃんは、なんだかいつもより大人に見える。
その人のことをよく知っていると思っていても、やっぱり見たことのない一面というのはあるんだなあ。

瑠々ちゃんは私が思っているよりもずっと大人な考えができる人だった。
そして人を愛すことがどんなことか、ちゃんとわかっている人。

私は彼女と出会った当初、恋愛脳で気分屋で子どもっぽい彼女のことが苦手だった。
だけど今は違う。
違うからこそ、瑠々ちゃんが真剣に向き合ってくれている以上、私もそうしなければならない。

私はまだ、彼女との縁を切りたくないから。
すっと大きく息を吸って、勇気を出して声を出した。


「私、桐谷くんと付き合ってないよ」


きらりと彼女と目が合う。


「だけど、私も桐谷くんが好きなの」


きれいな色が塗られたまぶたがピクリと動く。
そして薄茶色の瞳をじっと見つめたまま続けた。


「瑠々ちゃんが話してくれたとき、言い出せなくてごめんなさい。あのとき、桐谷くんのこと気になってはいたけど、好きかどうかわからなくて、それに怖くて……言えなかった」


正直今でも怖い。
彼のことを好きにはなりたくなかった。
だけどもう自分の気持ちにも、彼女の気持ちにも逃げるわけにはいかないのだ。
ドキドキしながら瑠々ちゃんの返事を待っていると、にこりと微笑まれた。


「そっか。教えてくれてありがとね、ゆいぴー」
「えっ、怒らないの?」
「怒らないよお。てゆーかべつに、友だちとおんなじ人を好きになったからって言わなきゃいけないルールなんてないし~。無理やり言わせちゃってごめんね?」
「べつに無理やりとかじゃ……!」


焦って言葉を詰まらせると、瑠々ちゃんにぎゅっと手を握られる。
温かくて落ち着く温度だ。
彼女なりにずっと気を遣ってくれているのだと思うと心が温かくなる。


「……あのね、瑠々ちゃん」
「な~にゆいぴー」
「私、まだ隠してることあるの」
「教えてくれるの?」
「うん、聞いてくれる?」


いつもの笑顔で頷いてくれた彼女に安心する。
本当はこのことまで話すかどうかは迷ったけれど、瑠々ちゃんには知っていてほしいと思った。

だから全部話した。
桐谷くんとの関係も、ガレージでずっと相談に乗ってもらっていたことも、ふたりで遊園地に行ったことも。

瑠々ちゃんはずっと静かに聞いてくれていた。
だけど「……マジで?」とこぼした声がまるで別人で、これが彼女の素なのかもしれないと思うと少しおかしかった。


「ええ、瑠々が思ってた以上にゆいぴーがリードしてるんですけど~」
「り、りーど?」
「ゆいぴーの方が桐谷くんに好かれてそうってこと!」
「えっ、そうかな……?」


たしかにガレージで出会ったころと比べると仲良くなれているとは思う。
それに嫌われてはいないのでは、とも。
だけどだからといって自分の方が有利だとは思えなかった。

今日瑠々ちゃんと話していた桐谷くんはたしかに言葉はキツかったけれどいきいきしていたし。
それに私みたいな言いたいことも言えない女より、自分の意見をちゃんと言える瑠々ちゃんの方が彼は好きそうだ。

そんなことを頭の片隅で考えていると、ふふっと笑う声が聞こえた。


「じゃあ、瑠々たちはライバルってことでい~い?」
「え、ライバル……?」
「そ~! お互い桐谷くんの彼女になれるようにがんばるの!」


自分磨きのためにダイエット報告しあったりとか、桐谷くんの有力情報知ったら教え合ったりとか。
そう言葉を続ける瑠々ちゃんにまたじんわりと心が温かくなる。


「……ライバルってもっとバチバチしてるイメージだよ」
「バチバチもするの~! 抜け駆けしたら殴り合いだよ!」
「えっ、じゃあ私瑠々ちゃんに殴られる……」
「今回のはトクベツに許してあげる!」


きらきらと星が瞬く夜、私たちの声が響く。
絶縁でもされるのではないかと思っていた自分の秘密は、他人にとっては意外とちっぽけなもので。
瑠々ちゃんとの切れかけていた縁をぎゅっと結びなおせたことに心の底から安堵した。