月末の水曜日が楽しみになっている自分に驚いている。女が欲しかっただけといってしまうと身も蓋もないが、確かにそうだったかもしれない。

紗恵を抱きしめたときの肌の触れ合いと肌の温もり、脚を絡ませたときの感触、抱きつかれたときの腕と手と指の感触が忘れられない。月1回のことだけだから恋しさが募るのか? 真似事の「恋愛ごっこ」のはずが、引き込まれてしまっている。もう抜け出せそうにない。

芳江とも結婚前にこういう関係があったと思うが、こんなに仕事が手につかないほどではなかったように思う。あの時はもっと芳江に入れ込んでいたかもしれないが、思い出せないだけかもしれない。すでに紗恵の上書きが進んでいるのかもしれない。

芳江と紗恵は知り合った時期は違っているので直接比較はできないが、もし同時に二人に合っていたらどうだろう。どちらに惹かれただろう。でも芳江とのことがよく思い出せないので分からない。紗恵との心地よい関係は相性が良いからか? 分からない。

紗恵は僕のことをどう思っているのだろうか? この前に会ったときは間違いなく楽しみに待っていてくれた。

今日はいつもより宿に早めに着いた。きっと会いたい気持ちがそうさせたのだと思う。まだ、4時前だった。紗恵も着いていた。紗恵は食堂にいた。僕を見つけると飛んできた。

「いつもより早く着いてしまいました。二人で岬の方へ行ってみませんか?」

僕は荷物を部屋に置いてすぐに玄関へ戻った。それから二人で岬の方へ向かった。宿から見えなくなるところまで来ると、二人はどちらからということもなく手を繋いだ。

そして岬の突端までくると、抱き合ってキスをした。お互いをむさぼるような激しいキスが続く。そして気持ちが落ち着くまで抱き合っていた。

「会いたかった」

「僕もどうしてこんなに逢いたくなるのか分からないんだ」

「紘一さんと死んだ夫と比較したくはないけど、彼とはこういう気持ちにはならなかったように思います」

「実は僕もそうなんだ。別れた妻とはこんな気持ちにはならなかったような気がするんだ。でもそれを思い出せないだけなのかもしれないけど」

「私は今がそうならそれで良いと思っています。今の気持ちに素直になればよいと」

「そうかもしれないね。昔のことと比べてもなんにもならない。今が大切だと思っています。それでどうかな、会う間隔を短くしてみたらと思ったのだけど、次に会うのを2週間後にするとか」

「それも良いかもしれません。会えない期間が長いから会いたくなるのか分かりますね」

「2週間後に市内のホテルで夕食を一緒に食べて一泊するというのはどうですか?」

「そういうのもいいですね。まさに『恋愛ごっこ』ですね」
 
「これまであえて聞きませんでしたが、携帯番号とメルアドの交換をしませんか? いつでも連絡がとれるように」

「ええ、LINEでもお友達になりませんか?」

「そうしましょう」

僕は携帯番号を聞くのを遠慮していた。ここへ来れば会えるし、こんな気持ちになるとは思っていなかったからだ。今、番号を交換してより親密になれた気がしている。彼女もそう思っているようだった。

オーナー夫妻を気にしている訳ではないのだけれど、宿が近くなると二人は繋いでいた手を放した。ママさんが夕食の準備をしている。

「お風呂に入れますから入ってください」

紗恵に促されて僕が先に入ることになった。浴室の外は木々の林が続いている。まだ外は明るい。湯船に浸かって疲れを落とすが、少し前に抱きしめた紗恵の感触が腕や胸に残っている。

僕がお風呂から上がると紗恵がすぐに入っていった。僕は部屋で一休みする。2週間後はどこで会おうか? そんなことを考えていた。

夕食の準備ができたとの案内で食堂へ降りていくと紗恵が座って待っていた。同じテーブルに配膳されていた。紗恵は髪をアップにしている。白いうなじが眩しい。ビールで乾杯して食べ始める。

「先ほどのデートについてだけど、僕が2週後の水曜日の場所を予約して事前にお知らせすることでよろしいですか? もし都合がつかなければ変更します」

「それでお願いします。楽しみにしています。それと『恋愛ごっこ』ですから、費用は折半にして下さい。気兼ねなく楽しみたいので、是非そうしてください」

「そうおっしゃるならそうしましょう」

それから二人のそれぞれのここ1カ月の日々の生活の話をした。二人とも子供の世話と家事と仕事で忙しいことが分かった。だからこそ、こうした時間を大切にしたいこともよく分かった。

それから二人はラウンジへ行って、思い切り歌った。なぜか二人ともそうしたかった。オーナー夫妻は黙って僕たちの歌を聞いてくれた。歌い疲れて二人は部屋に戻ってきた。そして紗恵の部屋で愛し合った。

二人は時間を大切にしたかった。疲れ果てて眠りに落ちるまで愛し合った。そして目が覚めるとまた愛し合った。やはり翌朝はドアをノックされて起こされるまで眠っていた。

こんな欲望というか本能のままのような逢瀬での二人で良いのだろうか? 宿を立つときに僕は思ったが、今はしたいようにするだけ、自分に素直になっていようと思った。現実から彼女の中に逃げ込みたかったのかもしれない。でもこれが現実だ。迷いは少しもない。「恋愛ごっこ」をこれからも続けて行こう。