ラムくんからは、いつもフルーティーな香りがした。
香水を使っているとか、ジュース屋さんでアルバイトしているとか、そういう理由ではない。
ただ単純に、人工香料を使ったおやつが好きだという、ごく普通の高校生らしい理由だった。
……ラムくん、というのはあだ名だ。
洋平、という名前の中に。羊、という漢字がある。
だから子羊を意味する『ラム』が呼び名になったのだと、彼は言っていた。
「俺、カタカナ好きなんだよね。爽やかで、イケてるって感じする。テンションも上げ上げになる。」
「そうなんだ。」
「あ、でも、冴子ちゃんは、古びた感じの日本語が好きなんだっけ。」
「うん。心が落ち着くから。」
昔の、私には。
想像がつかなかっただろう。
ラムくんと恋人になるなんて。
私は言ってしまえば堅物というヤツだったので、ラムくんのようなタイプの人と付き合い始めることにひそかな抵抗を持っていた。
放課後に友だちとおやつを食べに行ったり。休みの日に遊園地に行ったり。はたまたマニキュアにチャレンジしたり、耳にピアス穴を開けてみたり。煌びやかな虹のような、けれどひらひら表面的で軽薄に見える行動の数々。
そんな人と私は、住む世界が違う。
決して交わることなどあり得ない。
そう、思っていた。
私は空を見上げる。
ラムくんと、手を繋いで。
「……全然、星が見えないんだね。」
「都会の夜はこんなもんだよ。……っていうか、冴子ちゃんは生まれも育ちもこの街だよね?」
「そうだけど、日が暮れるまでの時間を門限にして過ごしてきたから。」
「えっと……、高校生なのに?」
「うん。」
「………大丈夫?冴子ちゃんの親厳しすぎない?」
「いやいや、自分で守ってたことだから。親はむしろ放任主義なんだよ。」
「へえ……」
私は今宵、人生で初めて夜のデートを行なっていた。
ついさっきのことだった。“今夜予定空いてる?”と唐突に連絡が来て、慌てふためきながら“うん!”と返答し。そして今、二人で並んで夜の街を歩いている。
暗い夜道。
幕がかかったような灰色のアスファルト。怖い。今にもどこからか何かが現れそうで不気味な道路。
危ないだろうからと、避けてきた、暗い時間の外出。
赤ん坊にでもなってしまったかのような不安が付き纏っていて。
……でも、少し、わくわくしている。
ラムくんが、ふいに鞄から何かを取り出した。シャカシャカ、と振ってみせる。
「いちごグミ、いる?」
「……うん。」
それは、グミだった。
自分では絶対買わない、そして食べないお菓子。
コンビニエンスストアで購入されたらしい小さな可愛いプラスチックの袋をラムくんが取り出して、パカンと取り出し口を開いて。そして転がりでた丸い塊を、私はじっと見つめる。
……こんな時間に、おやつなんて。
時間外労働を強いられる胃腸さんに御免なさいを言って、後できちんと歯磨きすることを思い出さなければ。
そんなみみっちい色々なことを頭に巡らせながら、私は手を出す。
思いのほかぬるい感触が、ポトン、と私の手のひらに落ちてきた。
「どうぞ。」
「うん、ありがとう。」
ラムくんがいちごグミを食べる。
私も真似して、食べる。
真っ赤っかな味と香りが、鮮烈に舌と鼻を殴りつけた。咳き込みたいほど強烈な人工の香料の威力。まさに、いちご。いちご。いちご。いちご。
「ウマいでしょ。」と言うラムくんに「いちごだ。」と私が言うと、ラムくんは笑った。
「そりゃあ、いちごグミだしね。」
「鮮やかすぎて流れ星になったいちごを食べてるみたい。燃えてるよ、これ。」
「すごい表現だね。そんなに味濃い?」
「濃い。というか、強い。さすが人間様が工場で作り上げた味。自然には出せない機械的な芳香がツンとくる。」
「褒めてるのかなぁ、それ。」
「ちょっと罵倒が入ってるかも。」
「やっぱり。」
ラムくんは、おかしそうに笑った。だと思ったよ、冴子ちゃん、と。
そんな彼の耳には、ピアスが刺さっている。学校へ来る時はもちろん外しているけれど、こうしてデートに来る時はつけている。
……おしゃれって、こんな風にするものか。
私は思う。
……恋人相手には、こうやって非日常を演出してカッコつけるのか。
私は思う。
……でも、私は真似をしない。
私たちは正反対。
だけれど、それだからこそ惹かれあったのだ。
まるで磁石のS極とN極みたいに。
私はしみじみ香りの強すぎるいちごグミを噛みながら、「ラムくん、」と言った。
「ん?」
「やっぱり私、不良少年に惹かれる年頃の女の子だ。」
「なんだそれ!」
私の言葉が終わった瞬間、ラムくんは思い切り吹き出した。お腹が捩れるほど笑い転げて、静かな夜の街に澄んだ楽しそうな声を響かせる。
「今はまだ九時だよ?このくらいで不良って、冴子ちゃん、マジで言ってるの?」
「マジです。」
「あはは!こんな面白い高校生はなかなかいないよ!めっちゃいい!そういうところが大好きなんだよな、俺!」
ケタケタと笑う彼に、私が「あと、コンビニのいちごグミ食べるのも不良っぽい。」と付け足すと、少し収まりかけた彼の笑いがまた爆発した。
もう少し踏み込んで言えば、ピアス穴を開けてるのも不良っぽいし、首からさりげなく下げた金属ネックレスの先っぽに小さなドクロが付いているのも不良っぽい。というか、多分、いちごグミよりこっちの特徴の方が不良に近そうだ。
ぽっかりと浮いている月を見上げる。
星があまり見えない都会の空でも、健気に白く光っている月。
暗闇の不安に包まれるこの時間帯、あんな風に輝いてくれるものがあれば、みんなだいぶ安心するだろう。
ふと、私は思う。
————ラムくんは月みたいだ。
……と。
彼は、私にとっての、月。
夜の道を、コンビニのスナックを食べる道を、おしゃれする道を、輝きながら歩いている彼。
私はちょっと憧れて、そうしてラムくんの手を取った。
今ではもう、彼のやることなすことの全てが、小さな白い光に包まれているように見える。
……ああ、そうだ。
認めよう。
つまり、恋に落ちているのだ。私は。
ずっと前から、ラムくんの恋に落ちていた。心臓を射抜かれたように、目を光に灼かれたように、とても綺麗な恋を私はしている。
「不良少年に惹かれる女の子、ねぇ……」
ラムくんが、ふいに言った。
その時。その横顔が、不思議に寂しそうで。私はあれっと彼の顔を見た。
「……そんなこと言ったら、俺のほうが、よっぽど乙女だよ。」
「……ラムくん?」
ラムくんの手が、夜にかざされる。
「もう、バカだよ、俺は。」
「………。」
「あーあ、ヤバいよ俺。ほんっとに、もう。やっちまったぞーっていうか。タイムスリップできるんなら、過去の俺をぶん殴りたい。」
……ラムくんは、一体何を言ってるんだろう。
私は思った。
けれど、わからない。
ただ、ラムくんの悔しそうな表情だけが、泣きそうな顔だけが、私の目に入る全てで。
「————ごめん。冴子ちゃん。」
だから。
私は目を見開いた。
「俺、最後にキミとデートがしたくって、それで……」
……気付けば、ラムくんの姿はかき消えていた。
え、と。
何の意味もない音が、私の口からこぼれ落ちる。
あたりにはただ、いちごのフルーティーな匂いだけが甘ったるく漂っていて。
「ラム、くん……?」
ラムくんの姿は、どこにもない。
夜道には、月明かりに照らされた私の影が一つ、黒く伸びている。
呆然として、私は立ち尽くした。
*
結論を言えば。
ラムくんが、バイク事故で亡くなっていた。
私をデートに誘っていたはずの時間にはすでに、息を引き取っていたそうだ。
「あの馬鹿が……だからあの子らとは関わるな言うとったのに……」
事情を伝えてくれたラムくんの母親は、私にそう言った途端、大声を上げて泣きくずれた。
事故で死んだのは二人。
ラムくんと、部活の先輩。
先輩の運転するバイクに二人乗りで乗っかっていて、事故が起きたので二人とも死んだ。
横倒しになったバイクはグチャグチャで、原型を留めていなかったそうだ。
————あの先輩、みんな誤解するけど、けっこういい人なんだよ。
———貧乏な家族のためにバイトしてるし。
—————ヤンキーと喧嘩とかすることもあるけど、弱い者いじめとか絶対しないし。案外クールだよ、あの人。
ラムくんの声が、蘇る。
不良に惹かれたのは。
危険な香りに近づいたのは。
ああ。
それはまさしく……私ではなく、ラムくんの方だった。
悔しくて、やるせなくて、気付けば私は泣いていた。
バイク事故とか。無免許運転者に頼るとか。
一体何を馬鹿なことをやってしまったんだろう、ラムくんは。
あなたのせいだ。
あなたのせいで、私は月を失った。
せっかく見つけた、この世の何よりも尊いお月様を喪ってしまった。
「……馬鹿。」
最期に幽霊になって会いに来てくれたラムくん。
きっと他の誰よりも、自分で自分の選択を後悔していたラムくん。
いちごグミを食べること、ぐらいの不良っぽさで満足していればよかったのに、行ってはいけないところまで突き進んでしまった。
わかっていたはずなのに。
知っていたはずなのに。
若さゆえの過ちは、歳を取ることができなければ、思い出話にならないのだ。
「なんで死んじゃったの、ラムくん……」
私はきっと、覚えている。
二人だけの夜の記憶。
星の見えない黒い空。そして、そんな都会の暗闇を貫いた、鮮烈ないちごの赤い香り。
そう。
……これは。
ちょびっと不良に惹かれてしまった私たちの、ワンナイト・ラブストーリー。
香水を使っているとか、ジュース屋さんでアルバイトしているとか、そういう理由ではない。
ただ単純に、人工香料を使ったおやつが好きだという、ごく普通の高校生らしい理由だった。
……ラムくん、というのはあだ名だ。
洋平、という名前の中に。羊、という漢字がある。
だから子羊を意味する『ラム』が呼び名になったのだと、彼は言っていた。
「俺、カタカナ好きなんだよね。爽やかで、イケてるって感じする。テンションも上げ上げになる。」
「そうなんだ。」
「あ、でも、冴子ちゃんは、古びた感じの日本語が好きなんだっけ。」
「うん。心が落ち着くから。」
昔の、私には。
想像がつかなかっただろう。
ラムくんと恋人になるなんて。
私は言ってしまえば堅物というヤツだったので、ラムくんのようなタイプの人と付き合い始めることにひそかな抵抗を持っていた。
放課後に友だちとおやつを食べに行ったり。休みの日に遊園地に行ったり。はたまたマニキュアにチャレンジしたり、耳にピアス穴を開けてみたり。煌びやかな虹のような、けれどひらひら表面的で軽薄に見える行動の数々。
そんな人と私は、住む世界が違う。
決して交わることなどあり得ない。
そう、思っていた。
私は空を見上げる。
ラムくんと、手を繋いで。
「……全然、星が見えないんだね。」
「都会の夜はこんなもんだよ。……っていうか、冴子ちゃんは生まれも育ちもこの街だよね?」
「そうだけど、日が暮れるまでの時間を門限にして過ごしてきたから。」
「えっと……、高校生なのに?」
「うん。」
「………大丈夫?冴子ちゃんの親厳しすぎない?」
「いやいや、自分で守ってたことだから。親はむしろ放任主義なんだよ。」
「へえ……」
私は今宵、人生で初めて夜のデートを行なっていた。
ついさっきのことだった。“今夜予定空いてる?”と唐突に連絡が来て、慌てふためきながら“うん!”と返答し。そして今、二人で並んで夜の街を歩いている。
暗い夜道。
幕がかかったような灰色のアスファルト。怖い。今にもどこからか何かが現れそうで不気味な道路。
危ないだろうからと、避けてきた、暗い時間の外出。
赤ん坊にでもなってしまったかのような不安が付き纏っていて。
……でも、少し、わくわくしている。
ラムくんが、ふいに鞄から何かを取り出した。シャカシャカ、と振ってみせる。
「いちごグミ、いる?」
「……うん。」
それは、グミだった。
自分では絶対買わない、そして食べないお菓子。
コンビニエンスストアで購入されたらしい小さな可愛いプラスチックの袋をラムくんが取り出して、パカンと取り出し口を開いて。そして転がりでた丸い塊を、私はじっと見つめる。
……こんな時間に、おやつなんて。
時間外労働を強いられる胃腸さんに御免なさいを言って、後できちんと歯磨きすることを思い出さなければ。
そんなみみっちい色々なことを頭に巡らせながら、私は手を出す。
思いのほかぬるい感触が、ポトン、と私の手のひらに落ちてきた。
「どうぞ。」
「うん、ありがとう。」
ラムくんがいちごグミを食べる。
私も真似して、食べる。
真っ赤っかな味と香りが、鮮烈に舌と鼻を殴りつけた。咳き込みたいほど強烈な人工の香料の威力。まさに、いちご。いちご。いちご。いちご。
「ウマいでしょ。」と言うラムくんに「いちごだ。」と私が言うと、ラムくんは笑った。
「そりゃあ、いちごグミだしね。」
「鮮やかすぎて流れ星になったいちごを食べてるみたい。燃えてるよ、これ。」
「すごい表現だね。そんなに味濃い?」
「濃い。というか、強い。さすが人間様が工場で作り上げた味。自然には出せない機械的な芳香がツンとくる。」
「褒めてるのかなぁ、それ。」
「ちょっと罵倒が入ってるかも。」
「やっぱり。」
ラムくんは、おかしそうに笑った。だと思ったよ、冴子ちゃん、と。
そんな彼の耳には、ピアスが刺さっている。学校へ来る時はもちろん外しているけれど、こうしてデートに来る時はつけている。
……おしゃれって、こんな風にするものか。
私は思う。
……恋人相手には、こうやって非日常を演出してカッコつけるのか。
私は思う。
……でも、私は真似をしない。
私たちは正反対。
だけれど、それだからこそ惹かれあったのだ。
まるで磁石のS極とN極みたいに。
私はしみじみ香りの強すぎるいちごグミを噛みながら、「ラムくん、」と言った。
「ん?」
「やっぱり私、不良少年に惹かれる年頃の女の子だ。」
「なんだそれ!」
私の言葉が終わった瞬間、ラムくんは思い切り吹き出した。お腹が捩れるほど笑い転げて、静かな夜の街に澄んだ楽しそうな声を響かせる。
「今はまだ九時だよ?このくらいで不良って、冴子ちゃん、マジで言ってるの?」
「マジです。」
「あはは!こんな面白い高校生はなかなかいないよ!めっちゃいい!そういうところが大好きなんだよな、俺!」
ケタケタと笑う彼に、私が「あと、コンビニのいちごグミ食べるのも不良っぽい。」と付け足すと、少し収まりかけた彼の笑いがまた爆発した。
もう少し踏み込んで言えば、ピアス穴を開けてるのも不良っぽいし、首からさりげなく下げた金属ネックレスの先っぽに小さなドクロが付いているのも不良っぽい。というか、多分、いちごグミよりこっちの特徴の方が不良に近そうだ。
ぽっかりと浮いている月を見上げる。
星があまり見えない都会の空でも、健気に白く光っている月。
暗闇の不安に包まれるこの時間帯、あんな風に輝いてくれるものがあれば、みんなだいぶ安心するだろう。
ふと、私は思う。
————ラムくんは月みたいだ。
……と。
彼は、私にとっての、月。
夜の道を、コンビニのスナックを食べる道を、おしゃれする道を、輝きながら歩いている彼。
私はちょっと憧れて、そうしてラムくんの手を取った。
今ではもう、彼のやることなすことの全てが、小さな白い光に包まれているように見える。
……ああ、そうだ。
認めよう。
つまり、恋に落ちているのだ。私は。
ずっと前から、ラムくんの恋に落ちていた。心臓を射抜かれたように、目を光に灼かれたように、とても綺麗な恋を私はしている。
「不良少年に惹かれる女の子、ねぇ……」
ラムくんが、ふいに言った。
その時。その横顔が、不思議に寂しそうで。私はあれっと彼の顔を見た。
「……そんなこと言ったら、俺のほうが、よっぽど乙女だよ。」
「……ラムくん?」
ラムくんの手が、夜にかざされる。
「もう、バカだよ、俺は。」
「………。」
「あーあ、ヤバいよ俺。ほんっとに、もう。やっちまったぞーっていうか。タイムスリップできるんなら、過去の俺をぶん殴りたい。」
……ラムくんは、一体何を言ってるんだろう。
私は思った。
けれど、わからない。
ただ、ラムくんの悔しそうな表情だけが、泣きそうな顔だけが、私の目に入る全てで。
「————ごめん。冴子ちゃん。」
だから。
私は目を見開いた。
「俺、最後にキミとデートがしたくって、それで……」
……気付けば、ラムくんの姿はかき消えていた。
え、と。
何の意味もない音が、私の口からこぼれ落ちる。
あたりにはただ、いちごのフルーティーな匂いだけが甘ったるく漂っていて。
「ラム、くん……?」
ラムくんの姿は、どこにもない。
夜道には、月明かりに照らされた私の影が一つ、黒く伸びている。
呆然として、私は立ち尽くした。
*
結論を言えば。
ラムくんが、バイク事故で亡くなっていた。
私をデートに誘っていたはずの時間にはすでに、息を引き取っていたそうだ。
「あの馬鹿が……だからあの子らとは関わるな言うとったのに……」
事情を伝えてくれたラムくんの母親は、私にそう言った途端、大声を上げて泣きくずれた。
事故で死んだのは二人。
ラムくんと、部活の先輩。
先輩の運転するバイクに二人乗りで乗っかっていて、事故が起きたので二人とも死んだ。
横倒しになったバイクはグチャグチャで、原型を留めていなかったそうだ。
————あの先輩、みんな誤解するけど、けっこういい人なんだよ。
———貧乏な家族のためにバイトしてるし。
—————ヤンキーと喧嘩とかすることもあるけど、弱い者いじめとか絶対しないし。案外クールだよ、あの人。
ラムくんの声が、蘇る。
不良に惹かれたのは。
危険な香りに近づいたのは。
ああ。
それはまさしく……私ではなく、ラムくんの方だった。
悔しくて、やるせなくて、気付けば私は泣いていた。
バイク事故とか。無免許運転者に頼るとか。
一体何を馬鹿なことをやってしまったんだろう、ラムくんは。
あなたのせいだ。
あなたのせいで、私は月を失った。
せっかく見つけた、この世の何よりも尊いお月様を喪ってしまった。
「……馬鹿。」
最期に幽霊になって会いに来てくれたラムくん。
きっと他の誰よりも、自分で自分の選択を後悔していたラムくん。
いちごグミを食べること、ぐらいの不良っぽさで満足していればよかったのに、行ってはいけないところまで突き進んでしまった。
わかっていたはずなのに。
知っていたはずなのに。
若さゆえの過ちは、歳を取ることができなければ、思い出話にならないのだ。
「なんで死んじゃったの、ラムくん……」
私はきっと、覚えている。
二人だけの夜の記憶。
星の見えない黒い空。そして、そんな都会の暗闇を貫いた、鮮烈ないちごの赤い香り。
そう。
……これは。
ちょびっと不良に惹かれてしまった私たちの、ワンナイト・ラブストーリー。