店を開けたはよかったが、客は一人も来なかった。
 日中に交易商人や巡礼者たちが街道を幾人も通ったが、店に入ろうとする者は一人もいない。
 みんながみんな素通りだ。
 今日もむなしくゴーダ砂漠の空が暮れていく……。

「なぜだ⁉」
「水しかないからよ!」

 シュナの理不尽なツッコミは無視した。
 そして俺たちはまた迷宮へとやって来ている。
 うちに食べるものがなにもなかったからだ。

「めんどくせえなあ……」
「アンタがブラッドコーチンを黒焦げにしたからじゃない」
「焼けば羽をむしらないですむって言ったのはシュナだろう」
「だからってファイヤーボールをぶっ放すんじゃないわよ!」

 確かに羽は焼け落ちた。
 その代わり肉も黒焦げになってしまったのだ。
 俺は自分のファイヤーボールを過小評価していたみたいだ。

「まあ、すんだ話を蒸し返すのはよそうぜ。それより石板のチェックだ」

 迷宮レベル:21
 迷宮タイプ:森

 入るたびに構造が変わるのはわかっていたが、前回のレベル3に比べて今回はレベルがいきなり上がった。
 なるほど、じいさんが俺をここに入らせたくなかったわけだ。
 いきなり高レベルの迷宮に当たれば即死だってあり得るのだ。
 とはいえ21くらいなら今の俺ならどうということもないだろう。
 幸か不幸か欠陥聖女様もご一緒だ。

 エントランスを抜けるとそこは森だった。
 ゴーダ砂漠では感じることのない蒸し暑さが俺たちを襲う。
 どこか見えないところで動物や鳥が鳴いている。
 まさにジャングルといった風情で、密集した木々の間を細い小径が続いていた。

「おそらくボスはこの先だろう。いってみようぜ」

 歩き出してすぐにシュナが何かに気が付いた。

「見て、ジン。枝に爆弾が!」

 枝に爆弾?
 ジャングルで爆弾など、どこかのゲリラみたいで物騒だ。
 だが、シュナの見つけたものは爆弾などではなかった。

「違う、あれはアボカドだ!」
「アボカド?」

 高い枝の上に鈴なりのアボカドがあった。
 リングイア王国にアボカドはない。
 シュナが知らないのも当然だ。
 俺だって前世の記憶がなかったらわからなかっただろう。

「アボカド……、アボガド? いや、アボカドが正しかった気がする」

 俺は曖昧な記憶をたぐりよせる。

「名前なんてどうでもいいのよ。食べられるの、あれ?」
「たしか美味かったはずだ。熟しているのは黒いやつだ。青いのは食べられなかったと思う」
「だったら黒いのを持って帰りましょう」

 シュナは嬉々としてアボカドの木に近づいた。

「待て!」

 殺気を感じて抜剣した。
 敵は目の前のアボカドの木だ。
 どうやらこいつは植物系の魔物だったらしい。
 幹をくねらせ、枝をしならせて攻撃してきた。

「なめるなぁ!」

 ほお、しなる枝を蹴り返したか。
 シュナの蹴りはアボカドの生木を切り裂くほどの威力だ。
 出来損ないの聖女様は物理攻撃も得意か。
 あの蹴り、ウチのチームにいた格闘家より上だろう。
 奴も闘技大会で優勝するくらいの腕だったが、シュナの蹴りの方がキレている。
 だが恥じらいはないな。
 今日のパンツの色は黒だ。
 
「死にさらせやぁあああっ!」

 シュナは理不尽に強かったが、相変わらず色気は皆無だった。

 アボカドの魔物は俺が剣でとどめを刺した。
 熟れたアボカドが十個も手に入ったが不満は残る。
 本当はもっと取れたはずなのに、ほとんどの実がシュナとの格闘で潰れてしまったからだ。

「もう少しスマートに戦えないのか?」
「力で圧倒して押し潰す。それが私の格闘術よ」
「聖女のセリフじゃねえな」
「私を聖女と呼ぶな! 絶対になりたくないんだから」

 とにかく、アボカドはボスではなかった。
 迷宮のレベルは24だから、ボスはもう少し強力なのだろう。
 この迷宮を制覇するにはもう少し先へ進む必要があるようだ。

 しばらく森の中を進むと少し開けた場所に出た。
 そこに現れたのが人型の魔物だ。
 といっても人間に似ているのは体の一部だけだ。
 頭の部分は紫色のボンボンのような花、腕はネギのような葉っぱになっている。

「初めて見るけど植物系の魔物……だよな?」
「こいつがここのボスのようね。弱そうだけど」
「油断するなよ」

 魔物はいきなりガスを吐いてきた。
 シュナを抱き上げてバックステップで避ける。
 シュナは俺の腕の中でウィンドカッターを発動させた。
 聖女様は判断も早いな、回避は俺に委ねて攻撃に専念してやがる。
 強力な風の刃が、ガスを払うと同時に魔物の体を切り刻んだ。
 またもや勝負は一瞬で決した。

「催涙ガスの類だな。目の端がちょっと傷む」
「はいはい」

 シュナの治癒魔法で目の痛みはすぐになくなった。

「ん? あれはニンニクじゃないか?」

 倒れたモンスターの脚にニンニクの塊が瘤のようにたくさんついていた。
 さっきのボスはニンニクの魔物だったようだ。

「まさか、あれを食べる気?」
「だってニンニクだぜ」
「なんとなくグロテスクじゃない。臭そうだし!」
「だってニンニクだから……」

 言い争っていると前回と同じように祭壇が現れた。
 祭壇の横には宝箱もある。

「今日はなにかなぁ?」

 ウキウキしながら開けてみると、そこにはアボカドトーストのレシピが入っていた。
 前世で食べたような気もするけど、記憶は曖昧だ。
 俺はささっとレシピに目を通していく。

「おっ! 美味しいアボカドトーストを作るにはニンニクが必要だぞ。やっぱり採取していこう」
「私は食べないからねっ!」
「そう言うなよ、今夜も泊めてやるからさ。ホテルは廃業だから特別なんだぞ」
「今夜も泊るなんて言ってないでしょう!」
「あ、そうなの? チェックアウトならそう言ってくれよ」
「いや、まあ……、泊まるけどさ……」

 泊まるのなら最初からそう言えばいいのに、シュナは相変わらず素直じゃなかった。